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3話・情勢は不安定?

ちょっとながめでつ

私の新しい職場は軍令庁舎一階の端の方に在るらしい。


庁舎の総合案内で教えてくれた。


ただ受付の女の子にビビられたのは少しショックだった。

なんでや。私はそんな怖い顔しとるか?


ちょっと顔に傷があって、人様から見たら死んでるような目と表現されるオメメしとるだけや。

ほら、怖くないやろ?


向かいから来た事務の女の子に笑いかけたら、また目を逸らされた。





「ノール・ランディ、只今着任しました」


「ふむ・・・」


新しい職場は、さしてトラブルもなさそうな役所の一部署って雰囲気だなぁ。

部署の正式な名前が、『首都軍令本部付警備監査部』である。

『付』が付いてるのは、この警備監査部って奴が若干浮いてる事の証左みたいなもんだ。働き口確保するために臨時で創られたような部署だものな。



今私の書類を確認してるのは、この警備監査部の部長さんである少佐どのだ。

私の経歴を見て、眉にどんどんシワがよってる。

少々特殊だよなぁ?私の経歴。


「中尉」


「はい」


「私がこの監査部を取り仕切るマーク・スタンリー少佐だ」


「はっ、宜しくお願いします」


スタンリー少佐は渋い顔のまま、再度私の経歴に目を通す。

頭にてをやりながら、確認するように私を見た。


「少将閣下より直接申し付けを貰った時は、どんな人物が来るのかと思ったが。これは本当かね?」


「本当か、とは?経歴のことですか?」


「戦場での現地任官で中尉にまでなったことと、士官教育課程を()()()()()()と言うことだよ」


「ええ、事実です」


まぁ、そこ気になるよなぁ。


今だ特権階級の影響が色濃く残るこの国では、士官は上流階級のものと言う意識がある。

戦争でやむにやまれず、平民にも士官教育課程を解放していたが、戦後の不況で現在は平民がこの課程を受けることが出来なくなっている。


おい共和国ぇ。


「戦場ではともかく、平時で士官課程未修はいささか不味い。少将閣下も把握はしておるだろうが、確認は取っておく」


「ありがとうございます」


スタンリー少佐結構いい人だね。

この人も貴族階級の出身だろうに。


「・・・中尉」


「はい」


「私は最初、君を少将閣下の近習か側付だと思った。ご自身の秘書で取り扱えば良いと思ったよ。だが経歴を見て、君が少将の特記戦力としてこの部署に()()()()のだと把握した。君は理解しているかね?」


少佐ぶっちゃけるなぁ、

この正直さが、この閑職に回された原因かな?

近習か側付って、愛人のことだろ?愛人は愛人らしく秘書にでもしとけよ、と。正直だなぁ。


ただ、特記戦力って、()()()()()

なんか雲行き怪しいな。


「隠された?何からでしょうか?」


「今はそれだけを理解しておきなさい。首都の軍令部と軍監部は少将閣下の手足のようなものだ。それ以外は気にしなくて良い」


「はぁ」


それ以外。つまり軍部は味方だがそれ以外は違う、と。クーデターでもする気か?


「だが、平民出の君は軍内部でもあまり歓迎はされんだろう。出来る限りは配慮するが、困ったときは言いなさい」


「ありがとうございます」


そう認識すると、少佐の優しさにも裏がありそうな気がしてくるよな。


面倒な事にならなければ良いが。






「ふう」


取り敢えず簡単に業務の確認をした後は、腹ごなしに庁舎正面の広場で買い食いでもすることにした。

実はこの庁舎前広場は、ほどよく木々が繁り、木陰にベンチがいくつも完備されていて、事務員や軍令庁舎にきた市民たちのランチスペースとしても活用されてるらしい。事務の女の子談。


