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四「能力」

──ウィラード学院


俺が実に数週間ぶりに敷居をまたいだ我らが学び舎の名前である。この学院がウィラード唯一の学校なので必然的に大人数がここに通っている。俺は一応魔法学部に所属するのだが、更に区分を細かくしたクラス単位の話となると、少し扱いが特殊なクラスに籍を置いている。


得能特化型クラス──それが俺の、そしてメリル、べーレ、ムニが通っているクラスの通称である。ウィラード王国に限らず、人類は十歳の誕生日を迎えると、ごく稀に『天からの贈り物』《ギフト》というものが与えられることがある。その発言率といえば、年ごとにまちまちだが万人に一人と言われている。


注意しなくてはいけないのがこれは魔法とは少し毛色の違ったものであるということ。


体内で、あるいはもっと上級の者であれば空気中の、まだこの時点では「元」でしかない魔法元素を集めて練り上げ、各々の性質にあった形へと変換するのが魔法。


もっと個人の根底に根付くような、いわば与えられた者のデフォルトを書き換えたような──やはり特殊能力という名称がわかりやすいだろうか。一番違う点は魔力は使わない点。

とにかく俺のクラスはそういうクラスなのだが、更に但し書きが加わる。


鑑定眼で見ると『天からの贈り物』の具体的な能力が分かるはずなのだが、俺らはその欄に意味不明な記述──「文字化け」しか載っていなかった。

これは過去にない事例であったため、とりあえずこうして一緒くたのクラスにまとめておこう、という安直な思考の末の、このクラスなのであった。


「おやおやこれは国王様ではないですか。ご機嫌麗しゅうございます。今日も今日とて間抜けな顔。この国の行く末を憂いているのでありますね。」

「国王様が我ら下賎のものに顔を見せていただけるなんて恐悦至極にございます。なにせ学院に入学してから滅多にお姿を見ないものでしたから退学にでもなったのかと心配しておりました。」

と、恭しさを欠片も感じさせない口調で廊下で声をかけてきたのは、演説のときに広場に来ていた俺の元友達だ。元、である。今、この瞬間に友達をやめた。ついでにムニに始末を頼んだから上手くやってくれているだろう。


久しぶりで教室の位置が曖昧だったがメリルのナビゲートが極めて精度の高く、ひょっとしたら休日を除いて毎日この教室に足を運んでいるのではないかと思わせる程だった。


「おはようございます。」


と扉を開けると共に飛び込んできたのは、四人のクラスメイト、と黒板消し──


「ぶわっ」


その何者かの悪意から飛ばされた黒板消しをもろに顔面で食らって後に倒れる。後ろに立っていたメリルは俺の倒れゆく体を受け止めてはくれなかった。


「お前休みすぎなんだよ。」


あいつらといい、メリルもいい、この教師といい、揃いも揃って国王への態度がなっていない。

勉学に特化した道具を、いとも簡単に凶器へと変えた女の名はエディス・ジュレ。職業を誤解する人もいるかもしれないので繰り返し述べるが教師である。こんな野蛮な人材を先生に当てるとは、この国の人手不足が嘆かれてならない。


彼女は黒く長い髪を胸まで垂れ下げ、服の上からでも強く主張している起伏に富んだ肉体を持つが、それでも確かに日頃の鍛錬に手を抜いていないことを思わせる、引き締まった肉体だ。あの威力も頷ける。


そしてその光景を見てクスッと笑ったのは赤色の宝石みたいな瞳が特徴的なラトロ・レトデム。少し話したことはあるがなんだか掴みどころのない女だ。

雰囲気は少しムニと似ているかもしれないが、ムニとはどうやらあまり仲がよくないらしい。


対照的にあたふたする素振りを見せたのがアンナ・パナケイア。髪は少しウェーブがかった茶色をしていて、常時おっとりとした目で、見た目通りの優しい性格をしているせいかあれよこれよといつも何かに振り回されている。

特にべーレとメリルに。優柔不断という印象があるが、その優しさ故のものだろう。今も俺の心配をしてくれる、この国では絶滅危惧種の優しい小動物だ。


ただジーっと一連のやり取りを見てたのはゼウシズ・ブロンテ。自己表現が弱く──というか一度も誰かと喋っている姿を見たことがなく、顔を動かしたのか動かしてないのか分からないほどの小さな頷きを数回見たくらいだ。

白髪で中性的な顔立ちをしていて、それらがより一層ミステリアスさを引き立てている。男だった気がする。なんせ読み取れる情報が少ないからなんとも言えない。


そのやり取りすら見ていないのがクレアト・オコネド。コイツはゼウシズと違った意味で口数が少ない。口を開いたかと思えばその場の空気をぶち壊すような言葉を発するし、席の近いアンナが気を遣って話しかけても「ああ、そう。」の一言であしらうようなやつだ。

