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龍帝の申し子「異世界転生した俺は半端モノ。追放されたけど、最強の力で世界をひっくり返します」

序章:穢れた血、忌み嫌われる娘

ラングスタ王国の山間にひっそりと佇む、名もなき集落。その村の娘、ティナーシャ・ヴァン・フォイゼンは、村人たちにとって忌み嫌われる存在だった。彼女の髪は、龍の銀と人間の茶色が混ざり合い、まるで泥にまみれた灰のよう。瞳は、人間のそれとは異なる、爬虫類のような不気味な赤色をしていた。


それは、彼女の母が、千年前から続く龍と人類の戦争で傷ついた龍の生き血をすすった結果、生まれた「半端モノ」の証だった。


ティナーシャは、魔法を使うことができなかった。ただ、その身体能力だけが突出して高かった。常人では持ち上げられないような巨岩を軽々と持ち上げ、獣よりも速く走る。彼女の内に秘められた龍の力は、物理的な力としてのみ発現した。村人たちは、彼女の持つ異様な力と、穢れた外見を恐れ、彼女を「龍の申し子」と呼ぶことは決してなく、ただ「半端モノ」と蔑んだ。


しかし、ティナーシャは自分の力を過信する傲慢な少女だった。自分を遠ざける村人たちを「弱き者」と見下し、その孤独を自らの優位性の証明だと信じていた。


「所詮は、ただの人間どもだ」


そう呟く彼女の心には、龍と人のどちらにもなれない自分自身への苛立ちと、どうしようもないコンプレックスが渦巻いていた。


ある嵐の夜、飢饉に苦しむ村が、龍の襲撃を受ける。村人たちは、ティナーシャの力を当てにして、彼女に助けを求めた。しかし、彼女は「なぜ、私があなたたちを助けなければならないのです?」と冷たく言い放ち、その場を離れた。


その時、彼女の心に渦巻く怒りと悲しみが、目に見えない力として爆発した。それが、彼女にしか使えない唯一の力、「龍気」だった。


「ごめんなさい、みんな……」


彼女の叫び声とともに、激しい龍気の波が広がり、村の一部を破壊してしまう。


怒りに駆られた村人たちは、彼女を「災厄の子」と罵り、追放を決める。母から渡された、古びた地図を手に、ティナーシャは、たった一人、故郷を後にした。


彼女は、自分を追放した村人たちへの反発と、自らの出生の秘密を知りたいという衝動に駆られ、地図が示す「天空の城」を目指して、終わりなき旅に出た。その時、彼女はまだ知らなかった。自身の存在が、千年続く世界の均衡を崩し、二つの頂点を動かすことになるなどとは。



【転生者の記憶】

追放された夜、ティナーシャは、母から託された地図を握りしめ、森の奥深くを歩いていた。闇に紛れ、村人たちの罵声が聞こえなくなった頃、彼女は冷たい岩にもたれかかり、膝を抱えてうずくまった。その瞳から、とめどなく涙が溢れ出す。


「なんで……俺は、また…」


その瞬間、彼女の頭の中に、前世の記憶が鮮明に蘇った。


前世のティナーシャは、日本の平凡な男の子だった。名前は、田中健太。彼は、幼い頃から少し変わっていた。運動神経は抜群で、クラスの男子の中で誰よりも足が速く、力も強かった。しかし、それは周囲の少年たちとの間に、埋めがたい溝を生んだ。


「ケンタは、なんか、ちょっと違うよね」


「あいつ、いつも一人でいるじゃん」


特別な力を持つ健太は、次第に周囲から孤立していった。いじめの対象にはならなかったが、誰も彼に心を開こうとはしなかった。彼は、どこにも自分の居場所がない「半端モノ」だった。


転生後のティナーシャは、自分の身体能力が突出していること、そして周囲から「半端モノ」として扱われる境遇が、前世と酷似していることに気づいた。


「龍の血を引くって、こんなに……孤独なものなのか」


彼女は、自分を追放した村人たちを憎む一方で、彼らの気持ちも理解できた。自分とは違う、理解できない力を持つ者を恐れるのは、人間として当然の感情だと。それは、前世の自分が、周囲から遠ざけられてきた理由と同じだった。


