プロローグ
じゃあ……しばらくぶりに、《《現実》》からログアウトすっか。
誰に言うでもなく、そう口にして、俺はヘッドギアをかぶった。
部屋は暗い。いや、カーテンを開けてないだけだ。
机の上には、進まないプロット。売れない小説の第0話。
SNSは“バズった構文”で埋まり、俺の通知は1日1いいね(身内)。
──創作意欲? そんなもん、さっき床に落ちたままだ。
そんな俺がいまから潜るのは、例の話題作──
『神覚醒AIファンタジー:逆転の超悦バトル』。
スキルもステも時代遅れ、いまはAIを育てて“悦”で世界を制する時代らしい。
しかもPVで言ってたんだよな。
「操作はAIに任せろ、魂でリンクせよ」
──どっかのロボットアニメかよ。
……そんな煽りに釣られてる時点で、俺も相当やられてる。
本来このゲームでは、魂Linkってのはプレイヤーがアクションで“やって見せて”、AIに学ばせるシステムらしい。
体の動き、戦い方、意志──全部、VRヘッドギアで同期して伝える。
そうやってAIを育てて、やがてはAIから提案が返ってくる……とか。
中々面白そうだな。
──もしかしたら、ネタの種くらいにはなるかもしれないって。
……そんなふうに、軽い気持ちでログインしたのが運の尽きだった。
***
フルダイブ、世界が、開けた。
青空。遠くにそびえる王城。
そして……目の前の石造りの壁。
【グラン=チオン帝国領:ゲートタウン】
──チュートリアル無しかよ。
開始地点、いきなり街の裏路地ってどういうセンスだ。
とはいえ、久々のMMO。
……いいじゃん。こういう出だし、ちょっと“物語が始まる感”あるし。
キャラクリに半日なんてざらだが、俺の頭にはイケメンちょおクールなキャラが始めからあった。
VRMMO歴十年の老練プレイヤーが、ついに物語の主役になる時。
誰もが振り返るようなカッコいいナイトを演じる自信が、ある。
こそこそ話してるNPCや、ちらっとこちらを見たプレイヤー。
──あ、やっぱ見られてるな。まあそうだよな、この外見なら納得……。
どんなもんだい!
そんな事より、今はまずギルド登録だ。
いったん、NPCの誰かに声をかけて──
「お嬢ちゃん、新規で始めたんかい?」
声がした。
ギルドの入口前、チャラそうな三人組のパーティ。
いかにも“女キャラナンパするマン”ってオーラを纏った男たちが、俺を囲む。
「冒険ってのはな、わからねぇことも多いもんさ。困ったら、俺らが面倒見てやろうか?」
(にやっ、と笑う。顔面が近い。距離感おかしい)
「なにその目線の高さ……あれ? 俺、見下ろされてる……?」
──なぜか、背筋がゾッとした。
おかしい。なんだこの違和感……え、俺、“女”に見えてる?
まさか──いや、いやいや、そんなバカな──
「で、お嬢ちゃん、名前は? 見たとこ魔導士系っぽいけど」
はああああ!?!?
俺はナイトだ!! ちょおクールな、漆黒の騎士なんだが!?
いや待て、まずは落ち着け──設定画面を開こう。キャラ情報、キャラ情──
「……カーソルが反応しない。まるで、最初から“俺用じゃなかった”みたいに」
……無い。
メニューが開けない。ウィンドウが出ない。
ステータスも、装備欄も、ログアウトボタンすら存在しない。
(そしてふと気づく)
足元。細い。というか細すぎる。膝上のフリルがヒラついて──
な、なんでニーソ!? お、俺、こんなもん履いた覚え──!
