第五話
第五話です。
翌朝
三沢基地 パイロット宿舎
翌朝、アロンは割り当てられたパイロット宿舎にて目が覚めた。お世辞にもふかふかとは言えない、軍隊生活特有のベッドで夢から覚める。
「んんっ……はぁ……」
アロンがゆっくりと上体を起こし、身体を伸ばした。それと同時に放送のスイッチが入り、起床ラッパが鳴り響いた。
どうやらアロンは起床ラッパより先に起きてしまったらしい。だが、こんな事は人間の軍人でも良くある事だ。軍隊生活にチューニングされているQ-PIDなら、なおさら適応力は高いだろう。
「昨日は初日から忙しかったなぁ……」
アロンはベッドから這い出て、靴を履いて朝の支度をする。窓を開けて日の光を入れると、新しい配属先の三沢基地の全容が見えた。
昨日は初日からスクランブル発進があり、基地の事を把握できないままだった。新しい環境に慣れるまで、時間がかかりそうだった。
リリィに案内でも頼もうかと思っていたとき、アロンに割り当てられた部屋のドアがノックされた。
アロンは扉に駆け寄り、開けてみる。するとそこには寝起きでまだ髪を下ろしたままのリリィが、目を擦りながら立っていた。
「あれ?リリィちゃん、どうしたの?」
「アロンくん……ウチに来たからには、ちょっと手伝ってほしい事があってね……」
「?」
リリィはそう言って、モジモジしながら語りかける。少し眠そうなのではないかと思ったが、どちらかと言うと後ろめたそうな感じだった。
「その……ハンドラーを、起こしてほしいの……」
「え?」
そして、彼女から言われた頼み事を聞いた。アロンはその言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
「こらっ!起きなさいってのっ!!」
そして、アロン達は一階にあるハンドラーの部屋にやってきて、布団に包まる彼を起こそうと躍起になっていた。
リリィは布団を引っぺがそうと、端っこを思いっきり引っ張り上げる。アロンはその間、フライパンをお玉で叩き続けていた。
「うむぅ……あと五分……」
「この寝坊助!あなた本当に軍人ですか!?」
「…………」
「朝ご飯できてますから!早く!起きてください!」
「むぅん……」
なお、これでもハンドラーは起きる気配がない。布団に包まり、寝坊してる子供みたいな声で鳴いている。
欧州で出会った時から昨日まで、面倒見よく接してくれたハンドラーのイメージとは違う彼の姿だった。アロンは若干呆れていた。
「……もしかしてハンドラーって、私生活がてんでダメだったりとか?」
「正解。その通りよ……」
「…………」
という訳で、アロン達は最終的に三十分ほどハンドラーと格闘し、ようやく布団から引っ張り出すことに成功したのだった。
ちなみに朝食は隊の控室で作られた。これらはリリィが趣味で作っているらしい。彼女は料理が趣味らしく、朝は隊のみんなにご飯を振る舞うのを楽しみにしているのだとか。
初めて食べるリリィの朝ごはんは、白米に焼き魚だった。それと味噌汁が一つ。海苔も添えられていた。
初めて食べる日本の朝食を楽しみつつ、食事の時間はあっという間に過ぎた。
『ごちそうさまでした』
そうして食器をハンドラーの元へと並べる。皿洗いの担当は彼だった。
この頃になると、さすがのハンドラーも先ほどよりは覚醒していた。ただ今でも若干眠そうだが。
「じゃ……俺は皿洗いしたらデスクワークに戻るわ……今日の授業は休み、午後は伝えた通りブリーフィングルームで……」
「はーい」
欠伸をしながら食器洗いを始めたハンドラーにそう言われ、アロンとリリィは隊の控室から廊下に出た。
その途中、先ほどまで裸眼だったハンドラーはサングラスを手に取り、部屋にいるにもかかわらずそれを付けた。
その様子に、なぜ室内でもサングラスをする必要があるのかと少し疑問に思ったが、何か身体的なハンデがあるのかもしれないと思い、その時は聞かなかった。
「さて……じゃ、今日はブリーフィングが始まる前に、基地案内をしましょうか」
