十五「暗転」
命からがら迫り来る死の恐怖から、緊張の糸は張り詰めまくりながらも、逃亡劇というか、周りから見れば喜劇というかを展開しているというか、そんな日常の一幕にしか映らなかったかもしれないが、長きにわたって、その体のどこからそんな威力が生成されているのだと甚だ疑問な攻撃を身をもって体感してきた一個人としては、逃げきれたという事実に心から安堵せずにはいられない。
いざ約束の地にゆかん、と息巻いたはいいものを、こう冷静になってよくよく考えてみると、タイマン部などという物騒な部に自ら進んで足を運び、あまつさえ安堵しているとはおかしな話ではないだろうか。
危ない、騙されるところだった。高度な心理的誘導を、あのメリルが計算に入れていたならば見事としかいえないけれど、しかし俺の方が一枚上手である。俺のとるべき最善の選択とはこのまま踵を返して我が家に帰るというものだろう。
べーレと交した契りを破ってしまう形になるのはとても申し訳ないというか、心がいっぱいいっぱいになるというか、罪悪感で押しつぶされてしまいそうというか、到底言語化できない混沌とした気持ちが俺の胸の中ではち切れんばかりに渦巻いているけれど、そこは断腸の思いでこの動くのを拒む足に鞭打って、絶対に帰宅せねば。
俺は有言実行を今この瞬間に生涯における座右の銘に設定することを密かに、そして確かに刻み、同じく行動を共にした仲間が息を切らしているこの間にさりげなく玄関口の方向へと──
「──あはぁ、みいつけた」
それは俺の背後から、さながら生前に強い恨みを持って死んだ霊がその仇の相手をやっとの思いで見つけたかのような形相で、俺の肩に手を置いてそう耳元で囁いた。
「うわああああああ」
俺が情けない声を出したのを笑うことなかれ。だって彼女は勝ちを確信し、殺しの算段がもうついたため真相をおう主人公サイドに、自らの素顔を初めて晒した猟奇的犯罪者のような笑みを浮かべていたのだから。
「あなたにタイマン部の楽しさなんたるかを身をもって教えてあげるわ」
「いや結構ですけれども」
「遠慮なんかいらないじゃない、私とあなたの仲なんだもの。それともなに、ラトロの部には顔を出したのに、所属している私の部には顔を出さないってわけ?そんな畜生な行いが私の前でまかり通るなんて思わないで」
「もう俺が入部したみたいな言い草で進めないでくれよ。そもそも僕はそんな野蛮な部活なんかやって怪我でもしたら、おピアノのお大会に影響が出ちゃうざます。そんなのパピーが知ったら怒られてしまうざんす。血が流れるのなんて私は望まないわ」
「なに、ひょっとしてビビってんじゃないの」
「上等だぜ、やってやんよ。血が滾ってきたぜ。その地べたを舐めさせて、泣いて詫びな、勝負だぜ」
「煽り耐性皆無っ」
やむなしに俺はメリルの部に体験入部してやることにした。俺の中の眠りに眠って、寝かせて、熟成の域に達していた戦闘民族の血を呼び起こしてしまったのを後悔させてやる。
「では、話し合いで決着をつけようか」
「ああ、その手のタイプにしては珍しい話し合いでの解決を望むタイプだった」
ちなみにここまでのツッコミ担当は我らが愛すべき愚妹のべーレである。
「あんたねえ、ここを何処だとわきまえてるわけなの。ディべート部だとかそんな貧弱な部活と勘違いしてんじゃないでしょうね」
「交渉の席に着く気は無いと、そういう現れと捉えてしまって構わないでしょうか?」
「だからそう言ってるのよ」
「ふふっ、あまり実力行使には出たくないんですがねぇ。少しばかり力加減が苦手なものですから、しかしそちらが望むのならば致し方なし。では明後日に決戦の舞台で会いましょう。私も総合的に考え、行けたら行くと前向きに検討して善処します」
そう言って俺はなるべく強者の風格を保ちつつ、不敵な笑みを浮かべながら帰路について、そして呆気なくメリルに捕まった。小芝居は残念ながら効果の程は実感できないようだった。