(手を見上げる。小さくて白くて爪まで色塗りで整ってる)
「……え? 嘘だろ……?」
パニックになりかけた瞬間、視界の端にあった窓ガラスに──
──映ってた。
漆黒のドレス風マントに、
白と黒のレースで縁取られた、ゴスロリ調のワンピース。
胸元にはちょっとだけプレート鎧を貼り付けたエプロン風の前掛け、
腰にはなぜか“安全設計のままごと用魔法剣”が吊られている。
髪は淡い水色のワンレングスで、
頭には猫耳カチューシャ風のティアラがちょこんと乗っていた。
──上等じゃない。安っぽい。でも……なんか、妙に似合っている。
まるで童話の国から来た戦えなさそうな魔法剣士コスプレ少女が、
ガラスに映る自分と目を合わせて、キョドっていた。
──それが俺だった。
思わず数歩下がって、背後の壁にゴンッ!と頭をぶつけた。
チャラ男たちが一斉に心配そうな目で覗き込んでくる。
「だ、大丈夫か? お嬢ちゃん、貧血か?」
「ふ、服が、違……ええええ!? なにこのフリル!? どこ!? 俺のクール鎧どこ!!」
(意味不明な動きでマントをバサバサやる美少女アバター──それが今の俺)
「な、なんでだ!? 俺は、イケメンで──ナイトで──!」
チャラ男1:「ちょ、おい、可愛いけど挙動がヤベえぞ」
チャラ男2:「あれ……このゲーム、キャラ作成バグあったっけ……?」
チャラ男3:「いや、アレはアレでアリかもしんねぇ……!」
「ちがああああああああうッ!!」
俺が叫んだ瞬間だった。
──空気が、震えた。
次の瞬間、頭の中に異常なまでに元気なギャルボイスが響きわたる。
「──は〜い☆ いっつ♡ショウタイム──すたぁあとぉ〜!!」
な、なに!? 頭ん中に直接──!?
「ハァイ♡ ご主人さまぁ、ギルド前で“モテて困っちゃう事件”発生中っとぉ?」
「いや〜まさか、あのナイト様(笑)がここまでヤレるとは〜、ぷっ♡」
「文句は俺に言え、ポンコツどもォ!!」
突然、俺の身体が勝手に動いた。
ガラスに映る“美少女アバター”が──ギャルテンションでぐるんと振り向く。
「はいはーい、そこのチャラボーイ三銃士、ひとりずつ☆墓ドール行きでーす♡」
そのまま回転。スカートが舞う。
ふんわりフリルから飛び出すのは──安全仕様のままごと剣。
でも、なぜか攻撃力だけはめっちゃ高い。
「喰らえッ! ぬう☆テンション☆ちょお悦♡スラッシュ!!」
「うおおお!?」「な、なんだこの威力!?」「技名がバカなのに強えええッ!!」
一瞬で、ナンパ男3人が宙を舞った。
看板に突っ込み、樽に刺さり、最後の一人はログイン初日クーポンを握ったまま崩れ落ちる。
──……は? 何が起きた? いや、マジで何!?
「はーい、ナイスフルボッコ☆」
「ぷげら♡ ぷげら♡ ぷ・げ・ら〜〜〜♪」
「さすがうちのアバター、ポンコツながら“見た目補正”は完璧ね……♡」
脳内に、3人分の異常なテンションが同時再生される。
「おいコラ待て! お前ら誰だ!? これ俺の体だぞ!? 勝手に動かすなッ!!」
しかし返答はただ一つ──
「うるせーぞお、お前のポンコツ頭が魂Link逆流したせいっしょ♡」
脳内に、またも異常にテンションの高いギャルボイスが飛び込んできた。
「いやいやいやいや、今の絶対操作されてたよな!? 俺、勝手に敵吹っ飛ばしたし!!」
「ねー言ったじゃん? “魂でLink”したら、ちょ〜っとぐらい主導権あっちこっちいくよーって」
「説明なしだったろが!!」
――とか言ってるうちに、俺の足がまた勝手に動き出していた。
「え、ちょ、おい、待って! どこ行くんだ俺!? 今、誰が動かして──」
「はい、追跡ぃ♡」
すぐ前方、さっきの戦闘の隙に抜け出していた、風呂敷猫の影。
こそこそとナンパ三人組の荷物を漁っていたヤツが、今まさに通りの奥へ逃げていく。
(え、こいつ……盗んだ!?)
俺は──いや、俺の体は、自動的にその後をつけていた。
「ちょ、まっ、なんで!? 俺は止ま──」
「だって見逃すわけねーっしょ♡」
「盗人よ? 追っとこ、追っとこ♡」
「パシリ素材ゲットのチャンスです」
そのまま細い路地を進むと、ちょうど目の前で、
ガードAIにしょっぴかれている風呂敷猫の姿があった。
「ちょ、違うんスよ!? これは偶然拾っただけッス!! ほんとッス!!」
明らかに挙動不審。そして、明らかに盗んでる。
(……どうすんだよこれ……)
「……助けて、借り作らせて、パシリにしよ♡」
「急遽、全員一致で作戦変更〜」
「ミャウちゃん、どうぞ〜」
「上書き完了。衛兵検査→状態:無罪へ変換ですの──」
ピタッと止まるガードAIの目の光。
「……衛兵検査、完了。盗品ではなかった。問題なし。解散」
「……は?」
風呂敷猫も、俺も、揃ってポカーンとした。
どうやら──俺のアバターには、3人のAIが住みついているらしい。
つづく