第3話 薬茶マスターとヒーラー試験ですわ!
うさ耳探しの果てに出会った逆鱗少女・リイナ。
ケトルんのぬすLink♡が発端となった騒動をきっかけに、ハルたちとリイナが共闘。
そのままリイナがPT加入するも、ケトルんは帝国の騎士団(R・Pushある・ぷしゅ)に連れ去られてしまった。リイナは騎士団の元副団長という過去を明かし、
「騎士団の行動には“ジェミニ神殿”が関わっているかもしれない」と不穏な示唆。
ハルPTはケトルんを救出すべく、リイナの提案で貧民街にある盗人ギルドのアジトへ向かうことに。
しかし、危険な潜入作戦を進めるには──ヒーラーが必要だった。
***
──ゲートタウン西端。貧民街を抜けた先に、ひときわ雑多な雰囲気のバラックが建ち並ぶ。
その一角、風呂敷泥棒が使っていたと噂の“猫影アジト”に、ハルPTはこっそり足を踏み入れた。
「ここって、マジで盗賊の隠れ家っしょ?」
(誰がどう見てもそうですの……けれど、帝国への反抗勢力とも繋がりがあるとか)
「ていうか、そもそも侵入した時点でアウトじゃね?」
びくびくするハルの背中で、黒マントをひるがえしてリイナが言い放つ。
「案内は私に任せろ。昔ちょっと縁があったんだよ。……めんどくせーけどな」
そう、昔──まだ騎士団にいた頃。
この猫影アジトの連中が、物資をちょろまかしてたのを見逃してやったことがあった。
帝国のやり方が気に入らなくてな。
ああいう雑魚にいちいち説教すんのもダルかった。
その代わり、貸しにするって約束だったんだが……
こんな形で使っちまうとはな。返してもらうタイミングとしては、ちょっと“都合が悪い”。
──マジで、めんどくせぇ。
──だが、ここで想定外の事態が起こる。
「今、医療班が崩壊してんの。回復できる奴がいないんだよ!」
猫影アジトの代表格らしき人物が、焦った顔で告げた。
救出作戦の下準備には“癒し役”が必要不可欠。にも関わらず、そこが欠員中。
「だったら、代わりを探すしかないか……」
「ヒーラーって言えば、ギルドに募集が出ていたはずですの。三人ほど来ていた記録がございます」
「よし。ケトルんのためだ、俺が選びに行く!」
(ぬう度、やる気MAX判定。ちょっと感動ですの)
(ウチら的には“ギャルポイント高い”っしょ♡)
***
緑の回廊に入った瞬間──鼻をつくのは、薬草の香りと、なぜか漂うカレー臭だった。
【ギルド前:ヒーラー募集会場】
到着してみると、既に残っていたのは一人だけだった。
──セリナ・ローレル。
白いローブに金糸の刺繍。透き通るような肌、柔らかな物腰──
……だがその腕に抱えていたのは、緑色に濁った“怪しげな壺”だった。
(うわ、なにあれ……どろどろしてる……)
(あれ飲み物? 飲み物なの?)
「ま、まさか……試飲、されますの?」
「マズそう……てか、色がまずアウトっしょ♡」
全員が一歩引いたその時、リイナが鼻を鳴らした。
「ヘッ、そんなもん──あたしが飲んでやるよ」
ぐいっと一口。間髪入れず、瞳がカッと見開かれる。
「ッ……ッざけんなコレ、毒じゃねーか!!」
──ドサァン!!
「うふふ♡ ちょっぴり苦い“癒しの味”ですわ」
「……こ、これが……薬茶マスターの実力……!」
(ぬう度と味覚を犠牲にして、回復効果マシマシですの……)
味覚が死ぬかと思った──が、体が軽くなる感覚は確かにあった。
「ぬう度と味覚を犠牲にして、回復効果マシマシ……やるな、お嬢」
「お味はいかがでした? ふふ、すべて天然素材で調合しておりますわよ」
(うそですの。現地調達ゆえ成分に個体差ありますの)
(それもう薬じゃなくて、ただの雑草汁じゃん♡)
「まあいいか……今の俺たちには、回復できる仲間が必要だ」
ハルが小さくうなずくと、リイナがちらっとセリナを見やって言った。
「この娘、意外とやるな。毒にも薬にも──ってやつか」
「どちらかといえば、両方のような……気がいたしますわね」
リイナは鼻をつまみながら、ちらっとセリナを見た。
「ったく、うさんくさい薬草マニアかと思ってたが……見直したよ、毒盾的な意味でな」
「うふふ♡ いずれは“神薬草”を調合するのが、私の夢ですわ」
(それ、ゲームバランスぶっ壊れるやつですの)
(セリナちゃん、静かにやばい系だねぇ〜♡)
(いやむしろ、我々のギャグ補正に最も適応しうる素材──)
「で、どうすんだ? このまま入ってもらうんだろ?」
ハルの問いに、ミャウがすっと手をかざし、セリナをスキャンする。
「回復スキル、ポーション補助、戦術的判断……総合評価、Aランクですの」
「てことは、“ガチ加入”でよくね?♡」
「え? ま、待ってくださいませ。わたくし、まだ正式に承諾を──」
「しろよ」
「しちゃいなよ♡」
「拒否権、ありませんの」
「うざっ! 三人まとめてどうにかなさいまし!」
セリナは憤慨しつつも──ふと、不思議そうにハルを見た。
「あらあら……あなた、もしかして──取り憑かれてございますの?」
「え、いや、それは……っ!」
「徐霊のお薬も調合できましてよ? ええ、少々ゲロまずではございますけれど♡」
