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22 悪魔

連続更新1/2

 ――悪魔。


 古から伝えられるそれは、()しくも春の国が生まれる原因となった存在でもあった。

 永久(とこしえ)の春の国ティナダリヤができるその更に遥か昔。全てが枯れ果て、死した大地を生み出したのは他ならぬ〝悪魔〟だったと言われている。


 死と硝煙にまみれ、瘴気が覆い尽くした大地に生き残った一人の少女――初代妖精女王(ティターニア)は神が命を賭して滅ぼした悪魔の残滓を妖精魔法を用いて浄化し、春の息吹が廻り、妖精と人間が共存する暖かな国を作り上げた。


 かつて〝悪魔〟によって全てを奪われた彼女だからこそ〝悪魔〟の脅威を誰よりも知っていた。

 妖精女王ルルレットは自らの手記にその存在に関する情報を記し、子孫に警告を遺していた。


『――悪魔は完全に滅び去った訳ではない。光に対する闇があるように、人間が生きている限り悪魔の存在が根源から居なくなることはない。なぜなら悪魔は人間の欲望を糧とするからだ。負が大地を支配する時、彼らは再び地の底から舞い戻ってくるだろう。まだ神と悪魔の戦いは本当の意味で終わってはいないのだ』


 最後にそう締めくくって綴られた彼女の手記をオベウレム城の西の離宮の書庫の片隅で見つけた時から、いずれはこうなる運命だったのかもしれない。

 ついに現れた悪魔を前に私は背中から冷や汗が伝うのを感じつつ、冷静に振る舞う。


「貴方が今回の黒幕ね」

「その通りダ。春の神と妖精の血を継ぐ姫。お会いできて実に光栄だヨ」


 バサリと広げた羽を折りたたみ、一礼する悪魔。

 人間より一回り大きな体躯では細かい動作はしにくいのかどこか(いびつ)で緩慢な動作。しかし口元は相変わらず楽しげに(ゆが)んでおり、何を考えているのかまるで読めない。


()()()から夏の国の都をひとつ潰せと言われ行動していたガ、まさかこんなところで春の国の姫君にお会いできるとハ、僥倖だヨ」

「……そう。私はできることなら会いたくはなかったわね」

「オオ、これはつれなイ」


 悪魔は悲しそうに眉を下げて首を振る。


「サテ、せっかくの計画を台無しにされてしまったわけだガ、私は今、君たちをどうこうする気は別にないヨ。興味本意で出てきただけだからネ」


 かと思うと今度は両手を挙げて首を竦める。わざとらしく、大袈裟に感じる仕草。どうも私の考えを見透かしている。こちらが問うよりも先に姿を現した理由を告げる悪魔に私は心をしっかり保とうとする。


 彼らは人間の心を揺さぶることに長けている。

 その心の隅に隠された欲望を見抜き、契約を持ちかける。そして契約主の願いを叶え、対価として魂を食らうことで悪魔はさらなる力を得るのだ。

 決して隙を見せてはいけない。


「貴方がそのつもりでも、こちらはそうはいかないわね」

「デハ、どうするト?」


 楽しげに尋ねる悪魔に対し、私は声を張り上げた。


「こうするのよ! 『――月よ、惑え(ルナ・ヴェル)!』」


 短い鍵言(かぎごと)を叫んだ途端、一拍おいて夜空に浮かぶ月から光が降り注ぎ、悪魔を囲んだ。月から降り注いだ光は幾重もの帯となって悪魔に絡みつき、その体躯をキリキリと縛りあげる。


 ここで余裕を崩さなかった悪魔がようやく表情を変化させる。拘束を解こうとその手に魔力を宿そうとする。しかし途中で霧散してしまった。それを見て悪魔は驚いて自らの身体を見下ろす。



「まさかこれハ……!」


 思惑通りの展開に今度は私が微笑む番だった。


「――月の涙(ルナティア)。夜に関する妖精魔法の中でも一番強い魔力を帯びた満月の光を用いた最上級封印魔法。予め封印の陣を敷いて、満月になるまでの一週間、祝福の加護を封印の陣に掛けておく。対象を陣に誘き出したら月の光を幻惑魔法で導き、対象を光の帯で拘束する魔法。祝福された月の光は聖なる属性を宿し、その光に包まれた対象は一切の抵抗も許されない。いくら悪魔でも、祝福の加護を受けた聖なる光には勝てないでしょう?」


 月から降り注ぐ光を涙に例えた妖精魔法月の涙(ルナティア)。満月の光を用いた封印の魔法。事前の準備が最も大切な上に、手順が複雑なため滅多に使われない古い妖精魔法だが、その効力は絶大だ。

 黒幕を誘き出すというシンプルな今回の作戦にはもってこいの魔法だった。


 このためにここ一週間、連日徹夜して封印の陣に祝福の加護の魔法を掛け続けた。

 真の黒幕を炙り出すために首なし騎士を封印の陣の近くに留めなければならなかったし、この魔法を悟られないように動かなければならなかった。

 本当にフィンの協力がなければどうなっていたことか。


「貴方を倒す必要はないわ。拘束さえすればあとは聞き出すだけ。さて、吐いてもらおうかしら? 依頼主とは誰? 何が目的でこんなことをしたの?」

「くッ……」

「無駄。簡単に振りほどけると思わないで」


 光の帯に包まれた悪魔は苦悶の表情を浮かべる。

 ここ一週間ありったけの魔力を込めて封印の陣を祝福したのだ。簡単に壊されてたまるものか。


 悪魔はそれでも抵抗したが、聖なる光の帯はますます強固に絡みつくだけで、四肢の動きが封じられていく。

 やがて諦めて溜息をついた悪魔は、疲れた表情でこちらを見上げた。


「……分かっタ。答えてやろウ。依頼主は夏の国のとある高貴な身分の御方ダ。目的は夏の国で行われる()()を壊すコトだと聞いたガ、それ以外は知らなイ」

「儀式……?」

「祭りだとも聞いたナ。竜が舞う祭りだト」


 そこでフィンがハッとした様子で呟く。


「狙いは『氷炎舞祭(ひょうえんぶさい)』か!」


 セインブルクの建国祭。

 反目しあっていた水竜王と炎竜王が互いに手を取り、永遠(とわ)の夏の国の生誕を祝う記念すべき行事だ。その祭りを見るために首都シーリャンには人が多く集まる。そこで大きな騒ぎが起これば大惨事は免れない。


「おい、依頼主は何をするつもりだ。答えろ!」


 フィンが血相を変えて悪魔に詰め寄る。しかし悪魔は意地悪くニタリと笑うだけだった。


「知らないナ。依頼主が命じたことはこの地を穢すことだけダ。どうしても知りたければ、依頼主に聞ケ――マァ、それができればの話だがナ」


 薄気味悪い笑みを浮かべたまま、悪魔はパチンと指を鳴らす。

 するとその身体がぐしゃりと崩れた。


「しまっ……!」


 逃げられる。私は慌てて魔法を紡ごうとする。だが、遅かった。すでに視界のどこにもあの悪魔の姿はなくなっていたのだ。


『――今日はここまでダ。またの機会に遊んでやろウ。次は建国祭カ? 再び会える時を待っているゾ。春の姫君』


 どこかでバサリと羽音が聞こえた気がした。

 誰もが呆然とする中、悪魔は忽然と姿を消した。

 満月の光が差し込む夜の闇の中、去り際にそんな言葉だけを残して。



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