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十一「ダイアー」



俺はべーレとラトロと、あとどっかにムニと共に教室への廊下を闊歩していた。途中で相変わらず口にへの字にした我が親愛なる幼なじみのメリルに出会ったのだが「女を両手に侍らせてるなんていいご身分ね」とドヤされてそっぽを向かれてしまったので、別行動だ。


さて、教室の扉に指をかける。


同じ轍は踏まないぜ。


オラァ、との掛け声のあと勢いよく扉を開け、俺は持ち前の瞬発力を存分に、惜しげも無く発揮し、教室とは別方向に床を蹴る。一瞬にして風と一体化し目指すは教室の後方のドア──と見せかけて更にワンアクション挟み、今度は廊下に設置された窓の外側へと身を乗り出した。そして壁についてる窓の冊子やらの突起物を次へ次へと手をかけながらこの巨大な学校の屋根の上を目指す。


到達後は大股で屋根を横断し、向こうの──先程とは真逆の方位に設置された教室の内部へと通づる窓へと跳躍した。空中で身を翻し、窓ガラスの割れる音と共に教室へと飛び込んだ。

そして華麗に着地を決め──


「ふふっ先生、残念でしたね。俺も馬鹿じゃないんでね、チョークを投げるなんて古典的な罠にそう何度も引っかかる訳にはいかないんですよ」


沈黙が場を支配する。おや、口も開けないか。


「あの...ウィル君...」


おどおどと小動物の名残を消しきれないアンナが話しかけてくる。どうしたんだいアンナ、動物保護なら生憎受け付けていないけれどアンナきっての頼みだったら、俺がなんとしてでも──


「まだ先生来てないですけど...」


「ああ、そうすか」


「馬鹿みたい」


と、虚しさと馬鹿らしさと恥ずかしさで立ち尽くすことしかできない俺に、メリルが追い討ちをかけたのだった。



******



「えームニとウィルの試験を行います」


すっかり忘れてました。無能社員が重用書類をシュレッダーにかけてました。


「そんな!先生は呪いにかかったべーレの事よりも、試験の方が大事だって言うんですか!」


「いや、治ってるじゃん」


「そういう問題じゃないでしょう」


「いや、そういう問題だけど」


「あんた変わっちまったよ、三十路超えたからってそんな生き急ぐ必要なんて──」


直後、俺は考えるよりも先に臨戦態勢をとっていた。全神経が野性的に研ぎ澄まされた殺気を察知し、咄嗟に己の命を救うために防衛本能が働いたからだ。体の全てが警鐘を鳴らしている。いつから驕っていたのだろうか。自分が──人間が食物連鎖の頂点だと。俺は狩る側ではなく駆られる側の、ただ今まで見逃されてきただけの、無力な存在なのだと理解した。


皆死の前では等しく平等なのだと、そんな当たり前のことを、今更ながらに理解したのだ。

死の元凶の行動を予測するために先生を見る。しかしその存在は視界から消え失せていた。死角に入ったのか、それとも光を超えて素粒子レベルまで分解しているから姿が見えないのか審議の程は定かでない。一縷の望みにかけて前者だと信じよう。


かつて、この世で絶対にやってはいけないと禁止されたことが幾つかあった。


そのうちの一つはエデンの園の木の実を食べること。


また、一つは人間が火を使うこと。


他にもあるが、その中で最も犯してはいけない罪は──

三十路の女をいじること──だった。


一説によると原罪とされるその罪を犯し、十字架に磔にされた俺の首が、落ちるという恐ろしい幻影が脳裏に過ぎった。

死の予感だ。

右か、左か、賭けるんだ。先生の利き手は右。憤激に任せた一発ならば、最大限の力を乗せられるよう、俺の左の死角に入っているのだと結論づける。なに、腕の一本ぐらいくれてやろう。


俺は顔の左部分を左腕でガードした。

ゆうに音速を超えたその強烈なストレートは俺の鼻を掠めとっただけだった。


しまった、フェイクだ──

気がついた頃には世界が反転していた。地面がすぐ近くにある──いや、俺が足をとられて逆さになっているのか。


間髪入れずに脳天に強い衝撃が走った。先生お得意のかかと落としである。頭が割れてしまったのだと錯覚するほど、あながち錯覚ではないんじゃないかと錯覚するほどの威力だった。

周りに彼岸花が散りばめられた川の向こうで誰かが手を振っている。ほんとに知らない人だ。怖い。


そして俺は地面に叩きつけられた。硬い地面が蹴りの衝撃を和らげるでもなく、地面には蜘蛛の巣状に八方にヒビが入って衝撃を逃がそうと必死だった。

人ってバウンドするんだなと知ったのはこれが初めてだった。

バウンドして再び浮かび上がった俺を見逃すことなく、先生の凍てつく殺気は俺の命が繋がっていることを捉え、バックスピンキックで仕留めに入った。

スローモションに背骨の軋む音が聞こえ、肋は何本か折れた感触を覚えた頃に遅れて訪れた最大のインパクトが俺を襲った。


「ぐへぇ」


放たれた弾丸のごとく一直線に壁にぶつかった俺は今後は一切合切先生の三十路を弄ることを止めようと強く心に誓ったのだった。とてもじゃないが意識を保てない。そして安らかに俺は息を引き取った。


