お守り
近くだった。
呼吸は落ち着いており、大分顔色も良くなってきた。やはり体力の消耗が酷かったのだろう、今は控えめな寝息を立てて静かに眠っている。
なんなとなく手持ち無沙汰に辺りを見渡すと、綺麗に整頓された部屋にポツンとハンカチが広げられていた。
なにかが上に大切そうに乗せられている、よく見ようと身を乗り出すとどうやらストラップのようだ。
少し独特だが猫を模したもののようだ、愛嬌のある顔をしている。それ以外にもシンプルな作りのものやどう見ても石ころにしか見えないものまで一様に間隔をあけて置かれている。
大切にしているのだろうと見つめていたら、視界の端でごそり身を起こしているのを認めた。
思わずびくりと肩を揺らしてしまう。
当の本人は気にしたようもなく寝起きにしてははっきりとした意識を持ってこちらを見ている。
「ありがとう」
静かな声だ。さっきまでの苦しむ声とは違う。この声で彼女と話しているのだろうか、とつい無駄な事まで考えてしまう。
「……」
何も応えずにいる此方を見て、彼はなんともなしにするりと自分の首を撫でる。
消えるはずもない赤黒い手の跡がくっきりとその白い肌に残っていた。
やはりさっきのは白昼夢なんかではないのだろう、何も分からずとも恐ろしい。こんなにも近くで人が命を脅かされていたのだ。
また違う意味で黙り込んでしまった俺を通り過ぎ、彼はストラップや石が並ぶハンカチの前にしゃがみ込んでいた。
少し迷ったように手を彷徨わせてから、一つしっかりと握りしめてその手をこちらに差し出した。
「あげましょう」
「え、なに……」
「おまもり」
受け取れずにいると、スッと手を取られ「おまもり」を渡された。
握らされたのは不思議な形をしたストラップだった。白い鈴が赤い紐で結ばれている。
「……」
「だいじょうぶ」
「……」
「だいじょうぶ」
目の前の黒くて長い綺麗な髪も、透けそうな冷たげな肌も、さっきの出来事だって何一つ現実味がない夢のようだ。
でも、一瞬だけ触れた手は確かに暖かった。確かに人間の体温を感じた。
なにかが溢れそうで、「おまもり」をぎゅっと握り締めると目の前の彼は安心したように息を吐いた。
「……なあ」
「……?」
「あれってなんなんだ」
「あれ?どれ?」
「おまえの首締め上げてたの」
一つ大きく瞬きをして、ゆっくりと考え込む様に沈黙が落ちた。
答えはあるのに、なんと言っていいか分からない、そんなもどかしい様子だ。此方は彼の言葉と気持ちがまとまるのを待つ。
「……、ともだち、」
「は」
「ずっと、まえからのともだち」
「けーきとか、おいかけっことか、たくさん、いっしょに」
「だから、」
その先の言葉を見失ったように音が途切れる。だから、なんなんのだろう。
「友達は、くび、しめないだろ……」
「そう、なの?」
「たぶん、普通は」
「ふつう……」
手持ち無沙汰に指先を合わせる姿は更に彼を幼くみせている。初めて聞くみたいな顔をするから、もうそれ以上はなにも言えない気がしていた。
「……そっか」
「ともだち、ちがったのかな」
と呟く声に感じた悲しみは誰のものなのだろう。