第四話
第四話です。
同時刻
三沢基地 北部航空方面隊司令室
三沢基地の地下にある、薄暗い司令室。ここでは多数のモニターが設置され、それを監視する大人の隊員達が、四六時中空域を監視している。
そして、今日は突如として出現したレーダーの反応を受け、隊員達が報告を読み上げた。
「ウラジオストック方面より電波干渉探知。電波源は高速で移動中」
「日本海側のレーダーサイトがアンノウンを探知。電波源はエネローと断定」
近くのレーダーサイトと連携したデータリンクにより、三沢基地にエネローの断定情報が流れてくる。
それによるとエネローの飛行編隊は五機前後、かつ進路は三沢基地へ向かっている。しかしより大型の爆装種が居ないと断定されたため、システムは威力偵察だと断定した。
「ホットスクランブルだ。エネローの威力偵察を迎撃する。当直の機体を上げろ!」
「了解です。第701統合任務飛行隊"アークエンジェル"、出撃せよ!」
北部航空方面隊の司令官は、即座にスクランブルの指示を下し、担当機を空に上げるよう許可を出した。
その指示を受け、スクランブルの当直だったアロンとリリィに、迎撃の白羽の矢が立つ。
同時刻
三沢基地 スクランブル機格納庫
『ホットスクランブル。当直部隊は直ちに発進し、迎撃に向かえ。繰り返す、直ちに発進し、迎撃に向かえ』
空気がピリピリと震えるように、スクランブル警報が鳴り響く。基地はにわかに騒がしくなる中、アロンとリリィはスクランブル待機の機体が収められている格納庫の方へと走った。
格納庫にたどり着くと、一機の戦闘機が出迎えてくれた。スラリとした機首から、マッシブな胴体。鋭利なカナード翼と主翼、尾翼、そして縦に切り立った垂直尾翼。
機体は万全だった。アロンはリリィと別れ、自分の機体に架けられた梯子を登る。
乗り込んだ自分の機体──F-15S "スーパーイーグル"──のコックピットで、アロンはエンジン始動の手順を踏み、操縦桿を握りしめる。
手を介して機体を操作し、所定の手順に従い、機体と身体のリンクを開始する。
その途端、目の前の視界をぐるりと囲うように、瑠璃色の水平義が映った。
そしてOSの起動から数秒後、水平義に機体の情報が数値として表示され、視界に規則的な模様が映し出される。
これはQ-PIDの頭部の周りにHUDの情報を投影している。Q-PIDは人造人間であり、身体の多くは機械とリンクできるため、センサー情報をこうして視界に表示できるのだ。
これにより、人間のパイロットよりも多くの情報を処理できる。Q-PIDに備わった一個目の優位性だった。
『こちら第701統合任務飛行隊、コールサイン"アーク1"、出撃準備完了しました』
「こちら"アーク2"、準備完了。滑走路まで誘導お願いします」
エンジンの指導手順を踏み、格納庫の中で機体の準備を完了させたアロンとリリィは、ほぼ同じタイミングで管制塔へ報告を行う。
すると管制塔が応答を返して来て、二人を滑走路の方へ誘導する。
『了解した。"アークエンジェルス"両機は誘導路アルファを使用し、ランウェイ10より離陸せよ』
『こちらアーク1、ウィルコ。これより誘導路に向かいます。ローリング』
「アーク2、こちらもウィルコ。ローリング」
ローリング、地上滑走開始の合図を管制塔に送る。そしてリリィを先頭に、F-15Sを格納庫から出してエプロンをゆっくりと走る。
管制塔からの指示通り、指定された誘導路を通って滑走路に侵入した。編隊長のリリィを先頭に、滑走路に対して二列に並ぶ。
『アーク1及びアーク2、離陸を許可する』
『こちらアーク1、ウィルコ。発進します!』
リリィが最初に加速を開始した。F-15Sのエンジンノズルから、紫が混じった陽炎が二つ、後方へ向かって伸びていく。
