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星座占い師を解雇したら夜空の星が消えた件

作者:



//// 聖星歴214年 水の月 16日 <本日> ////

  ―― 星が消えてから二日後 ――



「なんてことだ!」


 ロアマス教皇国の元老院議員の面々は、そろって頭を抱えるのだった。


「二日前の夜から星が消えてしまっただけでも一大事だというのに……」

「こんな大変なときに、民衆が議事堂前の広場に押し寄せてくるなんて」

「民衆は、夜空から星々が消えたのを我々のせいだと? 馬鹿げている」


 元老院議員たちの顔は、ますます険しいものとなっていった。


 国民は星々を神として熱心に崇めている。星々が消えたとなれば、国じゅうが大混乱に陥るのは必至だ。また教皇の求心力に大きな影響が出ることも考えられる。


「これらのことについて、教皇様はなんとおっしゃってるんだ?」

「なるようにしかならない、だってさ」

「まるで他人事だな」


 元老院議事堂内のあちこちから溜息の音。


「教皇様が【五聖】の一人を解雇したのが、すべての元凶じゃないのか?」

「いいや。【五聖】の一人だったとはいえ、そんな大したヤツじゃなかったぞ」

「同感。所詮は役立たずの星座占い師。【五聖】だったのが不思議なくらいだ」

「そうだよな。アレが解雇されたくらいで、天がお怒りになるはずもない」

「こらこら、皆、滅多なことを口にするでない!」


 太陽が西の山に沈んだ。


 空は薄暗くなってきたにもかかわらず、この日も星々が姿を見せる様子はなかった。




 (一日前に遡る)


//// 聖星歴214年 水の月15日 <前日> ////

  ―― 星が消えた翌日 ――



 かつて五聖の一人だったポーロは、七年ぶりに故郷に帰ってきた。


 畑、川、家々……すべてが懐かしかった。

 目尻に流れる雫を指で拭った。

 実家のドアを開けた。


 ポーロの顔を見た両親は目を見開いた。

 二度と戻ってこないはずの息子が戻ってきたのだ。


「父さん、母さん」


 両親はポーロを抱き締めた。

 三人が落ち着いた頃、母はポーロに尋ねた。


「でも突然どうしてここに? 聖都で何かあったのかい?」

「カッコ悪い話だけど、五聖の役職をクビになっちゃって」


 父が笑顔を作る。


「それは良かった。戻ってきてくれて、こんな嬉しいことはない」


 ポーロは里の人々に挨拶にいった。


 子供の頃の友人たちにも会った。

 皆、立派に大人っぽくなっていた。


 そして……。


 かつてのガールフレンドにも会ってみることにした。というより最も会いたかった人物だ。


 ともに幼いながら、結婚の約束をしたことがあった。もちろん結婚なんてきちんと理解していなかった頃の話だ。単なる子供の虚言、約束ごっこにすぎなかった。


 もはや恋愛感情なんてものはない。それでも緊張した。もしも忘れられていたらショックは絶大だ。顔を見ても思い出してもらえない、なんて考えたくもないことだ。


 玄関の立ったそのとき、背後から声をかけられた。


「まあ、驚いた。ポーロじゃないの。久しぶりね。どうしてこの里に?」


 振り向くと彼女がいた。覚えていてくれたことに安堵した。


 彼女はすっかり大人の女となっていた。それでも澄んだ青い瞳と小さな鼻と右頬のエクボは、幼かった頃の面影を色濃く残していた。


 ふと胸元に目が行った。彼女はそこに赤ん坊を抱えていたのだ。


「この子ね、生後二十五日目なの。お産のために実家に戻ってたんだけど、まさかポーロに会えるなんて思わなかった。本当にビックリよ」


 彼女は結婚していて、赤ん坊までいた。とても幸せそうだった。


 もしポーロが聖都に連れていかれず、この里で暮らし続けることができていたなら、彼女の結婚相手はまた違っていたかもしれない。それはともかく、心から『おめでとう』を言った。




 (さらに一日前に遡る)