「──とにかく試験をすることになったから、運動場へ来るように」


俺の死の事実がぞんざいに扱われているのは誠に遺憾ではあるが案外悪い人生じゃなかった。


「ウィル、早く行くよ」


俺への痛心の意の表明などは、微塵も感じさせない声色でラトロはそういった。わざと気丈に振舞っているのだろうか。

じいっと見つめるゼウシズの髪は俺への心配のし過ぎによるストレスで白髪になってしまっている。元からか。


「あ、あの、大丈夫?」


ああ、君だけだよアンナ、俺の事心配してくれてんのは。自宅で飼う計画もいよいよ現実味を帯びてきたぜ。

心做しか触れられた部分の傷が癒されてる気がする。折れていた肋がくっついてる気がする。心のみならず体も癒してくれるとは、愛らしさ恐るべき。愛らしさの内に秘めたる可能性は無限大だ。


「お兄ちゃん今バウンドしてたね。ボールの素質があるんじゃない?子供の頃将来の夢サッカー選手って書いてたし良かったじゃん」


「プレイヤーとしてってつもりだったんですけど。プレイヤーをめざしてたのであっplayedじゃないんですけど」


「ガタガタ抜かしてないでいくよ」


俺はとぼとぼと運動場に向かった。


******


俺が運動場に着くと何やら不穏な空気を纏ったほかのクラスのヤツらが待ち受けていた。見た感じだと同じ学年っぽいな。あと見覚えのあるヤツらが多い。

ということはろくでもない予想は容易い。


「えー、お前らはみんな試験赤点のどうしようもない無能どもです。よくもまあその面下げてのうのうとお天道様の下を歩けるよなと思うわけですが、あまりに多すぎるので救済措置をとることにしました」


丁寧語で補ってかつあまりあるチクチク言葉満載で先生がそう述べた。ここに居る大半のやつが俺の悪友なのでそういう予感はしていた。しかし一体何をするというのか。


「何をするんですか」


「黙れくるぶしかち割るぞ」


王をなんだと思っているのか。最高権力者だぞこちとら。


「焦らずとも説明しよう。その小さい脳みそ必死に回して理解するといい。

行うのは王様ドッジボールだ」


うわ遂に王でふざけ始めましたよこの人。


「ルールは簡単、相手チームの王を倒したチームの勝利。残っている人数など関係なし。あくまで王が全てだ。勝った方のチームは試験合格とする。

チームは得能クラスアンド魔術クラス対、剣術クラスアンド貴族クラス。王役が一人足りないのでべーレは剣術クラスと貴族クラスの方に参加するように」


実際の王を使うやつが何処にいるんだよ。有無を言わさない独断で、この地位が利用されてしまった。王の御前なのに。


数えると向こうもこちらもチームは十人ほど。どうせあちらも落ちこぼれどもの集まりだし勝利は手堅いだろう。

そう思ったのだが、しかしなにやら不敵な、こちらを嘲るようなクックックという笑みが向こうから聞こえてきた。


「あてて差し上げましょうかあなたの思っていることを。あなた今余裕だと油断しましたね」


友人のモブであった。


「ふふふ、言っておきますがね、勝敗は始まる前から決まっているんですよ。あなた、私たちが普通にやって試験で赤点をたたき出したと本気で思っているんですか」


うん。


「私たちは事前に過去数十年のデータをかきあつめ、時には過去の卒業生に話を伺い。救済措置という存在があることは既に把握済みでした。そして過去の傾向から試験官に内容は任せられるということも想像に容易い。

さらに今回はご都合よく王様が試験官さんのクラスに所属しているではありませんか。かくして予知に近い予想を立てた僕らは、試験に落ちるのを回避すべく、この試験準備期間全てをドッジボールの練習につぎ込んだのです。くくく、唖然としてしまっているようですね」


