第三話
第三話です!
2027年7月10日
日本・青森県 三沢基地
対エネロー戦争の最重要拠点として、日本エリアを守っているこの三沢基地にて、突如として学校の授業が始まった。
「一時間目は国語だ。今日はアロンのために昔の話をおさらいするぞ。まずは教科書の5ページだ」
「…………」
いつのまにかテーブルに用意されていた教科書とノートを手に、アロンは授業を聞くしかなかった。
突然始まった学校の授業に困惑している。なぜQ-PIDがこんなことをしているのだろうか。自分たちにこんなことをしている暇は無いはずだ。疑問に思ってしかたない。
「二時間目は数学だ。今日は微分・積分の項目をおさらいしよう」
「…………」
一時間目が終わって休憩を挟んでから授業は続いた。なお休憩時間はリリィから質問攻めにされてハンドラーを捕まえ損ねた。
そして今度の授業は数学で、それも人間基準で言えばかなり高レベルなところから始まった。
しかしアロンもQ-PIDなので、地頭がよく物覚えが早い。なのでこのようなレベルの問題でもスラスラと理解できる。
だからこそ、わざわざこんなことをする意味を見出せず困惑が加速した。
なお、隣を見ればリリィは非常に楽しそうに授業を聞いている。彼女もつまずいている様子はない。しかし、こんなのの何が楽しいのか全く理解できなかった。
「よし、では今日の授業は終わりにしよう。起立!」
そして授業は唐突に終わった。
昼休みより少し前の時間に教えることが終わったのか、ハンドラーは授業を切り上げ、アロンとリリィに起立するよう促す。
アロンがそれに従い立ち上がると、リリィも立ち上がり、ハンドラー日それを一瞥してからこう言った。
「礼!」
「ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました……?」
そしてハンドラーの掛け声とともに、アロン達は立ち上がり礼をする。まるで本当に学校に通っているかのようだった。
「では我が隊は昼食の後、スクランブル当直となる。午後はパイロット控室にて待機!」
「了解です!」
リリィが元気よく挨拶する。まるでこの意図不明な授業をまるで当たり前のようにこなしていた。
アロンはやはり疑問が解決せず、もどかしい思いをする。
「じゃ、アロンくんも食堂に行こう?」
「えっと……その前に一つ質問なんだけど……」
「ん?」
そして、リリィが振り向きざまに食堂に誘おうとしたのを見計らい、ここぞとばかりに自分の疑問をぶつけた。
「この部隊って、何をするところなの?」
「あれ?」
しかし、リリィはまるで不思議なものを見たかのようにキョトンとし、首を傾げた。
午後
三沢基地 隊員食堂
アロンとリリィは、場所を改め、隊員食堂で話すことにした。隊員食堂ではお昼時ということもあり、大人からQ-PID達まで、多数の隊員達ですでに賑わっていた。
アロンとリリィは、今日の食堂のメニューの中から一緒に唐揚げ定食を選んだ。配膳担当から食事を一品ずつ受け取ると、唐揚げの香ばしい匂いがしてくる。
二人は適当な席に向かい合わせで座った。そしてようやく、リリィがさっきのことの説明を始める。
「ごめんね、ハンドラーから聞いてるかと思って何も言わなかった」
「い、いや……別に構わないんですけど……」
アロンはリリィの気を悪くしないよう、一応のフォローを行った。
リリィはそれを聞いて笑顔になると、「いただきます」の言葉と共にまず食事に手をつけた。盛り付けられた定食の野菜を頬張り、それを噛み締め、しっかり飲み込んでから話し始める。
「何をするところね……そりゃもちろん、戦闘機での出撃もあるよ。私達は国連軍の一員だもの」
それに釣られて、アロンも食事を開始した。アロンの方はまず唐揚げから手をつけ、同時に白米も口に運んだ。
欧州ではなかなか味わえなかった日本食だ。鶏肉の揚げ物はかなり脂が乗ってて、口の中で爆発するように肉汁が溢れ出した。
「私たちは統合部隊。世界中から優秀なQ-PIDを集めて、精鋭部隊を作ってるの。まあ今までは……設立されたばかりで私しかいなかったけど」
それを聞いたアロンは、リリィを見習って一旦口の中の物を飲み込み、水を一口含んでから会話を返す。
「ふーん。じゃあ、さっきのは何?」
「うーん、あれはつまり……学業?」
リリィから"学業"と表現されても、アロンにはピンと来なかった。疑問が増えただけに感じた。
「学業って……僕たちはQ-PIDですよ?任務に集中しないとダメじゃないですか?」
アロンはQ-PID本来の運用法に準えて言うが、リリィはそれに対して反論した。
「そんなことないよ。学業は社会復帰のために必要だもの」
「社会復帰?」
「そ、私達は人間として、いずれ社会に復帰する。その備えとして、ここでは普通の人間の子供と同じく、授業を受けるの」
人間として、と言う言葉にアロンは疑問を抱いた。そんなの初めて聞いた。Q-PIDを人間扱いするなんて部隊、聞いたことがない。アロンは思わず鸚鵡返しをしてしまう。