//// 聖星歴214年 水の月 14日 <前々日> ////

  ―― 星が消える当日 ――



 ロアマス教皇国の聖都には壮大な神殿がある。


 夜更け、そこをのぼっていく者がいた。


「教皇様、何をされるつもりでしょうか」


 その者は背後から声をかけられた。

 しかし掌で振り払う仕草にて黙らせた。


 そのまま大神殿をのぼり続ける。

 てっぺんに到達すると天を仰いだ。


 夜空には無数の星々。

 大きく息を吸い込み、両手を広げる。


「消えなさい」


 星々は光を失い、姿を隠した。


 その者は満足そうに大神殿をおりていく。


 のぼるときに声をかけてきた者が、大神殿の下で待っていた。

 司祭装束を身に纏っている。他にも神官装束姿の者が数人。


「教皇様、大神殿の上でいったい何を……」


 司祭装束の者が尋ねている途中で、神官装束姿の者の一人が悲鳴にも近い声をあげた。


「あっ、空に星がない!!」


 大神殿からおりてきた者は、彼らを無視して去っていった。



 (さらにまた一日前に遡る)


//// 聖星歴214年 水の月 13日 <三日前> ////

  ―― 星が消える一日前 ――



 五聖の一人であるポーロは、『教皇謁見の間』に来ていた。

 教皇から呼びだされた理由は不明。さっぱり見当もつかなかった。

 なんの話があるのだろう?


 教皇がポーロに告げる。


「本日付でポーロ・エンシアン・ギュフェを解雇します」


 えっ、クビに? 五聖の任を解かれるというのか。

 あまりにも突然であり、また予想外なことだった。


「なっ、何故でしょうか」

「この国が酷い財政難に陥ってしまったためです」


 確かに財政が苦しいのは知っていた。だからって……。


 そもそもポールは幼かった頃に高い能力を見いだされ、強制的に聖都へと連れてこられたのだ。にもかかわらず今度は教皇の都合で不要物扱い。だったら初めから

聖都に招集なんてしないでほしかった。


 それに教皇はおととい、ポーロに「期待している」とか「必要な存在」などと、言ってくれたばかりだったのだ。


 しかし納得できるとできないとにかかわらず、国の最高権力者の命令は絶対である。


「ならば里に帰るしかないか……」



 (さらにまた一日前に遡る)


//// 聖星歴214年 水の月 12日 <四日前> ////

  ―― 星が消える二日前 ――



 この日は聖職者にとって、十二日に一度の休息日。酒も許されている。聖都の若い神官たちは、仲間同士で酒場に入っていった。


「ところで、お前は神官になって半年が経つ頃だな。仕事はどんな感じだ?」


「めちゃめちゃ忙しくて愕然としました。ああ、書類の山……。この仕事、魔力さえ高ければいいわけじゃなかったんですね」


 他の神官たちが笑う。


「それに……。ボク、地方出身なので知らなかったんですけど、休息日ならば神官でも酒が飲めたなんて! びっくりしましたよ」


「そりゃそうだ。この激務だぜ? たまには飲まなきゃやってらんねえさ」


「ただ……。はぁ……」


 最年少の神官は溜息を吐き、こう愚痴るのだった。


「休息日だろうとなんだろうと、聖職者になってしまったからには、このさき所帯持つことが許されないのはもちろんのこと、全部が禁止なんですよね……女の子関係は。ううう……」