ティナーシャは、この世界でもまた、「半端モノ」として生きていく運命なのだと悟った。しかし、前世との決定的な違いは、彼女には、母が残してくれた地図と、自身の出生の秘密を探るという目的があることだった。


「今度こそ、俺の居場所を見つけてみせる」


ティナーシャは、涙を拭い、立ち上がった。彼女の瞳は、絶望の赤から、わずかに決意の光を宿した。前世では見つけることのできなかった、自分だけの居場所を、この異世界で見つけるために、彼女は再び、歩き始める。



第一章:孤独な逃亡者

ティナーシャの旅は、絶望的な逃亡だった。草木が生い茂る獣道、不気味な魔物が潜む森、そして、頭上を悠々と飛ぶ龍の影。故郷の村では、彼女の身体能力は畏怖の対象だったが、この広大な世界では、それは生きていくための最低限の武器に過ぎなかった。


地図を頼りに進む彼女は、人間が築いた街や村に近づくことを避けていた。故郷を追われた経験が、彼女の心を閉ざさせ、人々に近づくことを恐れていたのだ。


そんなある日、彼女は森の中で、魔物に襲われている一人の男を見つける。


「くそっ、こんなところで……!」


男は、分厚いプレートメイルを身につけていたが、動きは鈍く、満身創痍だった。彼は、人間には珍しい銀髪と、鋭い青い瞳を持つ、元騎士のラヴィンだった。


ティナーシャは、見捨てることもできた。しかし、彼女の心に渦巻く、何かわからない衝動が、彼女を男のもとへ向かわせた。彼女は、持ち前の俊敏さで魔物の懐に飛び込み、渾身の一撃を放つ。それは、彼女の感情が具現化した「龍気」が乗った、強烈な一撃だった。


魔物は、ティナーシャの攻撃にひるみ、逃げ去った。


「…助けてくれたのか。だが、お前、その髪と目は…」


ラヴィンは警戒の眼差しでティナーシャを見た。しかし、彼の中にあった彼女への恐怖は、すぐに困惑へと変わった。彼女の瞳は、確かに爬虫類のように赤く、穢れた色をしていたが、そこに宿る力は、彼が知る龍のそれとは全く異質なものだったのだ。


「私には関係ない。ただの通りすがりだ」


ティナーシャはそう言い放ち、その場を立ち去ろうとする。しかし、ラヴィンは、彼女の傷ついた心を察し、呼び止めた。


「待ってくれ。君は、自分の居場所を探しているのだろう?もし、同じ境遇なら、共に旅をしないか?」


ラヴィンの言葉は、ティナーシャの心に突き刺さった。彼女は、初めて自分を「半端モノ」としてではなく、「同じ境遇の人間」として見てくれる存在に出会ったのだ。


「…私は、龍の血を引く、半端モノだ。あなたと一緒にいて、なんの得がある?」


ティナーシャの問いに、ラヴィンは静かに答える。


「君の力は、確かに強い。だが、それだけでは生き残れない。君の力は、多くの人々から狙われる危険なものだ。私は、この世界を生き抜く知恵と、剣の技術を持っている。互いに、足りないものを補い合える、そうは思わないか?」


ティナーシャは、その言葉に迷いを覚える。しかし、再び一人になる恐怖が、彼女に決断を促した。


こうして、孤独な「半端モノ」と、すべてを失った元騎士の奇妙な旅が始まった。彼らはまだ知らなかった。彼らの旅路が、やがて世界の運命を動かすことになるなどとは。




第二章:牙を剥く世界

ラヴィンとの旅は、ティナーシャにとって、初めての世界との対面だった。彼は、彼女の身体能力と「龍気」を目の当たりにしても、その力に畏怖することなく、冷静に観察した。


「その力は、まるで君の感情そのものだ。怒れば暴れるし、悲しめば力を失う。もっと、心を落ち着かせる方法を学ぶべきだ」


ラヴィンの言葉は、ティナーシャの耳には煩わしく響いた。彼女は、力こそがすべてだと信じていたからだ。しかし、彼が持つ知識と経験は、彼女の命を幾度も救った。


ある日、彼女たちは小さな村に立ち寄った。そこで、ティナーシャは村人たちが怯える様子を見て、自分を故郷から追放した人々と同じように、彼らを軽蔑した。しかし、ラヴィンは違った。彼は村人たちの話に耳を傾け、彼らが龍の襲撃に怯えていることを知ると、自ら率先して村の防衛を手伝った。