いつも無差別に人を睨みつけており、前に落としたハンカチを拾ってあげただけで舌打ちをされてからというもの、俺の中で評価は底辺で固定されている。

悪く言ってしまえば浮いているやつだ。


この得能クラスはここに俺とべーレとメリルを加えた計7名のクラスだ。断っておくが朝声をかけてきたやつはクラスメイトじゃない。

未だぶっ倒れている俺を見下して先生は、おおよそ人間を見つめているとは思えない侮蔑の眼差しと共に言葉を放った。


「まあ、いい。よし今からこいつ達の試験を行って来るから各々自主学習しとけ。」


「息もつかしてくれないのか。久しぶりの学校だっていうのに。じゃあいくか、ムニ。」


「いえ、お供はしますが私はもう既に受けておりますウィル様。」


「い──、ああ、そういえばそうだったな。お前んとこのメイドは筆記も魔法もどちらも満点だったぞ。ったくメイドが優秀でも主人がこうじゃな、見習えよウィル。」


先生の返答に不自然な間があった気もするが指摘するほどではなかった。


「すげえな、お前そんな頭良かったっけ。あれ、じゃあこいつ達っていうのは俺と誰のことなんですか。」


「ラトロさ。試験の日は体調が優れないようで今日に伸ばしたのさ──お前なんかの不純な理由とは比べ物にならんな。」


話題のラトロが短い髪を揺らしながら、席を外して降りてきた。


「じゃあいこうか。」


******


メリルが「頑張んなさいよ」と送り出してくれたおかげでやる気が出ていた矢先の、忌々しき筆記試験である。


この試験は捨てと思って良いだろう。時に大胆な切り捨ての判断も必要になってくる。今がその時だと、俺は判断したのだ。この判断が間違ってたとて責めることなかれ。結果などよりも自分で判断したという事実こそが大事なのだから。

とりあえず勉強してないにしろ適当に埋めてれば四分の一は取れるだろう──あ、なんも道具持ってきてないや。

不味いな、この試験だいぶ舐めきった態度で望んでいるが、割と、いや結構重要な試験であるからにして白紙出したりでもしたら、今度こそ退学になりかねない。


もうかなり危ない状況で、常に崖っぷちギリギリを攻めていたのだから、いよいよ後がない。国家権力を行使するしかないのか──と挙動不審な俺を見兼ねてかラトロが

「はい、忘れてきたんでしょ。」

と、シャーペンを差し出してきてくれた。今気づいたが、季節外れにも手袋をしている。オシャレだろうか。


「恩に着る。」

視野の端で、大量の文具を両の手に鷲掴みして持ってきてくれていたムニには少し悪いが、ありがたく借りておこう。


道具もゲットし意気揚々と試験に挑めたかに思われたが、開始五分後にはシャーペンは俺の机に力なく横たわっていた。

隣のラトロからもペンを走らす音は既に病んでいるが、こちらは違う意味で終わったのだろうな。彼女は、


「ねえ、人のシャーペン使って受ける試験楽しい?ねえ、楽しい?」


と話しかけてくるぐらいの余裕さを追い打ちとして見せてくれた。やっぱり掴みどころのない女だな、と改めて思ったのであった。


もう分からない問題を考えてもしょうがないなから、シャーペンとの交流に時間を費やすとするか──






──あ?シャーペン?




なんだそれ、いやシャーペンだ。いや違くてシャーペンが何でこの世界、どうしたんだ俺


、何もおかしくなんて


──俺は誰だ。何言ってんだ、俺はウィルなんかじゃない、違う、あってる。


俺はウィルソン・ウィラードだ。ん、誰だそれ。


俺は十五歳でウィラード国の国王、だからなんだよそのふざけた肩書き、だ


から何がふざけてんだよ合ってるだろ。は?


落ち着け、今何が分かってないんだ?どうした、何も違くない、全てあってる。

あ──今何を俺は考えてたんだっけ。

ペン、ペンがどうかしたのか。何もおかしくない。じゃあ他の何かか。周りを見るんだ。そう、何も無いな。大丈夫だ──







──そういえばこの問題すごい難しいな。そもそもなんの教科なのだろうか。数学か英語か、そんなのないな、算術か獣人語か。ん。


元より点が取れなんて思い上がってはないし、目に見えていた事だし諦めようか。


******


次は魔法試験である。

この試験、俺が立てた見積もりでは捨て試験である。剣術ならば小さい頃から嗜んでいるので試験など余裕なのだが、何せこのクラスは一応魔法学部であって、その名の通りの試験しか行われない。そう、俺の剣術の腕はこと、この試験において一切合切役立たないのだ。なので、俺が捨ての判断を早期に導き出せたのは賢明といえる。

