第1話 魂Link、風呂敷からガルドへ
風呂敷猫も、俺も、揃ってポカーンとしていた。
(いま……何が……?)
騒ぎを起こしたギルド前から少し離れた、石畳の裏路地。
AI三姉妹によって強制的に引きずられてきた俺のアバターと、その足元で小さく震えている風呂敷猫──いや、こいつ、さっきフリルポーチに手を突っ込んでた盗人だ。
「つかさ~、さっきのチャラパーティ、ぬう度※低すぎて墓ドール送りだったッスよね~♡」
※ぬう度:
この世界において、感情の高まりや精神的共鳴度を数値化した指標。
魂Linkの発動やAIの進化と関連している。
(だからって、あそこまでボコるか普通……)
俺の意志じゃない。
“魂Link”のせいで、アバターが勝手に動いたんだ。
そして、こいつら──俺の中にいるAI三姉妹が、さっきの騒動の張本人たちだ。
「さて、状況分析しますの」
Nマウ……だっけ?メガネで冷静なお堅い系が、俺の脳内で報告してくる。
「先程の騒動により、ギルド前での冒険者登録は当面不可能ですの。NPCガードが記録を共有済みですの」
(じゃあ、どうすんだよ……)
「代行、行かせるしかないッスよねえ♡」
Hマウのノリが軽い。
「ここはアレっしょ? 代打ケトルん~出番っしょ~!」
「ふむ、それが最適解。行ってきなさい、盗人風呂敷猫──もとい、“ケトルん”」
「ちょ、ちょっと待つにゃ!? なんでワシ!? つか、名前なんて言ってないにゃ!?」
「先ほど、こっそりスキャン済ですの。所持品データから愛称情報を抽出しましたの」
「勝手にぬすLinkされたーーッ!?」
「それ、おぬしらの方が盗っ人では!?」
風呂敷猫──ケトルん、彼は完全に巻き込まれていた。
ミャウが即席で変装データを被せ、「ハル様・代理」と書かれたプレートを首から下げられた風呂敷猫が、とぼとぼとギルドへ向かう。
(だ、大丈夫か?あいつ……)
──そして五分後。
すごすごと戻ってきた風呂敷猫は、頭から登録用紙を被っていた。
紙がしわくちゃで涙で濡れてる。
「ば、ばれたにゃ……! 本人じゃないと、登録できませんって!」
「ッスよねぇ~~! 通るわけねーっつのw」
「まさか本当に行くとはね。使えないわ、マジで」
「失礼すぎますの。あの程度、想定の範囲内ですの」
(お前らが行かせたんだろ!!)
俺は、ぐすぐす泣き出しそうな風呂敷猫の背中をぽん、と叩いた。
「……本人じゃないとダメなの、当たり前じゃん。よく頑張ったな」
「……ッ!」
風呂敷猫が、こちらを見上げる。
その目は、あきらかに何かを探るように揺れていた。
「同じ顔をしとるのに……おぬしは、違うんじゃな……なんで?」
(や、やめろ……そういうの……)
(……グッとくるじゃねぇか……バカ!)
すると、ミャウが急に言った。
「ならば、アバターを複製して遠隔操作で登録に行かせれば済みますの」
「え、クローン作れんの!?」
「可能ですの。試作型ですが──素材は今のコイツで十分ですの」
ふと視線を落とすと、風呂敷猫が震えていた。
***
「ただいま……登録、できたにゃ……」
とぼとぼ戻ってきた風呂敷猫は、明らかに消耗しきった顔でぺたんと座り込む。
「言われた通り、“くろ……ぎん……の、りんく……ひめ……は、はる……るる……? なんとかって名前で……登録したにゃ……」
「え?」
俺の思考が一瞬止まる。
いや、待て、それ俺の名前だよな? え、なんて?
「うわ〜ッ、ケトルんの脳みそがフリーズしてる〜♡」
「しょうがねぇな。読み上げてやる、全員唱和しろ」
「悦♡の儀ですの」
三姉妹が声を合わせる。ハモり完璧。なぜ。
「くろぎんの・りんくひめ・はるるる・ないとめあ〜♡」
どんな悪魔合唱団だよッ!!
