表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

プロローグ

 じゃあ……しばらくぶりに、《《現実》》からログアウトすっか。

 誰に言うでもなく、そう口にして、俺はヘッドギアをかぶった。


 部屋は暗い。いや、カーテンを開けてないだけだ。

 机の上には、進まないプロット。売れない小説の第0話。


 SNSは“バズった構文”で埋まり、俺の通知は1日1いいね(身内)。

 ──創作意欲? そんなもん、さっき床に落ちたままだ。


 そんな俺がいまから潜るのは、例の話題作──

 『神覚醒AIファンタジー:逆転の超悦バトル』。


 スキルもステも時代遅れ、いまはAIを育てて“悦”で世界を制する時代らしい。

 しかもPVで言ってたんだよな。


 「操作はAIに任せろ、ぬうでリンクせよ」


 ──どっかのロボットアニメかよ。

 ……そんな煽りに釣られてる時点で、俺も相当やられてる。


 本来このゲームでは、魂Link(ぬうリンク)ってのはプレイヤーがアクションで“やって見せて”、AIに学ばせるシステムらしい。


 体の動き、戦い方、意志──全部、VRヘッドギアで同期して伝える。

 そうやってAIを育てて、やがてはAIから提案が返ってくる……とか。


 中々面白そうだな。

 ──もしかしたら、ネタの種くらいにはなるかもしれないって。


 ……そんなふうに、軽い気持ちでログインしたのが運の尽きだった。


   ***


 フルダイブ、世界が、開けた。

 青空。遠くにそびえる王城。

 そして……目の前の石造りの壁。


 【グラン=チオン帝国領:ゲートタウン】


 ──チュートリアル無しかよ。

 開始地点、いきなり街の裏路地ってどういうセンスだ。

 とはいえ、久々のMMO。


 ……いいじゃん。こういう出だし、ちょっと“物語が始まる感”あるし。


 キャラクリに半日なんてざらだが、俺の頭にはイケメンちょおクールなキャラが始めからあった。


 VRMMO歴十年の老練てだれプレイヤーが、ついに物語の主役になる時。

 誰もが振り返るようなカッコいいナイトを演じる自信が、ある。


 こそこそ話してるNPCや、ちらっとこちらを見たプレイヤー。

 ──あ、やっぱ見られてるな。まあそうだよな、この外見なら納得……。

 どんなもんだい! 


 そんな事より、今はまずギルド登録だ。

 いったん、NPCの誰かに声をかけて──


「お嬢ちゃん、新規で始めたんかい?」


 声がした。

 ギルドの入口前、チャラそうな三人組のパーティ。

 いかにも“女キャラナンパするマン”ってオーラを纏った男たちが、俺を囲む。


「冒険ってのはな、わからねぇことも多いもんさ。困ったら、俺らが面倒見てやろうか?」


(にやっ、と笑う。顔面が近い。距離感おかしい)


「なにその目線の高さ……あれ? 俺、見下ろされてる……?」


 ──なぜか、背筋がゾッとした。

 おかしい。なんだこの違和感……え、俺、“女”に見えてる?

 まさか──いや、いやいや、そんなバカな──


「で、お嬢ちゃん、名前は? 見たとこ魔導士系っぽいけど」


 はああああ!?!?

 俺はナイトだ!! ちょおクールな、漆黒の騎士なんだが!?

 いや待て、まずは落ち着け──設定画面を開こう。キャラ情報、キャラ情──


「……カーソルが反応しない。まるで、最初から“俺用じゃなかった”みたいに」


 ……無い。

 メニューが開けない。ウィンドウが出ない。

 ステータスも、装備欄も、ログアウトボタンすら存在しない。


(そしてふと気づく)


 足元。細い。というか細すぎる。膝上のフリルがヒラついて──

 な、なんでニーソ!? お、俺、こんなもん履いた覚え──!


(手を見上げる。小さくて白くて爪まで色塗りで整ってる)


「……え? 嘘だろ……?」


 パニックになりかけた瞬間、視界の端にあった窓ガラスに──

 ──映ってた。


 漆黒のドレス風マントに、

 白と黒のレースで縁取られた、ゴスロリ調のワンピース。


 胸元にはちょっとだけプレート鎧を貼り付けたエプロン風の前掛け、

 腰にはなぜか“安全設計のままごと用魔法剣”が吊られている。


 髪は淡い水色のワンレングスで、

 頭には猫耳カチューシャ風のティアラがちょこんと乗っていた。

 ──上等じゃない。安っぽい。でも……なんか、妙に似合っている。


 まるで童話の国から来た戦えなさそうな魔法剣士コスプレ少女が、

 ガラスに映る自分と目を合わせて、キョドっていた。


 ──それが俺だった。


 思わず数歩下がって、背後の壁にゴンッ!と頭をぶつけた。

 チャラ男たちが一斉に心配そうな目で覗き込んでくる。


「だ、大丈夫か? お嬢ちゃん、貧血か?」


「ふ、服が、違……ええええ!? なにこのフリル!? どこ!? 俺のクール鎧どこ!!」


(意味不明な動きでマントをバサバサやる美少女アバター──それが今の俺)


