恋文
《1通目 MからTへ》
すっかり季節が進み、風が心地よく感じられるようになりました。
貴方様におかれましては、勉学に励まれている事かと存じます。
堅苦しいのはお嫌でしたね。ついつい昔の癖が抜けきらないわたくしをお許しくださいませ。出来るだけ簡単に手紙を認めます。
この手紙が貴方のお目に留まる事を願って。
わたしがこの国に移住して1年が経ちました。
初めは掃除も洗濯も料理も出来ず、一体どうやって暮らして行くのだろうかと心配したものですが、今やすっかり馴染みました。
そうそう、わたしは今、パン屋と花屋で仕事の掛け持ちをしておりますのよ。休みの日は手紙の代筆業をしています。
このところ母の具合が悪く、治療費の必要もありそろそろ転職を考えていたところ、ご縁があり、実業家のお嬢様へ淑女のマナーを教えさせていただく事になりました。
ありがたい事に母も一緒に住み込みで雇っていただけるのです。母は刺繍の腕が良いので、お嬢様にお教えする事になりそうです。
住み込みになりますので、パン屋と花屋は辞めることにいたしました。
新しい生活がどのようなものになるか、母もわたしも期待半分不安半分です。楽しい事がたくさんあると良いのですけれども。
末文になりましたが、貴方様のご健康とご活躍を心よりお祈りしております。
《2通目 MからTへ》
季節が巡り、空から白いものがチラチラと舞う頃になりました。雪です、わたしは初めて見ました。
貴方が住んでらっしゃる所は年中温暖な気候ですから、雪は想像できないかもしれませんわ。わたしもそうでした。
触れると冷たいのです、そして掌にのせると熱で溶けてしまうのです。淡い想いのようにそれは一瞬で儚く無くなります。
わたしは馬鹿みたいに喜んで雪を触っていましたら、あかぎれの手に染みるものですから、手袋を編んでみようと思いました。
お嬢様のお供で町に出た時に毛糸と編み針というものを買いました。編み方はメイドのアリサが教えてくれました。
こちらに来て初めて出来たお友達です。2歳歳下ですがとてもしっかりしているのですよ。
ここのお屋敷はご主人様とお嬢様、それに数人の使用人しかおりません。奥様はお嬢様のご出産時に身罷られたそうです。
まだ8歳のお嬢様はお寂しいのか甘えん坊さんで、母に随分懐いておられます。
ご主人様は30歳と言う若さで、大きな商会を経営されています。わたし達母娘にも偏見を持たず、お優しく接してくださいます。
執事と門番と庭師と料理人、それからメイドのアリサとわたしと母、そして通いの洗濯婦が2人でこの屋敷を切り盛りしておりますので、わたしは何でもやります。
この前は庭師のお手伝いで梯子に登って、庭木の剪定をいたしました。
庭師はご老人なので無理はさせられません。門番は自分がやるからと言ってくれましたが、わたしは梯子に上ってみたくて希望しました。何事もやってみなければわかりませんもの。
お嬢様のマナーレッスンは順調に進んでおりますので、ご主人様をお招きしてお茶会の真似事をすることになりました。ご主人様からお茶菓子についての意見を求められました。誰かに必要とされる事があるだけで嬉しいものです。
手紙の代筆も変わらず続けておりますが、恋文の代筆をしたお客様の恋が実って感謝の言葉をいただいた時に、生きていて良かったと、心より思いました。恋というものは、自分がしていなくても、そのお話を聞くだけで幸せな気分になりますね。
それでは暖かくしてお風邪など召されませぬ様に。貴方様のご健康をお祈りしております。
《3通目 MからTへ》
年が明けました。貴方様にとって、新しい年が輝かしい一年でありますように祈念いたしております。
この国の年越しはランタンを飛ばすのですよ。
夜空に満天の星のように広がるその光は、優しく穏やかで、過去から未来へ繋げる希望なのだそうです。
お嬢様はまだお若いので、夜中の年越祭には参加できません。それでもお祭りの気分を味わいたいとおっしゃるので、お嬢様を守りながら、アリサと門番と4人で出店を見て回り、夕方には屋敷に戻りましたところ、既に夕食が整えられておりました。
普段はご主人様とご一緒することはありませんが、年末という事で特別で、ご主人様、お嬢様、使用人が食堂に集まって、夕食をいただきました。
ご主人様から皆に贈り物があり、わたしは緑の石のついたブローチを、母は上等な毛織物のストールをいただきました。
