転校生
・・・・・・ーーーもう、2度と、たぬきとは仲良くなれないと思っていた。
・・・ーーどうしても、あのときを思い出してしまうから。
あいつに逢うまではーーー。
「なぁ、なんでたぬきってあんなに、無神経なんだろうなぁー」
「ほんっと、ぜってぇ、オレ、仲良くなれねぇわ」
ドロン学校の教室で、きつねたちは、口々に喋っていた。
その言葉を聞いていたたぬきたちは、わざと大きな声で喋り返す。
「なぁ、なんできつねってあんなに、ずる賢しこくて性格悪いんだろうなぁー」
「ほんっと、ぜったい、友達になれないわ」
ひとつの教室で、まるで、ケンカでも始まるみたいな、不穏な空気ーーー。
きつねのコン太は、教室の隅の机で、ため息をついた。
こんな光景は、日常茶飯事だけど、聞いているこっちは、不快になる。
・・・・・・ーーー朝から教室の空気を乱さないでくれ。
コン太は、横の窓をガラッと開けて、新鮮な空気と風を浴びて、思わず目を細めた。
・・・きつねとたぬきは、仲良くなれない。
これは本能的なものであって、誰のせい、とかじゃない。
いつも競い合い、けなしあい、ケンカするーー。
・・・ごく普通のことだ。
その本能に逆らうように、このドロン学校の創立者は、きつねとたぬきが仲良く、切磋琢磨しあい、交流を深めるために、ドロン学校を作ったらしい・・・。
・・・まぁ、なんと、平和主義な、穏やかな考えの人だったんだろうかーー。
仲良くしてますよ、なんて、表面上だけだ。
教室では、毎日、こんな風に、不穏な空気が流れてるし、お互い譲ることもない。
心の中では、いつも、こいつらに負けてたまるものか、という闘志に燃えている。
・・・ーーいいんだか、悪いんだか。
ただ、ひとつ言えるのは、このドロン学校に通っている、というのは森の中でも自慢できることだ。
通えるのは、森中のきつねとたぬきを合わせても、才能のある、ほんのひと握りの者たちだけだ。
だから、大抵この学校の制服を見たものは、羨ましそうにオレたちを見てくる。
・・・この学校に、憧れるものは多いのだ。
このドロン学校を卒業したものは、人間界に進出することができる。
そう、あの、人間界に・・・ーー。
ドロン学校は、人間に化け、森を守るために働くきつねとたぬきを育てる学校、なのだ。
ガラガラガラッ
教室の戸が開いて、先生が入ってくる。
きつねの熱血教師、ごん八郎先生だ。
「・・・おい、お前たち、静かにしろっーー!!
毎日毎日、お互いをけなしあってよく飽きないもんだ!!
・・・ったく。
この学校に憧れてる者が、この光景を見たらどう思うか、少しは考えろ!!
特に、たぬきたち!!
お前らは、もう少し大人になれ!!」
「・・・はぁ?!」
たぬきたちは、一斉に、不公平だ、とぶーぶー文句を言い出した。
・・・ーーはぁ・・・、これも日常茶飯事のことだ。
いくら先生でも、きつねに対してのみ甘くなるのは当たり前だ。
先生同士でも、きつねとたぬきじゃ、いがみ合っている者は多い。
「・・・・・・ーーー静粛に!!!」
ごん八郎先生が、パンパン、と手を叩いて、やっと教室は静かになった。
「今日から、転校生が入ってくることになった!!
えーと、名前は・・・なんだっけな、あぁ、ポン太だそうだ!!
みんな、仲良くしてあげるようにな!!
それで、ちょーいとこの子は、訳ありでな・・・」
ごん八郎先生は、少し眉を顰めて、真剣な顔で喋り出した。
「・・・ーー実は、ポン太は、記憶喪失らしくてな。
数日前、森の中で発見されたんだがーーー。
・・・だから、優しくしてやってくれ。
記憶が戻るよう、こちらとしても手助けしてやりたいと思っている」
ごん八郎先生は、そういうと、
「・・・ポン太、入ってきなさい」
と、廊下で待っていたポン太を教室に招き入れた。
ーーーみんなの視線が、ポン太に集まる。
コツコツコツ
軽やかな足取りで、足音は進み、教壇の前でぴたりと止まった。
「こんにちはっ!!!
