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十三「戦争勃発」



「甘んじていいのかい今の現状に。青春の薫りなんて一ミリたりとも匂ってこない、この堕落に惰性を突き詰めて澱み切ったクソみたいな学校生活でいいの?

 おおかた物語の中の陰キャだとか騙ってなんやかんや青春を謳歌している主人公達は、みんなこぞって帰宅部だからと、そんな安直な理由で帰宅部に所属という愚かしい選択をとったのだろうけれど、これが残念なことに世の中そんなに甘くないんだな」


甚だ余計なお世話である。


確かに、少々、ところどころ、半分くらい、かなり、ほぼほぼ図星を突かれまくってる感は否めないが、だがしかし、だからといって俺の帰宅部所属が愚かだという裏付けにはならない。はず。俺の理論は道筋がしっかりと通っていて思考に思考を重ねた論理的帰結である。はず。


そもそも部活動だとか将来スポーツ選手になるひと握りの優秀な人材ならいざ知れず、大半の人間は汗水垂らして少年時代の何事にも変え難い貴重な数年間を費やしたにもかかわらずに、どうせ現実を直視して自分の才能の無さに失望し、最終的になんの成果も、将来に繋がりうる何かも、なにも手に入れられずに終わりを迎えるのだ。

そんなに非効率で馬鹿馬鹿しい活動にどうやったら意欲的になれるのか教えて欲しい。


だが一概に否定してしまうのも良くない。俺は対話のできる人間だ。確かに俺が帰宅部に入って一体何を学べたのかと問い詰められると回答に困るのも事実。部活入っておけば良かったとか思っちゃったりしてるのも、これまた事実。

いや、認めよう。どうやら俺は致命的な勘違いを犯していたようだと。気づいたのはかなり前のことだが、知らないふりをしてきたのだ。


物語では、何かしら部活以外で他の人との繋がりがある、あるいは部活に勤しむ暇など与えられないほどに校外で物語に巻き込まれている故に帰宅部に所属しているのであって、別に帰宅部に所属すれば必ず華やかで輝かしい青春を送れる訳ではなかった。仮定と結論だ間違っていた。むしろ全くの逆であった。


しかし、よしんば俺が運動部に所属していたとて夢にまで見た薔薇色の青春を送れていたのかと。悲しい疑問も挙げられてしまう。

もういいんだ。諦めたんだ。つまるところ引きこもりに青春なんて送れるはずなかったんだよ。分かっていたさ。

俺は帰宅はおろか登校すらしていないんだから、胸を張って帰宅部を名乗れないし、帰宅部の最低義務も果たしていないけれど、でもいいんだ。

今週末だってバニアと街で買い物する予定入ってるし、お兄ちゃん十二分に幸せだと自己暗示することに決めたから。


居場所は学校のみにあらず、人の意識の集う場所こそ居場所たりえる。現実と虚構、つまりリアルとネットの境界が曖昧になり混じり合いつつある現代社会、社会状況をあくまで客観的に鑑みて俺は現実から目を背け、ネットに逃げおおせることにしたんだから。

つまり栄光ある孤立なのだ。


「諦めちゃダメだよお兄ちゃん。下ばかり見ているから差し込む光に気がつけないのさ。顔をあげればいつだって光は道を示してくれているのに。今こそ部活にはいるんだよお兄ちゃん」


「で、何が目的なんだ」


「私の部が部員やめちゃって存続の危機だから人数合わせとして、名前だけでもいいから貸してくれないかなって。いや、すみません見栄はりました。そもそも同好会でした」


動かされていた俺の心の位置が、元の位置まで寸分の狂いなく戻された。

兄を思う妹を装い兄の純情を虚言で誑かしたのでは飽き足らず、あまつさえこいつの部活に人数合わせで入れさせようとするとは。

そもそもこいつの部活に入ったところで状況は好転するのか。悪化の一途を辿る未来がありありと見て取れる。

そもそもなんの部活に入ってんだこいつ。


「知る人ぞ知る王道の部活、人類の快楽を学部だよ」


冒頭から矛盾を孕んだ彼女の言葉は力強く教室に響き、俺の心に虚しく木霊した。知らないんだけどそんな部。内容が部活動名から見えてこない。聞いた限りじゃ卑しさ怪しさ不健全さ満載の部活だけれど。


