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19 永久(とこしえ)の春の国

 王妃殿下が地面に手を突き、項垂れる。

 いつものような凛とした雰囲気が失われ、覇気のない目で辺りを見回す様子を私はただ静かに眺めた。


 失意に落ちた彼女にかける言葉は浮かばなかった。私が何を言っても今の王妃殿下には伝わらない。私を恨んでいる彼女にはかえって怒りを招くだけだろう。

 静まり返る大広間で誰もが言葉を紡げないでいる中、やがてその姿を見兼ねたのか妖精王オベロンが動いた。


「王妃イザベラは気分が優れないようだ。今はゆっくりと休まれるがよい。部屋に送ってやろう」


 そう言って彼が手を振ると、地面に手をついて呆然としていた王妃の姿が消えた。

 どうやらオベロンが王城にある王妃の私室に彼女を転移させてくれたらしい。


「さぁこれでいい。()()が少しばかり長引いてしまったが、今日は第二王女の誕生を祝う良き日だ。皆で盛大に祝おうじゃないか」


 立ち込めた重苦しい雰囲気を一変させるようにオベロンがそう告げると、周りに群がっていた妖精たちが動き始めた。


 通常は人の目には見えないはずの妖精たち。しかし妖精を写し取る私の妖精眼(グラムサイト)と、妖精王オベロンが降臨したことにより、この大広間には大勢の妖精たちが集まっていた。


 その中心に立ったオベロンが指揮するように手を振ると、妖精たちはそれに合わせて様々な光を放ち始めて――。


「わぁ……!」

「綺麗……!」


 どこからともなく歓声が上がり、それを眺めていた皆から感嘆のため息が漏れる。


 妖精たちはオベロンの意に応じて光を放ち、大広間は一気に幻想的な雰囲気に包まれた。この場に集った数え切れないほどの妖精たちが個々に鮮やかな光を灯し、大広間を照らし出す。


 その光に包まれ、自らも背にある蝶の羽を緩やかに震わせて金の鱗粉を散らせながら、オベロンはゆっくりとこちらを振り返った。


今宵(こよい)新たに現れた可憐な妖精女王(ティータニア)にささやかなプレゼントだ。旅立ちを望む我が末裔の未来が良きものとなるよう祈りを込める」


 そう締めくくって一旦言葉を切ったオベロンは、今度は大広間を一瞥したあと、背にある蝶の羽を震わせてフワリと舞い上がり、こちらを見下ろしてきた。


「……さて。シャルルよ、ティナダリヤの建国当初から受け継がれる(ふる)き約束を果たしてくれた礼もある。そなたの願いをひとつだけ聞こう」


 その言葉に、私はすぐには答えずにただ目を閉じた。


 春の国が生まれた理由。

 それは死に絶えた大地に生き残った唯一の少女が、妖精の王と出会ったことで生まれた(えにし)からもたらされたことに起因する。


 死に絶えた大地を再生させるために春の女神の祝福を受け、妖精王の加護を得た初代妖精女王(ティータニア)――ルルレット・ティニアローズ・ティナダリヤは妖精たちを愛し、また同様に人間を愛していた。


 彼女がこの国を作った理由はただ一つ。

 かつて誰もいない世界に生き残り、孤独に生きた少女はこの地が自然に囲まれ、誰もが笑い合う春のような暖かな国となることを願っていた。人間と妖精が対等な関係で共存する優しい世界を望んだからこそ、この国は誕生したのだ。


 妖精王が見守り、春の息吹が優しく大地を包む永久(とこしえ)の春の国。

 しかし月日が経つに連れてその願いと古の契約は忘れ去られ、人間は妖精を便利な道具として契約で縛り、使役した。

 妖精はそんな人間の(よこしま)な悪意を嫌い、人間に姿を見られることを拒んだ。その結果、両者の間には固く閉ざされた見えない壁が生まれた。


 私は妖精女王(ティータニア)と同じ妖精眼(グラムサイト)を持つものとして、春の国を元の形に戻さなければならない。

 そのために私が望むことはただ一つ。


 目を開けた私はオベロンをしっかりと見据え、口を開く。


「――新しい契約を。妖精王と妖精女王(ティータニア)の血を受け継ぐ王族との加護契約の元、妖精と人間が共存し、関係を今一度築き直すことを私は望みます」


 迷いなく答えた私に、オベロンが真意を求めてこちらを見返してくる。私はその金の視線を正面から受け止めると、彼はやがて満足したかのように優しい笑みを浮かべた。


「よろしい。それでは今ここに、新たな妖精魔法を紡ごう――」


 オベロンが金の羽根を震わせ、大きく舞い上がる。

 それに合わせて彼が掲げ持ったスターサファイアの宝剣が輝き、妖精たちがオベロンを取り囲むようにかしずく。

 その中心で金の鱗粉を全身に纏わせながら、妖精王オベロンは宣言した。


「――ここに新たな契約を。ティナダリヤの繁栄が続く限り、妖精王である(オベロン)はこの地を守護し続ける。我が配下である妖精は人間の()き隣人となり、加護をもたらすだろう。この国において人間と妖精は対等な関係だ。――但し、人間がそれを破った場合、我らは未来永劫この国に再び加護を与えることは決してない!」


 オベロンがそう宣言すると、金色に輝く魔法が構築され、やがてそれはティナダリヤ全域を呑み込む巨大な魔法陣となり、ゆっくりと地に沈んで消えた。


 妖精魔法により強力な『加護』を付与した契約魔法。

 さすがにここまで大掛かりなものは初めて見た。ティナダリヤ全土を巻き込む妖精魔法など聞いたことがない。尋常ではないほどの魔力が使われたはずだ。しかしそれを眉ひとつ動かさず平気な顔で行使したあたり、さすが妖精王と言うべきか。