今日からみんなと一緒に勉強させてもらう、ポン太ですっ!!!
さっき、ごん八郎先生が言ってくれたように、今んとこ記憶が欠如してるんだけど、よろしくな!!」
かなり覇気のある、馬鹿でかい声に、クラスのみんなは圧倒されて、しばらく静寂が流れた。
・・・ーーそんな中、コン太だけは、ポン太の顔を見て、驚き、呆気にとられていた。
・・・・・・まさか、まさか、だよな。
・・・・・・ーーーあいつと・・・あいつの、顔に、そっくりじゃねぇか・・・・・・。
ポン太は、みんなの圧倒された顔を見回しながら、満足そうに、満面の笑みを浮かべていたーー。
「えーと、じゃあ、ポン太の席は・・・コン太の前の、空いている席に座りなさい。
はい、ホームルーム終わりー」
ごん八郎先生はそう言うと、教室から出ていった。
ポン太はまっすぐ席に着くと、どしん、とカバンを置いて、後ろのコン太を振り返った。
「・・・よろしくなっ!!」
無邪気な笑顔を見せるポン太に圧倒されつつも、
「・・・お、おう」
コン太は、なんとか答えた。
「なぁ、記憶喪失ってほんとか?」
「記憶喪失っていうから、もっと病んでるようなやつが来るのかと思ったぜ」
「なんも覚えてないの?」
休み時間、ポン太の周りには、たくさんのたぬきが円になっていた。
「・・・ふん、どーせ、このドロン学校に入りたさすぎて、記憶喪失を上手く使ってここにきたんだろ」
「ほんとは記憶喪失なんて嘘じゃねぇの」
「もとより、たぬきほど性格悪いやつはいないしな」
円の向こうから、きつねたちの声が聞こえてくる。
ポン太は、スッと立ち上がって、やめとけよ、と引き止めるたぬきたちを振り払い、きつねたちの前で足を止めた。
「・・・んだよ。やる気か?」
「転校初日から、随分と威勢がいいな」
きつねたちは、ポン太を見て、にやにやしながら言った。
「オレ、ほんっとに、記憶喪失なの!!!
自分の名前しか分からなくて、すっげぇ、もやもやしてんだ。
だから、1日も早く記憶を取り戻したい。
・・・ーー協力、してくんねぇかな?」
スッときつねたちの前に出された、悪意を感じさせない真っ直ぐな言葉と、ポン太の手に、きつねたちはたじろいだ。
「き、協力なんて、できるかよ」
「・・・変なやつだな。・・・購買行こうぜ」
きつねたちは口々にそう言うと、教室から出ていった。
「・・・ポン太っ!!!」
「お前、やるなぁ・・・!!!」
「見たか、あのきつねのまぬけ顔!!!」
たぬきたちは、はしゃぎながら、ポン太を胴上げした。
「・・・お、大げさだって・・・」
ポン太は困惑しながらも、満面の笑みで笑った。
・・・・・・ーーーコン太は、その笑顔を、じーっと見つめていた。
・・・似ている、確かに、あいつに・・・似ている。
でも、ここにいるはずが無い、よな・・・・・・。
気のせいだ、とコン太が頭を振り払ったとき、
「・・・さっきからオレのこと見てたよね?」
目の前の、にこにこしたポン太に、コン太はずっこけそうになった。
「・・・な、なんのことだ?」
「すっとボケないでよ。
オレのこと、じーっと、見てたでしょ?