「人間として……」
「そうよ。私たちの任務は放課後に行われるの。昼は学業、放課後は空軍……そうやってQ-PIDとしての任務を果たしつつ、戦後の社会復帰も考えているの」
「放課後の空軍……」
それは夢物語を語っているように聞こえた。
昼は学校のように振る舞い、放課後になると空軍パイロットとして任務に従事する……そしていつかは人間として社会復帰する……
いささか非効率で、理想論的な話に聞こえた。だがリリィは真面目に語っている。嘘じゃないのだろう。
「で、でも……僕たちは、そんな社会復帰のために生まれた訳じゃなくない?」
「じゃあアロンくんは、自分が使い捨ての道具だっていうの?」
「そ、それは……」
リリィにそう反論され、口を詰んでしまった。
確かにアロンは欧州で散々使い捨ての道具として運用され、それでも生き残ってきた。できれば、あのような使い捨てのやり方はやめてほしいとも思った。
だが自分達はQ-PIDであり、人間に従うために生まれてきた存在だ。多少の荒い扱いでも、従う他はない。少なくともアロンは今までそう思ってきた。
それを知っているのか、リリィはあえてこう言った。
「聞いたよ。前の部隊で大勢の仲間を失って、戦意を喪失したって」
「…………」
「そういうふうに傷付いたのって、アロンくんが人間だからじゃないかな?例えQ-PIDとして生まれて、恐怖や悲しみの感情を削ぎ取られても、やっぱり本質は人間と同じなんだよ」
そこまで言われて、アロンは目を見開いた。そしてこの子は、普通のQ-PIDとは考えが違うんじゃないかと思った。
普通のQ-PIDならば、自分達に対してこんな哲学的なことは言わない。そもそも考えない。そのように作られているからだ。
だが、彼女は違う。リリィは明確に自分の哲学を持っていて、人間であろうとしている。こんなに人間に近い考えのQ-PIDは初めて見た。
だがアロンはその考えを、すぐには飲み込めなかった。
自分は人類の刃として生まれたQ-PIDであり、任務最優先で人間には従うのが常。染みついた考えをいきなり変えろと言うのは、難しい話だった。
「よく、分からないです……まだ自分が人間だっていう自覚はありません」
「そう……まっ、とにかく、ここでは貴方は人間として扱うわ。それがこの部隊の設立者の意思であって、基本理念だから。私達はそれに敬意を払ってるの」
リリィはそう言って、残り少なくなった食事に手をつけ、手早く口に詰め込んだ。
そんな様子を見ながらしばらく沈黙していたアロンだったが、ふと先ほどの言葉で気になる事があった。
設立者、とは誰なのだろう。少なくともハンドラーのことを言っているようには聞こえなかった。気になったので、質問してみた。
「設立者って……ハンドラーのことじゃないんですか?」
「ん?いや、違う違う。あの人は私たちの先生で……保護者、みたいな?」
「じゃあ、もっと上の階級の人がいるんですか?」
「その人達も違うかな……」
国連軍の偉い人たちも違うとは、いったい誰が設立者なのか。疑問は加速していく。
「じゃあ誰が、設立者なんですか……?」
アロンは直球で聞いてみた。するとリリィは、少し目を伏せて……
「アザゼル」
と答えた。
「えっ!?」
「そう、アザゼルよ。もちろん知ってると思うけど、この部隊を設立するよう国連軍に進言したのは彼女なの」
「そうだったんですか!?」
リリィの突然の暴露に、アロンは周りの目も気にせずそんな驚嘆の声を上げた。
アザゼル──人類含め、この世界で彼女の名前を知らない人はいないだろう。Q-PIDの技術提供者にして、人類を団結させた"天使"と呼ばれる種族の女性。Q-PIDにとっては、生みの親のような存在だ。
彼女は2022年に突然現れたと思うと、エネローの対策で後手に回っていた人類を団結させ、Q-PIDの技術を与えた。そして今でも、文字通り世界中を飛び回って人類に尽力していると言う。
彼女の正体についてはわからない事が多い。彼女自身が話そうとしないからだ。天使と名乗っているが、背中から翼が生えて本当に飛べる事以外、何も分かっていない。
だがそれでも、彼女は人類に対して尽力してきた。そのせいか、今や彼女個人の政治力は、かのアメリカ大統領を動かすほどの重みがあると言われている。
そんな人がなぜ、このような部隊を国連軍に作ったのか。
「なんでその人がそんなことを?」
「それは──」
だがアロンの疑問が解決に向かおうとしていたその瞬間──突如として、警報が鳴り響いた。
それは基地全体を飲み込む緊張感となって現れ、食堂の空気が凍りつき、Q-PID達が反応した。
「っ、スクランブルだ!」
「行きましょう!」
アロンとリリィは、午後からスクランブル待機を命じられていた。すなわち現時刻でのスクランブル担当は二人に移っていた。
二人は食べ終わった食事を片付ける暇もなく、そのまま格納庫へ走り出した。
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