 両隣の先輩神官から、バシッ、バシッ、と頭を叩かれた。


「そんなものに未練あるっていうのは、日々の修行が足りない証拠だ」

「だってボク、修行、嫌いですから」


 さっきまで無口だった先輩神官がニヤリとする。


「案外、それ近いうちに解決するかもしれねえぞ」

「えっ、どういうことです?」


 最年少神官は目を見開き、話に食いついた。


 実は他の神官たちも表情こそ平然としたようすだったが、聞き逃すまいと注意深く耳を傾けていたのだった。


「このロアマス教皇国が財政難なのは知ってるはずだ」

「はあ、知ってます。それとなんの関係があるんですか」

「神官のリストラがあるかもしれないって噂だ。一般人に戻れるぞ」

「それ全然解決じゃありません! 大問題ですよ。クビなんて嫌です」


 最年少の神官は木製タンカードの酒をグッと飲み干した。

 上位聖職者たちの悪口を始める。


「だいたい、ボクたちより五聖様の誰かをリストラした方が、よっぽどいいに決まってます。あの方々、高給取りのくせに普段は何もしてませんし」


 バシッ、バシッ、とふたたび頭を叩かれた。


「おい、馬鹿っ。滅多なことをいうもんじゃない!」

「そうだぞ。あの方々がいなくなられたらこの国は終わる」


 最年少の神官はクイッと肩をすくめて見せた。


「そりゃ、軍神と呼ばれるビランガ様や星霊医のリャーヤ様とかがいなくなったらマズいのは理解できますよ。でもたとえば……。その……ポーロ様ってどうなんでしょうね。星座占い師ですよ?」


 最年少神官の言葉に、先輩たちがあたふたする。

 それでも最年少神官は、気まずい空気など微塵も感じ取れていなかった。


「皆さん、どうしました? 急に黙っちゃって」


「ポ、ポーロ様は偉大な……そう、とても偉大な星座占い師だ。何しろ『星を読み解き、人の運命を知り、また人の運命を変える』ってのを実現できるのがポール様なんだ」


 最年少神官が腹を抱えてケタケタ笑う。


「ハハハハハ。なんですか、それ。仮に本当だとしてもくだらなすぎです」


 最年少の神官に同意する先輩もいた。


「だがな、コイツの言いたいことも理解できないこともない。だいたいポーロ様って平民出身らしいじゃないか。俺は上司が平民なんて、あんまり認めたくはないんだよな」


「それでもポーロ様が秘めている魔力は、五聖の中でも軍を抜いてトップだという話じゃないか。大聖女様と肩を並べるって聞いたぞ」


「たとえ秘めた魔力がトップでも、その能力が星座占いじゃ話にならない。そうそう、大聖女様も平民出身だったよな。両方いらないって感じだ」


「大聖女様かぁ……。話は変わるが、やはり美しいお方なのだろうか? 遠くからチラッとしか見たことないからなあ」


「まあ、大聖女様と言っても美人だとは限らないかもな」


「でも以前、黒髪美人だと聞いたことがあるぞ」


「黒髪美人? 私は金髪美人だと聞いていたが」


「何っ!? 大聖女様は銀髪って話、あれってガセだったのか」



 (さらにまた一日前に遡る)


//// 聖星歴214年 水の月 11日 <五日前> ////

  ―― 星が消える三日前 ――



 ポーロは城内の大ベランダに来ていた。

 ここへ来るようにと、きのう教皇から命じられていたのだ。

 しかしその理由は皆目わからなかった。だから緊張していた。


 何かやらかしたのだろうか。

 しかし思い当たることは何もなかった。


 普段、教皇と面会するときは、必ず五聖全員がそろっていた。しかし今回はどうして一人なのだろう。この世で最も近寄りがたい人物と二人きりだなんて、まるで罰ゲームのようにしか思えなかった。


 教皇がポーロに優しくやさしく告げる。


「緊張しているようですね。心配しないでください。ここへ呼んだことに、特別な意味はありません。ただ、たまには五聖たちから話を一人ずつ聞いてみるのもいいと思いまして」


 つまりポーロだけではなく、五聖を順に呼び出していたらしい。

 ちなみにきのうは豊穣仙ナノヤーナを呼び出していたそうだ。


 さて、ポーロは星座占い師だ。しかしポーロが聖都に来てからというもの、災害や戦争等の予兆が見られることは皆無だった。


 だから幸か不幸か、高い能力を発揮する機会には恵まれなかった。


 それでも五聖の仲間たちはポーロを認めてくれていたし、大聖女も同じく彼を認めてくれていた。


「ポーロはロアマス教皇国に必要な存在です。大いに期待しています」


 教皇から嬉しい言葉をもらい、胸が熱くなった。


「ありがたきお言葉です」


「これほど若くして五聖となったということは、さぞかし学校で勉学や修行に励んできたのでしょう。その努力には敬意を払います」


 学校? 教皇は誤解をしているようだ。


「いいえ、私は平民出身です。学校には行っておりません。勉学や修行は五聖に任命されてから始めました」


「おお、そうでしたか。試験を重ねて五聖にのぼり詰めたのではなかったのですね」


 教皇の話に少しガッカリした。聖都に連れられてきたとき『教皇に呼ばれた』と説明を受けていたのだ。あれは嘘だったことになる。教皇直々に呼ばれたわけではなかったようだ。


