#8 止められなかった男
『あいつら、魔法でちゃちゃっとやっつけられないでちかね』
幼女王は俺とイヴとをチラ見した。
あからさまな媚び顔。
いやいやそんなんじゃ心は全く動かされませんが。
というかちょっと腹立つ顔なんだよな。個人的には。
この幼女王チャンノーの見た目は四歳。だが中身は実は八歳だということが判明している。
舌っ足らずな喋り方に騙されそうになるが――いやまあ八歳でも俺の三分の一以下も生きてないのだから幼いっちゃ幼いんだけど。
しばらく一緒に旅してきた中でわかったのは、そもそもシスドレクフラー人の成長速度が地球人とは大きく異なるってこと。
成人年齢は二十四歳なのだが、成人時点の見た目年齢は地球人の十二歳ほど。しかも成人したらそこから先は外見が老いない――って話がそれたな。
『前にも言ったが、身を守るときしか使わない』
幼女王の言う「あいつら」とは、ナスク王国騎士団のこと。
大きな川を超えて、そこからさらに道を選んで十進法の十日ほど経て辿り着いたのが、かつてケンヤースとその一族が最初に隠れ住んだという山間の、柑橘系の香りを放つ樹々に取り囲まれた集落跡。
俺たちがその少し手前の樹々の陰、生い茂った下草に身を潜めているのは、無人のはずのこの集落跡に人が居たから。
ここから直接見えるのは二人程度だが、イヴの【隠身看破】のおかげでナスク王国騎士団が八人――シスドレクフラーの数え方で十人が、集落内を巡回しているというところまでは把握できている。
恐らくこの幼女王が戻ってくるのを警戒してのことだろう。
幼女王曰く、王家の墓はこの集落跡の奥に秘密の入口が隠されているとのことなのだが、強引な突破はできればしたくない。
イヴには無駄な殺生をさせたくないし、できればそういうシーン自体も見せたくない。
『そっか。残念でち』
幼女王はとりあえず提案はするものの、ダメだった場合に思考をすぐに切り替える。
そういう部分は称賛に値する。
「魔法で眠らせられないこともないけど、私が学習済の範囲魔法ではまとめて処理しきれない」
イヴがこっそり俺に耳打ちする。
ここから彼ら騎士団までの距離は数百メートルは離れていて、手前側に四名、奥側に二名、その間くらいに二名とまばらに散らばっている。
長い年月の間に緑に呑まれた廃屋跡が目隠しの障害物となってくれてはいるが、近づきながら一人ずつ無力化というのは作戦として厳しそうなんだよな――などと思っていた矢先、イヴが魔法を使った。
それも幼女王に対して。
その、膝から崩れ落ちて倒れた幼女王が突如、空中に現れた――どうやら幻影のようだが。
「【奈落の睡魔】で先に眠らせたのは邪魔されないため。空中に出てるのは【遠隔投射】。視覚や聴覚を共有できて喋ることもできる幻覚を作り出せるの。相手の攻撃手段をあぶり出すときに使うんだけど、これ便利なのは幻覚を起点に魔法を使うことができるのと、自分以外の姿を投射することができるのね。だいたいは捕まえておいた勇者の仲間の姿とかを使うんだって」
あー、確かにそういうの魔王とか四天王クラスとかが使いそう。
集落跡がにわかにざわつき、手前の四名が弓矢で攻撃をしたっぽい。
もちろんその矢は幼女王の幻覚をすり抜け、俺たちの脇を超えて後方へと抜ける。
彼らの慌てている声。残りの四名もまんまと近づいてきた。
「【奈落の睡魔】」
イヴが詠唱を発声するのは魔法の効果を上げたいとき。
まあ確かに彼らはバタバタとその場に倒れ、何名かはイビキまでかき始めた。
「急いで縛って。私はちょっと疲れた」
そういや前にちらりと言っていたな。学習はしているけれど、それらの魔法を使い慣れてはいないから魔力器官がまだ十分に育ってなくて、大きな魔法を使った直後は休憩が必要になると。
「魔力疲弊」という専門語があるそうだ。
本当にお疲れ様。
「わかった。ここで休んでいて」
背負い袋から取り出すふりをして幾つものロープを【収納】から取り出す。
片っ端から彼らを拘束し、手近な樹の幹へ縛り付ける際、彼らの持つ武器や防具の類いを目につく限り収納してやった。
ポケットの中に何か持っている可能性も考慮して上着やズボンや靴にいたるまで、下着以外の全てを。
収納物の整理は後で落ち着いてからするとして、まずはイヴのところへダッシュで引き返して背負い、寝たままの幼女王を抱えて集落跡の奥へと急いだ。
