23 新たな決意と……?
連続更新2/2
こちらは2回目の更新になりますので読み飛ばしにご注意ください。
満月の夜から三日後。
私はマクスター領の一番上等な宿の一番上等な部屋の豪華なベッドで、不貞腐れていた。
「はぁ……」
『また溜息ついてる』
ベッドに横たわる私の頬をルツがちょんちょんと前足でつついてくる。その前足を払いのけると、今度は尻尾をパタパタと振ってきた。
「だってあんなに頑張って準備したのにあっさり逃がしちゃったのよ? 結局肝心な情報は何も掴めなかったし……」
『まぁ相手は悪魔だし、誰も怪我しなかったしいいんじゃない? ルクシオとアドリアナも助けられたじゃん』
「それはそうだけど……」
それでもあの悪魔を逃がしてはならなかった。『依頼主』とやらの正体を突き止めて『氷炎舞祭』で何をするつもりなのか聞き出さなければならなかったのに。振り出しに戻ってしまった。
むくれて枕に顔を埋めると、頭にポンポンとルツの尻尾が乗った感触がした。
どうやら慰めてくれているらしい。
「そういえばルツは私と別れた後何してたの? 最後までいなくて、結局戻ってきたのは翌日だったじゃない」
枕から顔を上げて問いかけると、ルツは途端に無言になり、私からつぅーっと目を逸らす。
『んーっと、ちょっと思ったより遠くに飛ばされちゃって。帰ってくるのに手間取ったというか。思わぬ足止め食らってたというか』
「不意打ちとはいえ私とルツを引き離した凄腕の持ち主だものね。ルツでも手間取るほどの相手だったってこと?」
『んー。まぁそんなとこだよ。それよりもさぁ、悪魔が出てきたのはさすがにボクも驚きだよ』
歯切れ悪く返答し、露骨に話題を逸らすルツ。
相変わらず目は左右に泳ぎ、こちらを見ようとしない。
そんなルツの態度に何となく引っ掛かりを覚えたけれど、戻ってこられなかった罪悪感でも覚えているのだろうと締めくくり、ルツの話題に乗ることにする。
「悪魔、ねぇ。厄介なことになったものだわ」
『セインブルクの建国祭で何か企んでるんでしょ? どうする気なのさ?』
「どうするも何も。知ってしまったものは仕方ないじゃない。もちろん行くわよ」
『危ないって知っていながら、行くんだ』
「そりゃあ『氷炎舞祭』を観るの楽しみにしてるんだもの」
あの後、悪魔が消え私が領主に事の顛末を報告する間、フィンは隣でずっと押し黙っていた。難しい表情を浮かべた彼は後始末が終わり次第、すぐに王都に戻らなければならないと言っていた。
セインブルクの記念すべき建国祭に悪事を企むものがいるのだ。すぐにでも国王に報告し、対策を立てる必要がある。休まる暇がない騎士団長殿は今日も後始末に早朝から出ていると聞いた。
「ここでフィンともお別れね」
短い間だったが、色んなことがあったように思う。明日、私もマクスター領を発つつもりだ。
「あの二人、いつまでも幸せでいてくれるといいな」
アドリアナとルクシオ。呪縛から解き放たれた二人は今、鉱山の奥地から繋がった妖精界の片隅で二人で暮らしている。
祝福の妖精魔法を用いれば、妖精に変えられてしまった二人の魂を人間に戻し、天に送ることもできた。一応どうしたいか聞いたが、二人はこのまま妖精として生きる道を選んだ。
二人の希望を聞いて私はルツの協力の元、二人に『妖精女王の祝福』を与えた。 妖精女王の祝福は契約魔法の中でも上級に位置する祝福魔法。
その効果は祝福を受けた主を望んだ姿にすること。
「侯爵令嬢としての務めは果たせませんでしたが、私はこの地を心から愛しています。ですのでこの地を見守るような存在になりたいのです」
アドリアナとルクシオはこの加護によって木の妖精ドリュアスへと姿を変えた。二人は互いに寄り添う木の精として、この地を見守ることを選んだのだ。
『ここは資源にも恵まれているからそうそうドリュアスの宿り木が枯れることはないでしょ。二人は幸せに生きられると思うよ』
鉱山の奥地に建てられた二人の墓には真ん中に小さな樹が新たに植えられた。互いに寄り添うようにして立つその木はドリュアスの宿り木だ。
それは新たな妖精となった二人の新しい姿であり、これからの未来の姿なのかもしれない。
「また二人に会いに来ないとね」
ドリュアスとしてはまだ若い二人の宿り木は小さい。これから豊富なマクスター領の自然の恵みを受けて少しずつ大きくなるだろう。
その成長を次に来る時まで楽しみにしておかねば。
「よーし、そうと決まれば私も早く荷造りしなくちゃ」
『なに急にやる気出してるの』
「んー、なんとなくね!」
まだ何も終わってはいない。
悪魔は逃がしてしまったし、更なる悪意が水面下で動いている。知ってしまった以上、見て見ぬふりもできない。であれば、できることは前に進むのみだ。
目指すはセインブルクの首都シーリャン。
今度こそあの悪魔を追い詰め『依頼主』とやらの目論見も止める。
「明日からまた忙しくなるわね!」
『どうでもいいけど昼寝の邪魔しないでよね……』
窓際に置いたクッションの元へ歩いていくルツを横目に、私は旅支度をするために鞄に荷物を詰め込み始めた。
♪♪
――と、新たに決意していた昨日が私にもありました。
どうもごきげんよう。今日も常夏の国、セインブルクは曇りなき快晴。実に旅立ち日和です。
しかし私は今、宿の部屋で、フィンに詰め寄られています。
「シャルル殿。改めて挨拶したい。まずは非礼を詫びよう。私は君にひとつ嘘をついた。フィン・ルゼインとは仮の名だ。私の本当の名前はフィオン・シルクス・セインブルクという。今日はお願いがあってきた。是非私と一緒に王都シーリャンまで来て欲しいのだが、駄目かい?」
一気にそう言いきったフィンに、私は乾いた笑いをうかべた。
「はは……」
フィオン・シルクス・セインブルク。
名前くらいはティナダリヤ王族の端くれであった私も知っている。
夏の国セインブルクの三人の王子。その中の一人、第二王子にそんな名前の人物がいた。
――いやまさか、そんな、ねぇ。
フィンが高貴な出なのは一目瞭然。けれどまさか王子だなんて思わないじゃない?
…………いや。水竜王と炎竜王の眼を持っている時点で勘づいてはいたけどフィンは何も言わなかったし、私も知らない振りをしていた。
ずっと知らない振りをしていたかった。
「どうかな? シャルル・ロゼッタ・ティナダリヤ嬢。私と一緒にシーリャンまで同行してくれないかな?」
左右で色の違うオッドアイを細め、実ににこやかな笑顔を浮かべて、フィン・ルゼイン第三騎士団長――改めフィオン・シルクス・セインブルク第二王子殿下は改めて私にそう告げるのだった。
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※ドリュアス→英語でドライアド。宿り木を本体とする木の妖精、精霊。