いよいよ、ご立腹の様子のメリルさんに首根っこ掴まれて、俺は為す術なく闘技場へと連れてこられたのだった。
闘技場とはいっても、普通の授業でも使用している俺にとっても慣れ親しんでいるはずの、あくまで普通に通っていればの話であるから、但し書きで書く必要があるが、ともかく特別な活動場所ってわけじゃない。全体の描写としてはコロッセオの費用だいぶケチった位の広さと、そう描写させて頂こう。
そしてこちらの部活でも、前回と同じ違和感を抱かざるを得なかった。
何故ならば部員が明らかに少ないから。というかあれ、もしかして今日って。
「今日は部活休養日だから残念ながら今日からあなたと心身を共に、精進していく仲間達の顔は見れないけれど、私の部活に入ったからにはもう大丈夫。私たちは無意識的に心で、絆で繋がっているのですから」
「自己啓発じみているね」
ラトロの言う通り少々危険な思想を節々に感じさせる。次にはあなたも幸福を手にするために入部しませんかのでも言い出しそうだ。
「ふふ、何も恐れることはありませんよ。目を瞑って広大な宇宙を想像してみてください。そして宇宙との繋がりを認識して、悩みや不満や不安の類のものを落とし込んで見てください。そうです、ゆっくり目を開けてください。
最大の幸福を手にするためには自分の、そして他人から見た自分の理解が必要です。皆さんがこの世に生まれ落ちた瞬間から、神から命を享受しせし不完全な我らは、皆が一つになり、完全な存在になることを目指して生きているのです。
さあ、あなたもタイマン部に入りませんか、今ならご友人一人をこの部に入部させるにつき、図書カード二千円分をお付けして──」
べーレがこれは乗るチャンスだと捉えたのか、もはや宗教の域に達した演説をよくまあ噛まずに言えるもんだなと、納得してしまう速さでまくしたてた。「なんでお前そっち側に付いてんだよ、あと図書カードぶら下げんの宗教とかじゃやらんだろ」と、意義の申し立てを済ませている裏では、タイマンと聞いて思い浮かぶ嫌な予感から、幾許かの猶予を稼ごうとする俺の健気な努力が含まれているのだった。
というかさっき言いそびれたけど、
「ってか今日部活休養日なのかよ、最初に行ったナントカカントカ部が活動してたから、てっきり俺は普通に部活あるのかと──」
「だって私の部活は部じゃないし。あと人類の快楽をナントカ部だから、お兄ちゃんの私の部活に対する解像度低すぎだから」
そういやそうだった、部活じゃないんだったそのナントカカントカ。けれどこれで納得もいった。そうかだから部員が居ない──おっと待てよ、ということはどういうことだ。
ここがタイマン部で、彼女はそこの部員で、名に違わない活動をこの部が行っているとして、他に部員がいないとして、ひょっとするとあれか、もしかしてあれなのか。
勿論、これは仮定に仮定を重ねた話なのでこのどれか一つでも前提が崩れたら俺の予想は外れるので心配する必要は無いだろうな。
その時ひょいと足元に木刀が放られた。
おや?落し物かなぁ。ものは大切に扱わなきゃいけないよぉ。しょうがないなぁ。
「あの、落としましたよ」
「なわけないでしょ。早くその剣拾いなさいよ、私とあなたが決闘するのよ」
嫌な予感が的中してしまった。こういう時に限って嫌な予感というのが冴え渡っている俺が、ノストラダムスの予言をしなくて人類は命拾いしたのだと思う。もっともその場合そんな大層な名前はつかず、ウィルの戯言、的な嘲笑混じりの通称なのだろうけど。
話は戻るが、意外なことに俺とメリルが剣を交わすのは久しぶりではあるけれど、これが初めてな訳ではない。むしろ昔はよく稽古の練習相手と称して、かなりの頻度で付き合わされていたし、それ以外にもメリルは、なにかと取ってつけて俺と勝負したがる節が見える。
