#5 幼女王にかしづく男
『わずかばかり我慢してくださいませ、幼女王様』
幼女王様を入口出てすぐの石段へと恭しく下ろす。
俺たちが出てきた建造物は、地球の中南米に遺跡として残っている階段状ピラミッドのような外観。
ただし表面は苔むし、雑草が生えまくり、一見すると緑の丘と見紛いかねない。
『急ぐでち』
ああそうだ。こんな分析とかしている場合じゃない。次はイヴを――だがイヴは俺の頭にしがみついて離れない。そりゃそうだ。
俺だってイヴと離れ離れになんかなりたくない。
なりたくないのに、俺の手は優しく、でも力強く、イヴを俺の頭から引き剥がそうとする。
『小谷地っ! 目を覚ましてっ!』
俺の頭を必死にペチペチと叩きまくるイヴ。心がしんどい。何がどうなっているんだ?
その自問に対しては即座に、幼女王様のご意向だからだ、と脳内に自答が現れる。
いや本当なんなんだよこれ。
「小谷地っ!」
イヴの悲痛な声――俺だってそうしたいわけじゃない。でも――でも?
何かがおかしいのはわかっているのに、そのこと自体について思考することができない。
イヴの心の痛みが流れ込んでくる――ごめんイヴ。そうじゃない。そうしたいわけじゃないんだ。
「【月の心】」
――ん?
自分の体が、自分の本心のままに動く――というか今ならわかる。さっきまでのは魅了されていた状況だったってことに。
自称幼女王を睨みつける。
まさか魅了系の能力を持っているのか? いや人間でない可能性もある。人に擬態する魔物って可能性も。
当の幼女王は驚愕の、しかも恐怖混じりの表情で俺を見つめる。
『俺はイヴを手放さない。絶対にだッ!』
力強く怒鳴りつけ――た俺の額をイヴが再びペチンと叩く。
ああそうか。怒りもイヴの角には良くないんだっけ。
改めて。
そうじゃない。
優しく、穏やかな声で。
イヴへの愛情で心をいっぱいにしてから。
『俺はイヴを手放さない。とても大切な家族だからだ』
自称幼女王は半泣きになる。
これはこれで罪悪感を覚えるが、それでもイヴを俺から引き剥がそうとしたコイツに――落ち着け俺――この子に、これ以上隙を見せてはいけない。なんて考えた矢先、自称幼女王の右足を、矢が貫通した。怪我している方とは逆の足に。
慌てて振り返ると、樹々の隙間に数人の――見える限り三人の少年。
全員がクロスボウ的な弓を構えていて――なんて観察しているうちに次の矢が何本か飛んでくる。しかしその全ての矢は俺たちの直前で不自然に軌道を変える。
そうか。イヴに着せている<矢除けの服>の効果か!
クリストバルコロの賢者イオニイオナの初期装備とはいえ、そもそもは王宮から賜ったそれなりの魔法品。魔法で強化されていない矢ならば――あっ、最初の矢傷も、この逸れた矢なのか?
もう一度幼女王の方をチラ見すると、その小さな右肩にも新たな矢が刺さっている。というかこれも貫通している。
明らかに<矢除けの服>の流れ弾、いや流れ矢だが、<矢除けの服>で逸らされた矢はその威力も減退するはずなのに、それでも尚この威力とは。威力については魔法などで強化されているのか?
血を流し、苦痛に表情を歪める幼女王。
いやいやいや、ちょっとなんかすげー後味悪いんだけど。
『矢はもうやめろっ! チャンノーは生け捕る予定だぞ!』
チャンノーは固有名詞っぽいが、この幼女王の名前なのか?
俺たちがここで逃げたら、この幼女王はきっと生け捕られるんだろうな。もう魅了にはかかっていないが、それでもそれは可哀想という気持ちが湧かなくはない。
その幼女王は歯を食いしばりながら右足をピラミッドの石段に押し当て、矢を抜こうとしている。
とっさにそれは手伝った。
『くっ、うぅぅっ』
なんとか抜けた矢の先端には細くねじれた巻き貝のようなものが鏃として取り付けられる。
さっきの三人はと言えば、クロスボウを背中に背負い、短い槍を構えて少しずつ距離を詰めてきはじめた。
いや、もう二人居る。額の中央に一本角が生えた豚みたいな生き物を連れている奴と、そいつを含めた他の四人よりも明らかに頭の突起が長い奴。
頭に長めの突起が付いている奴はだいたいリーダーなイメージなんだが、こいつもご多分に漏れずって感じだな。
『ぐっ、うっ。うぅぅっ』
カラン、と乾いた音。涙目の幼女王、肩の矢を自力で抜いたのか。
なんつーかガッツがすげぇな。
「小谷地! あいつら魔法を使う気配」
イヴの声に振り返ると、リーダーっぽい少年がサムズアップした親指を――しゃぶった? しかも手袋ごと?
