第一話
第一話です!
西暦2027年某日
欧州 ドーバー海峡
空。
青いキャンバスに、一筋の飛行機雲が引かれた。
雲を引いていたのは、主翼に武装を満載して戦場へ向かう戦闘機たち。彼らは飛行機雲の軌跡を空に引き、このキャンパスに色を足していく。
雲を抜け、空を飛ぶ。与えられた翼を抱き、人造人間は空を飛ぶ。例えその空で散ることになろうとも……
『徹底抗戦だ!戦い続けろ!』
戦闘機のコックピットの中で、通信からプロパガンダ放送が流れて来る。
コックピットに収まるクリーム色の髪をした少年──TACネーム"アロン"は、放送を聞き流しつつ戦場へ向かっていた。
『Q-PID技術がある限り、人類の戦力は無尽蔵だ!』
この放送はどこから流れているのだろう。
この地域で滅亡しかけている国の一つが、人類を鼓舞し、国際社会に抗戦を呼びかける放送のように聞こえる。
『怯むな!飛べ!飛び続けろ!エネローを……あの悪魔共を、この地球上から一掃するのだ!』
それは誰かの悲痛な叫びなのだろう。故郷を、友人を、家族を奪われた人間達の辛く苦しい叫び。
それが、僕たちに期待となってのしかかる。
西暦2027年、人類は空の悪魔──エネローと戦い続けていた。
『ウィンドシーカーより各機。敵の迎撃を確認、高度16000、方位204、120秒後に接触』
後方でレーダーを使って監視するAWACSから、そんな報告が聞こえてきた。アロンはその言葉を受け、視界のデータリンクで目標を確認する。
アロンの目線の高さには、頭を囲むように、HUDの水平義がホログラムで表示されていた。それによれば、自分達と相対するように、真正面から敵機が迫ってきた。相手の方が数が少し多い。
アロンの機体を含むF-16S戦闘機は13機。真っ直ぐ海を越え、フランスの地へ向かっている。このドーバー海峡を越えた先にあるのが、人類の敵”エネロー”の巣だ。
この空は綺麗なキャンバスなどではない。エンジンが轟き、機銃が飛び交う空の戦場。
だがアロンをはじめ、F-16S戦闘機のコックピットに座っていたのは、全員が戦場に似つかわしくない子供たちだった。
しかも、彼ら彼女らは飛行服を着ず、学校の制服のような出で立ちで戦場へと向かっている。ついでに言えば、酸素マスクも付けていなかった。
いや、そもそもそんなものは彼らには必要ない。
この子供たちの種族はQ-PID。正式名称は「無人パイロット情報端末」という、非常に無機質なものだ。一般には「キューピッド」と略される。
彼らはエネローに抵抗するべくアザゼルと名乗る女性が与えてくれた人造の天使。つまり人間ではない。だからこうして戦場に駆り出され、人間の代わりに戦っている。
『ローズ2よりローズリーダー、レーダーに飛行物体多数。敵編隊と予想します』
『こちらローズ5、タリホーコンタクト!12時方向!総数20!』
子供の姿のまま、彼らは戦場へ。その機体に弾丸とミサイルを満載し、敵と対峙する。
『爆撃隊はそのまま対地攻撃を敢行しろ。飛行教導機よりローズ中隊、すべての武器の使用を許可する。交戦し、敵を排除せよ』
「了解です。マスターアムオン。みんな、行くよっ!」
航空機が発達したこの時代、空が戦場になることは当たり前だ。
戦闘機は年を重ねるごとに発達していき、航空優勢を奪い合うため、自ずと空が戦場となる。
むしろ現代戦において、空が敵のものか味方のものかはこの上なく重要だ。
『敵機射程内、シーカーオープン!』
『FOX2!FOX2!』
計器が相手をロックしたのを確認し、赤くなった目標のコンテナ表示へ向け、ミサイルを放つ。
『敵機、ミサイル発射!』
「来るよ!全機、回避運動!」
こちらのF-16Sが空対空ミサイルを放ったと同時に、相手側もローズ中隊へ誘導弾を放った。中隊全ての機体が狙われ、即座に誘導波の照射警報が鳴る。
アロンは機体を右にブレイク、必死の回避行動をとる。急激な旋回により身体が重く感じる。
