14 宰相ルドガスの醜聞
「なぜそれが……」
膝から崩れ落ち、床にぺたりと座り込んでしまったルドガス。
目線は私が掲げ持つ古びた革表紙の本に釘付けで、顔面は蒼白。これ以上ないくらいに動揺したその姿に、私はこれまでのことを思い、いくらか溜飲が下がった。
立場の低い側妃と、第二王女。私たちの地位が低いことを利用して、この宰相はお母様と私に使われるはずだった資金を横領していた。
いくら私たちの地位が低いと言えど、王の妃とその王女。王族である以上、生活に必要な資金は国庫から提供されていたはずだ。それなのに、私とお母様はいつもギリギリの生活をしていたのだ。
お母様は国王から下賜されるドレスや宝石を必要なもの以外は全て、王城を抜け出し街で売っていた。西の区画の人たちは私たちの境遇を知っていたから、支援をしてくれたおかげで生きてこられた。
本来私たちがここまで困窮することはなかったはずなのに。
ろくな味方のいない王城で、私たちが必死で生きている間にこの男は、私とお母様に充てられるはずだった予算金を奪い、横領していた。
それが何に使われたのかは聞くまでもない。宰相のその立派に肥えた身体を見る限り、よっぽど豪勢な生活をしていたのだろう。
私とお母様を苦しめたあなただけは絶対に許さない。この国の膿は全て吐き出してしまわねばならない。この国のためにも。
全身を震わせ、驚愕の表情を浮かべるルドガスに、私は更なる追い打ちをかける。
「なぜ私が裏帳簿を持っているのか随分と気になさっていますけど、教えて差しあげましょう。シルキーとブラウニーという妖精をご存知ですか?」
ティナダリヤではよく知られるこの二種類の妖精。シルキーもブラウニーもどちらも家憑き妖精と呼ばれ、その名の通り家に取り憑き、家主のいない間に家事をしてくれたり、人間の手助けをしてくれる善き妖精である。
また逆に綺麗に整頓された家は散らかしてしまうという性質もあり、こういう悪戯をするのが玉に瑕だが、基本は大人しい妖精で、ティナダリヤならばどの家庭にも必ずいると言われている。
ミュラン侯爵家にも存在していたこの妖精たちは、私の証拠集めに力を貸してくれた。ミュラン侯爵家の地下室に、金庫に鍵をかけて厳重に封印が施されていたこの証拠を持ってきてくれたのも彼らだ。
この国の妖精たちは悪意さえなければ基本ティナダリヤの民に親切にしてくれる。ましてや私は春色の妖精眼を持つ王族。対価としてお菓子を持っていけば、彼らは喜んで協力してくれた。
妖精、という言葉にルドガスの眉がピクリと反応する。彼は顔を歪ませて、叫んだ。
「妖精などと……そんなことがあってたまるか。そんなまともな証拠もないおとぎ話の存在、私は認めないぞ!!」
彼はティナダリヤの民でありながら、まるで妖精を信じていない。ルドガスにあるのはただの私欲。全てを手に入れたいという汚い欲望。だからこそ妖精はあなたの前には姿を現さないというのに。
「ではあなたの信じられるものを見せるとしましょう。あなたの大好きな証拠と言うやつです」
さらに取り出して見せたのは宰相のこれまでの悪行の数々。国庫の横領に始まり、宝物庫から盗んだ秘宝の密輸、政治の裏取引、数え上げればキリがないこれらの証拠。
異例の早さで出世した彼は、勿論その優秀さで昇進していったのも事実である。しかしその裏で不正な取引を行い、功績の水増しも行っていた。いわゆる賄賂と言うやつだ。
一週間で集められるだけ集めたこの証拠。情報通の風の妖精の力を借りて集めた情報をまとめた書類を前に、彼は今度こそ脱力し、顔を伏せた。
力なく項垂れるルドガスを前に、私は今一度彼を見下ろし、問い詰める。
「これでも言い逃れしますか? 宰相閣下」
「……」
「何も言わないということは、認めるということでよろしいのですね」
ルドガスは認めたくないだろう。彼は慎重で狡猾な人間だ。証拠となるものは裏帳簿以外は全て綺麗に破棄されていた。
しかしここは妖精の国。彼らは人間の善き隣人としてどこにでも存在する。そんな彼らが見守るこの国で、人ならざるものが闊歩するこの国で、悪事を働いたことこそが全ての間違いだったのだ。
もはや言葉を発さないルドガスを無言で見つめたあと、私は王妃殿下と妖精王オベロンへ視線を向ける。
「それでは王妃殿下、妖精王オベロン様。国の頂点とも言えるあなた方に、お願い申し上げます。私はこの国の王女として、宰相ルドガス・ミュランの然るべき処分を要求します」
毅然と顔を上げ、二人へそう進言した。
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