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五「狩り」

俺は魔物の生息する森林近くに来ていた。


ことの成り行きを説明するには時を遡って数時間前、俺とラトロが不合格を言い渡された時まで記憶を掘り返さねばならない。


簡単に説明するなら、そうだな、普通に筆記試験で落第点を取って、かつ、魔法試験で最低点を叩き出した俺は、普通に点が足りなかったんだな。我ながら情けない。

反省点はテスト前にモノリスに触れなかった点だな。触れてたらだいぶ結末は変わっただろうに。

意外だったのはラトロも筆記はほぼ白紙だったこと。纏う空気がミステリアスチックなので勝手に頭脳明晰だとばかり思ってたが、まあ、人間一つ位苦手なものがあった方が可愛げがあるというものだ。


しかし我らが崇拝して止まない、偉大な先生は迷える子羊を見捨てはしなかった。

「特別試験として、魔物狩りをしてこい。いいか、最後のチャンスだからな。近くの森で種類は問わないから十匹以上倒して、証拠として魔石を持って来れば今回は合格にしてやる。」


と、なんやかんやあって森にに来た訳だが──


「なんでついてきたし。」


「やだなぁお兄ちゃん。妹が兄を手助けするのに理由なんているのかい。」


とかほざいてるが十中八九、仕事も片付けないくせに城に居座って、あまつさえその仕事を弟妹に任せっきりな事に、罪悪感を覚えるんだろうな、城にいると。ちなみにムニは片付ける仕事が溜まっているので申し訳ございませんが──とのこと。


「チャチャッと終わらせるか。」


「それがいいだろうね──そういえば、全然関係ないんだけどさ、」


ラトロがべーレに向き合い、たっぷり間を開けてから、綺麗な赤に輝く眼で見つめて言う。


「腐女子だったんだね。」


ブハァ、と我が妹突然の吐血。致命傷だろう。


「あれは違うんだ...あれは、本当に違くて...」


逃れようもなく紛れもない事実を突きつけられて懸命に弁明するべーレだが、今更だろう。現実では狭いが、現実でなければ留まることを知らない俺の情報網によると、かなりの人数が既知だったらしいしな。黙ってくれてるなんて温かいやつらだ。

俺だったら、俺の把握していないところで秘密が広まってて、俺だけが気づかれていないと思ってるなんて一番辛い。

そして残念ながら、件の動画を見逃していた者へも徐々に、着々と情報の漏洩は進んでいる。


他愛のない会話をしていると──


──草むらが音を立てて揺れる。掻き分けられた緑の間から姿を見せたのは狼型の魔物。俺の半身大よりやや大きめのその魔物は、殺意を露に灰色の毛並みを荒だたせ、威嚇の体勢をとっている。

姿は目視していないが気配からして周りを取り囲むようにして、同じ種類の魔物が、退路を断つために配置されているだろう。


この森には対して強い魔物が生息していないからと、少々気が緩んでいたかもしれない。

だが、おそらく俺ら三人で十分対処出来る程度の状況だろう。


瞬時に臨戦態勢に入ったべーレが、一瞬周りの状況把握のために膠着を挟んで、勢いよく地面を蹴った。

鋭い一閃が空気を裂く。

不運にも延長線上で待ち構えていた魔物の一匹は、襲いかかる驚異に対する、本能的な回避に繋げるための、脳の電気信号の発信すら、その存在の前では許されずに──魔物は微動だにすることなく、その生涯に終わりを告げられた。