その夜、若龍の群れが村を襲った。ティナーシャは、その圧倒的な力を前に、自分の身体能力が「ただ高いだけ」であることを痛感した。龍が吐く炎は、彼女の俊敏な動きを軽々と上回り、鱗は、彼女の「龍気」が乗った渾身の一撃を弾き返した。


「これが…本物の力…!」


絶望に打ちひしがれるティナーシャ。その時、彼女はラヴィンが村人たちを守るために、身を挺して戦う姿を見た。彼は、龍の強大な力に傷つき、それでも決して諦めない、人間らしい不屈の精神を見せていた。


その姿は、ティナーシャの心に、今まで感じたことのない、熱い感情を呼び起こした。


「私…ただ、身体能力が高いだけの、半端モノなんかじゃない…!」


彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。その瞬間、彼女の身体から、かつてないほどの強烈な「龍気」が放たれた。それは、怒りでも悲しみでもない、初めての決意の力だった。


その「龍気」を乗せた一撃は、若龍の一体を打ちのめし、残りの龍たちを退散させた。


村人たちは、彼女の力に再び恐怖を覚えたが、今、彼女の心は孤独ではなかった。ラヴィンという、かけがえのない存在が、彼女のそばにいた。


しかし、その戦いは、世界の二つの頂点に、彼女の存在を決定的に知らせることになった。女王ヨルは、彼女を「脅威」と断定し、龍王ヴァリガエルは、彼女を「汚物」と見なした。


こうして、ティナーシャは、人類と龍族、双方から命を狙われる、真の「討伐対象」となったのだ。彼女は、まだ知らない。この世界が、彼女の命を狙うために、牙を剥き始めたことを。そして、その討伐の背後には、二つの頂点による、歴史上初の密約が結ばれていたことを。




第三章:逃亡、そして追撃

ラヴィンとティナーシャは、互いを守りながら旅を続けた。しかし、状況は一変していた。かつては偶然の遭遇だった龍や魔物との戦いが、今や組織的な追撃へと変わっていた。


ある日、彼女たちは道すがら、見慣れない騎士団に遭遇した。彼らの鎧には、ラングスタ王家の紋章が刻まれており、その表情は冷酷だった。


「ティナーシャ・ヴァン・フォイゼン、女王陛下の命により、貴様の身柄を確保する。抵抗は無益だ」


騎士団の指揮官が剣を抜くと、後方で控えていた宮廷魔術師たちが一斉に魔法を構える。彼らが放つ魔法は、彼女が知る粗野な炎や雷とは異なり、洗練された技術と知識に裏打ちされたものだった。


ティナーシャは、持ち前の身体能力で魔法を避け、騎士たちを蹴散らしていく。しかし、彼女の「龍気」が通用しない相手がいた。宮廷魔術師の筆頭、ライアンだ。彼は、ティナーシャの動きを正確に予測し、彼女の行く手を魔法で阻んだ。


「その力は、確かに興味深い。だが、所詮は本能に頼っただけのもの。知性なき力に、未来はない」


ライアンの言葉は、ティナーシャの心を抉った。彼は、彼女の「半端モノ」としての弱点を的確に突いていた。怒りに駆られたティナーシャは、渾身の「龍気」を乗せた一撃を放つが、ライアンはそれを、紙一重でかわす。その隙に、騎士たちの連携攻撃が彼女に襲いかかった。


絶体絶命の窮地。その時、空が突如として暗転し、巨大な龍族の影が現れた。


「人間どもが、我らの血を汚す存在に手を出すな」


龍族の放つ炎が、騎士たちに降り注ぐ。それは、人類の魔法をはるかに凌駕する、圧倒的な破壊力だった。龍族と人類が、ティナーシャを巡って争い始めたのだ。


ラヴィンは、その混乱に乗じて、ティナーシャを連れて逃走した。追撃を振り切り、身を潜めた洞窟の中で、ラヴィンは冷静に状況を分析する。


「まさか、龍族と人類が、君を狙って争うとはな。…いや、違う。彼らは協定を結んでいる。君を捕らえるか、抹殺するか、どちらかに賭けている。だが、どちらも君がどちらかに加担することを恐れている。君は、両陣営にとって『不安定な存在』なのだ」


