5話・帰還兵
久しぶりの投稿でつ。
筆が乗ったので2、3話は続きそう…
「はぁ」
先ほど近くの古本屋で購入した文学小説を開きながらも、内容が頭に入ってこない事に少し苛立つ。
小説を閉じ、煙草に火をつけた。
先日、大佐の、いや少将殿の話した内容が思い出される。
『魔術師協会』、ね。
戦時も考えることは多かった。
しかし、どちらかと言えば行動ありきで、即断即決が生き残る秘訣であったように思う。
故に、この様に得体の無い思考はどうにも脳が腐っていく感覚を覚えてしまった。
いやぁダメだな、昔はこうじゃなかった筈なんだけどねぇ。
というか、上層部の連中はこれを繰り返したから脳が腐ったんじゃなかろうか…
ま、干渉する気の無い私が考えたところで、鐚一文も得にはなりゃしないか。
「っふぅぅ…」
濁った思考を煙と共に追い出す。
思考ルーティンの一つで、迷ったときは取り合えず一旦頭のなかをまっ更にする。その時の定型だった。
ふと視線を巡らせば、簡易テーブルの上には本日の監査指示書が目に入った。
指示書。そう、実は今、私は仕事中なんだ。
本日、私はこのオルレアン首都カークナスの一角で行われている、デモの警備に駆り出されている。
とは言っても私がすることはない。
なんせ、私の所属する本庁警備部の人間は、基本的に軍人との折衝の為に配置される。
つまり、この現場に軍人は私しか居らんのだから、無用の長物も甚だしい、と。
しかもこのデモ、デモとなっているが得に危険もない。
デモ自体は連日行われているし、申請すれば誰でも行える。
そして、このデモの主導者は、貴族の民間下請け業者である。対象は首都民政部。
首都民政部とは、首都カークナスに本拠を構える民間企業を統制するために設置された部署だ。
基本的には平民による平民のための部署になる。
貴族出身者が居ない訳じゃないと思うが、役割としては平民からのサンドバックだからな…
マトモな貴族は居ないと思う。
こうやって定期的にデモをやって、『この首都の不況は首都民政部の怠慢によるものである!』ってな感じて平民の不満をぶつける対象にしているわけだなぁ。
私は軍にいて多少賢しくなったが、色々な経験に乏しい下級軍人や、生まれも育ちも首都の平民は上からの情報を鵜呑みにするしかない。
インターネットなど無い時代、与えられた情報が全てなのだ。
それを貴族連中も分かっているから、こんな生産性の無いデモが繰り返される。
だからと言って現状を改善したいとも思わんがな。
寄らば大樹の陰。権力側にいるなら、楽な仕事で食う飯は旨いぜ…
ふん、それに首都の連中は地方を犠牲にして飯食ってたんだ。何百分の一でも良いから味わえば良いさ…
しかし暇だな。
買った小説もつまらなすぎて妙なこと考えちまうし、こりゃ暇潰しのアイテム探さないとなぁ…
話し相手でもいりゃ良いんだが。私が挨拶した警察の現場責任者やその回りの連中の顔色を見るに、私からは近付かん方がよさそうだ…あんなに怖がられるとは思わなんだ。
私だって傷付くんだぞぅ。
と、本日6本目の煙草に火をつけたタイミングだった。
私の高感度の聴覚に、わずかに聞こえた悲鳴。
そして間を置かず響き渡る銃声。
「フスコの5.22ミリか?」
本来はミリではなく『カント』なんだが、まぁサイズは変わらん。
フスコ社製5.22ミリボルトアクション式ライフル。
前線じゃ口径不足で国内の治安維持用に回された不遇のライフルだっか。
訓練でよう使ったから音も覚えてる。
しかし…警察が群衆に発砲したにしては、いきなり過ぎる。
群衆が熱狂しすぎて、鎮圧のために威嚇射撃をするなら流れとしても分かるが、だとしたら銃声前が静かすぎた…
今は騒がしいが、これはどちらかと言うと発砲によって引き起こされた混乱の体だ。
気になったので取り合えずテントの外に出ることにした。
目に入った光景は、逃げる群衆と倒れ伏す民間人、そして物陰に隠れる警察官であった。
「おい、これはどうした」
私は近くに居た若い警官に問いかけた。
ずいぶんと息を荒らげているが…新人か?
「へっ!?へ?あ、ちゅ、中尉殿ですか!?」
「おーぅ落ち着けー?そうだその中尉殿だぞ?つか見る限り発砲した奴が見当たらんが…何があった」
落ち着けるようにおどけて言うが、実戦を知らん世代はこんなもんか?
『あの、あの』と繰り返す壊れたラジカセになった新人警官の扱いに困っていると。
「中尉殿、宜しいですか」
後ろの方から近付いていた熟年の警官が声をかけてきた。
おい…戦場に近い空気になっている場で、軍人に後ろから近づく奴があるかよ…
知らんのだろうけどさ。私だから良いが、あぶねぇぞ?