かなりの頻度で、というのは、戦績は昔は俺の方が良かったので一回勝つと負けず嫌いのメリルがぐずりながら再戦を申し込み、怒りで動きが単調になった俺がまたもや勝利するという悪循環になっていたからなのだが、それも昔の話で、俺が段々とニートへの堕落の道を着実にあゆみ続けている間もメリルは鍛錬を積んでいたはずなのだから、今と昔を一緒くたに考えてしまっては困るのだ。
それにメリルは一応魔法のクラスなはずなんだけど。
余談だがメリルは手を抜かれることを極度に嫌う。以前に一回だけメリルとの戦いにおいて手を抜いた時には、今まで負けたときに悔しがる表情とは全く異なる、怒りとも驚きともとれないあの表情がとても印象に残っている。いや、あれは、そうだ、悲しみか。
つまるところ、彼女はどんな戦いにおいても、相手が手を抜くことは許さないし、勿論自分にも手を抜くことは許さないで、全力の真っ向勝負をのぞむのだ。
しかし落ち着いて考えても見てほしい。今のメリルと、今の俺とでは圧倒的な差があるはずだ。戦闘力にしても、言わずもがな学力にしても。
そんな血気盛んな彼女と平和主義の俺と、相容れない二人が戦ったらどんな惨事が待ち受けているか。死者が出んぞ。圧倒的な力を前に俺は嬲られ、アンナは阿鼻叫喚の声を上げ、ラトロはこんな恐ろしい部活に入ることはない、大人しく僕の部活においでよと比較効果で俺の入部を狙い、ゼウシズは相変わらず無言で、べーレは内心ほくそ笑み、あとは誰だっけ、誰かいた気が──あ、ムニか。ムニは、俺の元に駆け寄り心配してくれそう。
こう考えると心配してくれるのは二人だけか、あれ、涙が。
そんな俺の割と本気の焦りなど露も知らないであろうメリルは、角度のついた眉毛と、先程の猟奇的犯罪者の笑みとは打って変わって無邪気な笑顔とを、俺に余すことなく見せつけ、こう言ったのだった。
「さあ、やりましょうか」
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「勝負は一瞬で着くぜ、その瞬間を見たいのならば瞬きはしないこったな」
「それにしてもあの新人、運が悪い。よりにもよって相手が新進気鋭の実力派剣士、天上天下唯我独尊のメリルとはなあ、けけ、面白いショーが見れるかもなあ。もっとも、一方的な狩りかもしれないがな」
「なにせ剣を振らせれば右に出る者居ないメリルと、剣を振らせれば左に出る者はいないウィルだ。列の最前列と最後尾ってこった。」
観客席に誘導されたべーレらは、席につこうとすると以上のような会話内容が、近くから聞こえてきた。目をやると、毎度おなじみの友人モブの御二方であった。
「ここの部員だったんですか?」
「いや違うけど」「俺も違うけど」
じゃあお前らなんなんだよと、べーレは気にするが、同時に気にしてしまえばキリがないとも理解している。なので近所の学校の強豪野球部に顔を出す、しかし部員は誰も名前を知らないという野球観覧おじさん的なポジションだと割り切ろう、とそうべーレは思った。
「へへ、勝負が一瞬で着くって言ったのはなあ、あながち誇張でもないんだぜ。というのも、メリルの対戦は毎回一秒経たずに勝敗が決するんだぜ。初動の一撃で全て決めるのがメリルの戦闘スタイルだ。相手が瞬きで瞼をあげた瞬間にはもう目の前にいるし、かつ防御をとろうとも巧みに起動を変えて隙間から叩き込む姿から、周りでは彼女はメッちゃんと呼ばれているぜ」
「それただのメリルの友達が呼んでるあだ名じゃん。瞬きの間にとか一撃とかに、ちゃんとちなんでやれ」
メリルの異名についての雑談は一旦中断され、本題の決闘について眼前のスタジアムに目を移した。隣のアンナは口に手をやり、なにやらオロオロと心配しているようだった。
「ウィルくん大丈夫かな」
「まあ、大丈夫なんじゃないかな、多分」
「僕もそう思う、なんとなく。意外とウィル強いし。それじゃあべーレ、どっちが勝つかの予想にジュース賭けてみる?」
との、ラトロからの提案。いいねとべーレも乗り気である。
「僕はメリルに賭けるよ」
「私もメリルに賭けるわ」
「......」
「......」
「べーレ、自分の兄の勝利を応援しなくていいの?」