第一、俺は幽霊部員とはいえ一個下のムニと共に名ばかりの第一高校の文芸部に所属──ん、あ──今、



さっきから

なんか

おかしな──あ。、




。俺は。


ムニ、誰だっけ。







──メイドか。忘れてた。





「思い立ったが吉日。あくいくんだよ」


首根っこ掴まれて強制送還の運びとなった俺は為す術なく、ズルズルと引きずられていくのだった。


******


別棟の端中の端に、居心地の悪そうにひっそりと佇む部屋、どうやら人類のナントカカントカ部の部室のようだが、それはもう物置と形容する方が適している散らかりっぷりだった。


「我らが人類の快楽を学部へようこそ。私たちはあなたの入部を歓迎します」


待ち構えるのは以外にも見覚えのある顔ぶれだった。ミステリアス中性少年こと同じクラスのゼウシズと、名も無き友人モブ女バージョンだ。確か魔法学部出会った気がする。

数年前──俺がまだ真面目に初々しい生活を送っていた遠い昔に、同じ図書委員だったので互いに面識はある。

どちらもこんな訳の分からない部活に所属しようとするほど好奇心旺盛でないことから、おおかた人数合わせで招集されたのだろう。

ということはなにか?実質部員はべーレ1人か?もはや趣味の領域である。自室で事足りるだろうに。


「お兄ちゃんには我が部に入部する権利を賭けて我々と三番勝負をしてもらおう」


「あっ私は用事あるのでいいです」


「────」


ゼウシズは長い年月を帯びた彫刻のように黙りこくってべーレを見つめている。断固として参加しないという意志の表明と捉えてもいいだろうか。


「ふっ、そうか。一体一を望むか。それもまた面白いじゃあないか。受けて立つわその勝負」


「お前いつもひとりで何してんだよ」


「何って、七並べとか真剣衰弱とか」


想像よりも悲しい妹の現状に涙を禁じ得ない。そうまでしてこの部が大事なのだろうか。


「あたいはねぇ、守り抜かなきゃいけないんだよこの部を。意思でもなくこれは義務なのさ。無くなってから気づいても遅いんだよ。世界のありとあらゆる中枢を裏で支えるているのはこの部なんだよ」


このふざけた名前の素性すら明るみになっていない部が世界の命運を握っているなどさらさらおかしい冗句だ。


「待てよ、俺入るなんて一言も言ってないんだけど。」


「だから勝負なのよ。私はお兄ちゃんをこの部に入れたい、かたやお兄ちゃんはこの部活に入りたくない、ならば折衷案として入るか否かを勝負で決めるべきじゃん」


いや、おかしい気が──


「ごちゃごちゃうるさい。肝心の勝負の内容は将棋よ、将棋。審判はあなたがやるのよあなた」


完全に飛び火な哀れなモブの少女。残念だが用事とやらは諦めてもらうしかないだろう。


「舞台は既に用意されているわ」


べーレが指さす先には机と将棋の盤である。この有無を言わさぬ強引っぷりに翻弄されてきたのは他ならぬ俺なので、こうなったら例え相手が拒もうと強行するのはよく理解している。さっさと打ち負かして帰るのが手っ取り早いだろうな。


「ふふ、あなたの駒達は統率が取れていないようだけれど、そんなんで先の戦争を戦い抜くことができるのかしら」


「それはお前のさじ加減だろうが」


よく見ると俺の方だけ汚らしく、駒が一様の方向を向かずに、先端が四方八方に散らばっている。これは駒の目指すところが一致していないという、敗北の暗示なのか。断じてそうではなくただ単にべーレの嫌がらせである。


「それでは勝負を始めます。先行は玉のべーレからです」


渋々了承した審判によって戦いの火蓋が切って落とされた──


──そして、次の瞬間には俺の王の目の前には金が姿を現していた。つまり王手である。

何が起こったのか整理して説明せねばなるまい。審判による戦いの宣言がなされた後、俺の目は確かに全ての駒の位置を捉え、把握していたはずだった。そして突如として、死角などないと思われた視覚の外からそいつは── 存在しうるはずのない存在である金は、現れたのだった。

仰ぎょうしく述べたが、説明するまでもない──それはスポーツマンシップなど微塵も感じられない、単なるズルであった。


「5八金。違反です」


その紙の一手は無慈悲にも、審判という絶対の存在に一蹴された。


「ふふ、戦いの前に優秀な人材を誘致して何が悪いのよ。それともなにか、そういうルールでも決まっているとでもいうのかしら。あ?