ティナーシャは、ラヴィンの言葉に絶望した。


「じゃあ、私は…どこにも居場所がないってことか」


その時、彼女の瞳から涙が溢れた。その涙は、怒りでも悲しみでもない、初めての孤独と絶望からくるものだった。


「居場所なら、君が自分で作ればいい。君の力は、龍の力でも、人類の力でもない。君だけの力だ。その力を信じろ」


ラヴィンの言葉に、ティナーシャは、再び立ち上がる決意を固めた。彼女は、もはやただ逃げるだけの存在ではない。自らの存在意義を求め、二つの頂点に立ち向かう、反逆者へと変わっていく。




第四章:それぞれの思惑

ティナーシャとラヴィンは、追っ手をかわしながら旅を続けていた。彼女を追う者たちは、もはや単なる騎士団や若龍ではなく、龍王ヴァリガエルと女王ヨル直属の精鋭たちだった。


「なぜ、私を…?」


ティナーシャは、夜空に浮かぶ月を見上げながら呟いた。


「君の存在が、千年続く戦争の均衡を崩すからだ。龍と人は、互いを憎み合うことで、この不毛な争いを続けている。君のような、両方の血を引く存在は、彼らの常識を覆す。だから、君を消し去る必要がある」


ラヴィンの言葉に、ティナーシャは沈黙した。彼女は、自分の存在が、両種族にとっての「希望」ではなく、「脅威」でしかないことを知ったのだ。


その頃、王都では、女王ヨルがライアンに命じて、ティナーシャの持つ「龍気」の分析を急がせていた。


「もし、あの娘の力が完全に覚醒すれば、もはや我々の手には負えない。だが、もし、その力を解析し、利用できれば…」


ヨルは、人類の勝利のためなら、いかなる犠牲も厭わない冷酷な女王だった。彼女の目的は、龍族との共存ではなく、龍族を支配することだった。


一方、龍族の王ヴァリガエルは、自身の居城で、ティナーシャの抹殺を命じていた。


「あの忌まわしき混血は、この世界の穢れ。我が血統に泥を塗る存在だ。必ずや、その首を差し出せ」


彼の命令は、絶対だった。しかし、彼にはもう一つの思惑があった。もし、ティナーシャの持つ「龍気」が、失われた「龍帝」の力に由来するものであれば、彼女を抹殺する前に、その力を奪い取る必要があると考えていた。


両陣営の思惑が交錯する中、ティナーシャとラヴィンは、旅の途中で、かつて龍と人類が共存していたという古代遺跡にたどり着く。そこには、龍族の魔法と、人類の知恵が融合した、失われた技術の痕跡が残されていた。


「これを見ろ、ティナーシャ。ここには、君と同じ『半端モノ』たちが生きた証がある。彼らは、力ではなく、知恵と心で、この世界を築こうとしていたんだ」


ラヴィンは、遺跡に残された古い壁画を指差した。そこには、龍と人が手を取り合い、共に暮らす姿が描かれていた。


ティナーシャは、初めて自分の「半端モノ」という存在が、決して恥ずべきものではなく、むしろ、新しい時代を築くための「希望」になり得ることを知った。


彼女の心に、新たな感情が芽生えた。それは、自分を追放した人々への復讐心や、自分の存在を証明したいという衝動ではなく、ただ、この不毛な争いを終わらせたいという、純粋な願いだった。