「だって勝てなさそうだし、そっちこそお兄ちゃん強いとか言ったんだからお兄ちゃんに賭けないの?」
「......」
「......」
「...やっぱ成立しないから賭けなしで」
「...そうだね」
******
そんな知らず知らずのうちに結構キツい仕打ちを、呑気な二人組から受けていた当の不憫な本人のウィルこと俺は、舞うコインを凝視していた。ここに来て金欠の俺が卑しくも他人の金に興味を示したわけでは断じてなく、というかそんな余裕もなく、このコインが地面についた時からタイマンが始まるから凝視しているのだ──
───
──────
───────── ついt
俺はその瞬間一目散に後ろに走り出した、若干フライング気味に。すると、さっきまで俺のいた空間は既に切られた後だった。一見、振りが空を舞っているだけなのに、そこには確かにメリルの力量を感じさせる『重み』があった。
ここで止まっていてはいけない、次の斬撃を回避せねば──
俺は首筋に悪寒を感じて、本能に従ってしゃがみ込んだ。いや、しゃがみ込んだという表現は適切ではなく、回避が間に合わないと判断した俺は傍から見れば無様に転んだだけに見えただろう。
そしてまた、過去の俺が切り裂かれる、それはもう致死量分の一閃で。またもや俺は野性的本能に身を委ねて右に体を捻ってすぐさま立ち上がった。見る余裕なんて無いが、恐らくはさっきまで俺が寝転がっていた地面には剣が思い切り突き刺さっていることだろう。
毎度髪一重で交わし続けているがどこまで持つかは分からない。するとメリルは動きを止め──
「なんで逃げるのよ!全力で戦いなさいよ!」
その瞳にはただ純粋な怒りの色が強く滲んでいた。もしかしてこいつ俺が手を抜いているとでも思っているのか。だとしたら冗談じゃない。
「ちょっと待てよ、これが俺の全力なんだ」
しかし残念ながら俺の声は思い虚しく、怒り狂ったメリルの耳まで到達叶わなかったようだ。こいつこんな短気じゃなかったはずなんだけれど。
メリルは先程までの俊敏な動きとは打って変わってゆっくりと、だが重みを感じさせながら腕を胴に回し──薙ぐ構えをとった。
とっていた。
とっていたはずだった。
そして後方で強烈な打撃音が、感覚的には爆発音といった方が正しいかもしれないが、それがいったいなんの音なのかというと、信じられないがメリルが今の一閃で壁を破壊した音だった。
なんだ今の。動き出しが速いとかいう次元の話じゃないぞ。一切目視が不可能だった。間違いなく10メートル以上向こうで構えをとっていたはずなのに、今は俺の後ろにいる。
いや、何がなんでもおかしすぎる。幾らメリルが超人的な剣術を誇っているとしても、木刀で壁を破壊できるはずがない。見たところ戦闘の衝撃に備えて丈夫な素材を使っているみたいだし、そもそも壁に切りかかるやつを想定しているかは怪しいけれど、それにしたっておかしすぎる。
違和感もあった。俺は一歩も動いていないのにメリルが剣を外したということだ。
なんだか、自分でも予想以上の力に己の感覚が、体が追いつかないというか振り回されてるというか──
あともうひとつ、メリルはやはり、怒りに任せてこんな単調な攻撃をするやつじゃなかった。確かに今でも子供っぽい言動は時折見られるけれど、伊達に歳重ねてないのだ。
むしろ、こっちの方が強い違和感だ。メリルは今冷静じゃないもいうことの方が。
などと悠長に考えている暇など俺にはなかった。距離を取らなくては──こうなる。もうなっている。俺の鳩尾に真横から剣が既に迫ってきている。やばい、避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ。
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ついかのるーる