緑の石はご主人様の瞳の色と同じでとても綺麗なのです。
それから、随分久しぶりにワインをいただきましたの。昔、貴方様と一緒にいただいたワインより渋く感じたのは、わたしが歳を重ねたからでしょうか?それともワインが年を重ねていたからでしょうか。
このお屋敷でお世話になってから、母の具合がとても良く、お医者様は完治したと仰ってくださいました。
ご主人様が母にお医者様をお世話してくださるのです。ありがたい事です。
このご恩に報いるために、わたしも頑張って参ります。
今年は貴方様の願いが叶います事をお祈りしております。
《4通目 MからTへ》
春めいて参りました。春は新しい季節ですね、貴方様は無事試験に合格されたと聞きました。おめでとうございます。
何故知っているのかと不思議でしょうが、この手紙を貴方様に届けてくださる方が教えてくださいました。ええ、義兄だった方です。離縁したにも関わらず、元義兄様は連絡をくださるのです。
貴方様は、何でも最優秀のご成績だと伺いました。流石でいらっしゃいます。これからのご活躍のご様子がこの国にも入ってくるかもしれません。そう考えるだけでわたしまで嬉しく思ってしまいます。貴方様にとってはご迷惑な事ですが、喜ぶくらいはお許しくださいませね。
さて、書くべきか迷いましたが、今後の自分の人生を左右するかもしれませんのでお知らせいたします。わたしの冤罪が証明されたと義兄から連絡を受けました。
わたしが、貴方様を慕うあまりに貴方様の元ご婚約者のK様に対して嫌がらせや虐めを行っていた、というのは全くの出鱈目だと、やっと認めていただきました。
当時、わたしの言葉を誰も信じてはくれませんでした。
出自が卑しい母とその母から生まれたわたしはこの家には不必要だと、実の父親によってわたしと母は離縁されて、母の祖国であるこの国へとやってきました。
その後は貴方様のほうがよくご存知でしょう。
K様は婚約者であった貴方様を足掛かりにして王太子殿下に近付き、殿下に横恋慕して婚約者様に暴力を振るうという不敬を働いたそうですね。
その真偽を確かめ罰する過程でわたしの冤罪がわかり、貴族籍への復帰が認められたようですが、わたしはこのままで良いと思っています。わたしと母を捨てた父とは暮らせませんから。
貴方様の外交官試験合格とともにご婚約された事を義兄から聞きました。
ご婚約おめでとうございます。貴方様のお幸せを心より願っておりますので、こんなに嬉しいことはございません。
貴方様を煩わせるわけには参りませんので、これを最後の手紙にいたします。
どうぞ、お幸せに。
*
季節は初夏になった。この国で2回目の夏がやってくる。
メレジェスは相変わらず、プレストンの屋敷でお嬢様にマナーを教え、家事をこなし、休日は手紙の代筆業を続けている。
祖国から義兄がやってきたのは、夏の匂いがし始めた6月の事だ。
母親が料理人ポールから求婚されて、それを受け入れて、プレストン家の皆だけでささやかな式をあげる事になったのだ。義兄にも知らせたところ、喜んで出席すると返事があり、たくさんの土産を持ってやってきたのだった。
メレジェスと母が世話になっているプレストン家は大きな商会を経営しており、当主のサイラス・プレストンはその功績で一代男爵を授けられていた。
義兄のアレンはプレストン家の客間に通され、サイラスと面会していた。
アレンは、サイラスの若さに驚いた。まだ30歳そこそこで見た目の美しい男だったが、その眼差しの鋭さに、自分の中身を見定められているような気分になった。
さすがプレストン商会の経営者である、とアレンは思った。
そのサイラス・プレストンから、義妹さんと結婚したいと思っているので許しをいただきたいと切り出された時、アレンは驚きのあまり、紅茶のカップを落としそうになった。
「メレジェスは何と言っているのです?」
「彼女へのプロポーズは既に済ませておりまして、承諾の返事も得ております。娘もメレジェスに懐いているのです。」
なんだって、もうそんな話になっているのか。
アレンは鞄にしまった手紙の送り主の事を考えてため息をついた。
*
「お義兄様、遠路はるばるいらしてくださりありがとうございます。お母様は、義父になる料理人のポールさんと一緒にケーキや料理の準備をしているのです。席を外してしまいごめんなさい。」