「基地案内?」
控室の扉を閉め、リリィと二人になったアロンは、彼女からそう切り出されてオウム返しをした。
「っそ。昨日はドタバタしてて、やってなかったでしょ?」
「あー、確かに……」
「それじゃ、行きましょ!」
「うん」
確かに、今日はちょうど基地の案内をリリィに頼もうかと思っていた。こちらが切り出すよりも、彼女が同じことを考えていたのが幸いだった。
アロンはリリィに連れられ、宿舎の外に出た。そこでは朝食を控室で済ませたアロン達とは違い、隊員食堂に向かう大人と何人もすれ違った。
アロンはその行く先々で、出会う大人達に冷たい目線を浴びせられていた。大人達は気づいていないと思っているようだが、アロンは気づいていた。
「(見ろよ、死神だぜ)」
「(欧州の疫病神ってアイツのことかよ……)」
「っ…………」
大人達から小声で陰口を言われたのを、アロンは聞いてしまった。自分の事を噂されるのは慣れてても嫌だった。死神、と言う言葉に胸がズキリと痛む。
「ん、どうしたのアロンくん?」
「い、いや、なんでも……」
先を歩いていたリリィが、振り向いてこちらを気にかけてきた。アロンはあくまで聞かなかったことにして、リリィに心配をかけないようにした。
「(ここでも奇異の目で見られるのか……)」
あれらの影口は、散々欧州で噂された言葉と同じだ。やはり場所が変わっても人間達の思う事は同じなのかと、少し残念に思った。
そうして歩いているうちに、リリィ達は自衛隊エリアの格納庫に辿り着いた。そこでリリィが説明を行う。
「まず、ここが航空自衛隊のエリア。主な格納庫は三つで、一格、二格、三格とか略して呼ばれてる」
「へー。掩体壕とかは?」
「あそこにあるよ」
リリィはエプロンの外の方にある、古くて小さい掩体壕を指差した。見たところ錆だらけだ。もしかして、旧日本軍の掩体壕じゃないのか?あれじゃあ現代の機体は入らないんじゃないか……?
「あ、あれが……?」
「まあ、ね……し、仕方ないよ!」
リリィに聞いてみたら、少し汗をかきながら適当にはぐらかされた。アロンはそんな基地の様子に少し呆れた。
「で!向こう側が米軍の敷地!あっちには、日米共同で使用できる福利厚生施設があるの。移動販売所もあるわよ」
リリィが気を取り直して、という意味で滑走路の対岸に位置している米軍の施設を指差した。
その敷地は自衛隊や民間空港の施設を出してもまだ足りないくらい大きく、掩体壕もたくさんあった。
「あの滑走路の対岸にあるのが、全部そうなの?」
「そうよ」
「米軍の方が敷地デカくない……?」
「そりゃあ、まあ、ね……」
そんな敷地面積で自衛隊は大丈夫なのか?と、アロンは少し思った。
「滑走路は一本。長さは3000mで、進路はランウェイ10とランウェイ28。あそこにあった民間空港も閉鎖してるから、今は私たちが使いたい放題ってわけ」
「へー。ちなみに、米軍と離陸が被った時は?」
アロンは軽い気持ちで聞いてみる。するとリリィは少し目を逸らして、気まずそうに言う。
「ゆ、譲り合い……かな?」
「えぇ……」
まさか日本の空港で、米軍機が優先とは。なんかもう、この国の体制については慣れてきた気がする……
「そんなんで大丈夫なの、ここ……」
「うーん、まあ確かに、日本はもうすぐ最前線になるのよね……特にカムチャッカ半島が失陥して、そこからエネローの活動範囲が広がっているから、時間の問題だと思う」
「…………」
「でもだからこそ、今この基地では色々と工事が進んでいて、より実戦に耐えられるよう、拡張したりしてるの。国連軍だって集結してるし、まあ、なんとかすると思う!」
「な、なるほど……」
リリィがそう言うなら、まあ多分大丈夫なのだろう。実際、この基地の至る所で拡張工事が行われているのか、忙しなく重機が動いていたりしている。リリィの言う重要性は本当なのだろう。
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