一体誰が、新たに駒を追加しちゃダメなんてルール決めたのよ」


「先人です」


さしものべーレも沈黙を強いられた。

てっきり相手の得意な舞台上に登らされたかと思っていたが、そうでもないらしい。

やり直しの一手が、角の右前の歩を動かす、ということからもお分かりいただけると思う。


そこからは黙々と進んでいった。

見るに堪えない泥試合なので、ダイジェストにてご覧頂こう。


******


「五」


「えっ?」


「聞こえなかったのか?あと五手でお前は詰みだと言ったんだ」


これが開始数分の俺のイキリであり、数分後にあえなく予言は外れた。


******


「6八、角」

「4五、桂馬」

「八×八=六十四」

「六×五=三十」


「適当が過ぎるんじゃない?」


******


「あっお兄ちゃんそれ二歩ですけど」


「ふっ、どれが二歩だって?」


「あっ、三つ歩が重なってんじゃねぇか。罪を隠すために罪を重ねるんじゃないよ」


文句を言われる筋合いは無い。三歩が禁止などルールに明記されてはいないのだから。


******


だいぶ厳しい状況だ。見るからに俺が劣勢であり、さっきから後手後手の対応を取らざるを得なくなっている。

やはり角を取られたのがかなりの痛手で後を引いている。角と共に語り明かしたあの夜は忘れまい。

しかし、忘れてはいけない、一挙形勢逆転の策が俺にはある。もちろんルールに則った上での策だ。


「コートチェンジ挟みましょうか」


「ねぇよ、んなもん」


******


「おいおいお兄ちゃん、それは悪手じゃろうて」


「それはお前が決めることでは無いぜ。まだ気づかないのか。目ん玉かっぽじってよーく見てみろよ」


「?」


「俺はこの時のために着実に盤面を誘導しながら、かつお前に気取られないようにしていたのさ。眺めるべきは大局だぜ」


そう吠えた俺は歩を進めて自身の駒を、自分の歩二つで挟んだ。その結果間にあった桂馬と歩と飛車は、ひっくり返って「成る」。考えなしに勝負するほど俺も落ちぶれちゃいない。


「はっはー、ざまぁみやがれ」


「違反です」


「あっ、はい」


******


「長い、長い戦いだったよお兄ちゃん。そして血湧き肉躍る熱い戦いだった。けれどもこれで終わり」


「くっあと一歩届かぬか。しかしこの戦でそちらが甚大な被害を受けただけで、次の戦は万全な状態でとは行かぬだろうて。それだけでも役目は果たせたというもの。

なあ、べーレ、俺たち別の世界で出会っていたら友達になれただろうか」


「たらればの話は嫌いだよ。


──王は2人も要らない」


次のべーレのターンで容赦なくトドメの一手が繰り出されようと──この兄妹戦争に終止符を打とうとされている、油断を許さないどころか、もう勝敗は明らかという状況だ。

悔いはない。欲を言えば勝利が欲しかったくらいだが、それももう良いのさ。

べーレの成長ぶりを見れただけで......



本当にそれで満足なのか?


ならばこの胸の奥で燻り、熱く滾るものはなんだというのだ。自分に嘘をつき、敗北を無理やり受け入れようとしているだけだろ。

審判によって負けを宣言された時でもなく、下を向いてしまった時でもなく、考えるのをやめたとき、それが敗北の瞬間。


起死回生のチャンスはいつだってそこら辺に転がっている。


諦めるんじゃない。自分自身のプライドのため、そして何より貴重な時間を中途半端で活動指針もあやふやな、こんな意味不明な部活に割かれるのは耐え難い。ふと我に返ると何故こんな勝負してるかさえ分からないのに。