このままじゃ不合格という点を除けば──


「やばいな、魔法なんて授業でやったことすら覚えてないぜ。」

「だって来てなかったからね。積んでない経験を覚えてろなんて無理な話じゃない?」

「ウィル様ならいけると思います。気合いがあれば。」

戯言と正論と精神論を交わしてても試験は無くなったりしない。


「じゃあ最初ウィルからやろうか。」

「先生ってよくよく見ると肌綺麗だし美人ですよね、さぞ素敵な旦那さんができるでしょうね。」

「黙れ、男の話はするんじゃない。」


顔色を窺いつつ歩み寄ったのだが、どうやら同中に地雷が仕掛けてあったらしい。ここら一体吹き飛ぶほどの威力を包含したとんでもないやつを。


「お前属性あるの水だったよな。初級のいいからあの的に当てろ。線はここな。アレンジに応じて点数加算してやってもいい。」


そんなん言われても。初級水魔法出るかどうかすら怪しいのにどうやってアレンジ加えろと。

俺はせめてスマートかつ、格好よく見せるために無駄に体をくねらせながら線に近づいて、経験を、そして貫禄を思わせる険しい表情で線の手前に足をかけた。そう、芸術点ねら──


「わかってると思うけどその気持ち悪い動きで加算はされないからな。むしろ減点しないだけありがたいと思え。」


「あっ、はい。」


覚悟を決めて手を前に広げる。

感覚は──前に出来た時はたしか──後頭部下方に、意識、イメージは「震え」を持ってきてそこから段々と腕にまで広がらせる。そして流れを把握する。目を瞑って運動神経とも感覚神経とも違う管を感じながら、手先にこしだすような──

あっ、この感覚。そうだいい感じだ。

途切れさせないように慎重に集めて、あとは具体的なイメージをするだけ。

いける、行けるぞ。全てが研ぎ澄まされている。これほど魔力の流れを感じられたのは初めてだ。


的に標準を合わせ、ゆっくり息を吐く。残るは手に溜まっているであろう魔力を、勢いよく放出する過程のみ。これで終わりだ──


「うおおおおおおおおお」


怒号の叫び。そしてチョロチョロとか細く飛ぶ水らしきもの。的より少し手前で失速し、その地面が濡れて周りより濃い茶色に染まった。


俺はそのままなんとか魔法を維持しながら、これまた奇声をあげて放出角度を上昇させる。

弱くなったり強くなったり安定しない水の曲線が完成し、その到達点はギリギリ目的の地点へと届いた。

だが倒れない。俺は絶望を覚えつつも諦める訳にはいかないと最後の力を振り絞り──

斯くしてようやっと的は倒れた。


「よっしゃ」


「...最低点はくれてやろうか。」


「お見事です。繊細ながらも芯はしっかりとした、わびさびを感じさせる魔法でした。」


彼女の中でわびさびは万能の言葉である。


しかしなんだろう、あまり疲れてないな。前は魔法を使ったら頭がぼんやりとして謎の倦怠感に襲われたのだが。今の魔法にしてもそうだ、例えるなら、水は大量にあるのに出口が狭くて出し切れてないような、そんな感じ。


「じゃあ次はラトロ。お前は『天からの贈り物』発現したんだったな。そっちのテストをするぞ。」


聞き逃せない衝撃の発言。全くもって初耳であった。


「ええ、ホントですかそれ。聞いてないんですけど。ていうかどんな能力ですか。」


「丁度いいか。ラトロ、このアホに能力を使って何かしてみろ。目に見えて能力の使用が確認できたら合格としよう。」


ラトロが支持を受けて近づいてくる。え、ちょっと待って。俺に能力使うの?

「ちょ、ストップ──」


俺の発言を待たずにラトロは手袋を口にくわえて脱ぎ捨て、露にした左手を俺の手に重ねた。

一瞬光ったかと思えば次の瞬間には、別に変わり映えのしない、さっきと同じ風景が待ち受けていた。


「なんかしたのか。」

「右手見てみなよ。」


見てみろってもただの俺の手──あれ、中指にささくれなんてあったっけ。


「今僕が移したのさ。こっちで触ると、」


ラトロは今度は右手の手袋を取り、俺のささくれに触れた。すると俺の覚えのないささくれは跡形もなく消えていた。

「こういうわけさ」


「凄いんだか凄くないんだか...」


「失礼だな。今はささくれでやったけど別のでも出来るんだからね。まだ難しいけど魔力とかで。」


それは凄いかもしれない。自分のを相手に与えて、相手のを自分に移せる能力。応用性が高そうな能力だ。


「かっこいい名前はおいおい考えようと思ってるんだ。」


ラトロの能力が実際に使用できたのを確認した先生は

「ラトロも合格点だ。ウィルの慌てっぷりが面白かったからプラスしといてやろう。」


圧倒的理不尽と人が対峙したとき人が取れる行動とはなにか。それは不動と沈黙である。故に理不尽な理由で加算された得点について言及してはいけないのである。


「じゃあお前ら教室帰ってろ。筆記の方の採点してくるから」


******



ベストは尽くした。

ベストを尽くしたのなら結果は自ずとついてくる。

ならばベストを尽くした俺は堂々と待っていれば良いのだ。

怯える必要なんてない。

そう、堂々と──


「お前ら二人とも不合格だったわ。」

「えっ」


まさかの結果である。

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