2話・英雄の転職
説明回
揺れる視線、埃っぽい空気。
現状は本を読むには適さない。
それはしゃあないな。なんせ走る軍用車の座席だもの。
サスペンションはギシギシと、快適性よりも頑丈なことが取り柄だと教えてくれている。
読んでいた本を閉じると、脇のバックへ放り込み代わりにタバコの箱を取り出した。
いつからだったか、タバコを吸うようになったのは。
たしかあれは、下半身を飛ばした敵兵の末期の頼みで、タバコを吸わせたのが印象に残ったからだったか。
死の間際まで吸いたくなるほど良いものなのかと、当時は気になったものだ。
結局、敵の兵士に支給されているタバコがやや宜しくないオクスリの類いで、恐怖心が麻痺する依存性の高いものだったと言うオチだったんだが。
それ以来、私も何となく、止め時を見失っているように思う。
実害がないからいいか。
ドライバーの下士官に断り、指先を発熱させてタバコに火を入れる。
最初の一吸い目がなんとも言えん。
埃っぽい空気を押し退けるように、ため息と共に煙を吐き出した。
視線を巡らせば道端には人が溢れている。
しかしこれは活気があっての光景じゃない。
皆、仕事がない、もしくは探している連中だ。
まあなんとも、我が国は只今、大不況中と言う奴なのでね。
戦争があった。
いつ始まったのかは分からない。
いや、私自身の不勉強もあるけど、現代史そのものがまだ整備されてないのも一因だろう。
今、急ピッチで自分達にとって都合の良い歴史を創ってるんだと思うしね。
一応、最前線の国の人間に一度聞いたときは、20年前くらいに最初の衝突があったと言う話だった。
でもその前から敵国さんは他の国ともドンパチをやっていたみたいだから、正確なことが分からないんだと。
私のいる国は直接彼の国と面している訳じゃなかったから、支援のためにも周りの国と同盟を組んで、兵士や物資を送り続けたみたいだな。
兵士や士官の登用を増やし、軍事物資の生産を推奨し、臨時国債を発行し続けた。
20年の月日は、それを当たり前のモノとしたんだな。
そうして、戦争と言う狂乱が終わり、現実に回帰した。
戦時ではない、と言う現実に。
戦争に毒され過ぎたこの国の経済構造は、戦争がなければ成り立たなくなっていた。
軍用車と武器を生産し、兵士を効率的に出荷する体制を整え、他国がそれを受け入れることで成り立っていた経済構造である。
歪だ。
無論、これに危機感を抱いていた人間も上層部には居たそうだ。
意外にも、軍閥系に多く見られたらしい。
いや、軍人は理屈屋が多い。当然なのかもな。
しかしその歪さを是正すること叶わず、そのまま終戦を迎えてしまった。
戦争が終われば軍用車は買われなくなる。
武器も自国で生産できる分で十分だろう。
兵士も、そう多くは要らなくなった。
結果として失業者が増え、仕事が減り、退役軍人が増えて更に仕事にあぶれる人間が大量に生まれたと。
世紀の大不況の完成である。
なんで戦後の経済モデルにパラダイムシフト出来なかったのか、とか、
もっとビジネス対策やり様在るんじゃないの、とか。
思わないでもないけど。
面倒くさいから私は私の与えられた仕事に集中するさ。
あの大佐どのの様に、余計なしがらみまで抱え込むのは勘弁だ。
幸い、私の次の配属先は首都の軍令部と言う由緒正しき高位権力のお膝元の、
警備部と言う窓際部署なのである。
何するのかって?
大佐に聞いた話では、監督をする為の部署らしい。
なんでも、警察や下級軍人だけだと、実務上上級軍人に指示を仰ぐことが出来ないらしい。不敬になるから。
身分社会なんだよね、共和国なのに。
だから、その下級軍人の監督役として、軍令部所属の監督官が付くと。
これは増えすぎた士官を何とかして仕事させようとした泥縄な結果のようにも思えるのだけど。
その辺は闇の中である。
車が軍令部の前についた。
大佐の居るこのデカイ政庁みたいなのか、オルレアン共和国中央軍令庁舎である。
政庁は別のとこにまたデカイのがあるらしい、、、
知らんかった。
軍令部は某国で言えば国防総省みたいなものかな?
某旧海軍のものともちと違う。
もう少し権限は大きそうだ。ある程度の予算請求権を持っているから、既得権益大好きな上流階級の巣窟でもある。
依らば大樹の影、って奴だね。
さて、新しい職場はどんなところかね?
大佐からは必要書類を既に貰っているから、そのまま直接行って構わないそうだけど。
書類は大佐が直接持ってきたよ?
決して手形を取り返しに来た訳じゃないと、思いたい。
遣いすぎて怒られたよ。
あと、修正医療は死ぬほど痛かった。
マジで。