出店のホットドッグ屋から割りと大きめのホットドッグを3つほど手に入れると、人の気配が疎らな区画を見つけ、ベンチに腰を下ろした。


ベンチは大柄だが、私自身も割りと筋肉質で大柄なので、適度に背もたれに腕がかかって良い案配だ。


早速ホットドッグの包み紙を剥がし、かじりつく。

細かく刻んだピクルスが旨い。同じく刻んだ玉ねぎと、挟んだソーセージの肉汁が絶妙にマッチしている。

旨い飯は人生を豊かにするなぁ。


と、半分ほど腹に納めたところで、私の座っているベンチに近付いて来る人の気配を感じた。


特に視線はやらず、口の中の食べ残りをついでに買っていた飲み物で喉に流し込む。

ハンカチで口を拭うのと、ベンチの反対側に人が座るのは、大体同時だった。



無言の空気。互いに視線は交わさず、特に意識もしない()()


私は半分になったホットドッグに、かじりついた。


「食うんですかい」


「冷めるだろう」


誰何は無い。

そりゃあそうだ。誰かはわかっている。

なぜここに居るのかはわからんが。


「戻ってきたと聞きました」


「つい先日な」


ホットドッグの残りの欠片を口に放り込み、ハンカチで手を拭きつつ飲み物で口の中を綺麗にする。

残りは話のあとにするか。


「やっぱりまだ中尉なんですねぇ」


「これ以上上がってもな。お前は軍を辞めたのか?」


「あんな経験したら、もう軍にゃ居れません。むしろ、なんで中尉は辞めないんで?」


「辞める理由が無いからなぁ」


「あはは、隊長は変わんないっすねぇ」


「もう隊長じゃねぇよ」


呆れながらも視線をやると、記憶通りの男が目に入る。特に変わってない様だ。いや、血色は良くなったかな?

若い、まだ20代の中頃だった筈だ。

最後に会ったのが半年ほど前だから、この世代はそう変わらんか。


元々顔立ちは良かった。さらに戦場のストレスが無くなった影響か、少々雰囲気が若くなった印象を受ける。


男の持つ黒髪に黒目は、この国では珍しい。

南方の、植民地からの移民がルーツだと昔聞いた気がする。

郷愁を憶えさせる色合いが、私に根拠のない親近感を抱かせていた。


「でも中尉はそれで良いんですか?」


「ん?何がだ?」


「中尉は、支援もなく、十倍の敵に突っ込んでこいと言われて、なんも思わなかったンですか?仲間がどんどん死んでも撤退すら許されず、更には半年間存在を忘れられて、無意味な殺し合いをやらされて、本当に中尉は、なんとも思わず命令に従うんですか?」


あぁ、それか。

こいつの言葉からは、強い負の感情が乗っているのを感じる。

言葉は柔らかく言ってるがな?


この戦争で、軍に限らず上流の、嘗て貴種だった連中は、殆どダメージを受けていない。まぁ士官も一定数戦死したから、全くと言うわけでないけど。

その代わり、平民や移民出身者は数多く死んだ。地方では、徴兵に近い強制的な軍への勧誘も珍しくなかった。仕事をしていない人間を捕まえて、騒乱罪で強制労働所に行くか、入隊するか選ばせる、といった感じで。この男も、それで軍に入った一人だった。


仲間が死に、自らも人生観が変わる様な体験をして、なおその元凶は自分達が勝ち取ったものをただ甘受している。

納得は、難しいわなぁ。



でもなぁ、私にとっては、それは()()()()()()んだよ。悪いけどな。


「戦時中なら、仕方ない」


「!・・・本気で、言ってるんですねぇ」


「ああ。理不尽な扱い()()なら、まだ可愛いもんだ」


「何を云ってるんで?」


「戦争ってのは、人間性とか、倫理観とか、そう言ったものを、正統性ってヤツで投げ棄てれる期間の事だ」


より効率的な魔術師の()()。その上で更なる性能を向上させた魔導師の開発。

子供を『加工』して行われる道徳をかなぐり捨てた研究。その過程で産まれた、人間を原材料とした魔導具の数々。


それらは、戦争だから、戦時中だから赦された。

研究員も、責任者も。その免罪符が有ったからその手を血に汚せたのだ。

あの慟哭を、今でも思い出す。赦してくれと、絞り出した加害者の叫びを。





「私はべつに正義感なんざ持っちゃおらん。ただ、戦争は終わらせにゃ、何も始まらないと、知ってただけさ」


「・・・そうっすか」


納得できないような、分からないでもないような。

私の言葉と自分の感じたことに不満がある、と言った感じか?