『感情:イカリ』「断罪」の能力の効果を武器が纏い、能力者の天秤によって判決が下され。万物を断ずる。......として、使用ごとに設定した《二極化》を進行し、......。ここでいう究極的な二種類の感情とは......、それ以外は無と定義、......この情報は『全知全能』には公開する。......。「略奪」はこの能力は不可能とする。威力値は以下を参照......。
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避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ。
少し右に体をずらすだけで良い。
動け動け動け動け動け動け動け動け動け。
横に飛ぶんだ、飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ。
当たると思った刹那、俺の目の前の景色が途轍もないスピードで移りゆき、俺は逆方向の壁へと吹っ飛んでいた。右半身に痛みが伴い、俺は呼吸ができなくなる。
幸い上半身と下半身は引き離されては──あれ、右半身が痛いって変じゃないか?俺はメリルの攻撃を受けて右に吹っ飛んだはずなのだから何よりも先に左脇腹に痛みが訪れて当然なのに、現在俺の左脇腹は、気にした途端に痛み出してきた感じはあるが、それでも右半身が壁にぶつかった痛みの方が勝るといった感じだ。
そしてその事実が、物語っていた。
俺も、それを、遅れて理解する。
余計な思考を挟むな。今の感覚をこのまま──
俺は大体の位置関係と、さきの跳躍を鑑みて、ある程度の予測を立てて、壁を蹴って加─速──し───
俺とメリルの間の空間を奪いさり、顔面直撃寸前のところで剣をとめた。上手い具合にコントロールできたようだ。
当のべーレは以下を怒りは今の俺の攻撃で上書きされたのか、驚きの色をその目に過ぎらせ、そして剣を地面に落として両手を挙げた。
逆上するかとも思ったけれど、一応安心だ。
「参ったわ」
怒り狂っていたというのはやや誇張表現だっただろうか。今は微塵も、先程までの話すら耳に届かないメリルは感じられない。怒りが消えている。
「さっきはごめんなさいね、あんなに威力を出せたことなんて無かったんだけど」
「...いや、マジで洒落になんねぇ威力だったんですけど。なんなの、剣士辞めたの?感情を持たない破壊兵器にでもなったの?この俺だったから良かったものを、万が一あそこに両親を若い頃になくし、子供ながらに昼夜問わず汗水垂らしながら労働に勤しみ、しかしトラブルから解雇されてしまって路頭に迷った少年が通りかかっていたら死んでたぜ」
「限りなく極端な例を挙げて、私に最大の罪悪感を覚えさせようとするの止めなさいよ。というかあんたこそ何なのよ。引きこもってた癖になんで前のより身体能力があがってんのよ。」
「いわゆる引きこもり式トレーニング法だ」
「ないわよそんなの」
「そんなことはない、昨今急激にこの流派に入門希望の人が増加してるんだぞ。」
「それ。ただ単に引きこもりが増えたっていう社会問題じゃないの」
綺麗に論破されつつも、俺はある可能性に思い至っていた。
恐らくは、確証があるかどうかは置いておいて、これが俺の『天からの贈り物』《ギフト》なのではないだろうか。内容とやかく未だに分からないけれど、何故だかそれが腑に落ちるのだ。
そしてメリルも、なんだか能力の予兆みたいなものを垣間見た気がする。
教えてやろうかとも思ったが、メリルの能力については非常に曖昧な感覚で述べただけだし、それにこちらの方が重要だが、俺の能力ありきの勝利だとしたら一気に勝利の二文字が霞んで見えないだろうか。いや、能力の使用にずるもなにも無いとは理解しているが、なんだか自力で勝ったといった方が格好がつく気がする。
感覚的には、え、いつも勉強してないのにテストでいい点とってるのカッコイイ、的なそんな感じ。
特にべーレとか理由をつけては難癖つけてきそうなのが癪に触るし。
「ウィルは能力が発現したっぽいね」