オレの顔に、見覚えでも・・・」
「・・・ねぇよ。見たくもない顔だ」
コン太は強気にそう言うと、ガンッと椅子を引いてスタスタ歩いて行った。
「・・・ふーん、そっかぁ」
コン太の後ろ姿を見ながら、ポン太は、そう、つぶやいたーー。
ーーオレは、記憶喪失だ。
オレの名前だけは、覚えてる。
斑木 晴人
それが、オレの名前。
・・・それ以外は、覚えてない。
ただ、なにか、大事な用があって、この森に入ったような気がする。
そのことは、心が覚えている気がする。
オレは、気がついたとき、森の中で倒れていた。
人間の姿に、たぬきの耳と尻尾が生えていたそうだ。
その姿を見た、ドロン学校の先生が、
「こ、これは人間に化ける技術が高度だ。
きっと、才能のある子だ。
うちで引き取らせてくれ!!!」
と言って、オレはここに転校してきた。
教室に入ってきたとき、真っ先に、心臓が跳ね上がった。
・・・頭よりも体が反応していた。
そう、あいつ・・・コン太、とかいうやつに。
・・・コン太は、何か隠してるーー。
オレのことを知っているか、もしくは、見たことがあるか・・・ーー何かしら、過去のオレと関係していることは確かだろう。
斑木 晴人。
森の中で保護されたとき、オレがその名を口にすると、みんなは目をパチクリさせた。
「たぬきでその名はありえない。
名前も忘れてしまったんだな、可哀想に」
そう、言われた。
でも、オレはこれが本当に自分の名前だと思っている。
晴人が良い、と言い張ったのだが、仮の名前、ということで、ポン太、と名付けられた。
なんだよ、ポン太って・・・。
かっこいい、とは無縁の、どちらかっていうとポンコツそうなやつの名前じゃないか・・・!!
・・・とにかく、1日でも記憶を早く取り戻して、本当の名前も取り返さないと。
そのためには・・・やっぱり、この、コン太ってやつに、探りを入れるしかねぇな・・・。
「・・・なぁ、ここのクラスには、女子、とかいねぇの??」
ポン太は、教室をぐるりと見渡して、席に戻ってきたコン太に尋ねた。
「・・・いねぇよ。このドロン学校は、男子校だから」
「えっ、そうなのか?」
「そーだよ。甘い青春でも想像してたか?」
「べ、別に、そんなの想像してねーよ」
ポン太は、少し赤らめた顔を急いで隠すように、前に向き直った。
・・・ちぇっ、いないのかぁ。女子。
記憶喪失ってだけで、ストレスなのに。
正直、全く興味も意味も分からないドロン学校、なんてとこに入らされて。
ちょっとでも青春を感じれれば、癒しになるのになぁって思ってたけど。
・・・現実は、そんな甘くはないみたいだ。
「・・・はぁ。なぁ、コン太、最初の授業、なに?」
ポン太は、少しテンション低めに、後ろを振り返って言った。
「・・・人間界の授業だよ。てか、いちいちオレに聞くな。
みんなが不審がるだろ!!」
「・・・何を不審がるんだ??」
「・・・・・・ーーー」
コン太の沈黙に、ポン太は、え、なに?という顔をした。
「・・・・・・ーーーきつねとたぬきは、本能的に仲良くなれないって、それも記憶なくなったのか?」
「・・・え、そーなの?・・・なんで?」
「・・・ーーなんでって・・・意味なんかねぇよ。
本能的なもんなんだから」
コン太はため息をついて、続けた。
「だから、お前がオレと喋ってたら、他のたぬきから白い目で見られるってことだよ」
「・・・ーーそれは、幼稚だな。
あのな、オレは、仲良くなりたいやつ仲良くするし、喋りたいやつと喋る。
オレはコン太と喋りたいから喋ってるんだけど?」
ポン太の真っ直ぐな瞳に、コン太は、プッと笑いながら
「・・・変わってるのな、お前」
と言った。
「・・・ーーコン太もそうじゃねぇの?
・・・オレとちょっと同じ匂いがする」
「・・・お前と一緒にすんな」
コン太がそう言ったところで、ごん八郎先生が教室に入ってきた。
人間界の授業では、人間界に進出するにあたり、その知識を少しでも深めておこう、というものだ。
人間界で使われる言葉や、道具など、ありとあらゆることを学ぶ。
「はい、これはなんという道具ですか?」
ごん八郎先生が、イラストを見せながら、質問をする。
・・・ーーえ、簡単すぎない?
ただの、スプーン、じゃん。
これが、授業・・・???