直後、その少年が口から抜いた親指に光が集まって――視界が突然に塞がれた。
地面からせり上がった土壁っぽいのが、俺たちの居るこの遺跡入口付近を覆ったのだ。
イヴが例え無詠唱でも「魔法を使った」ということが【信頼の絆】を通しても伝わってきている。迷宮内で使ったあの石壁魔法と同類っぽいな。
つーか今のうちに逃げるしか――どこへ――って、このピラミッドの中しかないんだろうな。
あのヨー様の部下を預かっているってのもあるし、いざとなったらあいつらとヨー様を争わせるって手もあるし。
『あ、あのっ!』
幼女王が涙目で俺たちを見つめている。
『わたくちも連れて行ってくださいませでち』
『中から連れ出して欲しかったんじゃないのか?』
いけない。ちょっといじわるなこと言っている自覚はある。
でも俺を魅了して、あまつさえイヴとも引き離そうとした、それは許せない――けれど、俺が心を怒りに染め上げたら、イヴが悲しむのも事実。
感情のコントロールが難しいな。
『許ちてくださいでち。最後の家族を失ったわたくちにはもう、助けてくれる人が誰もいないのでち』
さっきこの幼女王と出会った時に、すがって泣いていたあの死体の少年のことか。
家族を失うという恐怖が、悲しみが、今の俺にはわかる――けれど。そんなすぐには気持ちを切り替えにくい。
『もう二度と、さっきみたいなことは繰り返さないでち。助けてくだされば、後で必ずお礼も差ち上げるでち!』
『俺たちは別に謝礼が欲しいわけじゃない』
『お願いでち。わたくちには、やり遂げなければならぬことがあるのでち。偉大なるケンヤース王の直系子孫であるこのわたくちには! 滅ぼされちデドーショ王国第二十四代国王チャンノーには!』
選挙カーの最後のお願いみたいなテンションで言われても――ん?
ケンヤース? デドーショ王国?
「小谷地! 魔法で削られているっ! 強度の弱い土壁はそう長くは維持できないっ」
『助けてくださいでち!』
「仕方ねぇ」
イヴへの肩車が乱れていないことを確認したうえで、血と涙と鼻水を流し続ける幼女王を小脇に抱え、今出てきたばかりの入口へと再び走り込んだ。
『ありがとうでち! ありがとうでち!』
あの一本角豚は地面で臭いを嗅いでたっぽかった。だとしたら確実に追ってくるだろう。となれば向かうところはあのヨー様のとこ一択だよな。
ヨー様には無事に出られたら兵隊を返すって約束したし、俺が約束を守る大人であることをイヴにも見せなきゃだし――って気持ちが伝わっているのか、イヴが俺の頭をペチペチ叩く。
さっきみたいな必死なやつじゃなく、なんというか嬉しさが伝わってくるペチペチで。
『……あの』
幼女王がおずおずと声を出したのは、遺跡内をしばらく走ってから。
さっきまで指をしゃぶっていたので大人しかったのだが、今見ると服の破れ目から肩の矢傷が治っているのがわかる。
指しゃぶりって、もしかして?
幼女王がしゃぶっていたのは、手袋をつけている方の指。あの少年リーダーもそうだったが指しゃぶりの理由は、幼いからとじゃなく手袋が魔法品でその発動条件とかだったり?
『あのっ!』
『なんだ?』
幼女王を一瞥する。
『まっ、まずは爺やのところに戻っていただきたいでち』
『じいや?』
『わたくちの最後の家族でち』
さっきこの幼女王と遭遇したときのことを思い返す。
幼女王がすがって泣いていた人物はどう見ても中学生くらいだった。自然に「兄」かなって思ったほど。
でも、爺やってことは、他にも居たのか?
『場所はどこだか案内できるか?』
『わたくちは記憶力はよいのでち。こっちでち』
しばらく指示通りに進むと、幼女王と最初に遭遇した場所へとたどり着いた。
『爺やでち』
やっぱり、あの中学生くらいにしか見えない子のことだった。
となると、見た目年齢と実年齢が違う種族なのかも。
最初に召喚された異世界であるクリストバルコロでは、クリストバルコロ人は地球人と見た目も老い方もほとんど変わらなかった。
しかもイヴの翻訳魔法のおかげで会話に不自由もしないし、すっかり油断していた。
異世界では、それまでの常識で決めつけてはいけないことを、改めて自戒しよう。イヴをちゃんと守るためにも。
――ということは、この子もこんな見た目だけど、もしかして合法ロリの類いなのか?