そのままの勢いを地面に押し付けて、帰ってくる固い反動を右足に蓄えながら体を左へと捻らせ、また跳んだ。

二匹目はかろうじて命が次の瞬間にも刈り取られようとしている事実に気づいたようだが、だからといってべーレの勢いは落ちない。


魔物はその存在の放つ殺意と距離を取ろうと、べーレの進路上──死の匂いのする軌道とは真反対の方向に回避──するよりも剣が首にかかるのが先だった。

先に仕留めた魔物の血で、剣の冷たさは感じなかっただろう。素材の鉄を生命の鉄で着色された剣は、新たに鮮血の面積を増やした。


ラトロはべーレの飛び出しからワンテンポ遅れて詠唱を唱え始めた。

聞き取れない声を発しているのを、僅かな口の動きで知らせながら、全神経を集中させている。


べーレが二匹目を殺ったのとほぼ同時に詠唱を完了させ、魔物の一匹へと照準を合わせた。左足を来たる放出の反動に備えて、後ろに引き──刹那、手を伸ばした先の空気が根こそぎ抉りとられた。

代わりに顕現したのは全てを焼き尽くす灼熱の炎。命の炎を消す威力を持つその炎は、陽炎の立つ隙すら与えずに迸る。貫いて貫いて貫いて、魔物の胸に風穴を開けた。

遅れて音がやってくる。傷口、いや傷穴から血が出ていないのを見ると、痛みすら感じずに逝けたのだろう。


任せっぱなしは悪いな、俺も殺るか。


一歩目のために腰を下げて、一番筋肉に力が伝わる構えをとる。

自前の剣の持ち手を握る。


地面を思い切り蹴飛ばして──あれ、なんだこの違和感。

空気を左右に押しやって無理やり体を割り込ませ、ついでに横を通り抜けた魔物に一撃入れるが、イメージと噛み合わない体の動きのせいで、それは浅いものとなった。


こんな位置まで駆け抜けるつもりじゃなかったんだけどな。跳びすぎたのか?でもどうして?


「おい、雑じゃないのかお兄ちゃん。」


「悪ぃ、AB型のRHマイナス出ちゃったわ。」


今は戦いの最中、そんな事を気にしてる場合じゃない。


今妹の頭の中では、兄が出血が必要な際に供給がされない不安と、血液型占いの本の内容が間違っていたのでないかという不安と、もしや兄と血が繋がっていないんじゃないかという不安が渦を巻いているだろうが、全て杞憂なので安心して欲しい。俺はお前と同じO型だ。


一気に魔物の数は減っていき、俺の攻撃で目に見える範囲の最後の魔物は倒された。


「よし、十匹はいっただろ」


「あ、お兄ちゃん、奥にまだもう一匹いるよ」


言うより早く既に走り出したべーレは、一瞬でその魔物の近くへと移動し、もう剣を振り下ろすだけの状態まで持っていっていた。まあ、任せておけばい──



──あの魔物少し他と違うな。


大きさか?遠くにいるから遠近感でよく分からないが、べーレを基準にしてみると、他より一回りほど小さいのが分かる。


それと──肋が浮き出ているのは何でだ?衰弱しているのか?


口は空きっぱなしで端から涎が糸を引き、目の色も濁っている。そう、立つのすらやっとという──


そして突如として、嫌な予感が、ハッキリとしない違和感が、内なる本能が、何かを感じ取った。


駄目だ。そいつを殺しては。


強く警鐘が頭で鳴り響く。

こういう直感は無視してはいけない。きっと無視すると、後悔しかない最悪の結果が訪れる──


「止めろ!べーレ!」


だが、もう遅かった。


べーレの剣の一閃で呪縛から解かれた魔物の首は、地面に横たわり、

何かを苦しめるだけが目的の彷徨う「それ」は、即座に次の拠り所を見つけて侵食を始めた──これまでの拠り所の命を屠った存在に対して、あたかも権利が譲渡されたといわんばかりに。


べーレの白い肌は、右手から物凄い速度で肩、胴、足、と黒く犯されていった。

べーレの存在そのものを、思案する暇など確保させずに、一瞬にして黒く犯していく。


「う、う、うわああああああああああああああ、ぐあががい゛い゛い゛だああああ」


絶叫を木霊させたのを最後に、べーレは気を失った。



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