・・・意味わかんねぇ。
ポン太は、心の声を押し殺しながら、スッと手をあげた。
「はい、えーと、ポン太、回答をどうぞ」
「それは、スプーンです」
「正解!!よくできました!!」
周りからも、おぉー!!と拍手が送られる。
・・・あれ、オレ、もしかして、天才なのかな?
何も悩まずに答えれるなんて。
転校初日からすごくいい気分だ!!
ポン太は、その後の質問も立て続けに答え、そして見事、全問正解した。
「ポン太、凄いな!!」
「めっちゃ優秀じゃん!!」
「なんでそんな人間界に詳しいの?」
人間界の授業が終わった後、再びポン太の周りにはたくさんのたぬきが集まった。
「・・・ーーえへへ、なんでだろうなぁ?
もともと、かな?」
ポン太が照れくさそうに答えると、みんなは、こいつーっと、ポン太をポコポコ叩いた。
「・・・そういえば、このドロン学校って、人間界で人間に化けて、この森を守るために働く、きつねとたぬきを育成する学校だったよな?」
ポン太は、ふと、思い出したように、言った。
「・・・そうだけど、それが、どうかした?」
「みんなは、やっぱり、人間界が、憧れなの?」
ポン太が尋ねると、ひとりが答えた。
「・・・人間界に憧れて入るたぬきなんて、そうそういないと思うよ。
・・・大抵のたぬきは、人間、嫌いだし。」
「・・・えっ、なんで???」
ポン太が驚くと、
「そりゃ、そうだろ。人間なんて、ろくなやついないよ。
森は破壊するし、密猟するし、檻の中に入れられて鑑賞されるし・・・・・・ーーー。
・・・ーー逆に、良いとこある??」
「・・・・・・ーーー」
なんか、話を聞いてると、確かにそうだなって納得するんだけど・・・・・・ーーー
・・・ーーなんでだろ、胸が・・・痛い。
「次は、変身術の授業だから、校庭に集まるように!」
ごん八郎先生が声をかけると、クラスのきつねとたぬきたちは、ゴソゴソと、それぞれの鞄から葉っぱを取り出した。
「・・・なにそれ?」
ポン太は、コン太に尋ねる。
「変身術の葉、だよ。
変身術の授業で必要なんだけど、ポン太は転校してきたばっかだから、また先生から貰えると思うよ」
「・・・ーーふーん、変身術、かぁ」
ポン太はどんなものか想像できずに、校庭へと急いだ。
「じゃあ、まず、先生のお手本を見て貰います!!」
ごん八郎先生は、変身術の葉を頭に乗っけて、手を前に組み、
「・・・ドロン!!!」
そう言うと、煙のように体が消えたかと思いきや、今度は、人間の姿になって現れた。
「うわぁーーーー!!!」
みんなは口々に歓声の声をあげた。
「じゃあ、みんなも早速やってみましょう!!」
ごん八郎先生の声で、みんな一斉にドロンしだしたものの・・・
耳が片方だけ残っていたり、尻尾が残っていたり、鼻がきつねのままだったり、目がたぬきのままだったり・・・なかなか、完全に人間の姿になるのは難しいようだ。
そんななか、ポン太はというと・・・・・・
新しくもらったばかりの変身術の葉を、サッと頭に乗せ、ごん八郎先生の見よう見まねで
「・・・ドロン!」
と言うと、
シュルルルル・・・
あっという間に、人間の高校生に早変わりした。
「・・・げっ、ポン太、お前、なのか?」
「才能ありすぎだろ!!!」
「めっちゃイケメンじゃん!!!」
またしても、ポン太はたぬきに周りを囲まれてしまった。
「さすが見込んだ通りだな、ポン太。
完全に人間に化けれている!!!