 いいや、まったくの嘘でもないのかもしれない。たとえば教皇が元老院あたりに、能力の高いものを探し出してくるように、などと命じたとなればどうか。


 ポーロを特定していたわけではないが、教皇が呼んだと捉えることもできよう。


「もしかして聖都へ来るのに、強制があったのでしょうか」


 と教皇から質問があった。


「あのとき強制があったのは事実ですが、いまは国の平穏と国民の幸福のため尽力できるのであれば、それが誇りであり喜びであると存じております」


 教皇に気を使って答えたわけではない。本心だった。

 もはや故郷を思い出すことなど、ほとんどなくなっていた。


「ポーロの故郷はどんなところでしたか」


 緑豊かな土地というわけではなかったが、皆で力を合わせて作物を育てていた。夏は乾燥し、水が貴重だった。冬は極寒で、雪が深く積もった。遠くには山々がそびえていた。ポーロの一番のお気に入りは、剣のように尖った山頂が特徴的な東の山だった。


 家族には優しい祖母、逞しい父、躾に厳しい母、聡明な姉がいた。友達がたくさんいた。ガールフレンドもいた。


 郷土料理というほどのものはなかったが、ヤクのバターたっぷりの揚げパンが大好物だった。朝食の定番だった。


 あれ……?


 生まれ育った里のことを話していたとき、涙が頬を伝わっていた。

 ここ数年、故郷のことを思いだしても涙なんて出てこなかったのに。


 教皇に涙を見せたくなかった。


 だから俯いて誤魔化した。

 たぶんバレていないだろう……。



 (さらにまた一日前に遡る)


//// 聖星歴214年 水の月 10日 <六日前> ////

  ―― 星が消える四日前 ――



 誰だ?


 視界を奪われたポーロは、背後から目を塞ぐ手を掴んだ。

 柔らかくてやや小さめ。女の手だとすぐにわかった。


 でも、こんなイタズラするような人が城内にいただろうか?

 いるとすれば……。


「リャーヤ?」


 五聖の一人、星霊医リャーヤの名をあげた。

 目隠しの手が解かれる。そこには可愛らしい笑顔があった。

 目を疑った。まさか大聖女がこんな子供じみたことをするなんて。


「びっくりしました。あなただったとは」


 大聖女の顔から笑みが半分消える。


「リャーヤでなくて残念でしたか」


「残念なんて一言も口にしてませんよ。ただリャーヤはふざけるのが好きな人なので、可能性があると思っただけです」


 大聖女から笑顔はほぼなくなった。


「たいそう親しい仲のようですね、リャーヤとは」

「同じ五聖ですから当然です。五人とも仲がいいですよ」

「その中でもリャーヤとは特別にお慕いし合っているのではないですか?」


 大聖女は何を言っているのだろう。


「我々は聖職者です。異性と特別な仲になるわけがありません」


 じっとポーロの顔を覗き見る大聖女。

 ふたたび微笑んだ。


「冗談です」


 大聖女も冗談を言う人だったとは。


 そんな彼女とは聖職者同士、ときどき仕事でいっしょになることもあるし、食事だっていっしょにすることがあった。


 だからそれなりに親しくもあった。

 しかしこんな一面を見たのは初めてだった。


「ですがここは男用の僧坊の裏庭です。大聖女のあなたが入ってきていい場所ではありません」


 すると大聖女はポーロの耳元に口を近づけた。

 吐息のような小さな声。


「いいのです。わたくし、悪い大聖女ですから」


 なんてことを!


