7話・私の理由
夜にもう一つ投下します。
結局、なんとかごねてマスターにはショットグラス一杯分を出して貰った。
カウンターに座り、隣には昔部下だった男。
この店、良い雰囲気だ。
店の中まで匂いも来ていない。何かしらの結界か?
私はショットグラスを掴むと、一気にそれを呷った。
これは…蒸留酒の、結構良いやつ?
いかん、貧乏舌がバレる…
「隊長、高い酒の味分からんでしょ。度数が高ければ旨いと思ってるって、サレル曹長が言ってましたよ」
るセェ!少しは配慮しろ!
隣の男を睨むが、肩をすくませて流された。
むかしっから皆にいじられちまう。威厳の有る隊長だったと思うんだがなぁ…
「あんたは…」
ん?
目の前のマスターが緊張した姿で私を睨んでいた。
どうした?
まるで私のコップに毒でも入っていた様な顔をして。
「俺が、毒を入れるとは思わなかったのか…っ」
あん?
あぁ、そうか、そうだな。
その可能性もあるのか。
そうだもんな。いやはや、危機感が薄くなっちまって、困るねぇ。
たとえ危機じゃなかったとしても。
想定はしなきゃなぁ…
「マスター、気にしないでいいっすよ。この人、あんま考えてないでしょうから。ほら、こうして難しい顔してますけど、多分大したこと考えてないですよ」
「あぁん?」
このクロゴキブリ、喧嘩売っとんのか?
「じゃあ難しい顔して、なに考えてたんです?」
そこはお前ほら、そう、あれよ…
「マスターに指摘されて、あ、そうか、って程度でしょう?」
「お前エスパーかよ…」
「その意味分かんない言葉で誤魔化すのなんなんすか?」
うっせ。
うっせ。
「マスター、もう一杯」
私の勢いに押されてか、マスターが普通にもう一杯用意してくれる。
よっしゃ。流れで言ってみるもんだな…
「はぁ、隊長、結局何しに来たんです?」
「おん?」
呆れた、と言う感じの体で、ドルクが私に問いかけた。
何でそんなに疲れた風なんだ?
「薄々分かってるんでしょ?ここが結社の活動拠点だって」
「ドルク」
ぶっちゃけるドルクに、マスターが制止を掛ける。
まぁ、明言したらビックリするわな。私は気にせんけど。
「まぁ、それはいいとして」
「いいんだ…」
マスターがキャラ崩壊してるよ。
遊び過ぎたかな?
「お前に聞きたいことが出来てな」
「俺に?」
そこでカウンターに持たれ掛けていた体を起こし、ドルクへと向けた。
きちんと話すと言う意思表示を彼も受け取ったのか、真っ直ぐこちらに視線を送ってきた。
「先日、デモ隊に軍人崩れが発砲する事件があっただろう」
「っ」
「はい、俺も聞いてますけど…マスター?」
悪手だなぁ。それは知ってるって言ってるようなもんじゃねぇか…
「犯人の男は北部組の、それも元クラスカ配備兵だったんだとよ」
「それは…よく警官隊が対処出来ましたね…」
ドルクの眉間にシワがよっていく。徐々に深くなっていくそれを見るに、何となく話の流れが分かってきたか?
「まぁ、普通じゃ無理だろう。なんせ、一息で5発を撃ちきれる強兵だ」
「…」
ドルクは黙ったが、私は話を続ける。
「そんな前線兵が、乱射事件に使ったライフルは、フスコの5.22だった」
「5.22なら首都じゃ珍しくないですよ?」
「ファーストロッドでもか?」
「!?」
ファーストロッド。
そのまま、初期生産品と言うことだ。
確かに5.22ミリは戦場で火力不足だった。
だかそれは戦争中期からの話だ。
南部の同盟国では、生産能力が脆弱で旧型の5.22ミリを使うライフルが製造され続けた。故に戦場の、重要度の低い地域で流通し続いてたって話に終わるだけなんだが…
銃ってもんは消耗品だ。
いくら頑丈に作っても、どんなに大事に扱っても、1万発も撃てばまともに使えなくなる。
前線では常に新品の銃が使い潰され、消費されていった。
前線じゃ5.22ミリは力不足だったが、南方戦じゃ現役だった筈だ。ファーストロッドがまともな状態で残ってる筈がねぇ。
ただ一つの可能性を除いて、な。
「形見分け品、ですか」
「たぶんな」
戦場では死体が残らんことも珍しくない。
バラバラになって、空の棺で返すことも、よくあるんだ。
だから、そいつが使っていた銃を、代わりに家族に送ることがある。
戦争初期なら、ファーストロッドがまだ現役の頃なら、状態の良いライフルが残っていても、不思議じゃねぇ。
疑問なのは、何であの男がその形見を凶器に選んだのかってことだ。
計画的にやるにはお粗末すぎる。
どう見ても衝動的だ。しかも最初は勢いに任せたとしても、後半は罪の無い一般人や警官に発砲するのを躊躇ってやがった。
気質が善性に寄ってる、そんな人間がなぜあんなことをした…?