申し訳なさそうなメレジェスに、アレンは謝らなくて良いから、と答えた。
「実は、トーランドからの手紙を預かっているのだが、メレジェスが読む気がないのならこのまま持ち帰るよ。」
「まあ、トーランド様から? 勿論読ませていただきますわ。」
「メレジェスからの手紙は全て渡したのだが、トーランドは読んでいるのかどうかわからなかったのだがね。そうやって返事を書いて寄越したという事は読んでいたのだろうね。」
《5通目 トーランドからメレジェスへ》
親愛なるメレジェス嬢。
僕は無事に外交官試験に合格し、新たな道を歩む事になった。
この2年、僕の周りの出来事に、心を痛め続けてきて、それから逃れる様に勉学に没頭し、外交官試験に合格することが出来た。
改めて、自分の人生設計において相応しい伴侶についてよくよく考えてみた。
実は婚約者は僕の外見や身分しか興味がないようで、外交官の妻となるべき努力を一切していない。
彼女は語学力もなく、外国へ出向いた時に自分の身を守る知恵も対応能力も無い、生粋の無力な貴族令嬢なのだよ。
しかし、それでは外交官の妻はとてもじゃないが務まらないだろう。語学力はもとより、知力や才覚がなくてはならないんだ。
だからもしメレジェス嬢が、今でも僕への想いを持ち続けていてくれるのなら、僕は君を迎えに行きたいと思っている。
君のような女性こそ、外交官の妻に相応しいと思う。
キャスリン嬢が嘘偽りを述べてメレジェス嬢を貶めた時、僕は君を庇えず傷つけてしまった。
それにも関わらず、こうやって手紙を送ってくれて、そればかりか、僕の身体を気遣う君の気持ちがとても嬉しく、僕は悟ってしまったんだ。
心から愛し、共に一生を過ごす相手は、メレジェス嬢、君しかいないという事に気付いてしまったんだ。
アレンが、君に会いに行くというので、手紙を託した。
どうか良い返事をくれる事を願っている。
君のトーランドより。
*
手紙を読み終えたメレジェスは、困りきった顔で、アレンに渡した。
「読んでも?」
手渡された手紙を読んだアレンは眉を顰めた。
「何だかなあ、自分勝手過ぎないか?メレジェスが、ずっとトーランドを思っていたと思い込んでいるようだが、あいつはメレジェスからの手紙に返事すら書こうとしなかったのにな。
今更なんだよ。」
「お義兄様、わたしからの手紙なんですけど。」
「ん?」
「わたし、手紙の代筆の仕事をしておりますの。」
メレジェスは真相を語り始めた。
つまり、メレジェスが送った手紙は、仕事で依頼された手紙の練習なのだと言う。
内容は、自分の身の回りの事を書いてはいるものの、恋文ならば相手を気遣い、最後に相手の健康や幸せを願う一文は必ず入れるものだから、そういう風に書いていた、と言うのだ。
「なんだって。という事はあの手紙は……」
「何と言いましょうか、勝手に巻き込んだ事に対する意趣返しとでも言いましょうか?
わたしがどれだけ真実ではないと言ってもトーランド様は信じてくださいませんでしたからね。
とにかく、わたしからの手紙などトーランド様はお読みにならずに捨てると思っていたので、練習がてら書いておりましたものをお義兄様に送っただけですのよ。
トーランド様の宛名を見たお義兄様が気を利かせてお渡しくださったのですよね。お手を煩わせて申し訳ありませんでしたわ。」
「そういえば、メレジェスからは、トーランドへ渡してほしいと一言も書いてなかったね。
僕はメレジェスがあいつの事を今でも忘れられないのかと思ってたよ。」
「わたし、あの方に憧れてはいましたが、結婚したいと思ったことなど一度もありませんわ。あの方が勝手に勘違いして、友人の妹に慕われていると婚約者のキャスリン様にそれを話して、キャスリン様が暴走してあんな事になって……」
「全てはトーランドの勘違いから始まったという事か。」
トーランドとは友人関係だが、あいつとメレジェスが結ばれなくて良かったとアレンは思った。
それから半年後、メレジェスとサイラス・プレストンの結婚式が大々的に行われた。
この国の貴族に加えて、商会で関わりのある各国の関係者も多数出席した。義兄アレンも妻を連れて参列している。
祖国から、年配の貴族らしい男がやってきて、花嫁の父親だと喚いていたが、招待状のない者は入れないと追い出されたという。
お読みいただきありがとうございます。
思いついて一気に書きました。
誤字脱字等ご報告いただければ幸いです。