 大聖女は無邪気そうに目を細めていた。

 ポーロは一瞬ドキリとした。これは修行不足のせいなのか。

 自称『悪い大聖女』が顔をグッと近づけてくる。


「ねえ、ポーロ」


 ポーロは思わずのけぞった。それでも心を落ち着かせようと、大聖女に悟られないように静かな深呼吸をした。


「なんでしょう」


「お願いがあります。わたくしを占ってくれません?」


 聖職者を占うことは禁じられている。


 ある神官が四年前、自分の未来を知ったばかりに職務を放棄してしまったことがあったからだった。


 それは大聖女も知っていることだ。


 ポーロは説明して断ったが、大聖女は納得してくれなかった。


「占えないのは聖職者の未来の運命でしょ? わたくし自身も別に占ってほしいとは思っていません。この先の運命や未来の姿など、たかが知れてますから」


「では……どういうことでしょうか」


「はい。『星を読み解き、人の運命を知り、また人の運命を変える』というのが、ポーロの占いですよね。占ってほしいのは後者です。どうすれば人生が大きく変わるのでしょうか?」


 人生を変えるための占い――それだけならば問題ないだろう。


 けれども本当に変えてしまっていいものだろうか。彼女の未来をまだ占っていないわけだから、変える必要のない良き未来を変えることになるかもしれないのだ。


 でも占うことくらいはやってあげてもいいだろう。

 占いに従うか否かは彼女次第だし。


「わたくしの星座は……」


 ポーロは(てのひら)を突きだし、大聖女の言葉を遮った。


「ウミウサギ座ですよね?」

「まあ、ご存じでしたか!」


 大聖女は嬉しそうに目を細めるが、彼女の誕生日を知っていて当然。

 ポーロは忘れたことなどなかった。


 さて、星座占いを始める。


 まず彼女をウミウサギ座の位置へ向かせる。特定の指を曲げさせ、手でウミウサギの形を作らせた。彼女と星の間の見えない糸を感じ取る。


 ポーロはゆっくり頷いた。


「大きな分岐点はもうすぐやってきます。なんと数日後です。残念ながら大きな失望に見舞われるわけですが、そのときこそが分岐点です」


 大聖女が小首をかしげる。


「えっ、わたくしの未来は占わないのではなかったのですか?」

「いいえ、未来の占いのうちには入りません。分岐点を明確にしたまでです」

「失礼しました。続けてください」


 ポーロはふたたび彼女と星の間の見えない糸を感じ取る。


「分岐点にさしかかりましたら、大聖女の立場を忘れ、思うがままに行動するのです。すると人生はガラリと変わることになります。これまでに味わったことのない幸福感に満たされる――と出ましたが、これってなんのことでしょう」




 (そこから七日後に移る)


//// 聖星歴214年 水の月 17日 <翌日> ////

  ―― 星が消えてから三日後 ――



 大聖女は『教皇謁見の間』にいた。

 この場には教皇と彼の側近たちもいる。


「やはりあなたの仕業だったのですね、大聖女ミミアン」


 しかし彼女は悪びれる様子もない。


「さすがは教皇様。左様です。教皇様の姿を装ったのも、夜空から星々を隠したのも、わたくしです」


 教皇はやれやれと言ったふうに、首を左右させた。


「さすがも何も、このようなことができるのは、あなたしかいません。光を操ることにより、人々に幻を見せたり実在する物を隠したりすることが、大聖女ミミアンの能力ですからね」


「はい。星々はきちんと輝き続けています。人々の目には見えないだけで」


「何故そんな悪さをしたのですか」


 ニコッと微笑む大聖女。


「わたくし、悪い大聖女ですから」

「悪すぎますね」

「はい、教皇様と同程度に」


 会話を聞いていた側近たちが騒がしくなった。


「何を言うか!」

「教皇様に向かって!」

「大聖女であろうお方が……」


 しかし大聖女と教皇の当人たちは割と冷静だった。


「あなたの話を聞きましょう」


「はい、教皇様。わたくしもポーロも、それぞれ遠い故郷で幸せに暮らしておりました。その幸せを奪ったのが、あなたであるという意味です」


 教皇はしばらく考え込んだのち、大聖女に告げたのだった。


「夜空の星々を消すなど人々を騒がせた大聖女ミミアンには、懲戒処分をくだすことにします。まず大聖女の身分を剥奪、そして……」



 (そこから一日後に移る)