「小谷地、様子が変」
今の俺にはそれを感じ取ることができた。
少年爺やの内側に蠢く闇のような何かを。
「まさか、俺がやられたときみたいに内臓から屍戦士化している?」
「似ているけど速度が違う……ということは、あの首の霊体に直接襲われなくとも、この遺跡内全体に、屍戦士化をうながす何らかの魔法敵措置がなされている可能性はある」
『早く、籠手をっ』
籠手? 少年爺やが左手にはめている手袋のことか?
『幼女王、目を閉じていてくれるか?』
『はいでち!』
俺は少年爺やを収納した。死体にせよ屍戦士にせよ、収納は可能だから。
そして、収納内で「魔法品・指しゃぶり・手袋・籠手」を分離し、取り出した。
『幼女王、この遺跡内で死んだ者はやがて屍戦士へと変えられてしまう。それはしのびないから爺やの遺体についてはこちらで処理させてもらったが、構わないよな?』
【収納】能力については知られない方が良い気がしたので言葉を選ばせてもらった。
『ご配慮、ありがたくいただくでち』
幼女王は口元をぐっと歪ませる。
『ではもう目を開けてもいいぞ』
目を開けた幼女王へ少年爺やの着けていた籠手を渡す。
すると幼女王はそれを両手で受け取り、そのまま俺の方へと差し出してきた。
『<四獣の籠手>を下賜するでち!』
四獣の篭手?
名前からして特別なアイテムっぽいことは想像がつく。
ぴっちりとした革っぽい手袋に前腕部を覆う厚めのアームカバーがくっついたようなデザイン。
それなりの重さがある。自分の腕に当ててみると、500mlペットボトルを装着したらこんななのかなという感じ。
しかもこの籠手、手袋部分の指の本数は四本で、さらには子供用かよってくらいに小さい。
革っぽい生地にそれなりの伸縮性があるのでとりあえず中指と小指とを一緒のとこに無理やり突っ込みはしたが、それを装着した左手はほとんど指を握り込めない。
「握れねぇぞ、これ」
「小谷地、さっき射掛けてきた輩どもが近づいてきた」
イヴの背中を、敵が来る方向とは逆側へ向ける。
「イヴ、あそこへの道って覚えてるか?」
「……覚えているけど、小谷地は戻って平気なの?」
「まあ、大人だからな」
自分でも言ってて根拠になってねぇなとは思っている。でも背中に守る者がいるときは無闇にかっこつけたくなるものなんだよ。
『あなた、指が一本多くてらっちゃるのでちね……森の民と寒冷地の民との融合民だと思っていまちたでちが、もちやチスドレクフラーの外からいらちた方でちか?』
森の民とか寒冷地の民とかチスドレクフラーとか初耳なのだが、いまはそれどころじゃない。
『詳しい話は後だ! さっきの連中が来る。この籠手の使い方を教えてくれ!』
『使いたい魔核の指をおちゃぶるのでち!』
おちゃぶるって――もしかして「おしゃぶる」ってことか?
この翻訳魔法は細かいニュアンスも翻訳してくれる分、訛りみたいなのまでしっかり反映しちゃうっぽいんだよな。まあ今回に限っては、幼女王やさっきの追手連中が使っているの見ていたからなんとなく推測できたけど。
「小谷地、【看破】で把握できた」
さすがうちのイヴさん、有能過ぎる!
「ありがと。各指から一本ずつ魔力の流れがアームカバーの仲間で伸びてるの。そこに魔力的なカートリッジを着脱可能な作りね。カートリッジには私達の世界でいう魔物の【能力】みたいなのを封じているっぽい。待ってね。その四つも【看破】するから」
『その籠手にセットされている四つの魔核は、一つ指から順に【泉貝のひと吹き】、【風詠鳥の雄叫び】、【火炎猿の炎】、【雷千本の棘】となるでち!』
聞いた感じ、属性の異なる能力を四つ選んでいるっぽいな。
「【泉貝のひと吹き】は口の中に含んだ液体を増やす効果ね。【風詠鳥の雄叫び】は相手の三半規管にデバフを与えるみたい。【火炎猿の炎】は強力な炎を吐いて、【雷千本の棘】は指先から小さな雷を大量に発射するけど射程は短そう。地球のスタンガンに近い効果みたい。それぞれの能力の持ち主である魔物の特徴なんかも見えたけど、その説明は後でね」
『あ、でも真ん中の二つは使い切っているから、攻撃できるのは【雷千本の棘】のみでち!』
射程短いやつじゃねぇか。
とはいえ、武器が増えるのは大歓迎だ――と、四つ指――今は俺の薬指と小指を押し込んでいる指を咥えようとして、咳込んだ。しかも軽く戻しかけた。胃の内容物を。
「臭ぇぇぇぇっ! なんだこれっ!」
食べ物の夢を見た時とかうっかり枕にヨダレをこぼすことがある。あれってちょっと時間経つと臭いよな。その臭さを何十倍も凝縮したような、それに牛乳まみれの雑巾の臭いをブレンドしたような、そんな臭い。
「小谷地、大丈夫?」
『どうしたでちか?』
無理無理無理無理無理無理無理無理っ!