しかし、普通の人間パイロットなら失神するレベルの旋回をしても、Q-PIDであるアロンは耐える事ができた。これがQ-PIDの人造人間としての高い耐久性だった。
瑠璃色のHUDで囲われた視界を回し、後方を見る。敵機から放たれた誘導弾が、雲間から太陽の光を反射する。あれはエネローが放つ水晶体のようなもので、こちらのミサイルと同じ性能をしている。
アロンは欺瞞装置のボタンを押した。エネローの誘導波に干渉する特殊な金属粉が、機体後部から無数に放たれる。
敵の誘導弾はこれに惑わされたのか、釣られて信管を作動させ自爆した。
アロンは運が良かった。だが運の悪いQ-PIDはそのまま撃墜されてしまう。
『ローズ3、ロスト!』
『ローズ11がやられたよ!』
「来るよ!体勢を立て直して!」
敵エネローがこちらに近づく。距離5000、方位200、速度は音速の二倍。
相手も同数をロストとしているようだが、実際の戦力が互角である以上、11対18では不利が否めない。
そして、ここからはもっと損耗が激しい格闘戦に入る。
「敵数18!真正面、ヘッドオン!」
直後、アロンは敵機とヘッドオンで交差する。機銃弾が放たれる。こちらを細切れにせんとする機関砲の雨あられが、アロンの機体を掠める。
回避行動により、機銃弾は避けた。そして敵とすれ違う。かの敵のシルエットが見える。
真っ黒な体に、不気味にぎょろりと光る多数の目。
口は無く、肌にはガラスの様な鱗模様がうっすらと見え、翼の先端は血塗られたように赤い。
「(悪魔……)」
敵はおとぎ話に出てくるような悪魔の造形だった。薄気味悪さすら感じるその造形を目で追いかけながら、アロンと敵はすれ違い、高速で離れていった。
「みんな、エレメントを崩さないで!やられるよ!」
『アロン!援護するわ!』
「お願い!」
アロンは臨時で僚機とエレメントを組むと、目についた敵戦闘騎に食らいつく。直後、美しい空に汚れた火花が散った。
激しい至近距離で行われる格闘戦、お互いから機銃が放たれ、いくつもの弾丸の霰が交錯する。
被弾した機はバラバラになり、相手の機も同じく砕け、双方の機が落ちる。
そんな中でもアロンは、巧みな操縦で敵機に追いすがり、その機影を捉えた。
「敵機を補足……!」
背後から敵機を補足する。相手も自分に気付いたのか、急激な旋回を繰り出しながらそれを振り切ろうとする。
アロンは小刻みに動く敵機になんとか追従していた。だが機銃で狙う機会はなかなか訪れない。お互いの機動性が高すぎるが故、わずかな隙すら生まれなかった。
『牽制するわ!タイミング合わせて!』
「了解!」
僚機からの警告を受け、アロンは右へブレイクした。その合間を縫って僚機が放ったミサイルが掠めていく。
至近距離から放たれたミサイルだったが、相手は青白い火の粉を撒き散らし、欺瞞装置の代わりとした。そしてミサイルは追尾が甘く、相手から逸れていった。
だがミサイルは囮だ。それはアロンが確実に機銃で仕留めるための隙作りのためだった。
「ガンズガンズガンズ!」
すかさず敵に機銃を放つ。F-16Sに搭載された20mm多銃身機関砲が高速で弾丸を放ち、毎秒6000発の弾丸の嵐を敵に浴びせた。
敵機はそれをモロに喰らい、粉々の血しぶきとなって破壊された。そして血肉を撒き散らしながら、ドーバー海峡の海へ落ちていく。
アロンはひとまず息をつく。その直後には機体を水平に戻し、周囲を確認した。一機落とした後の油断が自分の撃墜につながるからだ。
HUDの情報によれば、戦況は消耗戦だった。エネローを一体落としては、こちらも一機落とされているような状況。
『ローズリーダー、アロンくん!後ろに付かれた!助けて!』
「今いく!」
今のはローズ7、新入りの女の子の声だった。頭の中に流れるデータリンクの情報をもとに、彼女の位置を素早く探る。
IFFの情報から、彼女は自分の左手下方にいると判明した。その方向に、僚機を伴って切り返す。
