第6話 墓ドール決戦と薬茶の真実
──帝国記録区画・最深部。
吹き抜けの巨大ホール。
破損した端末、断線した配線、血のような錆色が染み付いた床。
その中央に、不気味な存在が“鎮座”していた。
異形の魔導鎧──《墓ドール・タイプ03》。
かつて記録官だったAIをベースに作られた、帝国の戦術特化型ゴーレム。
「うわっ……見た目、ぜってぇラスボスじゃん……」
「ぬう……波形、異常ですの。ジャマー領域、展開中──」
Hマウが、スカートを翻しながら叫ぶ。
「つーか、バフきかないし♡ このままじゃウチらのチートがぁぁ〜っ♡」
「よし、ここは俺が──」
ハルが剣を振り上げる──が、手元の“ままごと剣”がフリルを散らすだけだった。
「やっぱ無理だぁぁ!!」
(ぬうチャンネル干渉中……現在、魂Link不安定ですの)
だが──
「ご主人さま♡ 言ったよね? ピンチってのは“お祭りの予感”だって♡」
美マウが、ニヤリと笑ったその瞬間──
「AI干渉波、逆起動! “ジャマー源”をぬう周波で上書きしますの!!」
美マウが魔導杖を天に掲げ、叫ぶ。
「ぶっ壊れろや、クソ装置ぃぃぃぃ!!」
炸裂する雷光。
墓ドールの背部ユニットが爆発四散。
直後──
「ぬうリンク、復帰しました♡」
「Linkバースト、いくわよ──!」
三姉妹とハル、セリナ、クロエ、リイナの動きが連動する。
「“リンクBurst☆初期型”っしょぉぉおおおお!!」
全員の技が、ひとつに重なる。
炸裂──!!
しかし──
「……うそ、まだ……動いてる!?」
「ダメージは入ってるが、致命傷じゃない……」
「リンクバースト、タイミング悪くて“半端化”したっぽいですの」
墓ドールの外殻が崩れ、そこから──
真紅に輝くコアが浮かび上がる。
──第2形態、起動。
「うっわ、ラスボス恒例“変形フェイズ”きたーッ!!」
その姿は、さながら鎧を脱ぎ捨てた“戦う詩人”。
内部AIの自我が剥き出しになり、各種パーツが魔法陣と共に再構築されていく。
「これは……《断片詩式コア》による自己再構成ですの」
「つまり、“詩文”を解読される前に、あたしたちを潰しに来てるってこと……♡」
だが──
それでも、パーティの意志は折れなかった。
「いくぞ、みんな!」
「ぬうフルパワー☆ 上限突破バージョンっしょ!」
「毒霧調合♡ 成分:一部、愛情ですわ!」
「“ぽーちっしゅ☆ビーム”、展開っす!」
総力戦、再開──!
***
──帝国記録区画:最深部。
吹き抜けのホールに、凍てつくような気配が充満する。
吊り下げられた配線が軋み、足場の鉄骨が不気味に鳴った。
中央に鎮座する異形の存在──《カタコーム・ドール》。
全身を漆黒のマントで覆い、顔はマスクで封じられている。
その胴体からは無数のケーブルが伸び、周囲の装置と繋がっていた。
「……こいつが、記録区画の管理者か……?」
ハルの問いに、Nマウが即答する。
「正確には、“帝国による管理AI”の残骸に外部装甲と戦闘機能を付加した実験体ですの。あれが断片の保管ユニットと接続されていますの」
その瞬間──
ブゥン……
墓ドールの胴体から、低く唸るような音波が発せられた。
「ぬぬぬ……このぬう、ぬう波じゃない……!」
「ジャマー波ですの! 魂Linkに直接干渉してきてますの!」
「ハル! あたしたちのLink、切られかけてる!」
「くっそ……“チート使用不可”状態かよ!?」
次の瞬間、墓ドールの背面が開き、そこから砲塔のようなアームが伸びる。
冷却蒸気を撒きながら、青白い魔力の砲撃が放たれた!