激臭いと思わす口に出しそうになったが、最後の家族を亡くした幼女王に対し、その遺品の臭さを伝えるのはちょっと酷いと自分でも思ったので、別の方法を考える。
というか、この世界特有の、地球人の体には合わないウイルスとかあったらいけないし。
『射程が短すぎるのは問題だ。向こうはもっと射程の長い武器を持っている。せめて奇襲できる場所まで移動しなくちゃだ』
イヴがしっかりつかまっていることを確認し、幼女王を抱え上げ、また走り始めた。
目指すはヨー様の居た、あの場所へ。
胸の奥がキュッと苦しくなる。
さっきの痛みを思い出したのだ。
半透明の老人生首――呪いの紡ぎ手だったっけか、あいつに内臓へ呪いをかけられ腐らせられたアレはキツかった。
だがそれでも。
「イヴのために小谷地がかっこいいとこ、見せてくれるんだよね?」
イヴさん? もしかして心読めたりするんですか?
「むー。小谷地、今、イヴに何か疑念持った?」
「いや、そっ、そんなことないよ」
『わたくちの分からない言葉で何かイチャイチャしてるでち。羨まちいでち』
イチャイチャはしていないが、イヴの存在は俺にとって本当に救いなのは確かだ。
俺が独りだったらこの遺跡で詰んでいたし。運よくここから出られたとしても、この世界に永住できるかと言ったら答えはNOだ。
幸い、俺たちは一緒にこの世界から追放されることができる。
そうやって安全で過ごしやすい世界を見つけて、のんびりと暮らしたい。
それは責任とかじゃなく、イヴの笑顔を見たいという、純粋な気持ちから。
『呪いの紡ぎ手の呪いから逃れただとっ? オヤジとやらっ!』
ようやく到着した大広間の入口で、ヨー様はいまだに見えない壁を叩いていた。
あの呪いの紡ぎ手とやらも、その見えない壁を越えられないようだ。ちょっと安心。
『むっ! 何だとっ! なぜお前が我が婚約者、チャンオンをっ! しかもその無礼な抱え方はなんだっ!』
ヨー様は地団駄を踏み始める。
そうですか激似ですか。幾つか立てていた予想のうちの一つが正解したようだ。
さて。どう交渉したものか。
● 主な登場人物
・小谷地
地球人。二十五歳。クリストバルコロへ異世界召喚され亜空間への収納能力【収納】を得た。特級リュクク。魔力器官を移植された。
・母魔王
クリストバルコロの十一代目魔王。勇者パーティに倒された。現在その骸は小谷地の収納の中。
・イヴ
勇者パーティに倒されたクリストバルコロの魔王の娘。魔王の子宮の中で仮死状態だったため魔王の骸と一緒に収納されていた。正式名はイゥヴェネッシェーレ。【仮死化】のおかげで亜空間内で多くの魔法と、そして小谷地の故郷の日本語まで学習した。
・ヨー・ミズイー・ヨイス・デドーショ九世
頭髪がない代わりに頭のてっぺんに角みたいな突起がある男の子。少なくとも五百年は生きている(?)ようだが、収納できてしまったので、生きてはいないのかも。遺跡の大広間から出られない。
・屍戦士、屍騎士、屍大戦士
ヨーが五百年かけて集めた部下。見た目はスケルトン。現在は、小谷地の亜空間に格納されている。
・呪いの紡ぎ手
老人の生首だけみたいな姿の霊体。人を屍戦士化する呪いの力を持つ。ヨーの部下っぽい。遺跡の大広間から出られない。
・ケンヤース
ヨーが警戒する相手。どうやらデドーショ王国の王であったようだ。
・チャンノー
幼女王。ケンヤース王の直系子孫でデドーショ王国第二十四代国王(自称)。
・少年爺や
チャンノーの最後の家族らしい。使用していた<四獣の籠手>が激臭だった。
・チャンオン
ヨーの婚約者。チャンノーに激似らしい。