はい、みんな注目!!ポン太がうまく化けれているから見習うように・・・!!」
ごん八郎先生がそう言うと、きつねたちは面白くなさそうに、ぶつぶつ文句を言い出した。
「・・・なんなんだ、あいつ」
「転校初日から、いい顔しやがって」
そんなきつねたちの前に、ポン太はスタスタ歩いていき、
「・・・あんま、アドバイスとか出来ないけど、良かったら教えよっか?」
と軽く言った。
「・・・・・・ーーー」
「べ、別にお前から教わるようなこと、ねぇよ!!」
沈黙の後、きつねたちはそう言うと、ポン太からさっさと離れていった。
「・・・素直にオレに教えてもらえばいいのに」
強がりなきつねたちに、ポン太はぽそっとそう、つぶやいた。
「・・・はぁーーーー!!!疲れたぁー!!」
転校初日は色々気も遣うし、疲れる。
ただ、ひとつ、オレは天才かもしれないということが分かったのは、大きな収穫だ。
そして、きつねとたぬきの仲が相当悪いことも、分かった。
オレには理解しかねるけど、コン太のいう、本能的なものなら、仕方ないのかもしれない。
犬猿の仲、いや、狐狸の仲・・・といったところだろうか・・・ーー。
ドロン学校は、寮付きの学校だ。
森の奥深く、広大な敷地を使ってこの学校は建てられている。
石造の立派な建物だけど、この学校も変身術がかけられていて、はたから見ると、幽霊屋敷に見えるらしい。
だから、誰も寄り付かないんだと・・・ーー。
変身術を応用すれば、色んなことに使えるようだから、便利なもんだ。
オレは今日から、このドロン学校で生活することになる。
・・・・・・ーーー少なくとも、記憶が戻るまでは。
そして、オレの中では新たな不安が巻き起こっていた。
・・・それは、家族のことだ。
普通、オレが行方不明になったりしたら、心配して探しにくるだろう。
それも、一向にその気配がないと、不安になってくる。
・・・・・・ーーーオレの家族は、一体どこで何してんだろう??
「・・・で、なんでルームメイトがお前なわけ??」
コン太はムッとした顔で、ポン太を見上げる。
「・・・いいじゃねーか!友達、だろ?」
「友達になった記憶は、ない」
「そーんな水臭いこと言うなよ!
オレがコン太と仲良くなりたくて、先生にわざわざ頼んでルームメイトにしてもらったんだぜ?」
「・・・ーー余計に嫌だわっ!」
不機嫌、という感情をあらわにしたコン太は、風呂入ってくる、とバタバタ部屋を出て行った。
「・・・・・・ーーー」
・・・ーーんなわけ、ないだろ。
まだ、友達って呼べるくらい、コン太のこと知らねぇしな。
とりあえず、オレのかんを信じてみることにする。
・・・ーーオレの過去に、コン太が何らかの形で関わってるってことだ。
表面上だけでも仲良くなって、情報を引き出そう。
・・・てか、このルームメイト交渉も、随分大変だったんだからなっ!!!
きつねとたぬきがルームメイトなんてあり得ない、ポン太にとって悪影響じゃないかって、最後の最後まで、ごん八郎先生に口酸っぱく言われて・・・。
とにかく、よろしくな、コン太。
ポン太は、バサっとベットに転がって、真っ白な天井を見つめたーー。
「・・・もう、寝たのか?」
お風呂から帰ってきたコン太は、ベットで仰向けになって転がっているポン太を見て、ぽつりと言った。
・・・ーーしかし、ほんとに、あいつに似ている・・・。
瓜二つだ。
オレはこの顔を見るたび、あのことを思い出してしまいそうで、嫌になる。
・・・ーーあの日から、自分のことは嫌いだ。
コン太は、ふう、とため息をつくと、明日の授業の科目を確認し始めた。
「・・・コン太はさ」
寝ていたと思っていたポン太が急に、起き上がって、コン太はビクッとした。
「・・・ーーたぬきのこと、嫌いじゃねぇの?」
「・・・・・・ーーーなんで?」
「なんか、コン太って、他のきつねと違うっていうか・・・たぬきのこと、悪くいうこともねぇし」
「・・・・・・ーーー興味、ないだけだよ。
深入りすると、ろくなこと無いって思うだけ」
「・・・・・・ーーー」
ポン太は、そう言ったコン太の表情が、なんとなく気にかかったが、そうか、とだけ言って、お風呂場に向かった。
「ふぁあーーーー!!!」
次の日の朝、ポン太が起きると、コン太の姿はすでになかった。
ポン太は急いで顔を洗って食堂に行くと・・・・・・
「・・・・・・コン太!!!」
はぁはぁ息を切らしながら、ポン太はコン太の横にどしん、と座った。
「・・・・・・なに?」
「なに、じゃないよ!!!