「さて、こんなところか。これでいいか? シャルルよ」


 スターサファイアの宝剣を鞘に納め、フワリと地に舞い降りてこちらを振り返った妖精王に、私は瞬きをしてから呆然と頷いた。


 一部では(すた)れたとさえ言われる妖精魔法。

 ノイン様から妖精魔法は力あるものが使えば絶大な効果をもたらすものだと聞いていたが、まさかここまで強力なものだったとは。


『ほら、いつまで突っ立ってるのシャル。もう()()はできてるんだよ? ほらこれ!』


 呆気に取られて動けなくなった私をいつの間にか肩に乗っていたルツが頭で小突く。途端に我に返った私はルツが差し出してきた()()を受け取り、こほんと咳払いした。


「えぇと……はい。新たな契約を望む私に応えて下さった妖精王オベロン様にまずは感謝を。そして、その契約への返答として、私からも心ばかりのお返しを致します。――こちらを」


 そう言って私が差し出したのは、ひとつのブーケ。

 繊細なレースが飾られたブーケの主役は今朝芽吹いたばかりの瑞々しい花たち。


 初代妖精女王(ティータニア)が持ち、私に受け継がれた春色の眼と同じ色をした薔薇――ティータニア・ローズのブーケ。

 その中でも綺麗に芽吹いたものだけを選んで作られたそれに、妖精王オベロンは金の目を見開いた。


 驚きを隠しもせずブーケを見つめる妖精王オベロンは、どこか懐かしそうに淡く色づいた薔薇の花弁にそっと手を触れる。


「これは……ルルレットの瞳の色にそっくりだ……」


 かつての妻である妖精女王のことを思い出しているのか、オベロンの目元が柔らかく細められた。


「私が改良を施し新しく生み出した薔薇です。私が受け継いだこの瞳と、薔薇を愛していた私の母、それに初代女王ルルレット様への気持ちを込めて〝ティータニア・ローズ〟と名付けました。この良き日にこれ程相応しい花はないかと存じます。どうぞお受け取りください」

「ああ、ぜひ受け取らせてもらおう。こんなに綺麗な薔薇を見たのは永く生きてきた中でも初めてだよ」


 ブーケを差し出すと、オベロンは嬉しそうに受け取る。ティータニア・ローズの柔らかな花弁が大広間を浮かぶ妖精たちの光に当てられて誇らしそうに輝いた。


 その瞬間――大広間に浮かぶ羽根を持った妖精たちが一斉にティータニア・ローズの花びらを落とした。

 オベロンの金の蝶の羽根から発せられる鱗粉と、ティータニア・ローズの花びらが互いに交じり合い、幻想的な調和が生まれる。


 これぞ私が企んだもうひとつの悪戯(イベント)

 初代のティナダリヤ女王が願っていた妖精と人間の共存する、暖かな春のような世界。そんな夢のような世界は本当の意味では存在し得ないのかもしれない。


 人間はそう簡単に変わる生き物ではない。純粋な心を持つものもいれば、悪意を以て行動するものもいる。王妃殿下が私を憎む心を捨てきれないように、人は変わるのが難しい。もしこの国が悪意に染まりきってしまえば、今度こそ妖精はこの国を去ってしまうだろう。


 しかし、遠い昔。かつてこの国では確かに人間と妖精が共存していたという事実があった。妖精王オベロンと妖精女王(ティータニア)の庇護の元、その世界は実現していたのだ。


 王国を乗っ取ろうとする悪意を排除し、旧き約束を新たな契約に変えた今、春の国がかつてのような姿を取り戻すきっかけとして、これほど相応しい時はない。


 妖精と人間。

 姿形は違えど、どちらもこの世界に生きる種族。互いに尊重し合い、歩み寄ることは可能なはずだ。

 今、目の前に広がる光景がそうであるように。


 絶えず舞い散る金の鱗粉と、薔薇の花びら。

 事態が掴めず最初は呆然としていた今宵招かれた()()も、いつしか歓喜し、大広間中が今度は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。


「種族は違えど、美しいものを美しいと感じる心は同じ。それは妖精も人間も変わらない」


 オベロンがブーケを手にして私の隣に並び立ってふともらした言葉。私はそれに頷いて言葉を続けた。


「だからこそ私たちは共存できるはずなのです。この春の国はそうやって生まれたのだから」


 興奮と喜びに光を放つ妖精と、それらを眺めて歓喜の声をあげる人間。種族が違っても感情を持つ生き物である限り、通じ合う心もまた同じもの。


 こうやって少しずつ分かり合っていけば、共存することも可能なのだと私は信じている。

 王族(にんげん)として生まれ妖精眼(グラムサイト)を持ち、誰よりも妖精を身近な存在として認識してきた私はそうなることを誰よりも願っている。


 いつまでも舞い続ける花びらとそれを見て笑い合う人間と妖精を見て、私はこの国が更なる繁栄を遂げることを心から祈った。


 ――今日からまた、始めよう。

 ここは永久(とこしえ)の春の国、ティナダリヤ。

 妖精と人間が住まい、生命を芽吹く誕生の風に包まれた、常春(とこはる)の国である。




面白いと思ったら評価頂ければ幸いです。




第1章はこれでおわります。

次は閑話を挟んで第2章へ進む予定です。

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