集落の奥には切り立った崖に挟まれた細い一本道があった。
俺だったら二人並んで歩けないくらいには狭く、延々と上り坂だ。
幼女王でも、<浮き蛙の胃袋>を肉と魚でパンパンにしてたあの大荷物を抱えた状態だったなら、通り抜けるのに難儀したことだろう。
なのでイヴは背中に背負い、幼女王は前に抱えて登りはじめた。
幼女王が目を覚ましたのはそんな隘路をかなり登ってからだった。
『何が起きたでちか』
『あいつら全員、武器防具を取り上げて樹に縛り付けてきたんだよ』
『登ってるでちか』
『登ってる』
『急いで戻るでち』
『どういうことだ?』
『この道は罠でち。この先へ進むと、登ってきた者は一網打尽になるでち。本当の入口はもっと手前にあるでち』
大きなため息をつく。
なるほどなるほど。
『わかった』
と踵を返したが、ちょっと遅かったようだ。
遥か先からゴウンゴウンと重たい音が響いたかと思うと、壁からせり出した何かがゆっくりと転がり始めた。こちらへ。
巨大で重そうな円盤。しかも縦回転。体で受け止めたら真っ二つになりそうな気配。
「マジかよ!」
ダッシュで下り始める。
しかし背後の円盤は次第に近づいてきている――のが音でわかる。
『やり過ごせる場所はないのか?』
『あるでちけど』
ああ、確かにちょっと行った先に、なんとか体を潜り込ませることができそうな穴が見える。
『でもそこも罠でち!』
飛び込む前になんとか踏みとどまってさらに坂を下る。
ヤバいヤバいヤバい。すげー近づいてんじゃん!
「【浮遊】! 小谷地、地面を蹴って!」
イヴの魔法の直後、思いっきり地面を蹴ると、ふわりと浮く――が、なんというか本当に蹴った分だけ、という感じ。当然、円盤の縦サイズは到底越えられていない。
慌てて左右の壁を交互に蹴り続け高さを稼ぐ。
本当にギリギリだった。
もうちょっと低かったら右足首持っていかれてたかもしれない。
「小谷地、あんまり長い間は浮いてられない」
そうだった。魔力疲弊だもんな。
「イヴ、助かったよ」
どうやらこの【浮遊】は、今いる状態を維持して浮いてくれるっぽい感じで、降りる時も壁を下に向けて蹴って降りてゆく感じ。
多少バタつきながらも急いで地面まで戻った。
『他に罠があったら、先に教えといてくれ』
『まずは入口まで戻るでち』
『入口?』
『この道自体が罠なのでち』
『でも奥に、って言ってなかったか?』
『奥は奥でち。でももっと堂々と隠してあるでち』
幼女王の言う通り「集落跡の奥」まで戻ると、さっきの円盤が騎士団の一人を縛り付けた樹に刺さって止まっていた。
「イヴ、見るな」
「うん」
他にも何人かは目覚め、青ざめた表情でこちらを見つめている。
『下ろちてでち』
『ああ』
地面に下ろされた幼女王は、集落の奥にあるボロい小屋へとまっすぐに近づいてゆく。
臭いでわかる。あれは便所だ。しかもボットン式の。
『ついてくるでち』
小屋の中は最近も使われた形跡がある。
きっと彼らもトイレ代わりに使っていたのだろう。
幼女王はおもむろに自分の素手の方の指をしゃぶると、よだれの垂れそうなその指を、便器の前面に鎮座する石組みに一つだけ空いた穴へと差し込んだ。
ゴゴゴと奥の方から響く音。
突如、指を差し込んだ石組みがスライドし、便座部分を塞いだ。
そしてそのスライドした部分に石造りの狭い階段が現れる。
本当に狭っ。
『ここを降りるでち』
言われた通りにするしかないか。
幼女王を先頭に、次にイヴを行かせ、俺は背負い袋をいったん収納し、身をよじりながらなんとか階段へと滑り込んだ。
全身に臭いがついてそうで良い気分ではない。しかも俺は中腰にならないと進めないくらい窮屈な地下道は、地味にしんどい。
そんな我慢をしばらく続けて進み続けると、遠くから爽やかな音が響いてきた。
水の流れ落ちる音。滝のような。
「小谷地、こっち」
イヴの声を頼りに進むと、視界が急に開けた。
鍾乳洞のような大きな空間。だが地面は土で、光が射し込むあたりにはスズランに似た白い可愛らしい花が咲いている。
奥には湧き水まで湧いていて、なんというかトイレの奥とは思えないほど清涼で癒やされる空間となっていた。
さらに奥にもまだ鍾乳洞は続いているようだが、そっちからはさっきよりはっきりと滝のような音が聞こえる。
『ここが、ケンヤース王に連なる一族の墓でち』
幼女王が指差すあたりには幾つもの土の盛り上がった小塚があり、それぞれの上に平べったい石が積み重ねられている。