俺の緻密に練られた策略の数々は、なんとはなしに放ったであろう、いつの間にか観客席から降りてきていたラトロの一言で破綻に至った。あ、なんか、うん。まあいいや。
「そうっぽいけど、イマイチまだ掴めてないんだよな。やった感じ力が強くなったり、跳躍力が強くなったり、あと魔法もなんか同じ感じがするんだよな」
「私もさっきの戦いで、こう、上手く言えないけど違和感があったわ。感情によってなんかこう...」
なんだ、自分でも気がついていたのか。
一つ、メリルの能力について思ったのだけれど──やめておこう、これは考えては行けないことな気がする。
考えること自体が、恐ろしいことのような気がする。
それに、小さな違和感に過ぎない。
今考えるようなことじゃ、ない。
心配はほとんどが杞憂に終わるものだ。
「ウィルくん怪我してるんじゃないですか?私でよければ保健室で治療しますよ」
神の有難いご信託に無様にも生きている我は僭越ながら感銘を受けさせて頂き同時に我のような存在がかの女神の手を煩わせることは恐縮であると判断致しましたがしかし申し出を断る行いの方が更に失礼であるのを考慮させて頂きました結果従うこととします。
ああ、女神の清らかな手が我のような下賎の輩に触れるなど言語道断あってはならないが、しかしこの程度で拒むなど邪な気持ちがあると宣言するのと同じ恥ずべき行為。
ああ、いい匂いが鼻腔をくすぐって気持ちがいいなあ(感嘆)
「...あれ、目立った外傷は無いみたいですね。あ、でも熱を持って...、あれ、骨折してると思ったんですけど、熱も持ってない...?」
怪我の具合を確かめようとしたアンナから、衝撃の一言。そんな、そんなことってアリなのかよ。この時俺は、言ってしまうと怪我が治ってたことなんてどうでもよく、アンナとの小悪魔ナース服保健室イベントが進行しないことの方がショックだった。
おお、神よ一体何故故こんな仕打ちを。
神、なんでもいいけど、イエスだか、織姫様だか彦星様だか、ブッタとか、なんなら八百万の神で手が空いてる神でもいい、運命に抗うことをお許しください。
「いや、外傷はなくても目に見えないところで、そう、肺がんになったかもしれねぇ。うーわ、さっきのメリルの攻撃でがん細胞転移しちゃったかもしれんわ。あーいテテ、あー肝臓辺りに生命に関わる重要な何かしらの疾患がある気がするなー。もしくはホルモンの分泌に何かしらの異常をきたしている気がするわー」
「白々しいことこの上ないね」
「精神疾患はあるかもしれないね、お兄ちゃん」
メリルとべーレにチクチク言葉を投げかけられて俺は見苦しい抵抗をやめた。
******
俺はひとり寂しく帰路に就いていた。
べーレはこれを機に、名残惜しくてしょうがないし世間に大きな影響をもたらすだろうけれど、批判は全て受け止める覚悟はできているからあの部を畳むことにしたので先に帰っていてと、ムニを無理やり引っ張って部室もとい不法占拠の教室にゲーム盤諸々の撤去へと。
メリルはもう少し剣を振りたいと。
ラトロは流石に部室をあのままにしていく訳にはいかないので最低限の片付けをしていくからと。
故に俺はひとり寂しく帰路に就いているのであって悲しきぼっちでは無い。他の奴らはそもそも家の方向が違うはず──
だったのだが、俺が歩みを進めていると、前方に音もなく、元々そこに存在していたかのように立つゼウシズがいた。
夕焼けも相まって神格的オーラを演出している。
しかし相変わらず表情筋をビクともさせず無言で立っているだけだ。
「どうかしたのか。確か家の方向反対だったよな」
半ば返事は諦めていた問いかけであり、そしてやはり返事は返ってこなかった。彼の瞳は俺の瞳を捉え続けている。
「...じゃあ、また明日な」
苦手ではなく、むしろ仲良くしたいと思ってはいるのだが、返事がないとどうも空気が掴めない。
俺はなるだけ自然に別れを告げて、その場を去ろうとし──
去ろうとゼウシズの横を通ろうとし、俺の意識はそこで暗転した。