第二話
第二話です!
数日後
欧州戦線のとある集団墓地
──死神。
──疫病神。
どんな無謀な作戦や消耗戦でも、必ず帰ってくるアロンを呪う言葉は沢山あった。
そのどれもが人間の軍人達から発せられる。彼らからみたアロンの薄気味悪さを表した言葉だった。
対して、毎週のように補充される仲間のQ-PIDからは、毎回毎回「絶対に生き残れる凄腕」だのなんだの持ち上げられて、その技術を聞き出される事がある。
アロンは特段何かをしているわけじゃなかった。ただがむしゃらに、この理不尽な戦いから生き残ろうと必死に敵を落としていただけだ。
それなのに、なんでこんなに持ち上げられてしまうのだろう。
先日もイギリスの記者から取材を求められた。今やアロンは撃墜数35機。この欧州戦線のエースQ-PIDであった。
35機という数字は、第二次世界大戦以来の撃墜数である。記者達が色めき立つのも理解できる。アロンのような腕も運もいいQ-PIDは、人類の抵抗の象徴だ。
だが──アロンは取材を拒否した。そんな気分ではなかったのが一つ、自分がそんなにすごいQ-PIDだと思いたくなかったのが一つだ。
そして……
降りしきる冷たい雨が、肩を濡らして体温を奪う。虚ろな目から涙が伝う。
墓標の前に立ち尽くすアロンは、虚ろな目で下を向いていた。耳までかかったクリーム色の髪は、濡れた重みで縮こまっている。
いつもなら透き通るように綺麗な彼の青い目も、今は塞ぎ込んでいて見る事はできない。彼が着込むQ-PID用の制服は、雨や泥に塗れて汚れていた。
「どうして……」
彼はそれだけ呟いた。掠れるような声は雨に紛れてかき消される。
雨はそれなりに激しく、彼の前にある墓標に手向けられた花も、もうすっかりぐしゃぐしゃになっていた。彼はそれだけの時間、この墓の前に立ち尽くしていた。
墓標は沢山立っていた。その全てに、アロンの友人達の名前が刻まれている。今まで死んだQ-PID達の名前だ。
とても親しい仲であり、みんな片時も一緒だった。そして空でも、アロンは彼らと並んで飛んでいた。
だがそんな彼らが死んでも、普通のQ-PIDならば悲しくはないはずだった。Q-PIDは戦闘に不必要な感情は切り取られており、アランもその例に漏れないはずだった。
それなのに──
「なんで……こんなに悲しいんだろう……」
アロンはひたすら疑問を投げかける。それに答える人はいない。
この天気であるため、彼のいる集団墓地の周りに人はおらず、閑散としていた。
そろそろ日が沈み、寒さが身に堪え始めた頃。アロンは自分の肩に降りかかる雨が、何かに遮られた事を察し、後ろの気配へ振り返った。
「大丈夫か?」
「…………」
そこには制服姿に身を包む、屈強な背丈の人間の軍人が居た。
顔はいかつく頬に傷がある。髪型は黒髪のオールバック。目元はサングラスに覆われているが、その裏の眼光は、生き生きしているように感じた。
そして、彼の胸にはアロンと同じウィングマークが携えられている。そんな彼は、濡れるアロンを気にしてか、優しく傘を差してくれた。
「もう何時間もここにいるんだろう、寒くはないか?」
「……貴方は?」
アロンは自分から名乗るのを忘れて、彼の名前を聞いた。
「国連軍所属、TACネーム"ハンドラー"だ。君はアロンくんで間違いないかね?」
「……はい」
ハンドラーと名乗った軍人は、自分の方が濡れるのも気にせず傘を刺しながら、優しく語りかける。
「君を迎えに来た。失意の中にいるのはわかる。だが、新たな配属先が決まった。次は日本だ」
ああ、そうか。
そう言えば欧州戦線の膠着、そして欧州におけるQ-PIDの生産数月産一万体という目標の達成目処が立ったことに伴い、アロンは転属を命令されていたのだった。
普通なら膠着状態でアロンのようなエース級を転属させるのは、理にかなった話ではないように思える。だがQ-PIDはいくらでも量産できるため、エースのような存在は必要ないのかもしれない。