既に俺のターンは終了してしまっている。よって駒を動かすことはできない。ならばどうするのだ。


一度初心に帰って考えよう。

勝利条件は──自分の駒で相手の王ないし玉を取る事、

どうやったら取れる──重ねれば取れる

よく盤面を見ろ──相手の予想外の攻撃を繰り出せ


ピースは揃っている。


「オラァァァァ」


勇ましく雄叫びを上げながら俺は戦の舞台そのものを鷲掴みにした。そして蝶番の意向を完全に無視して、本来とは逆方向へと将棋盤を閉じた。通称「将棋盤逆パカ」。史上類を見ないその技は、卓越した技量と、持ち前の実力以上の素早さが、見るもの全てが陶酔するような滑らかさを織り成していた。

盤上の駒はあまりに自然な俺の動きに、もはや動いているのにすら気がついていなかった。

結果どうなったかというと、しまう際に畳まれる中央の線を対象の軸として、俺の陣の駒がべーレの陣に重なった。まるでサンドイッチの如し。


べーレが唖然として口を開けたままにしているのを横目に、俺はゆっくりと盤を元通りにした。


そこにはべーレの「玉」に、俺の「銀」が重なっていた。俺の「王」の上には何人たりと重なっていない。それ即ち──


「──ウィルの勝ちです」


「ちょ、ちょっと、なしでしょ。ずるだよずる」


「いえ、公式のルールブックに逆パカ禁止とは書いておりません」


「おいおい見苦しいぜべーレ。負け犬は負け犬らしく地面でも舐めとけよ」


「てめぇ男なら正々堂々と勝負しなさいよ」


「審判が絶対だぜ」


「はい、私が絶対です」


考えてみれば当たり前の判断である。こんな摩訶不思議で得体の知れない部活が存続してしまえば、今後も彼女は安寧を手にせずに、べーレに振り回され続ける未来が待ち受けてるのだから。一時的一蓮托生の共同戦線だ。

ちなみにこの間、ゼウシズは審判の後ろでずっと棒立ちに事の顛末を見守っていた。真顔で。


「ちっ、まあいいや。部立ち上げの書類まだ出してない非公式の部だし」


「それを部とは呼ばない──って、ここって適当な教室を不法占拠してるだけの、部でもなんでもない場所なのか!?」


「そうだけど。自称するのは自由だし」


「とんでもねぇ叙述トリックだな」


じゃあ入部を賭けた今までのやり取りは、無意味の産物というのか。審判が「え?」みたいな表情をしていることから、入部してからも一生伝える気などなかったと思われる。なかなかどうして予想以上にはた迷惑な輩だ。

ならばさっさと帰宅の許可を頂こう。


「じゃあ俺帰ってるから」


「そうはいかないよ」

「そうはいかないわ」


俺がドアを開けた時聞こえたこの声の持ち主は、我が珍妙な妹のものではない。

後ろに手を回しているラトロと、仁王立ちで腕を組んでいるメリルのものだ。よく見ると端っこに小動物を連れている。名前なんていうんですか、そうですかアンナですか、可愛らしいお名前ですね。


「ならず者のあなたに居場所を提供してあげるわ」

「こっちもいい機会だから浮浪人の君を勧誘しに来たよ」


俺が興味あるのは帰宅部と、GoTOHOME部と、帰宅タイムアタック部だけだ。その他はご遠慮願いたい。


「ほら行くよ、最初は僕の魔術研究部だ。部室はすぐそこさ。安心して欲しい。君のようなコミュ力のない社会不適合者だからと虐げるようなメンバーは居ない。みんな(あっ、ふーん)みたいな温かい目で迎えてくれるさ」


「一番きついんですけど」


「ちょっとあたしのタイマン部の方が先よ」


物々しい名の部活である。是非とも見学を辞退したい。


「是が非でも連れてくわ。前々から誘ってるのに、のらりくらりと交わし続けられてるんだから」


「まあまあ、僕の部室の方が近いし、いざとなればどっちにも入ってもらえば言い訳だし」


「...あの、もし興味があれば保健委員に...いや、やっぱなんでもないです」


その話、詳しく聞かせていただきたいのだがご享受願えるだろうか。


「さあグズグズしてないで行くよ」


拒否権は残念ながら行使されずに、かくして俺は呑気にも部活巡りに巻き込まれる運びとなったのだった。




「────」


彼の沈黙が意味することなど知らずに。




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