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二「爆誕、兄妹の王」

来たる演説兼投票当日。

語り部はウィルへと移る。


目の前に広がるのは閑散とした城前広場と、疎らな国民達だった。


「ねえ、ムニ。俺たちの国の民ってもしかして愛国心ない感じなの?」

「いえ、ウィル様。当演説はネット配信されているので多分そちらに持ってかれているのかと」

「ああ、そう?いや、良いんだけどね。別に。でも普通、国の王決める時ぐらいフロア埋めつくして欲しいじゃん。」

「まあまあ、兄者。緊張しなくて済むじゃないか。」

なんで俺の妹は半袖短パンの運動着を来ているのだろうか。せっかくの舞台、俺ですらパジャマから着替えてジャージを着てきたというのに。


「私が勧めました。」


「お前かよ。」


「じゃあちょっくらやってくらぁ兄ちゃん。せいぜいそこで突っ立って指をくわえてカリスマ性の違いってやつを思い知るんだな。」


そう言うと、彼女は演説用に国を一望できるテラスへと、頭にハチマキを結びながら、勢いよく飛び出し、右の手をさながら空へと聳え立つ塔のように一直線に伸ばし挙げた。反対の手は指と指の間隔を空けずに胴に沿わせて固定しており──見事なまでの選手宣誓の構えで、


「宣誓!」

と、青く澄んだ空へと腹から割って出した声をこだまさせたのだった。

自室で見ているお父様は今頃青い顔で、娘の晴れ姿を見ているのだろうか。まあ、運動会とかにお父様は一度も来たことがなかったから、案外微笑ましく見てるかもな。


──何故、あんなに嫌がっていた俺たちが自ら率先して演説をするのかと言うと、勿論、時期国王になりたいからであるはずもなく、コイツと俺とでとある契約が交わされたからだ。

端的に言えば、投票数が負けてた方と、勝ってた方とを入れ替える、というもの。

予め、猿とスフィンクスが天秤に乗ってるネットの結果発表画面を二通り用意し終えている。この程度の工作など、普段から部屋に入り浸っている俺からすれば余裕の工作だ。伊達に引きこもりやっていない。あと俺が引きこもっている部屋ってこの国の中枢を担うコンピュータがある場所だし。


「私が言いたいのは5つだけです。

一つ。私に入れてくれたら私はこの国を今よりも豊かで、笑顔溢れる国にするということ。」


ほう、中々まともな意気込みだ。


「二つ。えー...えーっと。国の図書館に漫画コーナーを設置します。」


嘘だろコイツ。見切り発車で国を語ろうとしてんのかよ。そもそもなんで五つにしたんだよ。

見切り発車を見切り発車で始め、既にたじろたじろな、お粗末が過ぎる演説を述べる妹は、二つ目を何とか捻り出して満足している様子だった。

この状況をどう切り抜けるのか、見ものである。


「三つ。えー、次に皆さんにお詫びしたいことがあります。


四つ。えー、冒頭で五つと言いましたが、それは誤りでした。正しくは四つでした。


五つ。四つ目のときに、正しくは五つではなく四つであったと言いましたが、今この五つ目の宣言で、それを取り消すことにより、五つ宣言したことになるので、最初の発言が嘘ではなくなりました。(賢い)

えー、私の好きな四字熟語は、初志貫徹と、情状酌量です。皆さんも初志貫徹をしましょう。」


そしてべーレは、地軸のズレを考慮すればおよそ綺麗な直角になる深さのお辞儀をして、演説を終了としたのだった。少ない観客がスタンディングオーべーションで温かく迎える。俺はと言えば飛び交う疑問符が状態変化をして、脳内で大きな疑問符を形成していた。ってこれで終わりかよ。


「酷いなコレ。」

「でも、配信では大盛り上がりですよ。」


ムニのスマホを貸してもらい、コメントを見てみると、『可愛い』だとか『おじさんも統治されたい』だとか『太ももなめたい』だとかそういった類のコメントが、ものすごいスピードで下から上へと流れていた。これには俺も

