あなたが望むのは強くて再出発ですか? それともエロくて再出発ですか?
賑やかな広間を抜け出て、王城の一角にある部屋へと入りベッドに腰を下ろす。
広間から距離のあるここでさえ、人々の歓喜の声が耳まで届いてくる。
15歳で神の加護を得て勇者となり、ここ王都から旅立って16年も経つ。
幾多の試練や激戦を乗り越えて、ようやく俺は魔王を討ち果たすことが出来た。
つらく長い旅だったが、人々の喜ぶ姿は全てが報われた気にさせてくれる。
騎士、重騎士、剣士、武闘家、盗賊、魔導士、僧侶、賢者。そして幼馴染の従士。
共に戦いに身を投じた仲間だったが、生き残ったのは俺だけだ。
志を託していったあいつらも、天国で喜んでくれているだろう。
王は褒美として第3王女との結婚を打診してきたが、俺は断るつもりだ。
今まで全力で日々を駆け抜けてきた。
田舎に引っ込んでゆっくりとこれからの人生を歩んで行きたい。
不意に空中に微かな光が漂う。
青白く光るその粒子は数を増やし、徐々に人の形を創り上げる。
俺がこの現象を見るのは何度目だろうか。
初めて見たのは勇者となった日。
その後、幾度となく窮地に陥るたびに助けてくれた。
光で形取られたこの世のものとは思えない美しい女神は、16年前と変わらないままだ。
『勇者、ご苦労様でした。このように労いの言葉しかかけれない事を許してください』
「女神様、貴方は幾度となく俺を、俺達を助けてくれました。感謝しています」
『貴方は立派に務めを果たしました。……ですが、更なる脅威が差し迫っています。魔王を生み出した諸悪の根源……邪神が3年後に目覚めようとしているのです』
「——邪神!? わ、分かりました。それも勇者の務め。再び人類を守る剣へとなりましょう」
だが、俺の言葉に女神は悲痛な面持ちで視線を逸らす。
それが何を意味しているのかを俺は理解してしまった。
「……それほどまでに邪神は強いのですか?」
『……えぇ、おそらく今の貴方では、かの邪神に傷一つつけることなく敗北するでしょう』
冗談ではないのだろう。
女神の組んだ手に力が入るのが分かる。
「女神様。勇者として使命を帯びたばかりの頃の俺は、魔王の足元にも及ばなかったはずです。しかし、仲間と共に成長し討ち果たすことが出来た。俺は……人間は成長することが出来る」
『知っています。私はずっと貴方を見てきましたから。ですが、それ故に分かってしまうのです』
「なにか……なにか方法はないのですか?」
静寂が訪れる。
ここで何とかしてみせますと言えるほど、俺は楽観的な考えは持てない。
すでに俺は成長のピークを過ぎてしまっているのだから。
自分の不甲斐なさに唇を噛み俯く。
『ただ、一つだけ世界の平和を守る秘術が…‥存在します』
ガバリと顔を上げると、女神様は覚悟を決めた顔で頷いた。
『私の女神としての全神力を使うことで、貴方を過去に飛ばすことが出来るのです』
「過去に?」
『はい。その代償に私は女神として力を失います。故にたった一度しか使えない秘術です。しかし邪神に対抗する唯一の力となるでしょう』
女神様は真剣な眼差しを向け、意を決したように口を開く。
『勇者よ』
「はい!」
『貴方が望むのは……、強くて再出発ですか? それともエロくて再出発ですか?』
「はい! いや、えっ!? 再出——いゃ、エロっ!?」
エロ!?
聞き間違いか!?