そしてその推力を少し溜め、リリィの機体はブレーキを解除。一気に加速を開始した。それを見送り、今度はアロンの番となる。
「アーク2、行きます!」
アロンもブレーキを踏みつつ機体のスロットルを最大に噴かし、推力を溜める。そしてそれが一杯になったのを見計らい、ブレーキを解放した。
座席に押し付けられるような感覚が、アロンを襲った。双発機で離陸するのは初めてだった。機種転換の訓練が必要ないとはいえ、経験したことのない加速力に一瞬戸惑う。
だが機体は十分な加速を得ると、ふわりと浮かぶように、ゆっくりと空に舞い上がった。先に飛び立ったリリィの機体と同じ軌道を描きつつ、アロンはまっすぐ上昇していく。
『アークエンジェルスの離陸を確認。以降は第42警戒群からの指示に従われたし。警戒群のコールサインは"メラゾーマ"だ』
『こちらアーク1、了解です。警戒群の指示に従います』
迎撃に必要な高度を取る。上空へ三万フィートほど上昇したあと、リリィの機体は水平飛行に移った。
「あれ?」
そこでアロンは、背後の三沢基地から何も上がっていないのに気がついた。本来自分達を監視するべき人が離陸してこない。不思議に思ったのでリリィに問いかける。
「アーク1、ハンドラーはどこですか?」
『ん、ああ。ハンドラーは目が悪くて、滅多に飛べないの』
「え、ええっ!?」
リリィの言葉にアロンは驚愕した。てっきり、自分を部隊に引き抜いたハンドラーが、Q-PID達の監視役──すなわち飛行教導官──として随伴するものだと思っていた。
なので、彼が障害で滅多に飛べないと聞いて驚いた。じゃあ誰が、自分たちを後ろから監視するのだろうか。
「飛行教導官の機体はどこに?」
『そんなの居ないわよ。私たちだけで戦うの』
アロンは二度驚いた。すかさず聞き返す。
「……普通、Q-PIDには反乱・逃亡の防止のために飛行教導機が着くはずですよね?」
『普通はね。でもそんなの、人間に対してやる事じゃないわよ……』
なぜ監視役をつけないのか、それで良いのかと聞き返したかったが、そうするより先に、地上管制が通信の間に入ってきた。
『こちら"メラゾーマ"。アンノウンは貴隊から見て方位0-3-0リマ、0-5-0に六機。ベクター1-5-0へエンジェル2-5、5-5-0で飛行中。攻撃せよ』
今の言葉は、不明目標が自分達から見て十一時方向、距離五〇マイルに六機いる。方位一五〇度、高度二五〇〇〇フィートを五五〇ノットで飛行中、と言う意味だ。
編隊長のリリィがすかさず了承の言葉を言う。
『アーク1、ウィルコ。方位0-3-0に転進します』
リリィが管制官の指示に従い、転進するのを受けてアロンもそれに続く。そして津軽海峡をしばらく飛行し、日本海側に出た途端、リリィが何かを見つけて報告する。
『タリホー6!5-1-0、0.8ゴルフ、0-2-0ロメオ!』
「えっ……?」
突然、リリィが敵機を発見した旨を伝える。今のは五一〇ノット、〇.八加速Gで進む敵機が四機、方位角右手二〇度にて目視で確認したと言う意味だ。
その方向を見てみるが、アロンには見えなかった。リリィは一体どう見て判断したのだろうか。
「こちらアーク2、ノー・ジョイ!」
アロンはすかさずノー・ジョイを伝えた。すなわち、アロンはまだその敵機を発見できていない、という旨である。
『アーク1了解。じゃ、私について来て』
「……ウィルコ」
リリィの方が先に発見したのだから、リリィに着いていくしか選択肢はなかった。もし発見した順序が逆なら、一時的に編隊長を入れ替えることもあるが、今回はそうならなかった。
そして、またしばらく海上を飛行する。するとその機影がハッキリしてきた。
「いた!」
光る点のようなものが四つ。雲の上を太陽の光を浴びながら、魚のように飛んでいる。そしてその身体は黒かった。
「アーク2、こちらも視認!
