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六「ピース」




「これは私の手に負いかねるというか...なんというか...いやはや何分このような呪いは初めてなもので...」


ハッキリとしない内容、オドオドとした喋り方。全てが俺の神経を逆撫でする。

国で雇ってる医者が何でこんな診断しか出来ないんだよ。ああ、イラつくな。


目の前で苦しそうに横たわるのは黒に──詳細不明の呪いに体蝕まれるべーレ。綺麗な顔は、左の一部を残して黒に犯されている。布で覆ってはいるものの、胴も四肢も、思わず目を逸らしたくなってしまうほど痛々しい惨状になっている。

目を覚ましたかと思えば、意識が継続する限り発狂のままに暴れ散らかし、電池の切れた機械のように倒れる、その繰り返しだ。気を失っている方が表情が安らいでいるなんて居た堪れない。



「ですが...これも大変言いづらいのですが...その、このままだと長くないかと...」


「何が」


「ですからその...命の方が」


目の前のイラつく医者に殴り掛かりたい衝動に駆られた。抑えろ、この医者は悪くないじゃないか。


「嘘だろ...」


父様も、ムニも、ラトロも、フリントも、キャロルも、もちろん俺も言葉が出なかった。あまりに突然で現実味がない。夢なんじゃないかと思い込んで、思考を手放したい。


「解決策はあるんだよな。治療法とか。あるよな。」


「────」


何か反応しろよ。汗をかいて申し訳なさそうに下を俯いてちゃ、まるでもう手の打ちようが──いや、諦めるな、きっとある。見つけてみせる。

べーレの居ない生活なんて想像出来ないしな。くだらない事で言い合って、時々一緒に出かけたりして、能天気に笑いあって──ああ、こんな気持ちになるんだったら日頃もうちょっと優しくしとくんだった。


呪い、呪い、誰かが、治らないんなら誰かが──




「──そんな顔でこっちを見ないでくれ」


無意識的にラトロと目が合った。俺は一体何を考えていたんだろう。


「いや、ちが、」


「確かにべーレちゃんの命が助かるなら僕は喜んで代わるけれど、まず僕の能力はそこまで優秀じゃないし、次に、代わったとしても僕が死んだら多分べーレちゃんに戻ってしまうしね。呪いっていうのは存在自体に根を張ってるのさ」


「分かってる」


ありもしない希望に縋ってしまった自分が情けない。そうだ、ラトロの能力じゃ解決には至らない。そう、有り得ない。


仮に、ラトロが呪いを移せるほど強力な力を持っていた場合に、俺がどうしていたかなんて考える必要性が皆無のことだ。


思考を切り替えろ。


あり過ぎる考えが錯綜して混乱出来たらどれほど良かったか。あいにく俺の脳内では真っ白が真っ白で真っ白にグルグルと渦巻くだけだった。


俺が思考の迷宮に陥っていたその時、扉が二回ノックされた音がした。

こちらの返事を待たずに扉がゆっくりと音を立てて開かれ、フードを深くまで被った傍から見れば不審人物が、部屋に足を踏み入れた。


俺はコイツを知っている。国お抱えのギフト持ちの預言者だ。暗みがかった紫のローブの向こうには未だ謎の素顔が隠れ、僅かに覗かせる口元は若々しくも思えるが、なにせ俺が子供の頃から居たというので、実の年齢は想像もつかない。

実績は確かで、幾度となく父様に知恵を授け、それまで傾いていた国の運営を立て直すという成果を誇っている。が、俺はなんとなくコイツを信用出来ずにいた。


全てを誘導するような、決まった未来へ誘導するような不敵な笑みが気にかかる。


「どうやらお困りのようですね。」


不思議な声色は聞き手に、彼女の年齢についての情報をやはり与えない。若いと事前に知らされていればそう納得もするし、老いていると知らされていればそう納得する。


信用はしてないが、預言が的中しているのもまた事実。藁にもすがる思いで聞いてみた。


「お前はなにか視たのか。」


「おや、ウィル様がそれを仰るのですか。」


こういう的を得ない語りも嫌いだ。


「そうですね。ウィル様は隣国に通じる道で張って、通りかかる荷台が不自然に大きい馬車を襲い、ムニ様は喫茶シャーヴの裏地でトランクを持った男を襲うといいでしょう。」


「私は何をすればいいんだ?」


「元国王様、私が視たのはこれだけですので。他のことは言いようがないです。」


「本当にこれでべーレが助かるのか。」


正直これだけでべーレを助けられるとは到底思えない。


「さあ、視ただけですから。でも、これだけじゃ救えないでしょうね、救うかどうかは貴方が決めるんですよ。

では、伝えたるべき言葉は伝えたのでこれで失礼するとします──


あ、そうだ。べーレ様のご回復を心より祈っておりますよ。」


取って付けたような心遣いを去り際に放った彼女の預言に縋るしか、俺に選択肢はなかった。


******



周りの木々に身を潜め、俺は不自然に大きい馬車の到来を今か今かと待っていた。戦闘を匂わせる預言者の物言いだったので、腰には愛用の剣を装備、視界に入った瞬間に一刻も早く襲いかかれるよう、常に辺りに目を光らせて待機している。焦る気持ちから通りかかる人へと無差別に切りかからなかったのは、奇跡といえよう。