「もう何でもいいんじゃん。」

と、ため息をつくしか無かった。


「ウィル様も頑張ってくださいね。下馬評では最下位の三位ですけど。一位と数十倍差の。」

ふと、それを受けて気づく。


「え、国民が投票で順位予想したのだとしたら俺もう勝ち目なくない?あと一位はべーレで、まあそれは分かるとして二位は誰なんだよ。」


「ああ、私ですよ。一位とは僅差ですね」


「何でメイドが王の血族差し置いて優勝争いに参加してんだよ。もうそれ聞いたら萎えちゃったわ。」


「コメント欄ではどうやら既にお疲れ様ムードがながれてます。」

どうやら、俺とべーレの支持率の差は天と地ほどの差があるらしい。結局人が人から好かれる理由なんて見た目しかないのか。人間性は終わってるが見た目はいい妹。人として終わってるし見た目も残念な俺。残酷だわ、世界って。これは勝負どうこうの以前に敗北確定かもしれん。


だが俺は。こんなんで勝負を投げるような貧弱な精神の持ち主ではない。なにせ俺には九死に一生を得る奥の手があるからな。

その憎たらしい笑みをこちらに見せつけることが出来るのも、今のうちだけだからせいぜい今のうちに勝利の愉悦に浸っているんだな。


俺は勇み足でテラスから広場を見下ろし──ってさっきまでいた客たちも帰ってしまい、ニヤニヤした気色の悪い笑みを顔にこびりつかせている、物見遊山気分できたであろう、冷やかしの同級生しかいないじゃないか。

嘆く俺だが、さらなる悲報として、どうやら彼らは冷やかしにすら来ていない、単なる妹の熱狂的なファンだったようだ。現に、「え、なんでお前そこにいるの」みたいな疑問符を隠そうともせずに顕にしている。


ええい、少し気の毒だと思ってたがもういいわ。

無言で片脇で抱えていたノートパソコンを弄り、配信に俺が昨日編集した、とある動画を流した。


──ところで他人からの信頼に差がある人物と肩を並べるにはどうしたらすればいいのか。相手の信頼を勝ち取ろうと感情に訴えるかけるような演説をするか。民衆を率いて革命を起こすような偉人にはそういった才能を持つものが歴史的に見渡しても多い。

あるいは認められるような人間になるために自己研鑽を積むか。ひたむきに努力する姿とは自然と他人の心も動かすものだ。


では、俺もそんな先例に倣い、国民に自分の努力と能力を見せつけて応援したくなるようなアピールするのか。否、俺はそんな自分を高めることなど決してしない。自分はこんなに頑張ってるんです、健気な俺に1票入れてください、と、そうやって勝ち取った勝利など、自分が哀れな人間を演じるのが上手い姑息な人間である証明にしかならない。


そもそも、自分とはかけ離れた背中を追い求めるのは、物事を成し得ようとする際の目標設定には向いていない──なぜなら離れすぎると追う目標は認知出来ないし、相手が己の走る速度よりも速く走っているのならばいつまでも距離が縮まることはないのだから。 どこまで進めばいいのか分からずに走り続けるのは困難極まりない。

いうなればゴールを明確に持つことが勝利には必要なのだ。


そう考えると見えてくる一つの単純な方法がある。そう、相手を陥れればいい。自分が相手に並ぼうとするのでなく、自分は動かないまま、相手を自分より低い位置へと追いやればいい。

高みを目指す必要なんてないのだ。そして、相対的な高所に立って相手を見下せれば、結局、自分が努力して追い抜いたときと見える景色は変わらないのだし。目印は自分の位置より相手が下かどうか、だからゴールも明確だ。