起こしてくれよ!!一緒にご飯食べようぜ!!」
大声で言うポン太に、コン太は呆れながら
「・・・・・・ーーーちっ、」
とだけ言って、席を立った。
「し、舌打ち?!?!
朝からガラ悪いぞっ!!!」
ポン太が叫んで、コン太の後を追いかけようとしたとき、
「君、ポン太くん、だよね?」
穏やかな声に、呼び止められた。
「・・・うん、そーだけど」
「僕、ポン助っていうんだ。よろしくね」
「・・・あぁ、うん。よろしくな」
クラスにこんなたぬき、いたっけな、と思い出しながら、ポン太は答えた。
何しろ、クラスは全部で50匹で、昨日転校してきたばかりのポン太には、覚えきれなかった。
「・・・今から、ご飯?」
「うん」
「一緒に食べてもいいかな?」
「どーぞ」
ポン助は、ありがとう、とほわほわした笑顔で言うと、ポン太の隣に座った。
「昨日から、ずっと、君のこと気になっててさ」
ポン助は、ご飯をもぐもぐさせながら、そう言った。
「・・・そうなの?・・・なんで?」
「君って、凄い不思議ちゃん、だよね?」
ポン助は、クスクス笑ながらそう言うと、
「君は、きつねに対して、何も思わないの?」
と続けて尋ねた。
「・・・うん、特に。何も思わないし、感じない」
「へぇ!!凄いな、ますます興味が湧くよ」
興味が湧く、と言われても、全然嬉しくはなかったが、
「・・・ありがと?」
と一応言っておいた。
「あのさ、この、きつねとたぬきの仲が悪いっていうのは、いつからなんだ?」
「えぇ、そんなの気にしたこと無いけど・・・。
ずーっとずーっと昔、先祖代々からだと思うよ。
仲が悪いことが当たり前ってかんじだから。
例えば・・・そうだ!
君が、ご飯を食べる、トイレに行く、ってのと同じようなかんじかな?
ごく、自然なことなんだ」
ポン助は、ほわほわ微笑みながら、そう言った。
「・・・ポン助も、きつねが嫌い?」
「うん。
だけど、嫌う強さは、個人差があるから、それで見たら僕はそこまでだと思う。
クラスでいっつもいがみ合ってる子たちは、きっと嫌う強さが強いんだと思うよ。
僕的には、いつもクラスの空気が悪くなるのが嫌だったから、君の昨日の行動には感動したんだ!」
ポン助は目を輝かせて、そう言った。
「・・・ーーそりゃ、どーも」
「今まで僕の周りに、君みたいなたぬきいなかったから・・・君なら、新しい風をこのクラスに吹かしてくれるんじゃないかと思ってさ」
ポン助は口をもぐもぐさせたまま言って、そーいえば、と思い出したように再び口を開いた。
「君、コン太に興味でもあるの?」
「・・・・・・ーーーえ?」
「昨日から、ずっとコン太のこと、追いかけてない?」
そう言われてみれば、そうかも。
あんまり、周りの目は気にしてなかったけど・・・。
「・・・無意識のうちにっていうか、そう言われてみればそうかなぁ、ってかんじだわ」
「・・・ーーなんで、コン太、なの?」
初対面で、言うのもなぁ・・・。
まだ、信用できるって確信したわけじゃないし。
「うーん、単に、からかい甲斐があるから?
