異世界から来た人の処理の仕方
異世界から転移してくる人間たちには、共通点が二つある。
一つは、ほとんどの人間が学生であるという事。
もう一つは、この世界に間違ってやってきてしまうという事だ。
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異世界事務局。人事部。600番室。
「はじめまして。僕はシュウ・ウィルラントと申します。今回、貴方の担当としてやって来ました」
よろしくお願いします。
と、仕事用の発言をしながら頭を下げる。
木製のテーブルを挟んで僕の目の前に居るのは、僕が住むこの世界"ヴェルリード"に迷い込んでしまった異世界の人。名前は松原隼斗。確か"こーこーにねんせー"って資料には書いてあった。
眼鏡を掛けた金髪の青年で、異世界人の特徴である(僕らは民族衣装と呼ぶ)【制服】という名の鎧を身に纏っている。
松原くんは丁寧に頭を下げる僕を見つめて眉を下げ、何か何だかわからないと言いたそうな表情を浮かべていた。
「それで、松原くんはどうしてここに来てしまったの?」
「あ、えと…」
僕の質問に、松原くんは言葉を詰まらせる。
異世界人の特徴として、此方の世界に転移してしまった最初の数時間は頭が混濁し、上手く喋る事が出来ない。これは仕方がない。転移する際に頭の中のメモリーを一度消去されてしまっているから。
どうして消去する必要があるのかはまったくわからないけど、聞いた話によると、その消去した頭の中にこの世界の過去の記憶を埋め込む必要があるためだ…とかなんとか。
聞いてみてもさっぱりわからない。
「えと、…授業が終わって学校から帰ってる途中、突然声が聞こえて。それで、ここに」
「…………」
ふむ。なるほど。
異世界から来た人が、ほぼ100%の確率で言う台詞だ。耳にタコが出来そうな程に言われた言葉を聞いて僕は頷く。
テーブルの上に置いてあるファイルを開いて中に挟んである紙を見れば、その紙には松原くんの名前と年齢が書かれていた。
「あの、…俺は帰れるんですか?」
「帰りたいんですか?」
「!、あ、当たり前ですよ!こんなわけのわからん場所に連れてこられて"帰りたくない"って言う方がおかしいです!」
松原くんは、叫ぶ。
それを聞いて、僕はちょっと感心してしまった。
松原くんみたいなタイプは珍しい。
この世界に来てしまった大抵の異世界人は、ほとんどが自分が居た異世界には帰る事なく、この異世界に移住する事を選ぶからだ。
理由は、此方の世界はあっちの世界よりも楽しそうだから。
これもよく聞く台詞だけど、移住する理由を楽しい楽しくないで決めて大丈夫なの?
「…どうして帰りたいんですか?」
「どうしてって。…そりゃ、まだまだやりたい事とかありますし。買ったばっかでまだやってないゲームとかもありますし。両親とかも、心配してるでしょうし」
「…………」
声が、だんだんと小さくなっていく松原くん。
ファイルを閉じて、松原くんの顔を見た。
その顔は不安そうに歪んでいる。
「まぁ、帰れない事もないですよ」
「!。本当ですか!?」
「ええ。松原くんが帰りたいと強く思っていれば、ちゃんと帰る事はできます」
「………。……はあぁ~」
口元を緩ませながら笑い、僕は言う。
それを聞いた松原くんは、座っているパイプ椅子の背もたれに背中を預けて身体をだらけされた。緊張の糸が解けたみたいだ。
「良かったぁ、マジで。このまま帰れなかったらどうしようかと」
本当に安心したみたいで、天井を見つめている表情はこれでもかって程に緩んでいる。松原くんみたいなタイプはやはり珍しい。
そう思いながら、僕はファイルをテーブルの端っこに追いやって、足元に置いてある箱の中から20cmくらいの土人形を取り出した。
その土人形は人の形をしていた。
土人形の背中に付いた小さなスイッチを押すと、土人形はひとりでに動き出してその場に立ち上がる。
見ると、両手を上げてアピールをしている土人形を見て、松原くんは目を見開いていた。
「な、なんだこれ?」
「土人形です。松原くん仕様に作っておきました」
「…俺仕様?」
「これからの松原くんには必要不可欠なので。あ、決して壊さないでくださいね。…まぁ、絶対に壊れないように細工はしてありますが。万が一ってのもありますし」
「はぁ…」
言うと、土人形はその場でぴょんぴょんと跳ねる。
土人形は作る人によって形が違っていて、僕の場合は人形で作られる事が多い。
前に一度だけ鼠形の土人形が出来た事があったけど、あの人形は本当に気持ち悪かった。二度とあんなのは作りたくない。
「…俺、こういう形をしたクッキー食べたことあります。バニラ味の」
[!?]