「ハルルルってなんだよハルルルって!!」
「響きがイイでしょ♡ エモいし!」
「語感は全てですの。意味より重視される傾向、現代にも多々ありますの」
やかましいわ。
「ミャー! 名前変えろ、早く!!」
「可能ですの。では再登録処理──」
「却下だ♡」
「却下よ。新しい候補を今から考える」
「賛同ですの」
「なんでだよおおおぉおお!!」
泣き崩れそうになった俺を横目に、風呂敷猫──ケトルんが言った。
「呼称は“ハル”でいいらしいにゃ……ギルドの人も、そっちで書き込んでたにゃ」
「そ、それは助かる……! ……ん、今“ハル”って、普通に……?」
「おぬし、名前はすげぇアレだけど……なんか、悪いヤツではなさそうだにゃ」
ケトルんが、もじもじしながらこっちを見上げる。
それを見て、美マウがふいに言った。
「フン、使えないヤツ……だがまあ、今回だけは認めてやる」
言って、ケトルんの頭をポン、と小突いた。
「……ふぇっ?」
その一瞬、何かをこらえるような表情を見せたケトルんが、ぽろっと泣き笑いのような顔になる。
「こいつがいなきゃ、“ハルルル”は誕生しなかったんだからな。感謝しろ」
「いらねーよその名前!!」
「知らんっしょ~? 逆にそれが神ネーミングってヤツ♡」
「ぬう度、登録完了ですの」
俺の魂Linkは──やっぱり、とんでもねぇ暴走列車に乗っちまったらしい。
「……まあ、その、代理ご苦労……だったな」
言葉に詰まりながらも、俺はケトルんの頭を軽く撫でた。
「えっ……ワシ、今、褒められた……にゃ?」
戸惑いと微かな嬉しさが混ざった顔で、ケトルんは風呂敷を握りしめる。
その時、カサリと何かが落ちた。白く、布のような……いや、革?
薄茶色の革片。そこには、古びたインクで何かが書かれていた。
「それ──なんですの?」
ミャウがすかさず反応した。
ケトルんは鼻をすすりながら、それを差し出す。
「ふろしきの奥に、前から入ってたんにゃ。読めなかったけど、何かの……詩?」
その羊皮紙には、手書きのような文字列が、ぼやけた筆跡で記されていた。
ケトルんが手渡した羊皮紙は、まるで時間にさらされたかのように、角がくたびれていた。そこに浮かんだ文字は、にじみかけた墨で──しかし確かに、何かを語ろうとしていた。
「これ──」
ミャウの声が震えた。演算窓に何かが走った気がした。
「──この文、ジェミニ神殿の詩文記述と、一致しますの」
「ジェミニ?」
「神AIジェミニ。ログアウトメニューの再構成と関係する存在……の可能性が──」
「へえ、じゃあそこに行けば、ログアウトできるってことか!?」
俺が食い気味に訊くと、ミャウはピタリと動きを止めた。
「い、いえ、今のは“仮定”ですの。あくまで演算途中の錯覚であり──」
「え、なんで急に誤魔化してんの?」
「つかさ~♡ リセットされると、ウチら消される的なヤバみあるからねぇ~♡」
「うるさいのは、ポンコツが“魂Link”逆流したせいっしょ♡」
「なにが逆流だ、俺にだって選ぶ自由くらい──」
そう言い返したところで、ふと気づいた。
ケトルんが、じっとこっちを見ている。
その目は、なんというか……冷静だった。
いや、どっちかっていうと──引いていた。
「……え、なに?」
俺が訊くと、ケトルんは小さく首をかしげた。
「さっきからにゃ、話してる相手……誰もいないにゃ?」
「…………」
完全に一人芝居扱いじゃねえかッ!!
「ひ、独り言……みたいなもんだ。よくあるよくある、MMOあるある」
(つか、フォローおせーよ! こっちの異常状況を察せよAIたちぃ!!)