「ドルグ」


「・・なんです?」


「お前は軍での経験を、忘れたいのか?」


「それは、分かりませんよ、そんなこと」


不機嫌そうに、切り捨てるように言葉をはく。

言葉を断言しないことこそ、もう答えなのだと、本人すら認めたくないことを証明する様に。


「確かにな、あの戦場では、仲良くなった奴が翌日に死体袋に入ることもあった。被弾した仲間を助けようとしたら衛生兵ごと吹き飛んだこともあったな」


「何を言いたいんで?」


イラついた声で聞いて来た。

解らなくないが、お前ほど私はこの国に期待していなかった。

だからこその今なのかもしれん。




「生き残っただろう、()()()()



「っ」


そう、数多くの仲間と、より多くの敵が死んだ。

だが、私たちは、俺たちは生き残った。

今の私にはそれで十分だ。


「納得しろとは言わん。でもな、生き残ったからこそ次を考えられる。私達は始められる」


「……」


「生き残ったのなら、お前はお前が正しいと思うことをやれば良い。私が、今こうしているように、な」


「……」


何かしたいのだろう?変わった価値観が、お前を焦がしているんだろう?

半年前とは内包する感情のエネルギー量が違う。それがお前を若く見せていたんだな。

何か変えたいのだろう?

納得できない現実(いま)が。今までの経験が見せた、お前の理想との解離に。


だからな、私のような、壊すことしか取り柄の無い過去の異物は置いておけ。

本音を言えば巻き込むな。


「理解してるみたいだな。で、今のお前は()()()()を考えて行動してる。違うか?」


「・・・っくっくっ、やっぱ中尉は隊長だなぁ」


「もう隊長じゃねぇてばよ」


「いや、()()にとっては、あんたはまだ隊長なんですよ」


「あん?」


面倒は御免だぜ?

お前が何をしようとお前の勝手だがよぉ。私にとっては終わったことなんだよ。


「気が変わりました。あんたはそのままが良いんでしょう。イレギュラーの最たるものですからねぇ」


「何の話だ?」


「いえ、気にしないでくださいな。()()()()()()()()()()()()()


「…ふん」


気付いたか。

さっきから周りの空気が変わった。少し気を回せば、軍用コートを着た成りきれてない政務系軍人()()()やら一般人に扮した何かがちらほらと見えるようになってやがる。

中央の、戦争を経験していない連中にしたら、良い動きをする―


「それとも来ますかぃ?」


「やめろ。飯が不味くなる。はよ帰れ」


「くっくっくっ、隊長が敵にならんことを祈りますよ」


「私は面倒は嫌いだ」


のんびり窓際部署でまったり過ごすのだ。平和になったら、歴史美術館の事務でもやりたい。見学に来る子供に、昔語りをして余生を過ごすつもりだ。


間違っても、昔の仲間を狩るような命は受け付けんよ。


例え正式でも、な。



ドルグという男は、フードを深く被ると、中央広場の周囲にある周回道路に近付いた。周回道路には高位軍人を送迎する車や、業者のトラックが通っている。


飛び乗りを警戒したのか、私たちの周りを囲んでいた連中が一斉に行動を開始する、が、


遅い。


ドルグが車に近付くと、ドルグの存在感がボヤける。

追いかけた者達の戸惑いがここからでも感じられる。

車の、あれは業者のトラックか。が、通りすぎた頃には、ドルグの姿は影も形も無くなっていた。



わいわい騒いでいる。

憲兵の姿をしたもの、明らかに高位軍人の成りをしたもの。

私のところにも、憲兵の風体の幾人かが駆けてきて。


「おい、そこの女!」


「まて、こちらに」


「なにがっ」


ん?




「彼女からは私が話を聞こう。君たちは下がりなさい」




また面倒事か寄ってきおってからに。





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