彼女は、もはや「討伐対象」の逃亡者ではなかった。龍と人の血を引く者として、世界の運命を賭けた戦いへと身を投じることを決意した、真の「龍帝の申し子」となったのだ。




第五章:それぞれの道

ティナーシャとラヴィンは、古代遺跡で見つけた手がかりを頼りに、伝説の「天空の城」を目指した。しかし、道は険しく、両陣営からの追っ手は、ますます苛烈になっていく。


人類の追撃隊を率いるライアンは、ティナーシャの身体能力と「龍気」が、単なる本能的な力ではなく、意志によって覚醒していることに気づき始めていた。


「あの娘は…進化している。ただの混血ではない。彼女を捕獲し、その力を解析できれば、人類は龍族を凌駕できる。なんとしても手に入れなければならない」


ライアンは、女王ヨルの命令を無視し、個人的な探求心からティナーシャを追っていた。彼は、彼女の「龍気」の謎を解き明かすことに、自らの人生を賭けていた。


一方、龍族の追撃隊を率いるのは、龍王ヴァリガエルの直属の戦士、ルギウスだった。彼は、純血の龍族であり、自身の血統に絶対的な誇りを持っていた。


「穢れた血め。貴様のような半端モノが、我が血統を汚すなど、許せることではない」


ルギウスは、ティナーシャを抹殺するためだけに動いていた。しかし、彼女の「龍気」に触れるたび、彼は胸の奥に、かつて龍帝が放っていたという、畏怖すべき力の片鱗を感じていた。


ティナーシャは、ライアンの策略と、ルギウスの圧倒的な力に、何度も追い詰められた。しかし、ラヴィンの知恵と、彼女自身の「龍気」を駆使して、その都度、危機を乗り越えていった。


この旅の中で、彼女は気づいた。ライアンは、ティナーシャの力を利用しようとしているが、その奥には、世界の真実を解き明かそうとする純粋な探求心があることを。ルギウスは、彼女を憎悪しているが、それは、彼が自らの種族に深く忠誠を誓っているからだということを。


彼女は、自分を追う者たちが、単純な悪意だけではなく、それぞれの信念と使命を背負って戦っていることを理解した。


「みんな…それぞれ、大切なものがあるんだ」


ティナーシャの心に、今まで感じたことのない、他者への共感が芽生えた。それは、彼女の「龍気」を、復讐心や怒りではなく、慈愛と理解の力へと変えていく。


そして、ついに彼らは、「天空の城」へと続く、最後の道にたどり着く。そこには、ライアンとルギウス、そして、彼らが率いる追撃隊が待ち構えていた。


「この先へは行かせない。ティナーシャ、ここで終わりだ」


ライアンが魔法を構え、ルギウスが爪を構える。ティナーシャは、もはや逃げることを選ばなかった。彼女は、二つの頂点に、自分の存在を証明するために、立ち向かう。




第六章:天空の城へ

「この先は、どちらの領域でもない。行く手には、滅びゆく天空の城が待っている。ここでおとなしく投降しろ」


ライアンが魔法を構え、ルギウスが爪を構える。ティナーシャは、もはや逃げることを選ばなかった。彼女は、二つの頂点に、自分の存在を証明するために、立ち向かう。


「私は、あなたたちと戦うためにここに来たのではありません。私は、この戦争を終わらせるために、天空の城へ行くのです」


彼女の言葉に、ライアンは嘲笑を浮かべ、ルギウスは怒りを露わにした。


「戯言を!人類と龍族の憎しみは、千年の歴史だ。お前のような半端者が、終わらせられるとでも思うか!」


ルギウスが、風の魔法を放ち、ティナーシャの身体を切り裂こうとする。その瞬間、ラヴィンが身を挺して彼女を庇った。


「ティナーシャ、早く行け!私がここで時間を稼ぐ!」


ラヴィンの決意に、ティナーシャの心は揺れる。彼女は、彼を置いていくことはできなかった。


「いいえ!私は、もう誰も失いたくない!」


彼女の叫び声が、周囲の空気を震わせた。彼女の「龍気」が、これまでにないほど強く、そして澄んだ光を放ち始める。それは、もはや単なる物理的な力ではなかった。彼女の内に秘められた、龍と人の心が、完全に融合した瞬間だった。


「この力は…」


ライアンは驚愕した。それは、彼が解析しようと追い求めていた、未知の力の答えそのものだった。


ティナーシャは、ライアンとルギウスに背を向け、天空の城へと向かって走り出した。彼女は、ライアンが放つ魔法を、彼女の持つ「龍気」で弾き、ルギウスの爪を、その俊敏な動きでかわしながら、ひたすら前へと進んだ。