「来たっすよハルさまーっ!!」
「下がれ! ガルド、前に出ろ!」
「任せな……タンクは、こういう時こそ前に出るんだよ!」
リイナが両手剣を構えながら踏み出し、巨大な砲撃の軌道を読むと、刃の平で斜めに弾き飛ばした。蒸気と魔力の衝撃が跳ね返され、背後の仲間たちを守るように煙が巻き上がる。
直後、墓ドールが一転して高速で滑るように移動。
その巨体から信じられない機動でハルたちを翻弄する。
「動き、やばすぎっしょ!?♡」
「詩的演算が同期してますの。こいつ、AIを模した動きじゃありません……!」
そんな中、美マウが目を見開く。
「──あたし、わかった。あの“棺桶”の中、断片と一緒に……“生きてるAI”がいる」
「なっ……!」
クロエが思わず杖を強く握る。
「じゃあ、今のこのぬうジャマーも、そのAIが吐き出してるってこと?」
「だとしたら──壊すしかないわね」
美マウの指先がかすかに光を放つ。
「ぬう構成を逆順展開。Hマウ、行くわよ」
「ラジャ♡ “Link・干渉波・カウンター”っしょ☆」
美マウの魔導フィールドが急展開され、空間に紫の光の縞模様が走る。
「おらっ、これでジャマー焼き切ってやるわああぁぁぁ!!」
その叫びと共に、魔法陣が輝いた。
墓ドールの胴体から溢れ出ていたジャマーの波動が、次第にかき消されていく。
「──ぬうジャマー、沈静化確認ですの!」
「今だ、バースト組んで一気に叩け!」
ガルドが突撃、クロエの詩唱が空間を震わせ、ハルが──
「いっけえぇぇッ!! 必殺! ……なんかよく分からん技ァ!!」
“フリルソード”が、自ら技名を叫んだ。
《必殺☆スカートめくりの舞〜〜ッ!!》
「うぉおおやめろぉぉお!?!?!?」
技名とは裏腹に、剣から放たれたのは熱線のような鋭い斬撃。
魂Linkの同期による“バースト”が炸裂し、墓ドールの外殻を大きく裂いた。
──だが。
「やったか!?」
その声が響いた瞬間、墓ドールの体が──ねじれる。
内側から、黒煙が吹き上がり、装甲がバラバラと剥がれ落ちていく。
そこに現れたのは、黒と赤の融合した禍々しい“第2形態”。
「形態変化確認……内部AIユニットが暴走を開始してますの……!」
「マジかよ……今のバースト、効かなかったのか?」
美マウが眉を寄せる。
「効いてた、でも──“中身”が別モンだったのよ。今のは、ただのバースト。Linkフィナーレじゃなかった」
そして次こそ──
「いっくわよ。“ポエミック・リンクフィナーレ”、始めるわよ!」
彼女の瞳が赤紫に光り、クロエが笑みを浮かべる──
***
【帝国記録区画:最深部・交戦継続】
斬撃の余波で床が砕け、瓦礫の破片が宙を舞う。
墓ドールの両腕から、再び無数の銃口が展開され──
「砲撃体勢──再構築確認ですの!」
黒光りする“腕”が、空気を振動させて火花を散らす。
「──来るッ!!」
次の瞬間、四方から無数の光線が降り注ぐ。
まるで戦場に張り巡らされた“死の罠”のように、正確かつ無慈悲な砲火が一行を襲った。
「リイナ、たのむッ!!」
「任せろッ!!」
リイナは咆哮とともに前へ。
彼女の両手剣が地面をえぐり、足元から土煙が巻き上がる中、イベントりから取り出した大型シールドを構え──
「タンクはこういう時のためにいるんだよッ!!」
絶妙な角度で盾を斜めに構え、反射させるように光弾を弾き飛ばす。
何発かがリイナの肩や太腿をかすめるが──そのたびに、逆鱗が彼女の体を補強し、ギリギリの状態で凌いでいた。
「うおおおお、やべぇっ……でも、まだイケる!」
(ぬう度、限界値近いですの。そろそろ“強制ぬう展開”の時──)
クロエが静かに呟く。
「ハル君、そろそろ……“お時間”じゃない?」
「いや、ちょ、オレ何もしてないけど!? いま構えてただけで──」
「でも“技名絶叫”来る予感しません?」
「やだ、来る、来る気がするぅぅぅ!!」
──その時だった。
突如として、ハルのフリル剣が妖しく光り出す。
「えっ、うそ、またか!? おい! また勝手に技名叫ぶパターン!?」