ようやく着いたのか。それならやることは一つ。
(『ヨー様、聞こえるか?』)
(『聞こえている』)
(『着いたぞ。出してもいいか?』)
(『ああ』)
白い花をボーッと眺めていたイヴを呼び、魔法の真似事をしてもらっている間に【収納】からヨー様を取り出した。
『神の声の伝え手の墓というのはどれだ?』
『一つだけ丸い石が乗っているのがそうでち』
ヨー様は、その丸石の小塚へゆっくりと近寄り、両膝をつく。
両手の指を交差させてぎゅっと握り込み、目を閉じる。
死者の悼み方は地球とそんなに変わらないんだな。
俺もその横で、神の声の伝え手でありヨー様の婚約者だったチャンオンに対し、安らかに眠れますようにと祈りを捧げた。
『なぜお主まで安らぎを祈る?』
ヨー様が俺の横顔を覗き込んでいた。
『俺の生まれたところでは、こういう出会いも縁と言って大事にする。それに死者の安らぎを祈る気持ちは、世界は違えど一緒だから』
『そうなのか……ありがとう』
ヨー様から初めて「ありがとう」を言われた気がする。
彼にとってこの婚約者がそれほど大事だったということだろう。
『だが一つわからぬ。お主はなぜ、余に優しくするのだ? 余はお主を殺して下僕にしようとしたのだぞ?』
『それは、なんとか回避できたし、今のヨー様は俺を殺そうだなんて思っていないだろ?』
『余はそう簡単に許すことができぬ。余を謀り、このような目に遭わせ、あまつさえチャンオンさえもこのような……』
つらそうな表情のヨー様。
見た目の年齢が小学校低学年くらいのヨー様。実年齢が外見の倍だとしてもせいぜい十五、六歳といったところだろう。
その短く壮絶な人生を思うと、俺の心もキュッとする。
それはイヴも同じだったようだ。
俺の袖をつかむイヴを見ると角が灰色がかっている。周囲の負の感情を拾い過ぎたのだ。
イヴを抱き寄せる。
『俺もイヴもつらいことはあった。命のやり取りも含めて。でも今は助け合って一緒に生きていこうと誓い合っている。一番大切な家族なんだ』
イヴの角がわずかに白みを増す。
『だが! 余はお主らの家族ではない! 同情しているのか? 王であったこの余に!』
ヨー様の瞳には、不思議と奢りは感じなかった。少なくとも、幼女王よりは澄んだ、そして寂しそうな瞳。
『同情、というのは上から見下ろすみたいで好きじゃないし、そうありたくはないと思っている。ただ、ヨー様が悲しんでいると、俺たちまで悲しくなっちゃうってだけだよ』
ヨー様は力なく笑った。
笑うヨー様の瞳から、涙がポロポロとこぼれる。
『……そうか……そうか! 余と対等であろうと言うのだな?』
これは地雷を踏んだかと一瞬、緊張する。でもイヴから「大丈夫」という感情が伝わってきた。
『嬉しいではないか……母上とチャンオン以外では初めての、余と対等である者など』
ヨー様は、泣きながら笑っている。
「ね、小谷地、聞いて。ここ、この世界のにおいが薄い。聖女の言う歪んでいる場所ってやつだと思う」
そうか。
だとしたら、ここならクリストバルコロの聖女の追放魔法【異世界放逐】を発動して、この世界から別の世界へ追放されることができるってことか。
そのための計画は一応立ててある。
まず魔法を封じる【魔法罠】に【異世界放逐】をセットし、その後いったん【仮死化】で仮死状態となったイヴを俺が収納し、そのうえで【魔法罠】をしかけた場所を俺が踏む、という。
「三つの魔法を使えるようになるまで、どのくらいかかりそう?」
「こう見えても魔王だからね、あと一時間くらいもあれば大丈夫」
「じゃあそれまでにヨー様との約束を果たさないとな」
チャンオンの墓をじっと見つめているヨー様に声をかける。
『ヨー様、俺たちはもう少ししたら旅立つ。その前にヨー様の部下を返したいのだが、ここだと狭いよな?』
『そうだな。それにチャンオンの墓前にそのような兵を並べたくない』
『じゃあ、いったん外に出るか』
『その必要はない。アレはもう余には必要ない。お主らにくれてやる。だから一つ頼みを聞いてくれぬか?』
『頼み?』
ヨー様は、自分の頭から小さな冠を外して俺へと差し出した。
『この<不死王の冠>もくれてやろう。だから、余を、チャンオンの傍らに埋めてはくれぬか?』
『わかった』
自らの冠に手を伸ばし、外す直前、ヨー様は小さく呟いた。