・・・ーーつつくと、ピーピーなくヒヨコ、みたいなかんじかな」
「やっぱり面白いね、君」
ポン助は、ふふっと笑って、そう言った。
「でも、コン太はやめといたほうがいいよ」
「・・・・・・ーーーなんで?」
「コン太、誰にでも愛想悪くて、誰とも仲良くならないタイプだと思うから。
仲良くなろうとするだけ、損な気がする。
ーーーそれと・・・・・・」
ポン助は言いにくそうに、口を開いた。
「僕は、ポン太の行動に賛成派だけど、君の行動をよく思ってないたぬきも少なからずいると思うんだ。
きつねと喋るなんて、仲良くするなんて・・・ってね。
白い目で見られることもあるかもしれないから、そこだけ伝えたかったんだ」
ポン助は、ちょっと眉毛を八の字にして、遠慮がちに言った。
ポン太は、コン太が言っていたことを思い出していた。
ーー他のたぬきから白い目で見られる。
オレは、他のたぬきの目なんて、どうでもいいけど・・・・・・
・・・・・・めんどくせぇな、この世界ーー。
・・・・・・ーーーよく今までこの世界でオレは生きてきたもんだ。
「・・・おけ!
忠告ありがとな!
また一緒にご飯食べようぜ、ポン助!」
ポン太は、そうお礼を言うと、食堂を後にした。
ポン太は、寮の部屋に一度帰って、授業の用意をとり、教室へ向かった。
ガラガラガラッ
教室の戸を開けると、1番乗りで来ていたのは・・・
「・・・・・・コン太っ!!!」
コン太は、ぼーっと窓の外を眺めて座っていた。
ポン太の声に、ギョッとしたように振り返り、ポン太の姿を確認すると、ため息をひとつ。
「・・・・・・くるの早くねぇ?」
明らかに嫌そうな顔をして、コン太はつぶやいた。
「そーんな嫌そうな顔すんなよ!
コン太の喋り相手として、早めに来てやったのに」
「・・・・・・いらない」
「・・・・・・ーーーなぁ、コン太ってさ、なんで誰とも仲良くしようとしねぇの?
一匹狼、いや、1匹狐ってかんじがする」
ポン太は、少し真面目な顔で、コン太に尋ねた。
「・・・・・・昨日も言ったけど・・・深入りするとろくなことないからってだけだよ」
沈黙の後、コン太は少し低い声でそう答えた。
ポン太が、続きの言葉を言おうとした時、ガラッと教室の戸が開いた。
「あっ、ポン太!!
朝食ぶりだね!!」
「・・・ポン助!」
ポン助は、柔らかく微笑みながら、自分の席に、荷物をドサっとおろした。
「まーたコン太とポン太のツーショットかぁ・・・!」
ちょっと皮肉っぽく言ったポン助に、コン太は
「ポン太が勝手に寄ってきただけだかんな!」
と反抗して言った。
「・・・今日の最初の授業なんだっけ?」
コン太の言葉を無視して、ポン助は続けた。
「人間界の授業だよ!」
ポン太は、元気よく答えた。
「あー、人間界の授業かぁ。小テスト、今日だっけ?」
「・・・小テスト?聞いてないんだけど?」
ポン太は、はぁ、とため息をついて、そう言った。
「あー、ポン太が来る前に、予定として先生から言われたやつだから・・・仕方ないね。
ポン太は知らなかったんだし、配慮してくれるんじゃないかな?」
ポン助は、腕を組んで、そう言った。
「なぁ、ポン助。小テストの範囲、見せてくれる?」
「うん。いいよ、これ」
ポン助は、鞄から、ガサガサと、紙切れを引っ張り出した。
「人間界での職業の名前テスト、だよ。
人間界のルールで人を裁く人を、弁護士。
動物を檻の中に入れて、監視する人を、飼育員。
バカでかい鉄の塊を動かす人を、運転士。
・・・とかね、他もいろいろあるよ!」
ポン助が説明している間、ポン太は、じーっと紙切れを眺めていたが・・・
「・・・・・・ーーーなぁ、ポン助・・・」
不意に、そう言うと、
「・・・・・・ーーーオレ、自分で言うのもなんだけど・・・天才、かも、しんない・・・」
「・・・え?」
「なんかさ、これ、初見のはずなのに・・・知ってんだよね・・・。
弁護士、飼育員、運転士・・・今まで口にしたことがあった気がするわ」
「・・・・・・ーーーポン太、それって・・・・・・」
ポン助は、眉を少し顰めた。
「・・・・・・天然の、天才、だよ!!!」
「・・・天然?」
「うん、嘘偽りない、天才、ってこと!