というより、死神に対する厄介払いだというのも自覚していた。だが次の配属先が日本とは、ずいぶん遠いところに流されるようだ。
「……また飛ぶんですね」
「…………」
「そうですよね。飛べないQ-PIDなんて必要ありませんからね。そうやって僕たちは、道具みたいに使い捨てにされて、大人たちのエゴで、死んでいくんですよね……」
アロンはQ-PIDにしては珍しく、皮肉めいた言葉をハンドラーに対して投げかける。
無礼なのはわかっていた。人間相手にこんなことを言えば、普通なら廃棄処分は免れない。階級も立場も人間の方が絶対なのだ。
だがハンドラーと名乗った彼は、そんな無礼など気にせず、笑ってみせた。そして優しげな声でこう言った。
「そんなことはない。君は、もっと自由なはずだ」
「…………」
「少なくとも俺はそう思っている。君は使い捨ての道具なんかじゃない、人間と同じだよ」
「…………」
ハンドラーからそう諭され、アロンは黙りこむ。彼の言っている事は、アロンが今まで会ってきた軍人とはまた違う言葉だった。
「それに……鳥が飛ばずに後ろを向いたままなんて、悲しいじゃないか。忘れろとは言わない。だが俺は、君に再び前を向くチャンスをやりたい」
ハンドラーは続けてそんな事を言った。その言葉に、アロンは心の奥底の未練が疼いて気になった。
「ハンドラー……」
「なんだい?」
「僕はもう、失うのが怖いです。飛んだらまた失うかもしれません。でも──」
アロンは両手を握り締めながら、言葉を続ける。
「怖いけど、僕はQ-PIDです。飛ぶのを諦めたくありません」
「……その意気だよ」
彼の決意を受け取ったハンドラーは、優しく微笑んでそう言った。そして寒いであろうアロンの肩に、自分のジャケットを着せる。
「さぁ、車が待っている。来てくれ」
「……はい」
彼の優しさを受け取ったアロンは、再び歩み出すため、墓地を後にした。
一週間後
日本国・青森県 三沢基地
日本、青森県にある三沢市。
そこには国連空軍の国際共同飛行場、三沢基地がある。
かつては民間空港との兼用基地であったが、今ではエネローとの戦争で民間空港は閉鎖され、今では国連空軍の基地として運用されている。
日本も欧州ほどではないが、それなりの最前線だ。
というのも、日本はすでにカムチャッカ半島に巣喰らうエネローの脅威に晒されてる上、西から中国へ侵攻するエネローの戦線が芳しくないことを受け、次の最前線拠点だと目されている。
太平洋で日本が落ちたら終わりだという危機感のもと、日本には世界各国の空軍戦力が集結しているのをはじめ、日本海側や島嶼部は要塞のようになっている他、太平洋側の生産拠点は拡充に次ぐ拡充の真っ最中だった。
そんな日本の中でも重要な基地の一つが三沢だ。
ここはカムチャッカ半島への警戒を続ける千歳基地の援護と、日本海側の警戒を兼ねる。元から日米共同基地であったこともあり、今や国連軍の戦力が多数集結する重要拠点だった。
その基地の一角で、ハンドラーは配下のQ-PIDを集め、ブリーフィングを開いていた。とは言え所属するQ-PIDは、ピンク髪の女の子ただ一人であった。
「うちのクラスに新入りですか?」
白い壁に囲まれた簡素なブリーフィングルームにて、女の子のQ-PIDは、疑問を交えた口調でそう言った。
Q-PID特有の青い目。艶やかなピンク色の髪を両サイドに結び、オシャレをしている女の子は、目を輝かせた興味津々な表情でハンドラーに聞き返す。
「ああ、ちょっと訳ありでな。腕が立つからそのままスカウトさせてもらった」
事情を説明するのは、壇上に立つ一人の人間パイロット。
青い目と黒い髪のオールバック、鋭い目、顔の傷が特徴的な軍人、TACネーム”ハンドラー”だった。
「やった!じゃあもう、戦えるのが私だけのワンマン小隊から脱却できるんですね!」