彼女の背中を、ラヴィンは静かに見守る。ライアンは、彼女を追いかけようとするが、ルギウスがそれを阻む。


「ライアン、あの娘はもはや、我々が手を出せる存在ではない。あの者は…あの者は、龍帝の血を継ぐ、真の申し子だ」


ヴァリガエルの直属の戦士であるルギウスは、ティナーシャの「龍気」が、かつて龍帝が放っていたという、すべての生命を包み込むような、温かい力であることを感じていた。


彼女は、二つの種族の期待と憎悪を一身に背負いながら、一人、天空の城へと向かう。そこには、彼女の母が救い、そして彼女に血を与えた、伝説の龍帝が眠っているはずだった。








第七章:龍帝の選択

天空の城は、もはやかつての栄光を失い、崩壊しかけていた。ティナーシャは、城の最奥、光が差し込む聖域にたどり着く。そこにいたのは、彼女の母が救い、彼女に血を与えた若龍ではなかった。それは、雄々しく、威厳に満ちた、すべての龍族を統べる王、龍帝だった。


「来たか、我が血を継ぐ者よ」


龍帝は、ティナーシャを静かに見つめる。その瞳は、彼女の血に流れる力をすべて見通しているかのようだった。


「なぜ…私のような半端モノに、あなたの血を与えたのですか?」


ティナーシャの問いに、龍帝は静かに答えた。


「私は、千年にもわたる戦争に疲れた。人間を憎み、滅ぼそうと望む私と、それでもなお、この世界に生きることを選んだ私。私の心は二つに引き裂かれ、もはやどちらにも進めなくなっていた。お前は、その二つの心を受け継ぐ、私の最後の希望だ」


龍帝は、ティナーシャの身体に流れる「龍気」が、龍の威圧感と、人類の不屈の精神が融合したものであることを知っていた。それは、彼が失った、もう一つの心そのものだった。


「お前は、どちらの道を選ぶ?私の意志を継ぎ、人類を滅ぼすか。それとも、母の意志を継ぎ、龍と人類の共存を目指すか」


その時、ティナーシャの脳裏に、ラヴィンや、彼女を追う者たちの姿が蘇った。彼らの戦いは、憎しみだけでなく、それぞれの信念と、愛するものを守るためのものだった。


「私は、どちらも選びません。私は、私自身の道を選びます。この憎しみの連鎖を断ち切り、新しい時代を築くために、私は戦います」


ティナーシャの決意に、龍帝は満足げに頷いた。彼は、自らの力をすべてティナーシャに託すことを決意する。


その時、天空の城の扉が開き、女王ヨルと龍王ヴァリガエルが姿を現した。二人は、ティナーシャの存在が、もはや自分たちの手に負えないものだと悟り、彼女をここで完全に消し去ることを決意していたのだ。


「ティナーシャ、ここで終わりだ」


ヨルが魔法を構え、ヴァリガエルが爪を構える。二つの最強の力が、今、彼女一人に襲いかかろうとしていた。






第八章:希望の一撃

女王ヨルが放つ、すべての生命を凍てつかせる魔法と、龍王ヴァリガエルが放つ、山を砕くほどの炎の吐息。二つの最強の力が、今、ティナーシャ一人に襲いかかろうとしていた。


絶体絶命の窮地。その時、ティナーシャは目をつむり、自らの心に深く潜り込んだ。


彼女は、自分を追放した村人たちの怒り、ラヴィンが失った家族への悲しみ、そしてライアンが抱く探究心、ルギウスが守ろうとする誇り、そして何よりも、母が龍の血を受け入れた勇気を感じた。それらすべての感情が、彼女の中で一つになり、澄んだ光を放った。


「私の存在は、あなたたちの憎しみから生まれたものではありません!…私自身が、この世界です!」


ティナーシャの叫び声が、天空の城に響き渡る。その瞬間、彼女の身体から、かつてないほどの強烈な「龍気」が溢れ出した。それは、物理的な力でも、魔法の力でもない、すべての生命を包み込むような、温かい光だった。