『不死者ヨーよ、骸へと戻れ』
なるほど。
クリストバルコロでは、不死者となった者は聖女の祝福によってのみその呪縛から解き放たれたから、こちらではどうするんだろうと思っていたが、死者を操れるということはその解放をも行使できるということなのか。
『老人が息を引き取るように、余はなだらかに骸へと戻る』
ヨー様が穏やかな表情で俺に手渡そうとした冠は、しかし俺の手に届くことなかった。
『そうはさせないでち』
幼女王に横から奪い取られたのだ。
すぐに取り戻そうとした俺が、一瞬フリーズしてしまったのは、幼女王のあまりにも凄惨な姿のせい。
血まみれだったのだ。
『あー、これでちか? 安心ちてください。返り血でち』
何が安心なのかわからないが、そういえば彼女の姿をしばらく見なかったことを思い出した。
『このお墓への入口を見られたでちから、口封じちたでち』
幼女王は冠を持っていない方の手で握りこぶしを作って空を切るパンチを披露した。
こいつ、解決手段として安易に筋肉に頼りがちとは思っていたが、ここまでだったか。
『それは、お主が持っていて良いものではない!』
ヨー様が俺より早く手を伸ばしたが、幼女王はひらりとそれをかわす。
このなりで身体能力だけは馬鹿みたいに高いんだよな、こいつ。
そして<不死王の冠>を自ら頭にかぶった。
『待て!』
ヨー様の叫び虚しく、幼女王の体が黒い光に包まれる。
『これで! これで、わたくちの天下でち! 全ての死者を従えて簒奪者ナクスの者共を根絶やちにするでち! 甦るでち! 我がご先祖さまたちよ!』
幼女王の号令とともに地面が揺れる。
幾つもある小塚から骨の手が、頭蓋骨が、土をかきわけ現れる。
『やめろー!』
絶望の表情を浮かべるヨー様の背後で、神の声の伝え手の墓からも。
「【奈落の睡魔】」
しかし、幼女王は眠りに落ちたりはしなかった。こっちの不死者も精神系魔法に強い耐性を持つっぽいな。
『いま何かちまちたでちか?』
幼女王は、やけに歪んだ笑顔を浮かべた。
● 主な登場人物
・小谷地
地球人。二十五歳。クリストバルコロへ異世界召喚され亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。魔力器官を移植された。
・母魔王
クリストバルコロの十一代目魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の収納の中。
・イヴ
勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。正式名はイゥヴェネッシェーレ。魔王の子は子宮内で外のことを学習するため、多くの魔法や日本語をも学んだ。【仮死化】により魔王の子宮内で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。
・ヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世
頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。五百年前に生きていたが、現在は「生きていない」状態。小谷地の【収納】により森の民の遺跡から脱出成功。
・屍戦士、屍騎士、屍大戦士
ヨーが五百年かけて集めた部下。見た目はスケルトン。現在は、小谷地の亜空間に格納されている。
・呪いの紡ぎ手
老人の生首だけみたいな姿の霊体。人を屍戦士化する呪いの力を持つ。遺跡の守り神的存在であり、大広間から出られない。
・ケンヤース
ヨーが警戒していた相手。デドーショ王国の王位を簒奪し第十代を名乗ったが、その幼き息子タスミー第十一代王のときにクーデターにより一族もろとも国を追われた。チャンノーのご先祖様。
・チャンオン
ヨーの婚約者。神の声の伝え手。妹が一人いた。
・チャンケオ
チャンオンの妹。ケンヤースの妻となった。チャンノーのご先祖様。
・チャンノー
幼女王。ケンヤース王の直系子孫でデドーショ王国第二十四代国王(自称)。筋力で解決しがち。
・ナスク王国騎士団
国を追われたケンヤース一族が最初に隠れ住んだ集落跡に居た八人。イヴに眠らされたあと、チャンノーに撲殺された。
・クレードルト
クリストバルコロの聖女。十九歳の清楚系美少女。冷静で知識豊富。小谷地に異世界追放を仕掛けた。