生まれつきの才能だよ!
今日の小テストは受けても問題ないね!」
ポン助は、そう言って、ふふっと笑った。
案の定、ポン太の人間界の小テストは、満点だった。
「・・・なんで、人間界のこと、詳しいんだ?」
「オレの頭と交換してくれー!!!」
「天才だな!オレを弟子にしておくれやすっ!」
小テストが終わった後、昨日と同じく、ポン太の周りには、たくさんのたぬきがいた。
「で、ポン太、記憶は戻りそう・・・?」
ひとりがポン太に尋ねた。
「・・・んー、まだ、だなぁ・・・。
まだ、なーんも、思い出せないんだよな。
思い出せそうで、思い出せないってやつ。
・・・もやもやして、もどかしいよ」
ポン太は、視線を落として、そう答えた。
・・・・・・記憶とは関係ないかもしんないけど、昨日、夢を見た。
ーー誰かが、暗闇の中から、オレに、声をかけていた。
ーー僕のこと、思い出して・・・!!
必死に、必死に、か細い声で、そう、言っていた。
オレは、声の主を見ようとしたけど、ぼんやりしていて、姿ははっきり見えなかった。
・・・・・・ーーーオレには、思い出さなきゃいけない、何かが、あるーー。
「はぁーー、疲れたなぁ、コン太?」
いくつか授業を終えた後、ポン太が振り向くと、コン太の机には、まだ人間界の小テストが置いてあった。
「・・・おっ、コン太いない間に、ちらっと見ちゃお」
ポン太がそっと、小テストを見てみると・・・
「・・・満点じゃないかっ!!!ちぇっ、おもんね」
ポン太はガッカリして思わず言った。
「・・・ーーなにが、おもんない、って?」
戻ってきたコン太に、鋭い視線で見つめられて、ポン太は、誤魔化しに、ははは、と笑って言った。
「コン太も頭いいのな?」
「・・・ーーオレ・・・・・・頭はいいよ」
結構ためて言ったので、なにを言うのかと思いきや・・・ポン太はガクッとなった。
「・・・いや、自分で言うそれ?
ちょっとは謙遜、しろよ」
「・・・言っとくけど、変身術も、昨日はお前に注目がいってたけど、オレもなかなかうまかった上に、イケメンだったからな、人間の顔」
真面目にそう言うコン太に、思わずポン太は、吹き出した。
「・・・ーーそんなに笑うなよ」
涙を流して笑い続けるポン太に、コン太は困り気味に、そう言った。
ーー教室の隅で、そんな2匹を、じーっと見つめる視線が、あった。
「・・・なぁ、お前がポン太、だよな?転校生の?」
転校してきてから、数日後の放課後、ポン太は、見知らぬたぬきに声をかけられた。
見知らぬ、とは言っても同じクラスなんだろうけど、全員の顔はまだ覚えていない。
「うん、オレがポン太だけど・・・なにか用?」
「うん、大あり」
見知らぬたぬきは、にやり、と笑うと、ポン太をドロン学校の体育館裏に連れていった。
「・・・あのさ、オレ、放課後、ポン助と図書館で課題やる約束してるから早く行かなきゃ、なんだけど?」
「・・・・・・オレはポン太郎っつうんだけどよ。
どーも、お前が気にくわねぇんだわ。
コン太とベタベタしやがって。
たぬきの欠陥品、か?」
ポン太郎のねっとりとした口調に、ポン太はイライラしながらも、大人しく話を聞くことにした。
「・・・お前、きつねとたぬきが仲悪いのは知ってるよなぁ?
そりゃあ、たぬき、だもんな?
なんで、コン太に接近する?
理由次第で、ボコボコにしてやっからな?」
ポン太郎はポキポキ指を鳴らして、そう言った。
「・・・あのさぁー、オ・レ・は、コン太と喋りたいから喋ってるし、仲良くしたいやつと、仲良くする。
そんで・・・お前とは・・・仲良くなりたくねぇな」
ポン太が言った瞬間、ポン太郎のパンチが飛んできた。