切り返すと彼女の機体が見えてきた。彼女は二機のエネローに追い立てられている。傍の僚機にハンドサインで指示を下すと、すぐさま降下する。
緩やかな降下で、獲物に夢中なエネローの背後に取り付く。そして機銃弾を放ちローズ7から一機を引き剥がす。
だが度胸のあるもう一機がそのまま張り付くと、必中距離まで加速し、ローズ7へ向けて機銃を放った。
ローズ7のF-16Sはあちこちに被弾。主翼がバラバラに引き裂かれ、胴体からは出火し、コックピットは炎に包まれた。
「ローズ7!」
『やられ、ちゃった……』
アロンはローズ7のコールサインを叫ぶ。だが、彼女の脱出は見られずそのまま爆散した。感情が揺れるのも束の間、先ほどローズ7を落とした敵に向けてアロンは機銃を放つ。
こいつがローズ7に対してそうしたように、エネローは翼がもがれて胴体から出血。そのまま墜落していった。
「くっ……ウィンドシーカー、戦況は!?」
アロンは歯軋りしたくなるのを堪え、大人達に状況を問いかける。
『こちらウィンドシーカー、爆撃隊は間も無く目標到達する。それまで持ち堪えろ』
広域レーダー上では、間も無く護衛対象の爆装機がドーバー海峡を越え、フランス沿岸部のエネローに対して爆撃を敢行しようとしていた。
あと少しだということを確認したアロンだったが、その時、アロンの神経を逆撫でする情報が流れ込んできた。エネローからのミサイル警報だった。
「ミサイル警報!?」
『アロンくん、危ない!』
僚機として付いていたローズ2が、咄嗟に前に出てエネロー誘導弾との間に割って入った。
その結果、ローズ2の機体は爆発をモロに喰らう結果となり、穴だらけになって炎上した。
「ローズ2!」
彼女のコールサインを叫ぶが、応答はない。彼女の機体はそのままバラバラになり、墜落していく。
「こいつめ……!」
アロンはQ-PIDらしからぬ感情をあらわにする。そして機首を旋回させ、ローズ2を落とした敵に向かってヘッドオン。騎士の決闘の如く、真正面から相対した。
相手が機銃を放ってくる。それを僅かな動きで避けつつ、こちらも牽制で機銃を放つ。だがお互いの機銃弾は逸れて当たらなかった。
それを予見していたアロンは、相手の機よりも素早く切り返しを行い、旋回戦に先手を打つ。
相手も同じように旋回しようとしていたが、こちらの方が切り返しが早く、相手の旋回半径の内側に潜り込めた。そして、シーカーがレーダーで目標をロックした。
「FOX2!」
翼端に搭載されたミサイルを放つと、相手は回避運動に入ろうとしたが、今度のミサイルは必中の距離だった。
ミサイルの爆薬が炸裂し、目標を巻き込んだ。TNT換算で155mm砲弾に匹敵する高性能爆薬が、エネローの身体を引き裂き、血飛沫に変えた。肉片がドーバー海峡に墜落していく。仇は、取った。
『作戦終了。爆撃隊は無事に目標を撃破。作戦は成功した』
「ッ……!」
ちょうどその時、AWACSから作戦終了が告げられた。アロンは戦闘を止めた。
『飛行教導機、損害を報告せよ』
『こちら飛行教導機、ロストしたのは12機だ』
後方を飛ぶ飛行教導機が、事務的な報告を行った。
彼らの仕事は、戦域の遥か後方からステルス機でQ-PID達を監視し続ける事。つまりは先ほどの戦闘には手を出していない。援護などしてくれないのだ。
そんな安全圏からの報告は、まるで感情が篭っていない。まるでQ-PID達が死んでも書類上の数字までしかないような言い方だった。
そして、Q-PID達はそんな人間達に逆らえなかった。
『損害は来週には補充される。作戦終了。残存機は帰投し、次の命令を待て』
「……ウィルコ。こちらアロン、RTB」
AWACSの命令を了解し、基地へ帰還する旨を伝える。そこでアロンの揺らいでいた感情は、限界に近づいていた。
「また、僕だけ……」
僕だけが生き残ってしまった。
アロンは音速で基地まで飛ぶ中、俯いて歯を食いしばった。だが涙は流れなかった。
ご意見ご感想、お待ちしております!