『こちらアークエンジェル、交戦に入ります。オールウェポンズ・フリー、エンゲージ!』
リリィが短い報告と共に微降下、先に交戦に入った。続けてアロンも交戦に入るべく、計器類の中からマスターアムのスイッチを押した。
「マスターアム、オン!」
その合図を送ると、アロンもリリィを追いかけて降下した。だが、突っ込むのはリリィの機体の方が速かった。少し引き離される。
「(速い……!)」
『アーク1、FOX3!FOX2!』
リリィは奇襲効果を最大に、袈裟懸けにミサイルを発射した。そのミサイルは二発同時発射、所謂"サルヴォー撃ち"。
しかも、彼女が撃ったのはAAM-4とAAM-5の混成。前者はレーダー誘導、後者は赤外線誘導だった。
一機のエネローが狙われているのに気がついて回避運動を行い、一発のAAM-4を躱したが、後から飛んできたAAM-5はそれを逃さず、回避で空力エネルギーを失ったエネローに対し威力を発揮した。
爆散、破片と血肉が撒き散らされる。
他のエネロー達も少し気づくのが遅れたが、その攻撃を受けて即座に散開した。その展開速度たるや、通常の人間パイロットでは見失ってしまうほど素早い機動を描いている。
単純に高い空戦性能。こちらの同じ性能のミサイル擬き、その他の武装、連携力などなど……
エネローの脅威の度合いは、まずその高い戦闘力にある。人間のパイロットでは苦戦するわけだ。
「アーク2、エンゲージ!」
続いてアロンも空戦に入った。狙うのは大きく上昇し、エネルギーを失っているであろうエネロー。降下の勢いをそのままに、こちらはエネルギーを失わずに追尾する。
その時だった。
空戦中、突然機体の計器類に砂嵐が入る。高度計やGPSなどの情報が乱れ、機体も一瞬だけ不安定になった。
──エネローの脅威は、単純な空戦性能だけではない。
これはエネローによる妨害電波だ。彼らはレーダーの電波だけでなく、機体のセンサー情報まで妨害できる。これこそが、人類が今までエネローに苦戦していた最大の理由。
「どうどう……」
だが、Q-PIDは人間のパイロットとは違う。
アロンの脳が機体の計器類にアクセスし、正常な情報に上書きする。機体は正常な動作に戻った。
実はエネローは、生体部品に対して妨害ができない。つまり生身の人間やQ-PID相手には、妨害電波が通用しないのだ。
そしてQ-PIDは人間と違い、脳から機体の計器類にアクセスすることが可能であり、フライトシステムやFCSと並ぶ第三のコンピュータになり得る。
なので妨害されてもQ-PIDなら、機体を正常に戻すことが可能だ。これが超兵士たるQ-PIDが、わざわざ生身の人間に近い姿をしている理由。人間と機械の良いとこどりを、人造人間という形で成し遂げているのだ。
機体が正常に戻ったのを確認すると、アロンは素早く機体を翻し、スロットルを上げる。敵機が自分とすれ違い、右手後方を降下しながらループ機動を取っているのを確認。
相手の照準をラダーを踏み込みずらしてつつ、こちらもループ機動で敵機の上方向を捉える。
「──ッ!」
アロンは目標が照準と重なるのを見越して引き金を引いた。機体に備え付けられた20mm機関砲が、エネローへ向かって弾幕を放ち、弾丸はその翼に接触。
翼を刈り取られたエネローは、血飛沫を撒き散らしながら錐揉み回転。コントロールを失い落ちていく。
「よしっ」
その時、アロンの後ろ側で爆発が起こった気がして、即座に後ろを見た。
するとそこには、自分の背後についていたエネローだったものが、肉片になって散らばっていた。助けてくれたのはもちろんリリィだった。
『アロンくん、後ろに注意だよ』
「ありがとう!」
『じゃ、残りは食べちゃうわね』
そう言うと、リリィはさらに速力を上げ、下方へ散開したエネローの方へと向かった。その速度、こちらが追いつけないほど速い。
「速っ!?」
あれだけワンマンで動けるのに、僕の援護まで気を配るとは、恐れ入った。やはり空に上がらないと、実力はわからないものだ。
そんなことを考えている間にも、リリィ機は敵機の上方に取り付くと、すれ違いざまに機銃弾を叩き込んだ。弾幕はエネローの身体をズタズタに切り裂いた。
『はい、4キル目!』
「すごい……」
リリィは敵機を落とした後もすぐさま切り返し、残りの機へ向かっていく。というか、後一機しかいない。リリィはいつのまにか他の敵機を落としていたのか。
ふとHUDのレーダ反応を見ると、確かに残りの機体は落とされていた。あとはあの機を叩けば、空域はオールグリーンだった。
『こちら"メラゾーマ"、残りのアンノウンは撤退した模様。追撃は不要、帰投せよ』
『あらら……アーク1、ウィルコ。これより帰投します、RTB』
管制官からの指示を受け、リリィは即座に戦闘をやめた。そして追撃の方から右へ旋回、機首を180度転身させ、素直に三沢へと戻っていく。
アロンはリリィに続いて帰投するルートに入った。その間、彼女の実力を目の当たりにして口がなかなか閉じなかった。
「これが、この部隊の一番機……」
わずかな時間で四機を落とした。しかも単機で。このリリィと言う少女、とんでもなく強い。
もしかしたら、ただ運がいいだけの自分よりも、遥かにすごいんじゃないか。初めはなんだか変わった子だと思っていたが、認識を改める必要がある。
アロンは帰投している最中、そう思った。
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