「おう、どうした」
「はっ、先程、デモ隊に向かって男が発砲する事件が起きました」
まぁ、予想通りだな。
にしては?
『男』と表するなら個人だろう。
ならば対処は難しくない筈だ。
しかし体制は厳戒のまま、ということは?
「犯人は軍人か」
「お、おそらく…」
軍にいて、生き残った連中は決して弱くない。
私の居た魔導師団は精鋭中の精鋭だったという自負があるが、それ以外の一般的な軍人も、ただの人間ではない。
戦場と言う極限下では、人間の素の力が試される。
要は生き残った連中は、大なり小なり魔力を扱う術を身に付けている可能性がある、ってことだ。
もちろんそっちの才能が無い奴もいるが、今回はそうじゃなかったみたいだな…
とは言え、5.22ミリを防ぐ魔力防壁は作れても、被害が思ったより広がってねぇのは本人が躊躇っているか、能力が足りねぇか、能力の使い方を知らねぇかのどれかだ。対処は難しくない。
「どこだ」
「は、いえ、しかし…」
熟年警官が口ごもる。
確かにここで私に何かあったら責任問題になるかもしれんと考えるのも分かるが…
何もおこらんさ。
そして、幕は私が引いてやりたい。
それだけだ。
「貰うぞ」
熟年警官に問うのを諦める。
もう場所は分かっている、形式で問うただけなんだがなぁ…分かれと言うのは無理か。
武器として、今だ震えている新人警官のライフルを取り上げた。
握りが甘かったので、音もなく手にしたそれを肩に担ぎ、現場へと向かう。後ろで熟年の警官が何かを言っているが、取り合うこともなく歩を進める。
あぁ、そうだな。
「おい、戦場で軍人に後ろから近付くな。死んでも知らんぞ」
これで静かになった。
現場は歩いて5分もしない所に有った。
その間、二発ほど発砲音が聞こえたが、これはおそらく警官のだろう。
男の銃声は?
もう終わったか。
現場についてみると、三人ほど踞っている人影は見えるが、死人は見当たらなかった。
銃、ライフルを持って何かわめいてる男に、囲む警官隊。しかし、警官隊は物陰に必死に身を縮めてる姿が少し滑稽だ。
警官隊の包囲の外から近付いていく。
「あ、危ないぞ!」
「え、ぐ、軍人か?」
男との距離は30メートルほどか。
私に気付くと、目を見開いたあとに殺意マシマシで睨んできた。
そういや今の私の服は警備部の制服で…貴族連中の趣味で作ったような非実戦的なモンだったな。
平民兵にとっちゃ良いマトになる服だわ…こりゃ失念。
「てめぇらが、でめぇらがっ…」
何があったのかは知らんが、余程のことがあったらしい。
この世の全てが憎いみたいなツラしてやがる。
分からんでもないがな。
男が私に向けてライフルを構える。
ブレの無い、洗練された構えだ。
反応の無い私に苛立ったのか何かをわめきながら銃口を突き上げる仕草をした。
これでも撃たないのは、本人の気質か。戦場では…いや、同胞は軽易には撃てんか。
「物陰に隠れなさい!」
「何をしてるんだ!?」
周りの警官隊が鬱陶しいが…今は無視をする。
男に対しては、両手を大楊に広げ、挑発した。
連続した発砲音。
それと同時に私の前面で5発の弾丸が蒸発した。
「!?」
男が息を飲むのが分かった。
全弾を撃ち尽くしたことにより排出されたレースが石畳に跳ねて透き通った音をたてる。
そうか。弾倉には五発残ってたか。
今楽にしてやる。
私はゆっくりと、ボルトハンドルを最後まで引き、押し戻す。
装填されていた未発の弾丸が排莢され、先程の返答のように甲高い音を響かせた。
そしてまたゆっくりと肩に銃床を当て、男の眉間へと狙いを合わせる。
それと同時にライフルへと魔力を通す。これであの男は苦しむこと無く逝けるはずだ。
私の動作に何か感じ入ったものがあったのか。もしくは術式の発露を感じたのか。
男は徐々に目を見開くと、先程とは撃って変わったような表情でこちらを見たのだった。
あれは…何処かで見たことの有る表情だ。
男は、真っ直ぐ、私を見ていた。
「じゃぁな」
響き渡る銃声と共に、私は思い出した。
そうか。
あれは…慈悲の弾丸を願う者の貌、であったな。
本日七本目の煙草に火をつけ、私の中に渦巻く感情と共に、深く、深く吐き出すのだった。
シリアスが少し続くか。
あんまり好きじゃないから気楽な日常系に移行したい…