「い、いや! 飲みます! ください! 頼むから効いてくれ!!」
ゴクン。
……無反応。
「……効かないんかーい!!」
ハルが崩れ落ちる。
「うふふ♡ ものすごい“絆”でいらっしゃいますわね。これはもう、仲間に入れていただくしかありませんわ♡」
「“絆”ってそういう意味じゃねえだろ!?」
(効かないってことは、完全に同一アカウントっしょ♡)
(魂Link、適合率98%。もはや“共有人格”ですの)
「やっぱお前らのせいかあああぁぁっ!!」
夕暮れの風が通り抜ける路地裏。
「これで……回復役、確保だな」
仲間が一人増えた余韻にひたりながら、ハルはふと呟いた。
「さて──あとは、あいつを助けに行くだけだ」
ハルの言葉に、誰も返さなかった。
だが、その場にいた全員が、同じ場所を見ていた。
夕闇が落ち始めた街の向こう。
石造りの高壁が重々しくそびえ、その奥に──帝国の砦の尖塔が、鈍い光を帯びて見えた。
あまりにも静かで、あまりにも遠い。
それはまるで、この先に待つ困難の深さを語る“静寂の壁”だった。
***
【ゲートタウン:猫影アジト】
「ふむ、そっちも人手が足りてなかったんだろ? ヒーラーはこっちが出す。場所の案内、頼む」
猫影の代表格らしき男は、焦ったように頷いた。
「お、おう……分かった。場所の案内人、すぐにつける……」
***
妙に様子がぎこちない。
地下通路に足を踏み入れた瞬間──空気が変わった。
ひんやりと湿った風。苔と埃の混じった匂い。
そして、天井からポタリと滴る水音。
「この通路、城の東端にある古井戸の下に繋がってるはずだ」
そう言ったリイナの声が、石壁に反響して、不気味な残響を残す。
「……ずいぶん、えげつない抜け道ですね」
「昔の反逆者が使ってたルートだ。知ってるやつは、もうあんまり残ってない」
足音がコツ、コツ、と乾いた音を立てながら響く中、案内役の青年がちらちらと後ろを振り返る。
その仕草が、妙に落ち着きのない空気を濃くしていった。
通路の中ほどまで来たところで──案内人が突然、踵を返して走り出した。
「す、すまんッ!! やっぱ無理だ俺ッ! 捕まったら終わりなんだッ!!」
「待てコラァ!!」
リイナが叫ぶも虚しく──
「……逃がすかっしょ♡」
ピシィンッ!
Hマウが指を鳴らすと、スカートの中から紙吹雪のような呪符が舞い上がった。
一枚が案内人の足元に命中──爆音と共に、謎の“超絶スロー”デバフが発動。
「ぬおおお!? うご、け、ね、え……!」
案内人、スロー効果でスローモーションの如くジタバタ。
「確保しますの」
ミャウが手際よく男を取り押さえた。
数分後──
「す、すいませんでしたああああ! ぜんっぜん知らないんスよ、ほんとは抜け道なんて! っていうかビビっちゃって! ぶっちゃけ怖くて! でもノリで案内役に手ぇ挙げたら断れなくなってて!」
ちびちび震えながら白状する案内人を、三姉妹とリイナがじと目で見つめていた。
「……おまえ、出直してこい」
そして、結局ハルたちは猫影アジトへ戻ることに。
猫影アジトへ戻ると、代表の男は項垂れながら土下座した。
その横では、さっきの案内人が正座させられていた。
頭は見事な丸坊主、額にはたんこぶがふたつ。
泣き顔でシュンと縮こまっている姿は、まるで叱られた子犬のようだった。
「す、すまねぇ! やっぱ無理だ……俺たちじゃ、もう関われねえ……」
「……リイナちゃん、がまんですわ」
「……いや、もう無理」
リイナの耳がピクリと揺れた。
ドガァァァァン!!
拳が振るわれた瞬間、壁が破裂音とともに崩れ落ち、木片とホコリが四散する。
砂煙が渦を巻く中、逆光の中から──うさ耳のシルエットが、ゆっくりと歩み出る。
「──うぜえんだよ、お前ら……」
静かな声だった。だが、逆らう者など一人もいなかった。
空気が張り詰め、視線すら送れないような“圧”が場を覆い尽くす。
リイナの足元で、うさ耳の影が、怒りに震えるように揺れていた。
「借りは借り。返せって言ってんのに、グダグダ抜かすからこうなるんだよ」
荒れ狂うように肩で息をしながら、リイナは壁に開いた穴の前に仁王立ち。
アジト中の視線が集まる中、ガルドが感心したようにぼそっと呟いた。
「……やべえ、出たな。うさ耳の逆鱗……」
代表の男が土下座姿勢のまま、ぴくりとも動けない。
「貸しふたつだかんな。くそだるっ!!」
アジトの空気が一瞬で凍る中──
ハルは壁の破壊音にビクッとなりながら、口元を引きつらせた。
「……あー、うん。リイナさん、ちょっと怖すぎっすね……」
小声でぼやいた後、そっとガルドの方に寄って耳打ちする。
「これ、次の作戦無かったらマジで全滅してたろ……」
「いや、マジでな。うさ耳のキレ芸、地雷原っしょ」
(次、次って……)
(いちおう詩的兆候の反応、街の北側で微弱に感知してますの)
「おっ、ほんと? ……よし、リイナが殴り直す前に退散しよっか……」
そして──街の片隅で、ひとり不思議な言葉を紡いでいた“詩人少女”と出会うことになるのは、まだ先の話で合った。
つづく