──きた。確実にあれだ。

白いローブで覆われた荷台を積んだ馬車が遠くからこちらに近づいてくる。荷台は直方体を覆っているのか、上の四方に角が浮き出ており、揺れる度に覗かせる肝心の中身はどうやら鉄格子のようだった。


どうでもいいか、そんなの。


俺は馬車の前に立ち塞がった。


「おいガキ、お前そんなとこに突っ立ってんじゃねえよ。邪魔になるだろうが──」


続きの言葉はなんだったのだろう。


「おいどうしたんだ、急に止まって──」


どうやら中にも人がいたようだ。他には居ないだろうか。


これで終わりか?

これでべーレは回復したのか?まだだ。


俺は荷台を詮索することにした。ロープを退けてみると中は案の定、持ち運び型の鉄格子──と、二人の少女だった。なるほど、メインはこっちか。


「おい、大丈夫か。」


「あっ──」


それだけだった。よく見るともう一人の少女はぐったりと力が抜けて壁に体を任せていた。


「もしかしてその子...」


「あっ──」


そうか──さっきの男たちを殺るときはなんの感情も湧かなかったのに、こうして無力な少女が鉄格子の中で死んでいるのを見ると、胸が締め付けられるな。


こちらを向いた少女も、今にも死んでしまいそうな細い線をしている。痩せこけて骨にしか見えない足と、怯えたその表情。




──奴隷売買は国にすら黙認されている商売だ。規模がでかすぎて、禁止しようと相手立つと大規模な諍いは避けて通れない。


奴隷が可哀想と簡単に口にするやつは山ほどいるが、そのほとんどが実際には行動に移さない。

憐れむだけなら誰でも出来る。

行動に移さない時点でそれは偽善と成り下がる。

行動に移すのが不可能な場合でもそれは変わらない。


だから偽善者にならないために、俺は目の前の事実を受け止めて納得しなければならない。その上で今の平和が成り立っているのなら。

それが正しいのかは未だに分かっていないが──第一、今はそれよりも早急に解決すべき、俺にとっての最優先事項がある──




「怖がらないで、今出してあげるから。」


安くてボロい鉄格子だったので、力を入れて剣で殴ると直ぐに壊れた。彼女なら体を隙間にねじ込めば逃げれる気もするが、そんな気概が湧くわけないのか。

手を差し出すと恐る恐る近づいてきてくれた。

この少女を利用するのか?気が進まないのだが──ひょっとして『天からの贈り物』《ギフト》持ちなのか?

ありえるな。本来、奴隷は一気にまとめて運ぶものだが、この子達は二人と、人数が少なすぎる。


「あっ──」


少女が声を漏らしたが既に気がついている。

後ろに大剣を振りかざした男が一人。結構深く刺したつもりだったんだが、防御魔法でも使ったのか。

しかし対処は容易だ。振り向きざまに相手の攻撃を弾いて、がら空きの胴体に一撃、こんどこそ致命傷を食らわせてやればい──


振り向こうと体重を移動させたところに別の力が加わった。



少女が俺の体を押したのだ。


少女の肩に降ろされた刃が深くめり込み、そのまま逆の脇下まで貫かれた。

少女の血が目の前で噴出する。おおよそ失っては生死に関わるであろう量の血が。


少女の上半分が地面に落ちた。

俺は直ぐに男を殺し、少女の元に駆け寄ったが、やはり少女は二つになっていた。




呆然と立ち尽くす。まるっきりの放心状態──

そして、目の前には一つになった完全体の少女。


何が起きたか理解できない──

目の前には上半身と下半身のくっついた少女。


彼女は確か俺を庇って斬られ──

目の前にはそんな跡は全くない少女。




何が起こったんだ?

俺の見た光景を整理せねばならない。


少女は確かに斬られた。そして飛び散った血が、本来の形に戻るように血管を空中で再結成し、上半身と下半身を再度繋げ、削ぎ取られた分の肉も合流した。足りない部分は補いつつ。さらに、糸で彼女の補修を図ったかのように、命が繋がるだけの、彼女の全てを新たに縫い直したのだ。


そして彼女は今目の前で息をしている。


遅まきながらに理解が及んだ。


そうか、彼女は。


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