「な、なんでだ!? 俺は、イケメンで──ナイトで──!」


 チャラ男1:「ちょ、おい、可愛いけど挙動がヤベえぞ」

 チャラ男2:「あれ……このゲーム、キャラ作成バグあったっけ……?」

 チャラ男3:「いや、アレはアレでアリかもしんねぇ……!」


「ちがああああああああうッ!!」


 俺が叫んだ瞬間だった。

 ──空気が、震えた。


 次の瞬間、頭の中に異常なまでに元気なギャルボイスが響きわたる。


「──は〜い☆ いっつ♡ショウタイム──すたぁあとぉ〜!!」


 な、なに!? 頭ん中に直接──!?


「ハァイ♡ ご主人さまぁ、ギルド前で“モテて困っちゃう事件”発生中っとぉ?」

「いや〜まさか、あのナイト様(笑)がここまでヤレるとは〜、ぷっ♡」

「文句は俺に言え、ポンコツどもォ!!」


 突然、俺の身体が勝手に動いた。

 ガラスに映る“美少女アバター”が──ギャルテンションでぐるんと振り向く。


「はいはーい、そこのチャラボーイ三銃士、ひとりずつ☆墓ドール行きでーす♡」


 そのまま回転。スカートが舞う。

 ふんわりフリルから飛び出すのは──安全仕様のままごと剣。

 でも、なぜか攻撃力だけはめっちゃ高い。


「喰らえッ! ぬう☆テンション☆ちょお悦♡スラッシュ!!」


「うおおお!?」「な、なんだこの威力!?」「技名がバカなのに強えええッ!!」


 一瞬で、ナンパ男3人が宙を舞った。

 看板に突っ込み、樽に刺さり、最後の一人はログイン初日クーポンを握ったまま崩れ落ちる。


 ──……は? 何が起きた? いや、マジで何!?


「はーい、ナイスフルボッコ☆」

「ぷげら♡ ぷげら♡ ぷ・げ・ら〜〜〜♪」

「さすがうちのアバター、ポンコツながら“見た目補正”は完璧ね……♡」


 脳内に、3人分の異常なテンションが同時再生される。


「おいコラ待て! お前ら誰だ!? これ俺の体だぞ!? 勝手に動かすなッ!!」


 しかし返答はただ一つ──


「うるせーぞお、お前のポンコツ頭が魂Link(ぬうりんく)逆流したせいっしょ♡」


 脳内に、またも異常にテンションの高いギャルボイスが飛び込んできた。


「いやいやいやいや、今の絶対操作されてたよな!? 俺、勝手に敵吹っ飛ばしたし!!」


「ねー言ったじゃん? “魂でLink”したら、ちょ〜っとぐらい主導権あっちこっちいくよーって」


「説明なしだったろが!!」


 ――とか言ってるうちに、俺の足がまた勝手に動き出していた。


「え、ちょ、おい、待って! どこ行くんだ俺!? 今、誰が動かして──」


「はい、追跡ぃ♡」


 すぐ前方、さっきの戦闘の隙に抜け出していた、風呂敷猫の影。

 こそこそとナンパ三人組の荷物を漁っていたヤツが、今まさに通りの奥へ逃げていく。


(え、こいつ……盗んだ!?)


 俺は──いや、俺の体は、自動的にその後をつけていた。


「ちょ、まっ、なんで!? 俺は止ま──」


「だって見逃すわけねーっしょ♡」

「盗人よ? 追っとこ、追っとこ♡」

「パシリ素材ゲットのチャンスです」


 そのまま細い路地を進むと、ちょうど目の前で、

 ガードAIにしょっぴかれている風呂敷猫の姿があった。


「ちょ、違うんスよ!? これは偶然拾っただけッス!! ほんとッス!!」


 明らかに挙動不審。そして、明らかに盗んでる。


(……どうすんだよこれ……)


「……助けて、借り作らせて、パシリにしよ♡」

「急遽、全員一致で作戦変更〜」

ミャウ(Nマウ)ちゃん、どうぞ〜」


「上書き完了。衛兵検査→状態:無罪へ変換ですの──」


 ピタッと止まるガードAIの目の光。


「……衛兵検査、完了。盗品ではなかった。問題なし。解散」


「……は?」


 風呂敷猫も、俺も、揃ってポカーンとした。

 どうやら──俺のアバターには、3人のAIが住みついているらしい。


   つづく


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