「そういうわけだ。腕も立つし信頼できる。良い友達になれると思うぞ」
「わーい!」
子供のように無邪気な笑顔で、女の子のQ-PIDは喜びを露わにした。
その様子を微笑ましく思っていたが、ハンドラーは注意点があるのか、一回咳払いを挟んでこう言った。
「……ただ、彼は今精神状態が良くないんだ。Q-PIDとしては不良品に当たる、としてNATOの空軍を追い出されたからな」
「そうなんですか?」
「ああ。そこは気にかけてやってくれ」
そして、ハンドラーはいよいよ新入りを紹介する。部屋の扉の方へと振り向いて、外にいる彼を呼ぶ。
「んじゃ、紹介しよう。アロン、入ってきてくれ」
「し、失礼します!」
ハンドラーが扉の向こうに声をかけると、アロンの声が返ってきた。彼の声は緊張しているのか、少し強張っていた。
長旅を終え、三沢基地に配属初日のアロンがブリーフィングルームの扉をゆっくりと開けると、まず先に目を輝かせる女の子のQ-PIDが目に入った。
彼女、新入りの自分が相当珍しいのか、アロンのことを期待の眼差しで見ている。しかし、彼女以外のQ-PIDは見当たらない。
「(あれ?隊員は彼女だけなのかな……?)」
「どうしたアロン?」
「あ、いえ!何でもありません!」
アロンはハンドラーに促され、緊張した面持ちのまま、ゆっくりと壇上に立った。
「紹介しよう。TACネーム"アロン"、うちの新入りだ」
「アロンです。階級は中尉です。よろしくお願いします」
アロンはひとまず挨拶をして、右手を伸ばして敬礼を行う。それに応え、ピンク髪の女の子のQ-PIDも、同じようにピシッとした敬礼で返した。
「これからアロンには、我々第701統合任務飛行隊”アークエンジェルス”の一員に加わってもらう。歓迎してやってくれ」
「もちろんですハンドラー!アロンくん、よろしくね!」
ハンドラーの紹介を受け、ピンク髪の女の子が立ち上がり、興奮した様子でアロンの元へと駆け寄った。
「えっと、あなたは……?」
「あ、ごめんごめん!自己紹介をしていなかったね。ごほん……私は"リリィ"、コールサインは”アーク1”、階級は大尉で私が上!よろしくね!」
興奮していて自己紹介を忘れていたことを失念し、改めて敬礼を送るリリィ。
両サイドにまとめられたピンク色の髪が特徴で、青い目もぱっちりしている。一見すると可愛らしいQ-PIDといった感じだった。
「よ、よろしくお願いします……」
「そんなに固くならなくて良いから。友達だと思ってね!」
「は、はぁ……」
フランクに話しかけてくる彼女に少したじろぎながらも、アロンは適当な受け答えで流しておく。
そんな様子を見てから、ハンドラーの方が声をかけてきた。どうやら質問があるようだ。
「さて、我が部隊の配属に際して、アロンにはコールサイン"アーク2"を与えると同時に、機体もF-15Sに乗り換えてもらう。問題ないな?」
「はい。僕はQ-PIDなのでなんでも乗りこなせます」
「よろしい」
実際のところ、Q-PIDは人造人間なので機体の転換訓練はいらない。そのような操縦方法は初めから脳にインストールされているからだ。
アロンの意思を確認したハンドラーは、壇上に上がり、指揮棒を取り出した。そしてブリーフィングルームの液晶パネルの前に立ち、こう切り出す。
「じゃ、二人ととも早速だが……」
「っ……!」
ハンドラーがそう言うのを聞き、アロンは早速何か任務があるのかと思い、近くの適当な席に座って背筋を伸ばす。
だが、そうして身構えていた彼はある意味で裏切られた。
「今日の授業を始める!」
「え?」
彼が放った一言により、アロンは拍子抜けした言葉を漏らした。そうしてこの時間から任務ではなく、なぜか学校の授業が開始された。
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