「食べないでくださいね」
眉を下げて、僕は笑う。
そして土人形が松原くんの腕に抱き付いて、小さく声を上げる。
聞き取る事は出来ないけど、声と一緒に手も動かしてくれているのでさっぱりわからないという事はない。
「……………」
不安そうな表情を浮かべて、松原くんが僕を見ている。
僕は、足元に置いてある箱から武器を取り出して立ち上がった。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「?。行く…って、何処へ?」
松原くんが首を傾げて聞いてくる。
むふふ。と、笑って僕は手にした武器を片手でくるりと回した。
+
「着きましたよ」
「……?」
異世界事務局から離れて30分。
僕と松原くんは、鬱蒼とした森の中へとやって来ていた。
道無き道を進み続けて、武器を振り回しながら目の前の邪魔な蔦や草を斬っていく。そうして辿り着いた場所に僕たちの求めるものはあった。
「……着きました、って。何もないですけど」
キョロキョロと辺りを見渡して松原くんは言う。土人形も彼と同じ動きをしていた。
いや、君は知っているだろう。とツッコミをいれたい所だけど、松原くんの行動にもシンクロするように細工したからこれは仕方がない。
「下を見てください。下」
「下?」
言われて、松原くんは自分の足元に目を向ける。するとそこにあったのはマンホールだった。人一人がギリギリ入れるくらいの大きさのマンホール。
ちょうど松原くんの真下にあったため、松原くんはビックリしてマンホールから飛び退いた。
「うわっ、…マンホール?」
「松原くんの世界じゃ何処にでもありますよね。…今からその中に入りますので」
「…え?」
マンホールの蓋に手を掛けて、ゴゴゴと音を立てながらそれを退かす。蓋を退かすとそこに下に通じる梯子が現れた。
梯子を見ると松原くんの腕に抱き付いていた土人形がぴょんと飛んでマンホールの中へ落ちていく。一瞬で見えなくなった土人形に目を見開いて、松原くんは声を上げた。
「ちょ、土人形行っちゃいましたけど!?」
「大丈夫です。言ったでしょ?絶対壊れないって。下に降りればちゃんと居ますよ」
安心してください。
そう言って、僕は笑う。
マンホールの中へと消えていった土人形が心配なのか、またしても松原くんは眉を下げて不安そうな表情を浮かべていた。
「さて、梯子を降りる前に、松原くんにはこれを渡しておきます」
「?」
服のポケットに手を入れて、とある物を松原くんに渡す。渡された物を見つめて、松原くんは頭に"?"を浮かべた。
松原くんに渡したのは薄いピンク色の小さなクリスタル。クリスタルの真ん中付近には文字が刻まれていた。
"これは何ですか?"と聞かれたので"松原くん専用の武器です"と答える。
「俺専用の武器?これがですか?」
「必要な時が来ればちゃんと使い方を教えますよ。…あ、あと、これからは僕たちは仲間なので、敬語はお互いに無しで」
梯子を降りた先には何があるのかわからないから警戒はしておいて損はない。何事もなく松原くんを異世界へ帰してあげられればそれはそれで楽なんだけど、そうもいかないのが異世界のルールなんだよね…残念ながら。
帰りたいって言ってるんだからこんな意地悪せずに素直に帰してあげればいいのに。と、毎回思っています。
「……、あー。…この梯子を降りてった先には何があるんですか?」
「敬語」
「あ。…えっと、この先には、何があるんだ?」
梯子を降りていった先には何があるのか。
その疑問を聞いて、僕は顎に手を添える。
「それが、僕にもわからないんだよね」
「……………は?」
「この中は特殊な空間になってるんだ。ここは異世界と異世界を繋いでる境界だから、迂闊に人が出入りできないように結界を張っててさ。入る度に空間が自動的に形を変えるようになってるからなんとも言えないんだよね」
「……あー、…と、自動生成ダンジョン、みたいな感じ?」
「ん?」
自動生成ダンジョンって何。
「…うん。まぁ、そんな感じ…かな?」
よくわからないけど、でも今の説明で伝わってるみたいなので多分その解釈でいいです。
「あと一つ。松原くんに約束」
「ん?」
「梯子を降りたら、絶対に"異世界に帰る"っていう考えを曲げちゃ駄目だよ」
「え?」
「もし途中で"やっぱり帰りたくない"って思っちゃったら重い天罰を喰らうからね」
「…………」
そう言うけど、天罰がなんなのかはわからない。誰も見た事がなくて、前例もないから。
ただそう言われているだけで、天罰なんてないのかもって噂があるけど、マニュアルに書いてあるし、一応は言っておかないと。
「…ああ。大丈夫。帰りたくないなんて思わないよ」
松原くんは言う。彼の意志は硬そうだ。
表情からも伝わってくる。
これなら大丈夫かな。
そして、僕と松原くんは梯子を降りてマンホールの中へ。
梯子を降りていった先にあるのは、まだ誰も知らない未知の世界。
僕たちはそこでとんでもなく大変な旅を強いられる事になるんだけど、たぶんそれは誰にも語られる事はないだろう。
この旅を終えてからの松原くんの行方については、僕は知らされていない。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
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