「──いや、普通に勉強とかしろよ」


「──自分、おもろいこと言うなあ」


せめて語尾くらいは統一して欲しい。知的キャラなのか関西弁キャラなのか。

横から名も無き友人モブがでてきた。


「俺たちのこの手が見えるかい?そうさ、ドッジボールに必要とされるのが、強力な握力だと知った俺らは、全員がこの日までに握力60キロを超えるように鍛錬を積んだのさ」


「──手段が目的になってんじゃん」


「──お前、面白いな」


なんだコイツら。目の前で彼が握力測定機を握って、顔を真っ赤にしながら測定し始めた。50、53、54、54そこから針は微塵も動かなくなった。


「────知ってたか、54って二桁目で四捨五入すると────百なんだぜ。」


間のとり方が妙に鼻につく。だからなんだというのか。と、いつの間にかメリルが横に佇んでいた。


「ウィル、気を引き締めて望んだ方がいいわ」

「どうしてだメリル。あんな奴らだぜ」


「まず彼、剣術士のスーアンコー。ギルドののランク昇格試験で凶悪な魔物を前にして、どんなに攻撃されようと一歩も動かなかったと一部で囁かれている巨漢よ」


「次に彼女、貴族のジェニファー。噂では10桁かける10桁の計算をいとも簡単に解くらしいわ」


「そしてなんといっても彼。巨人族のダイアーくん。ゆうに身長は20メートルを超え、将来は巨人族の長になると意気込んで田舎から遥々この学校にやってきたわ」


「ふふふ、さすが情報が早い。しかし私の情報が入っていないというのは、所詮程度が知れてますね。まあ、頭角を表したことは一度たりとも無いのですからそれが普通ですよね。そして僕が頭角を表すことはこれからもありません。能ある鷹ですから。小さいお子さんがいる家庭に考慮して頭角にカバーかけてんですよ。

よし、ダイアー入ってこい」


すると目の前に影が落ちた。横を見ると巨大な壁がそびえたつ。モブを過ぎ去り、建物を過ぎ去り、さらに上に目線をやるとようやっとその存在が認識できた。顔を視界に入れるには思い切り首を真上に上げなければならないので、彼の顔周りには青い空しか映りこまずに、あたかも証明写真のようだった。


すると、ダイアーくんとおぼしき人物が口を開いた。


「おでのことよんだか」


「おい!助っ人巨人族はなしだろ!不平等じゃないか。人族同士で決着つけるべきだろ」


「酷いわ!彼は人族じゃないっていうの?彼は確かに人族と巨人族のハーフだけど、この地に生まれ、この地で成長してきた列記とした人族よ!」


友人モブがそう叫んだ。

嘘つけよ、さっきメリルが田舎からやってきたって言ってたぜ。それに今、スポーツにおけるハーフの子の差別問題的な問題提起いらないから。


「そんなに疑うんなら本人に聞けばいいじゃないか」


もう一人の友人モブがそう言った。不自然なダイアーくんへの目配せと共に。


「......あ、ああ、おでは正真正銘の人族だで。あ、いや、人族と巨人族のハーフだで」


「じゃあ両親のどっちが人族なんだ」


「......お母さんだで」


「今ハーフという可能性潰えましたけど!?母が巨人族ならまだしも、お前、母が人続出でどうやってこの地に生まれ落ちたって言うんだよ」


「もうやめたげてよ!!ダイアーくんが可哀想じゃん!!」


お前友人モブなんだからしゃしゃり出てくんじゃないよ。自重しろ、自重。


「うるさいなお前ら、なに和気あいあいとしてんだよ。早くコートに入れ。おいそっちもだよ、べーレを囲んでオタサーの姫状態にするんじゃないよ」


コート脇でべーレはいつの間にか悠々自適な生活ライフを、対戦相手によって送っているようだった。違うそんなことより


「いいんですか先生、あの暴挙を許してしまって。ラトロもおかしいと思うだろ」


「まあ、一旦始めてみようよ、だって彼さ──」


その時、ピピーッと甲高く笛の音が鳴った。


「ダイアー、オーバーライン」


巨人族にはある特徴があって今それを再確認したところなのだが、つまり巨人族はただでさえでかい身長に比べて人間族よりも一際足のサイズがでかいという特徴があって、それはダイアーくんとて例外ではなかったという話だ。

巨大なダイアーくんはどんなに頑張ったってどこかしらのコートの線を踏んでしまうのだった。


「そんな!ダイアーくん!これまで血と涙と汗とふん尿を撒き散らしながらここまでやってきたんじゃないか!」


「先生、何とかなりませんか」


「ダメだ、オーバーラインになるのならダイアー抜きでやるんだな」


くっ、と相手チームは悔しそうに唇を噛んだ。それは決意の面持ちでもあった。


「やっぱりおで故郷に帰らせてもらうど、このドッジボールのために裏口から学校に入れたのは嬉しいけど、やっぱり巨人族が人族の学校に入るべきじゃなかったど」


なにやら相手チームは集まって話し合っている。


「......先生、僕達ダイアーくんが出れないならこの試合辞退させていただきます」


「私たちの総意です」「やっぱ俺ら全員でチームだしな」「ダイアーくん抜きで勝っても意味ないよ」と様様な声があがる。


「ダイアー、今はお前にとってこの国は住みにくいかもしれないけど、この学校にだって少ないけど獣人のことかも通ってるんだぜ。俺、将来この国をお前みたいな違う種族でも住みやすい国にしたいなって思ってるんだ」


勝手にいい雰囲気にしないで欲しいし、その会話的に俺がその立ち位置に本来立ってるべきだし、それに騙されてはいけない──彼らは試験赤点の落ちこぼれやろうどもだということを。


「じゃあ僕達行くんで」


「えっちょっ」


立ち去る彼らと1人残されたオタサーの姫ことべーレ。

俺はこの謎の苛立ちを吐くように思いっきり振りかぶって、べーレにボールをぶつけた。


「ぶほぁ」


べーレの間抜けな声が木霊した。


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