その光は、ヨルの魔法を溶かし、ヴァリガエルの炎を打ち消した。


光が消えた後、そこには、無傷のティナーシャが立っていた。彼女の髪は、穢れた色ではなく、純粋な銀色に輝き、瞳は、爬虫類のような赤色から、夕焼けのような温かい紅色へと変わっていた。


「これが…龍帝の…真の力…」


ライアンは、その力を目の当たりにして、崩れ落ちた。彼は、力ではなく、心と知恵が世界を変えることを悟ったのだ。


「馬鹿な…!我が血統を汚す存在が…!」


ヴァリガエルは、ティナーシャの持つ温かい力に、怒りと恐怖を覚えた。彼は、その力を忌み嫌い、再び炎を放とうとする。


しかし、その炎は、ヴァリガエルの意志とは関係なく、ティナーシャの周りを優しく包み込んだ。それは、憎しみの炎ではなく、生命の炎。ティナーシャの「龍気」は、ヴァリガエルの中に眠る、彼が失ったもう一つの心、龍帝の優しい心を呼び覚ましていたのだ。


ヴァリガエルは、自らの内に湧き上がる温かい感情に戸惑い、咆哮をあげた。


「なぜ…なぜだ…!」


「龍と人は、決して一つにはなれません。しかし、私たちは、共に生きることができます。私は、そのために生まれました」


ティナーシャは、ヴァリガエルの目の前に立ち、静かに語りかけた。彼女の言葉は、彼の中にあった千年の憎しみを溶かしていく。


その時、天空の城の扉が開き、ラヴィンと、傷を負いながらも駆けつけたライアンとルギウスが姿を現した。彼らは、すべてを悟ったかのように、静かにティナーシャの戦いを見守った。


ティナーシャは、龍と人の両方の血を引く者として、二つの種族の頂点に、新たな道を示す。








第九章:終結と始まり

ティナーシャの「龍気」は、女王ヨルと龍王ヴァリガエルの心に深く響いた。彼女の存在は、千年の憎しみを溶かす太陽の光のようだった。ヴァリガエルは、自らの内に眠っていた龍帝の温かい心に触れ、咆哮をあげた。その咆哮は、怒りでもなく、悲しみでもない、失われたものを取り戻した喜びの叫びだった。彼は、ティナーシャの前にひざまずき、静かに頭を垂れた。


「…真の龍帝の申し子よ。我が血統の未来は、お前に託された」


一方、ヨルは、ティナーシャの力と、彼女が示した「心」の力に圧倒されていた。彼女は、力だけでは世界を変えられないことを悟った。ティナーシャは、ただの兵器でも、利用すべき道具でもない。彼女は、人類が忘れていた希望そのものだった。ヨルは、自らの杖を地面に突き刺し、静かに目を閉じた。


「我々は…道を見失っていたのかもしれないな」


千年続いた戦争は、世界の二つの頂点による降伏宣言をもって、終わりを告げた。


しかし、これは物語の終わりではない。ティナーシャの物語は、ここから始まるのだ。彼女は、龍と人の血を引く者として、二つの種族の仲裁者となることを決意する。


龍族は、長きにわたる戦争で失われた土地を人類に分け与え、人類は、龍族の魔法を畏怖するのではなく、共に学ぶことを選んだ。


ティナーシャは、ラヴィンと共に、各地を巡る。彼女は、戦争で傷ついた人々を癒し、龍と人の間に立ち、互いの文化や歴史を理解させるための活動を行った。彼女の「龍気」は、もはや戦闘の道具ではなく、人々と龍の心をつなぐための、温かい光となっていた。


そして、彼女は故郷の村に戻った。かつて彼女を追放した村人たちは、彼女の姿を静かに見つめた。そこには、憎しみも、恐怖もなかった。ただ、故郷を救った英雄への、深い尊敬の念があった。


「私は、ただの半端モノではありません。私は、私です」


ティナーシャは、そう言って微笑んだ。彼女の瞳は、夕焼けのような温かい紅色に輝き、その髪は、太陽の光を浴びて、銀色にきらめいていた。彼女は、どちらの世界にも属さない「半端モノ」として生まれたが、その異端さが、新しい世界を創り出したのだ。


これは、龍の血を継ぎし少女、ティナーシャが、己の運命と向き合い、広大な世界を冒険する物語の、始まりの物語である。

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