9話・『少女』と『願い』(下)
「なんだよ」
「ねぇ、どうしてあなたは思考がこんなにクリアなの?」
「どういう意味だ」
「精神分裂の逃避人格って、もっといびつなのよ。それに、マスター人格を嫌悪していることも多いわ。なのに貴女は…」
「…なぁ、フィールドマン女史、もしも、もしもだ、仮定の話だが…」
「…その、二型魔力炉は、どうしても人の器じゃ受け入れられないの。本来なら、いくら調整したって無理なものは無理なのよ」
「だがこの子は生きてる。なぁ、もし、だ。もし第三のアストラル体をキャパシティベースにしたなら…」
「嘘…構成陣のあるセクターと地脈が繋がって…こんなの、成功する筈無いのに…」
「そうか、通りでなぁ…」
「じゃあ、貴方は、」
「そこまでだレディ。俺は逃避人格。それが一番この子にとって都合が良い」
「だからって…」
「優しいのも考えもんだぜキャスディ。それより気になることがあるんだが…」
「…ええ、そうね。わかったわ。……ねぇ、貴方の本当の名前、」
「キャスディ、俺の事は深く考えるな。いつかは消えるものだ。あんたにはこの子をお願いしなくちゃならねぇんだからよ…」
「そん、なのって…ううん、わかったわ。そう、おそらく、その白い空間は…」
「貴方自身よ」
なぁ『 』、確かにお袋さんには会えないかも知れねぇ。でもよ、もっと世界を見てみねぇか?きっとこんな糞みてぇなもんばかりじゃない筈さ。
なぁ…『 』どうしても、なのか。
だからってよ、良いことだってきっと…
少女の姿を二十年程早送りしたような姿。
こんな美人さんを実験の材料にしたのかい、やつらは。
白い空間で女性が一人、その手を握っている少女が一人。
この場所ならなんだって出来る。『対価』が必要なだけで…
少女が笑顔を見せてくれた。
嬉しいが、少し悲しい。
彼女は諦めてしまった。
殻に入ったまま、自ら糧となる道を選んだ。
未来に希望はないから。
現実に未練がないから。
魔術師とはなんなんだ?
少女にこんな酷な未来を押し付ける権利があるのか。
俺には分からない。
ただ、この子に未来があることを願うばかりだ。
彼女が女性に抱きつく。
外見は母親に似せたが、中身は伽藍堂だ。
加工に耐えきれなかった。
あの子もそれは分かっていると言うのに…
ここまで純粋な笑みを浮かべられるのか。
『ありがとう』
それはこちらの台詞だ。
人の可能性を見せて貰った。
次はもっと、良い人生を送れるように祈っておくよ。
あの子が笑って手を振っている。
その隣で母親が会釈をした。
最後の最後に、魔法の可能性を見るとはな。
キャスディの話では、この白い世界は世界間を通った俺の内包するアストラル領域らしい。
この領域があったからこそ、あの子は魔力炉を受け止められた。
通常なら地脈と同期しているアストラル体を人体にぶちこめば、一瞬で当人の霊核が消し飛ぶらしいが、そこはそのアストラル体自身が宿主を尊重するから何とか奇跡的なバランスで調和したと。
ぶっちゃけ、あの科学者連中の調整はあんまり意味なかったな…
あの少女の心の強さが、俺との奇跡的な共存を可能にしていた…
今はもう見る影もなく。ゆっくりと、空へと向かって金色の雪が還るように。
そう。相克によって成り立っていたこの世界は、宿主が諦めればそこで終わる………
………筈だった。
「キャスディ」
「あな………た………ぶ」
もう長くはあるまい。
美しかった銀髪も。
感情豊かだったかんばせも。
見る影はない。
右手と体幹以外は何処かへ行ったようで。
ここまで損壊してしまうと、もはやどうにもならん。
「……ん……さ」
「もうしゃべるな」
涙を浮かべながら、しかしその目はもう何も写してはいない。
高温に照射されたのか白く濁っていた。
辺りを見回す。かつて施設だった一帯は、今は瓦礫の山だ。
不思議と、なんの感慨も浮かばない。
この世界に来てはじめての空だと言うのに。
「………」
そうか。
もういい。
休め。
最後まで、最後まで泣きながら『ごめんなさい』と言う彼女が。
そんな彼女が静かになるまで、俺は優しく見守ったのだった。
「これ、は、どういう事だ?」
「おん?あんたは誰だ?」
「子供!?ここは何なんだ…君、名前は?」
「俺?いや、私か…私はな、」
『妖精さん、わたしはね『 』っていうの!』
「『ノール』、そう、確か、そんな名だ…」
シリアスさんはこれで当分さいならー