第七話
第七話です!
一時間後
太平洋沖 演習空域
ブリーフィングから一時間後、アロン達は空にいた。真夏の日差しが照りつける青い海、そして天高く昇る白い雲。その空の中に、二機の戦闘機が飛ぶ。
『"メラゾーマ"より"アークエンジェルス"。演習空域への侵入を許可する。方位080へ転進せよ』
『こちらアーク1了解。方位080へターンします』
アロンはF-15S戦闘機のコックピットに居ながらも、まだ納得していなかった。というか不安で仕方ない。
確かに、レーザー兵器に気づかれないようにするにはこれしかないだろう。エネローにはステルス機のような小細工は通用しない。
原理はわからないが、エネローから見ればステルス機は遠距離からでも探知されてしまう。侵入するには低空飛行しかないのは分かる。
だが低空飛行で峡谷に進入し、そのまま空爆するなんて、果たして出来るのだろうか。アロンは自分が買い被られているんじゃないかと思ってプレッシャーを感じていた。
「本当にできるようになるのかな……?」
『アロンくん、不安なの?』
「……逆にリリィは、なんであんなに自信があるの?」
アロンはリリィに聞き返すと、彼女はさも当然の如く自信を露わにした。
『練習期間は結構あるもの。一ヶ月もあれば十分だわ』
「そうなのかな……」
『それに……あのハンドラーが立案したんですもの。決して不可能ではないわ』
アロンはその言葉を聞いても、不安で仕方ない。あのハンドラーを根拠にするのは、全く気休めになるとも思えなかった。
しかし、あの空将達もそうだったが、どうしてハンドラーにそこまで全幅の信頼を寄せるのだろうか。
あの人は寝坊助で私生活はてんでダメだ。確かに軍人としてはキッチリ仕事をするタイプに見えるが、目が悪いのか滅多に飛ぶことができない人物だ。
だがもしかしたら、ハンドラーという人物はそれ以外のところで信頼される何かがあるのかもしれない。アロンは薄々そう思っていた。
『……こちら"ハンドラー"。"アークエンジェルス"、感度はどうか?』
『感度良好。バッチリ聞こえます、ハンドラー』
リリィがハンドラーの声を受け、聞こえていることを報告した。アロンは真剣にハンドラーの話を聞くことにした。
『よし。ではこれより演習空域において、作戦最終段階の爆撃を予行してもらう』
「…………」
『聞いてる通り、目標となるオブジェクトは山岳地帯で何本ものワイヤーで支えられ、その巨体を支えている。だが偵察情報によれば、このオブジェクトの骨に当たる部分はかなりスカスカであることが判明している』
ハンドラーから資料映像が送られてきた。機体とQ-PIDを介して、その映像が目線のホログラムに映し出される。
『このスカスカの骨は、巨大すぎるが故の弊害だ。太古の恐竜もそうだが、巨大な生物は骨が一番重くなる。だから脆くなるのを覚悟で骨をスカスカにして、大きさを保とうとしているのさ』
ハンドラーは恐竜に例えてそう説明し、言葉を続ける。
『つまりこの骨の部分を壊せば、ワイヤー関係なしに足共から崩れていく……という試算だ』
「確証はあるんですか?」
『この分析は、日本国防衛省のシステムシミュレーションに基づくものだ。信頼していい』
アロンの質問に、ハンドラーはシミュレーションの結果だと答えた。確かに信頼できる筋の情報かもしれない。
『というわけで、演習空域の海上に目標となるオブジェクトを再現したコンクリート支柱を置いておいた。お前達にはこれを破壊してもらう』
「あれか…………」
アロンは演習空域の海上を見渡し、不自然に目立つフロートが浮いていることに気がついた。フロートの上には聳え立つコンクリートの柱が立っている。
『まず距離5マイルから接近したら、そこで急上昇し、高度9000フィートで180度ロール、そこから一気に急降下。機体を水平に戻し、まず先導機のリリィがJDAMを投下、周りの肉を剥がす。続いて後続機のアロンがGBU-24を投下し、骨を砕く。以上が爆撃の手順だ』
アロンはその言葉を受け、自分の機体に搭載されたGBU-24の状態を確認。武装からそれを選択し、突入準備を整える。
『よし、では早速訓練に入る。各機、方位160より目標へ進入せよ!』
『アーク1、ウィルコ!』
「アーク2、ウィルコ!侵入します!」
ハンドラーの合図で、リリィが先導となって目標へ急降下した。アロンもそれに続き、急降下してから海上を低空飛行する。
ハンドラーの説明にあった通り、今回の作戦は種類の違う二発の誘導爆弾を投下する必要があった。
一つはJDAM。通常の無誘導爆弾に誘導装置と方向舵を取り付けることで、簡単な改造で誘導爆弾に変身させることができる兵器だ。これは先導機となるリリィの機体に六発搭載されている。