──というわけで、妹を辱める動画を配信で国中にばら撒かせてもらった。

後ろで俺のノートパソコンを覗いていたべーレの顔が青のグラデーションをかけ始めている。その青さたるや死の淵から這い上がってきた死人のよう。この晴天に似つかわしい。


「お兄ちゃん。それって......」


「ふっ、お前が腐女子だってことを端的にまとめた動画、『【大切なお知らせ】べーレ王女、まさかの腐女子だった...?真相をお伝えします』だぜ。我ながらいい出来だ。」


画面にはBL漫画や同人誌の束に埋もれてヨダレを垂らしながら読みふけっている、国民が抱く王女の印象とはかけ離れた、前髪をカチューシャで止めたただのオタクの少女が映し出されていた。


「止めてよ、この、くそ。」

妹は決死の抵抗に打って出るが、普段活かしきれていない体格差を存分に発揮して阻止。

「フハハハ。これでお前の人気も失墜。俺に投票が集まるって寸法よ。」

「あーもう。今まで頑張って隠してたのに。」

「はっ、残念だったな」

「あっ、千円。」

「おいおい、そんなのに騙されるとでも──」

「あっ、現実。」

──すっと一瞬目を背けてしまった。何たる不覚。いやはや習慣というのは恐ろしいもので、ついいつもの癖が出てしまったのだ。

その隙に妹は俊敏な速さでパソコンを奪取。動画を停止して削除した。しかしかなりのダメージのようで、目尻には涙が滲んでいる。そして、今消してももう遅い、デジタルタトゥーという言葉があるくらいだからな。

生涯BLの腐女子というレッテルを貼られたまま生きていくことへの同情は少しばかりあるが致し方あるまい。これが勝負の世界だ。


「ああ、私の人生は今この瞬間にに終わりを告げたのよ...」


「たとえお前が世界から蔑まれようとも、俺はお前の見方でいるからな。」


「たとえお兄ちゃんが今後どんなに幸せになろうとも、不幸を願い続ける人がいるのを忘れないでね、お兄ちゃん。いや、もういっそ私と死ぬのよ。」

自暴自棄になった妹が暴走を始めた。おい、それ魔道具だろ。洒落にならん。


「おい、ムニ、コイツを押さえてくれないか。」

たまらずジィっとスマホの画面を見つめるメイドに助けを求めた。すると、

「あの、どうやら大丈夫そうですよ。」

と、画面をこちらに向けてきた。

なになに──


『知ってた』

『知ってた』

『知ってた』

『これはこれであり』

『足で踏まれたい』

『知ってた』

『兄がクソ』


──こんなの誰が予想出来ただろうか。

「ふ、ふ、ふははは。お兄ちゃん。お前の陰謀も失敗に終わったようだぞ。あれ、良いのかな、これ。私もなんか重傷を負ったような」


結果として、両者ともに敗北に終わったのだった。そしてこの国の民も終わってた。


******

集計が終わり、妹の読んでいたBL漫画がプチヒットを遂げた頃。俺も敗北かと思われた投票だったが、驚きの結果が表示されていた。


「同数票ってマジか」

「私の方が人気だったのになんでよ」

「ネットの書き込みを見るに、純粋にべーレちゃん可愛いから投票。って派閥と、べーレちゃん可愛いから国の仕事で忙しくなるのカワイソス、じゃあ男の方に投票。って派閥に二分されたそうです」

「毎度のことながら俺の扱いが酷いな」


どちらにしろ俺のことなどちっとも考慮されていなかった。

「じゃあどうするんだコレ」

「さあね、同数票の場合なんて考えてなかったもの」

「じゃあ日替わりでいいんじゃないんですか」


この発言を受けてのウィルの思考はこうだ。

──いざとなれば責任をべーレに押し付ければいいか

対するべーレ。

──いざとなればお兄ちゃんのせいにすればいいか

奇しくも思考パターンは似通っていたのだった。やはり血は争えない。


「「それでいこうか」」

こうして国王の座は、互いにやる気のない引きこもりと腐女子に明け渡されたのだった。


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