6 母との思い出
〝ティータニア・ローズ〟と名付けられたこの花は、私が長年の月日をかけて生み出した新しい薔薇の品種だ。
この国では妖精女王が愛したという薔薇を国花に定めている。王家の紋章にも使われているほど、薔薇を愛する国なのだ。
そして私の母、シルヴィア妃もまた薔薇を愛する人だった。母はまだ存命の頃、よく西の区画にある大庭園を訪れては薔薇を愛で、手ずから育てていたものだ。
穏やかな陽の光が差し込む温室で、日がな一日薔薇の世話を母と二人でするのが、小さな私は大好きだった。
「あなたのその眼は、この国を作り上げた妖精女王様と同じものよ。偉大なる、私が尊敬してやまないお方。だから私は、あなたのその眼が大好きなの」
そう言って笑った母は、その後続けてこうも言っていた。
「……でも、私のせいであなたは肩身の狭い思いをしている。私に力がないばかりに、あなたをこんなところに閉じ込めてしまった。眼だって本当は祝福されるべきことなのに。……本当にごめんなさい」
妖精を映し出す妖精眼は王家にとっても特別なもの。
妖精から愛された証ともいえるこの眼をもって生まれた私は、第二王女という立場なれど、王位継承権をひっくり返すことも可能だったのだ。
けれど、そうすれば確実に王位継承権を巡って争いが起きる。
ただでさえ王妃殿下との関係は緊張状態にあるのに、これ以上争いの火種を生んではならない。何よりもこの国の平和と繁栄を願っていた母は、私の眼を隠すことを選んだ。
それが現時点での最善と踏んでの行動だった。けれどそれもまた、母の負担になっていたのかもしれない。
薔薇を愛でながらも、どこか物憂げな表情を見せる母を笑顔にしたくて、私は植物研究室の人達に協力してもらい、新しい品種の薔薇を生み出そうとした。母が好きだと言った春色の花を咲かせる薔薇――〝ティータニア・ローズ〟を母にプレゼントしたかったのだ。
妖精眼を持っていたとはいえ、新しい品種を生み出すというのは、なかなかに大変な道のりだった。
薔薇について深く知り、全ての品種の特性を学び、どれとどれを交配すれば花の色が変わるのかを試行錯誤する日々。
その道半ばで母は亡くなってしまったが、どうしても諦められなかった。母の死後も私は地道に研究を続け――ついに私の眼と同じ色の花を生み出すことに成功した。母との思い出が詰まった花だ。少しでも早く見せたくて、私は久しぶりにお墓参りに向かうことにした。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
「はい。私はここにおりますので、戻りましたらお声掛けくださいねー」
「ええ」
にこやかに手を振るニーネに背を向け、新たに『祝福』して咲かせた薔薇の花を持って、私は大庭園の隅にある墓所に来た。大理石で作られた墓石は前に見た時と変わらず存在感を放っている。
平民である母は、王家の墓に入れることを許されなかった。しかし代わりに大庭園の隅に墓を作ることを許され、その中で母は眠っている。
持ってきた薔薇の花束を供えながら、私は母に語りかけた。
「お母様。ついに完成しました。あなたが好きだといった私の眼の色をした薔薇です。名前も、妖精女王から名前をお借りして〝ティータニア・ローズ〟と名付けました。綺麗でしょう?」
物言わぬ墓を見つめながら、にっこりと笑顔を浮かべる。
「それと、私は王国を離れることにしました。アルバートとの婚約がなくなったのです。いい機会ですから、国を出て、様々な見聞を広めたいと思います。私は大丈夫です。一人でもやっていけます。ですから、お母様は安心して見ていてくださいね!」
一息にそう言い切ったその時、一陣の風が私と墓の間を通り抜ける。髪が眼に入りそうになり、慌てて手をかざした私は、不意に視界を過ったモノに驚愕した。
「…………お母、様?」
確かめるように瞬きした途端、その残像は消えてしまった。一瞬の出来事だった。あまりのことに呆然としてしまう。
アレはなんだったのだろう。幻覚だったのか。
しかしあの姿を見た時に、耳に届いたあの声は、確かに亡き母の声だった。
『――シャルル、いつまでもあなたを見守っているわ』
私の空耳だったのかもしれない。都合のいい幻覚を見たのかもしれない。
もしくは悪戯好きな妖精の粋な計らいか。
真実は分からない。だから私は墓を見据え、しっかりと頷いた。
「はい。行ってきます。お母様!」
すぐに踵を返し、歩き出す。決して振り返ったりはしない。私はもう人目を気にして地味に生きる『地味姫』ではない。
もう我慢はしない。誰の目を気にすることもなく、生きるのだ。そのために、まずすべきことは。
温室に戻ってきて早々ニーネを探し、鉢植えの入れ替えをしていた彼女に指示を出す。
「ありったけの〝ティータニア・ローズ〟を準備して頂戴! あと良質のシルクが欲しいからトルーネも呼んで! いいことを思いついたの!」
――どうせこの国を出ていくなら、盛大にやってやろうじゃない!
ある悪巧みを思いついて薄らと口元を歪ませる私を見て、ニーネは非常に困惑した様子でぱちくりと瞬きした。
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