//// 聖星歴214年 水の月 18日 <翌々日> ////

  ―― 星が消えてから四日目 ――



 馬車が止まる。


「ここまでだ」


 馬車を降ろされた。周囲は見渡す限り田園風景。

 わたくしは単なる解雇にとどまらず、見知らぬ僻地に流刑となった。


 これはちょっとおかしい。


 大きな失望に見舞われるようなことがあったとき、思うがままに行動すれば運命が変わり、幸せが訪れるのではないのか? 優秀な星座占い師ポーロは、そのように占ってくれたはずだ。


 なのにどうして……。


 ただ、快感を得られたのは確かだった。

 ポーロをクビにした腹いせに、教皇に扮して星々を消してやった。


 あのとき城内は大騒ぎだった。確かに溜飲はさがったし、良しとしなければならないのかもしれない。わたくしの幸せ、ずいぶんと小さかった。


 馬車を御する兵士によれば、この先をまっすぐ進んだところに古びた家があり、そこがわたくしの住まいとなるそうだ。


 知らない土地で、いきなり空き家に住めと言われても困る。


 食料は? 暖炉の火は? それから何を生業にして生きていけばいいの?


 ああ、これが罰ってわけね。罪は大きいものだったから……。教皇を装ったこと。星々の光を隠したこと。聖職者でありながら、一人の異性に想いを寄せたこと。


 歩いているうちに家が見えてきた。

 きっと御者の兵士が言っていた家に違いない。

 古びた家の前に立ち、ドアを開ける。


 えっ。


 そこにポーロがいた。

 どういうこと?


「これはこれは大聖女ミミアン!」

「な、何故ここにポーロがいるのでしょう……」


 ポーロが笑顔を見せる。


「もちろん故郷だからですよ。ようこそ、あなたを歓迎します!」


 嘘でしょ?

 ここがポーロの故郷だった?


 彼は五聖を解雇されたのだから、故郷に帰るのは当然だろう。聖都で新しい職の用意がないかぎりは。


「さあ、どうぞ中へ入ってきてください。粗末な家で申しわけございませんが、あなたには本日からここで暮らして頂くことになります。」


 ドアの内側へと足を踏み入れ、屋内を見回す。


 大聖女だったときに与えられていた部屋とは雲泥の差ではあるが、幼少時に住んでいた家と大した違いはないだろう。それどころか家の広さについては、じゅうぶんすぎるくらいだ。


「まるでわたくしがここへ来ることを知っていたかのような感じですね」


「はい、教皇様から急遽連絡がございました。それで慌ててあなたの家をご用意しました」


 教皇から?


 わたくしは流刑罪となった。それなのに流刑先はポーロの故郷。こんなの、罰でもなんでもないじゃない。


 ふと、ポーロの占いを思いだした。


 ――思うがままに行動すれば、幸福が訪れる。


 ハッとした。


 あの教皇、わたくしに罰を与える気なんて、さらさら無かったのかもしれない。


「こんな広々とした家、一人で暮らすには……というより大家族でなければ勿体ないくらいですね。感謝いたします、ポーロ」


 ポーロは緊張した面持ちとなった。


「そのことですが、大聖女ミミアン……」

「大聖女と呼ぶのはやめてください。いまは平民に戻ったのですから」

「そうですね。つい、癖で」


 二人でにこりと笑った。


「では、ミミアン。聖職者のときには決して言えなかったことですが……。もしよろしければ、生涯、僕と暮らしていただけませんか」


「はい、喜んでお受けします。よろしくお願いいたします」


 自分の幸せを追求することが許されなかったわたくしは、ポーロの占いによって幸せな人生を掴むことができた。


 彼はわたくしにとって、本当に優秀な星座占い師だった。



  __ 完 __




最後まで読みいただきまして有難うございました!!

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