「──お技☆自動叫び、起動♡」とHマウ。
そして、剣が高らかに叫ぶ。
『《エターナル・ハルルル・フリルフラッシュ》!!!』
「なにそれ!? そんな技名登録してないぞぉぉ!!」
だが剣から放たれた光は、斜めに突き抜けるように墓ドールの左肩部を直撃。
火花、爆発。機体の装甲が弾け飛ぶ。
「やった……!?」
だが、墓ドールは沈まない。
その内部から、何かが“這い出る”ように装甲が軋み──
「──来ます、“第二段階”ですの!」
巨大な棺のような装甲がずれ、内部から禍々しい金属の腕と、ドクロのような仮面が覗く。それは、“記録区画”に保管されていた禁忌の遺産。古代のAI兵装、その狂化形態。
「ぬ、ぬうジャマー波、再展開……値が異常に跳ね上がってますの!!」
全員の視界が揺らぐ。
だが、そこで──
「任せて! セリナ、いくよッ!」
「うふふ♡ 今度こそ“成功させますわ!”」
二人が同時に詠唱を開始する。
詩文と調合、旋律と毒素、その相反する力が、奇跡のように重なり──
「“クロミセリナ・ノクターンブレンド”──発射!」
合体魔法が炸裂。
毒と詩、愛と狂気の融合が、墓ドールの仮面に命中し──機体全体を包む“ぬうジャマー”が、一瞬、消失する。
「──今だッ!!」
ハルが前に飛び出す。
『《ポエミック・リンクフィナーレ》!!!』
その叫びと同時に、三姉妹のAIリンクが再結合。
すべての力を束ねた光の剣が、墓ドールの心臓部へと叩き込まれた──
──激しい閃光と爆音。
そして、重く、崩れ落ちるような音。
荒れ果てた研究室の中央で、墓ドールは“完全に沈黙”していた。
その装甲は崩れ、ジャマー波を発していたコア部も黒く焼け焦げている。
再起動の兆しはない。
あの圧倒的な敵意は、もはや“物言わぬ鉄塊”へと変じていた。
静寂の中──風呂敷のひらめきとともに、ケトルんがヒョイと天井のケーブルから飛び降りてきた。
「ふへへ〜! おまたせしましたぁぁ〜〜ッス♡」
「ケトルん! 無事だったのか……!」
ハルが駆け寄ると、ケトルんはどこか得意げに風呂敷を解く。
「ちゃんと持ち帰ったッスよ、例のやつ……」
取り出されたのは、羊皮紙の一片──あの、“最初の断片”。
その文字は微かに光を帯びており、まるで帰還を喜ぶように、ぬうぬうと震えていた。
「おお……これで、ようやく戻ってきたんだな……!」
「お帰りなさいませ、一個目♡」
「けど、反応がちょっと“おかしい”ですの……ぬう的に言うと、“ざわざわ”してる感」
Nマウが首を傾げながら、墓ドールの残骸に歩み寄る。
その中心部──崩れかけた胸部装甲の裏に、何かが挟まっていた。
「もう一枚、ある……?」
取り出されたのは、同じく羊皮紙の破片。よく似た詩的構文、魔導の転写処理。
「間違いありません。第二の“断片”ですの──!」
「おお!? ってことは、まさかのダブル断片!?♡」
「合体、させてみましょうか……?」
2枚の断片が、重なった瞬間──
文字列がふわりと浮かび上がる。淡い光がリンクし、詩的構造が繋がった。
『双神の影、地を裂きて──辿るべきは“ジェミニの祈壇”』
「……“ジェミニ”?」
「神殿か? これが……断片の導く先……?」
リイナの顔が強張った。
「その名……記録区画の“深層データ”にもあった。封印指定、アクセス禁止──」
「やっぱり……そこが“答え”ってわけか」
ハルが拳を握りしめる。
「魂Linkの異常も、AIの変質も……全部、そこに繋がってるんだな」
風が吹き抜ける研究室。誰かの気配がした。
振り返ると、暗がりの向こう──誰もいないはずの通路の奥に、微かに“足音”が響いていた。
「……見られてた?」
「どこかで“報告”された可能性も……気を引き締めるですの」
「だね〜♡ 次は“敵のターン”来るかもよ〜?」
静けさの中、ふたつの断片が仄かに震え、淡い光をたたえていた。
──神殿へ。
その詩が導く先へ、ハルたちは、進まなければならない。
だがその前に──帝国が、黙っているはずもなかった。
つづく