いや、確かに女神はエロって言った。
よく見れば女神様は頬をほんのり赤らめている。
女神様は少し恥ずかしげにコホンと小さく咳払いをした。
『強くて再出発は、今の記憶、さらに強さを持ったまま貴方が勇者として使命を帯びた16年前に戻ることが出来ます。更なる研鑽を積めば邪神を討ち倒すことも可能でしょう。仲間達だって死なずに済むでしょう』
「そ、その、エ……もう一つの方は?」
『エロくて再出発は今の記憶だけを持って16年前に戻ることが出来ます。力は当時のものとなりますが、神の加護の条件が緩和されます』
顔を赤らめ体をくねらせる女神様がすでにエ……色気を感じてしまう。
神の加護の条件。
それは性交すれば加護を失うというもの。
聖女の処女性みたいなものだ。
つまり俺は31歳童貞だ。
魔法も使える。
「か、緩和とは?」
『年2回まで性交可能です。ただし、年3回以上行うと没収です』
「年2回!?」
俺の脳裏に16年間の思い出が走馬灯のように流れる。
どれだけ我慢してきただろう。
魔の洞窟でみんなとはぐれ、騎士と二人きりになった時。
宿屋で俺の部屋に重騎士が下着姿でやってきた時。
酔っ払った剣士を部屋まで連れて行った時。
偶然見つけた温泉に入ったら、武闘家が先に一人浸かっていた時。
そのまま出られずにいると、武闘家と入れ替わりに盗賊が入ってきた時。
魔導士に抱きつかれながら告白された時。
僧侶に耳元で「我慢しなくていいよ」と言われた時。
賢者が衣服を脱ぎ捨て女だと明かした時。
従士が裸にエプロンで「ご飯にします? お風呂にします? それともア・タ・シ?」と指先で俺の胸を触った時。
俺の理想を具現化したような魔王が「妾の仲間になるなら世界の半分+妾を好きにして良い」と俺の顎をクイと指で持ち上げた時。
その全てを俺は我慢した。
血の涙を流しながら我慢した。
なんで仲間が全員美女で、魔王までもが美女なんだと。
お陰で俺は強靭な精神力を持ったと言っても過言ではない。
世界の平和か、自分の幸せか。
心の天使が囁く。
『勇者の使命を忘れたのかい? 思い出すんだ。君は心から世界の平和を願っているはずだよ! 女神様が自らの全ての力を失ってまで希望を託してくれるんだよ!』
心の悪魔が囁く。
『世界平和ねぇ。自分の平和もままならない奴がどうやって平和に導くんだ? 強さが無くなるくらいなんだ。倍頑張ればいいんじゃね?』
人生最大にして究極の二択を迫られ、俺は頭を抱え込んだ。
あと19年を俺は耐えれるのか?
揺れる俺の苦悩を知った女神様が、後押しするように耳元で囁いた。
『ちなみにですが、エロくて再出発だと、女神の力を失い人間になった私も攻略対象になりますよ』
————巻き戻りから19年後
王都は今、人々の歓喜で溢れかえっている。
いや、ここだけではない。きっと世界中の人々が喜んでいるだろう。
邪神の討伐。
この世界に真の平和が訪れたのだから。
酒を浴びるように飲み、歌い、踊る。
そんな人々を見て、俺は目を細めた。
あの時の俺の決断は、間違っていなかったと確信できたからだ。
あの日、俺は女神様の秘術によって王都を出発する15歳まで時を巻き戻された。
忘れもしない、その日の晩。
力を失った女神様が俺の部屋を訪ねてきた。
「性欲解禁ですね」
美しい顔でそう微笑まれたら、ご想像の通りだ。
溜まりに溜まったリビドーは2回戦、3回戦、4回戦……最終的には6回戦まで突入して、僅か1日で俺は勇者の力を失った。
いや、ほんと無理だって。
若い肉体に、目の前には絶世の美女。
世界の平和なんて頭から抜け落ちても仕方ない。
その後すぐに女神様は懐妊。
現在の勇者が生まれ、世界は救われた。
これが結果オーライと言わずなんと言おうか。
街の平和を見ていると、元女神が俺の腕に寄り添ってくる。
ずっと疑問だったことがある。
平和になった今ならば聞いてもいいだろう。
「ねぇ、こうなることって分かってた?」
俺の質問に元女神は優しく微笑むのだった。
元勇者……巻き戻ってすぐに勇者は剥奪されたが、残った知識で魔王軍の動き、幹部たちの弱点をつく事で王国最強の軍師として名を馳せる。7児のパパ。
元勇者の仲間達……軍師となった元勇者の指示のもと大活躍。死んだ者もおらず、現世の勇者と邪神を討ち果たす。現勇者に会ってから全員ショタコンに目覚めた。
元女神……実のところ元勇者に一目惚れした女神。完璧な計画で女神の力を失い人間となって元勇者と結ばれる。現在8人目を妊娠中。
勇者……元勇者と元女神の長男。神の加護も無しに邪神を討ち果たす。魔王を押し倒し、そのまま仲間に引き入れた伝説の勇者。邪神討伐後は魔王を妻に迎えて幸せに暮らしている。
魔王……女神に負けず劣らずの絶世の美女。現世の勇者との三日三晩喘ぎ続けた戦いの末、勇者と行動を共にする。
邪神……復活して間もなく勇者&魔王にフルボッコされた。次回の復活は1000年後。
同時公開 ハイファンタジー学園コメディは↓のリンクから!