「我々の中に、煽った者がいる、と?」
「可能性があるとしたらな。だから聞きに来たんだ」
ドルクが押し黙る。
マスターはさっきからピりビリしている。
そして部屋の外では、銃を構えた者達が息を潜めている。
「もし我々の中に、居たとしたら。どうするんです?」
「どうするって、そりゃ、お前…」
ふと考えてみるが、私自身は特になにか咎めるつもりは無かった。
確かに騒ぎは起こした、が…実行犯はもう死んじまった。こいつらとっちめても、敵討ちにもなりゃしねぇ。
「特になにかするつもりはねぇな」
「はぁ?……じゃあ何で探してるんです?」
あぁ、そうか。やっぱり考えるの苦手だわ。
最初からやりたいことは分かっていたんだが、どうにも余計な感情で見えなくなっていたようだ。
「あの男の覚悟を見たときにな、思い出しちまった」
「…何をです?」
「まぁ…昔の話さ」
昔も昔、私が兵士になる前の話さ。
戦争が狂わせた、魔術の光に焼かれた連中と。
それでも狂うことが出来ず、ただ泣いていた者達の生き様。
覚悟を決めた魔術師の在り方は美しい。
戦場で麻痺していたな。
自らの死を覚悟してなお死に向かって抗う眼。
同朋のために己の命を差し出した者の眼。
それらに曝されて、長いこと忘れちまっていた。
戦争が終わって、漸く理解できた。
日常を謳歌する者達の中に在って、初めて異常と理解できたのかもしれん。
だからこそ。戦後の、この平和な世の中でもなおその瞳を宿せる者達の可能性を。
「私は…見極めたいんだろうな」
「何をっすか?」
私の気配が緩んだのを感じ取ったのだろう。ドルクも肩の力を抜いたのが分かった。
外の連中は逆にタイミングを計ってきたが…余計なことはしてほしくないんだがなぁ…
「お前達には、理想があるんだろう?」
「…まぁ、そうですね」
外の、指揮官のような男が身動ぐのが分かる。
実際、お前達から熱意を感じるんだ。自分のためじゃない、散っていった者達のために、自分の信じるもののためにってな。
「大佐殿も、どうやら目指す理想があるそうだ」
「あの人は…ええ、この国じゃ、ずいぶんまともな人ですよね」
そうだな。
お前達とやり方は違えど、目指す方向は同じ気がするぜ。
あぁ、だがな。
「私はな、おまえたちの理想に興味など無い」
宣言するように。宣告するように。
記憶しておけ。私が居るってことをな。
滾らせた魔力は波動となって辺りに撒き散らされる。
私を確保しようとしたか、それとも殺そうとしたか?
攻撃すればもう黙っては居られんぞ。
未遂と既遂は扱いが違うからな。私がやると決めて、出来なかった事は、まぁ殆んど無い。
魔力の方は死なねぇ程度に抑えてやるさ。外の連中も…死ぬよりは良いだろ。
周囲の空間が魔力によって軋む。
それに馴れていない者にとっては、息すら困難になる程に。
魔力の奔流が、魂を締め付けるようだった。
昔から、いや、この世界で生まれた時から。常々思っていたんだったな…
私はお前ら『結社』も、大佐の信じる『協会』も。
お前らの理想にも興味はない。
だが、夢想した光景はきっと、同じものなのだと。
その行動の原点はおそらく、同じなのだ。
『 』がついぞ叶えられなかった、小さな幸せ。
本来、人の理想や希望ってやつは信頼が置けない。
人を最も殺すのは、いつの時代も人の命よりも価値がある理想って相場が決まってるからな。
だが、ひたむきに何かを信じて進むものは、時として人の身を越えた結果をもたらす事がある。
こいつらの眼は、そんな連中に重なるモノを秘めていた。
魔術師の、魔術を扱う者の可能性。
魔術師が造り出す未来とは。
…魔術師と同じ願いが求めた先に在るものとは。
「私に見極めさせてくれ」
「なに…をっ」
私と戦場を共にした男でも辛いと見える。
感情が高ぶり過ぎてるか?自己統制しなければな。
久しぶりに、懐かしいモノを思い出した。
私を、私達の在り方を壊したこの世界が…
「人には過ぎた力なのかもしれん」
「人の未来を照らす力とも言える」
「魔術師、と謂う人種が」
「世界に必要なのか。どんな未来を描くのか」
私達を壊した魔術師という人種が、その存在にどの様な結末を迎えるのか。
「見極めさせてくれよ」
一緒に見届けようぜ、『 』