もう一つはGBU-24。こちらはバンカーバスターと呼ばれる大型の貫通爆弾であり、戦闘機に搭載できるサイズの中では最大級になる。こちらは頑丈な骨を砕く用だ。
どちらも誘導は機体下部に搭載されたターゲティングポッドを使用する。この誘導レーザーが爆弾を適切な場所に放り込むのだ。
なお、このどちらかの爆弾が外れても、作戦は失敗となる。JDAMの方は六発もあるから当てやすいだろうが、GBU-24の方は一発しか搭載できないため、当てる難易度は高い。
それも今回は急降下しながらの照準だ。目標に手動でレーザーを合わせるだけでも大変な作戦になる。
そんな事を考えてる間に、目標が近づいてきた。空域を監視しているハンドラーが距離を報告する。
『距離、5マイル』
『アーク1、上昇!』
先に5マイルまで近づいたリリィが上昇した。続いてアロンの機体も上昇開始となる距離まで近づいた。
「アーク2上昇!」
アロンは右手の操縦スティックを引き、急上昇に転じた。機体がGに釣られて少し撓み、アロンも下に引っ張られるような感覚がした。
『降下!』
「こちらも降下します!」
リリィの機体が急降下に入るとほぼ同時に、アロンの機体も降下に入った。機体を180度ロールさせ、背面飛行で降下。それから機体を水平に戻す。
機体が大きく撓み、アロンに10G以上の負荷が掛かる。だがアロンの方は降下のタイミングが少し早すぎた。
『スタンバイ……投下!』
リリィが先導してJDAMを投下した。その間、アロンは目標の照準に手間取っていた。
「目標照準……投下!」
なんとか引き起こすギリギリで投下した。だがアロンの放ったGBU-24はかなり逸れたところに着弾し、フロートを貫通、浸水を引き起こした。
「ダメだ、外した……」
『大丈夫よ、まだまだ一回目だから』
リリィにそう言われながらも、アロンは崩れていく安物のフロートを、悔しそうに眺めていた。これが実戦では、作戦失敗に当たるからだ。
さて、爆弾を投下して軽くなったことで次の練習に入った。今度は先ほどの爆撃目標に辿り着くまでの道筋、すなわち峡谷飛行の訓練だった。
『演習空域の海上には、飛行レース用のブイが浮かべてある。あれが作戦時の低空進入コースを再現したものだ』
アロンは海上に浮かべられたブイのコースを見据えた。直線距離にしておよそ30マイルほどの距離だが、何度も曲がったりしていて、かなり難易度が高いコースに見える。
『まずはリリィを先頭に、高度500フィート以下で通ってみろ』
「500フィート……」
500フィートとは、すなわち高度150m以下である。これでも一回目の練習だ。だいぶ余裕をもって設定した数字だろう。
『アロンくん、無理だと思ったら無茶はしないでね』
「ウィルコ。頑張って追従します……」
リリィにそう言われ、アロンは存在しない意気込みを張った。正直自信はない。
そんな不安を持ちながらも、アロンはリリィに先導されてウェイポイントを通過。まっすぐコースの始まりに沿って、突入の準備を整えた。
『アーク1、突入!』
「アーク2、突入します!」
そしてそこから一気に高度を下げ、コースに突入した。ブイとブイの間の狭い空間を、高度制限を意識しながら通過しようとする。
「くっ……狭い……!」
ブイから伸びる支柱を目印に、海上を低く飛ぶ。だがその間は驚くほど狭く、壁が迫り来るようなイメージだった。
「ぬうっ……!」
リリィは初回にしてはかなり上手く潜り抜けている。対してアロンはかなり苦戦していた。欧州で制空担当だったアロンにとって、ここまで低く飛んだ経験がないからだ。
曲がり、くねり、間をすり抜けていく。
だが左に曲がって、その先のコースが見えた時だった。今度は右方向への急カーブがコース上に表示されていた。
「やばっ!」
慌てて右へターンするが、旋回半径は大振りになり、間に合わなかった。アロンの機体はカーブを曲がりきれず、そのままコースの外に出てしまった。
『アーク2、コースを離脱』
「やっちゃった……」
アロンは自分のミスでコースを外れたことを悔やみ、そう漏らした。すかさずリリィの機体が隣に寄ってきて、アロンをフォローした。
『気にしないでアロンくん。アーク1からハンドラーへ、もう一度やってみます。進入許可を』
『許可する。燃料の限り挑戦してもらって構わない』
ハンドラーから許可をもらったリリィは、キャノピー越しにアロンの方を見る。
『じゃ、もう一度行くわよ、アロンくん』
「ウィルコ」
そう言ってリリィは左にロールし、またコースの最初の方へ戻っていく。アロンもその航跡に着いて行った。
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