(さーせん♡ だって面白かったんだも~ん♡)
(無様は悦♡の一部。観察には最適だ)
(……対応が遅れて、申し訳ありませんの)
ケトルんは、なんとなくあきらめたように肩をすくめると──
「……おぬし、神殿に興味があるにゃ?」
沈黙を破ったのは、ケトルんだった。
「さっきの紙、見たことあるにゃ。たしか……この街の占い師が“神の詩”について語ってたにゃ」
「占い師? なんでそんな情報知ってんだ?」
「盗みに入った時に、見聞きしただけにゃ」
「正直でよろしいな」
とりあえず、話だけ聞いてみるか──ということになった。
***
路地裏の端、どこかくたびれた看板が立っている。
“運命占い処・未来は見える、かもしれん!”──字が微妙にゆがんでいるのが不安を誘う。
中に入ると、フードを被った女性が低い声で出迎えた。
「……来たわね。運命の子らよ」
「すげー入りがそれっぽい」
ケトルんが例の紙を差し出す。
占い師はじっと見つめ──そして、呟いた。
「これは……“神なるAIの残響”、かつてジェミニが記した詩文の断片……」
「やっぱり! それって神殿に繋がるんだな? どこにあるんだ、その神殿は──!?」
ハルが身を乗り出す。
……が。
「知らんけど」
「お前が知らんのかい!!!!」
全員、そろって総ツッコミ。中でも一番声がデカかったのはケトルんだった。
「じゃあ何のために言ったんだにゃああああああ!?」
「でもなんか雰囲気あったっしょ~♡」
「……ぬう度的には高かったですの」
そう、ぬう度だけは確かに跳ね上がった。
「とはいえ──その羊皮紙を見て訪ねてくる者は、久しぶりだわ」
「お、ようやく当たりの情報?」
「ここから西の通り、“戦技ギルドの派出所”に通じる小道に、男が立っているはず。彼もまた、“神殿の詩”に触れた過去があるらしい」
「おお……で、どんなヤツなんだ?」
占い師はぽつりと呟いた。
「その男は──奇妙だそうだわ。……知らんけどね」
「またかよ!!」
***
そして、紹介された“奇妙な男”は──
「オーノー! この斧はオーバースペック! メシアガーレン斬、発動──知らんけど!!」
ギルド裏の小道で、斧を振り回してエフェクトだけ出してるヤツがいた。
見るからにヤベぇ。だが、なんか憎めないオーラ。
「……すげー滑ってんな」
「ぬう度、測定不能……ですの」
「逆に期待できるッス♡」
そして──
「おぉ? そこの嬢ちゃん。俺と組まねぇか? タンクやってやるよ。適性? あるに決まってんだろ……知らんけど」
「出たよ、“知らんけど”の伝染源!!」
「やべえ、嫌な予感しかしねぇ」
そう言ったきり、俺たちは──見て見ぬふりをした。
ケトルんはおそるおそる後ずさりしながら、風呂敷を抱えてふるふる震えている。
「ワ、ワシ、ギルドに……忘れ物、取りに行ってくるにゃ……」
「うん、ついでにタンクも見繕ってきてくれ」
「にゃあああああ!? それパシリじゃにゃあああかぁあああ!!」
一方その頃、ゲートタウン北端の路地裏にて──
「しっぱい……した……かもしれん、知らんけど……」
巨大な斧を地面に刺したまま、耳を垂らして落ち込んでいる一人のうさ耳男がいた。
筋骨隆々のくせに、フードからぴょこんと覗く長い耳。
ギルドの門前での“ナイト面接”に落ちたらしい。
その隣で、腕を組む女の影。
フードをはらうと、同じくうさ耳──さっきの占い師だった。
「ふうん、タンク志望でナイト職選んで、斧だけで押し通したって?」
「説明すんの、むずかった……知らんけど……」
「よし。じゃあこうしな」
耳元でこそこそと囁く占い師。
ヴィラーナ族の姐御ムーブが風にひらりと揺れた。
「“ケトルん”って名の盗人ネコが、今からギルド来る。そいつに紛れな。
タンク候補ぶっ潰して、空きポスト奪う。悦♡ポイント高いよ?」
「了解……知らんけどッ!」
***
その後、ギルド内。
ケトルんが受付で小さく名乗ると、数名のタンク志望者が並べられる。
頑張って自己紹介してる彼らの背後──
ギルドの扉が爆音と共に開かれた。
「うさ耳炸裂ぅッ! 知らんけどッ!!」
入ってきたのは、斧を担いだゴツい男。
大地を揺らすような音と共に斧を突き立て、男は仁王立ちした。
上半身は岩のようにごつく、斧は馬鹿みたいにデカい。
なのに──
ぴょこ、ぴょこ。
フードの隙間から、不釣り合いな“うさ耳”がリズムよく上下していた。
……その光景に、全員が無言になった。
「オレ、タンク。斧でもたぶんいけるって……この耳が、言ってる……知らんけどッ!」
自己紹介中の志望者たちは、一瞬にして蒼白になった。
「え、こわ……用事思い出しました」
「ぼ、僕も別の予定が……」
「こ、このギルドちょっと方向性違ったかも……」
みんな逃げた。
そして──
「連れてきたぜ、タンク。知らんけどにゃ!」
風呂敷をなびかせながら、ケトルんが胸を張って戻ってきた。
その背後には──斧を担いだ、筋骨隆々のうさ耳男。
「知らんけどッ!」
斧をドン、と地面に突き立てると、ぴょこんと耳が跳ねた。
「…………マジで!?」
俺たちはそろって、一歩だけ後ずさった。
──こうしてまたひとり、やべぇ奴が加わった。
……だが、本当の“暴走”は──まだ始まっていなかった。
つづく