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12 春の国が生まれた意味

 視線を一身に受けながら高らかに宣言した言葉。


「では、私の婚約破棄が本当に正当なものだったのか。そこに動いていた一つの悪意を暴くことに致しましょう。――私とアルバートの婚約破棄は、宰相ルドガス・ミュランが仕組んだ王家への叛逆の意思だったと言うことを!」


 この一言に大広間は一気にざわつき始めた。

 誰もが戸惑いと疑念の表情を浮かべ、私やアルバートを見つめる。私の視界にちらりと見えた彼の姿は、呆然として顔面蒼白になっていた。

 アルバートのこの反応から察するに、やはり彼は何も知らなかったようだ。


 宰相であるルドガス・ミュランは優秀な兄のルーカスのみを優遇し、次男であるアルバートにはろくに目をかけなかったと聞いた。アルバートは素朴で誠実な人柄をしている。母親の優しい性質を受け継いだ彼は、基本人を疑うことをしない。肉親なら尚更、警戒心も薄まる。


 恐らくルドガスはそれを利用し、体のいいあやつり人形にしていたのであろう。

 表向きは今は亡き国王を影から支えた立役者。王家の信頼も厚く、王妃殿下も彼には一目おいている。

 けれど、妖精眼(グラムサイト)を持つ私には彼の本質が見えていた。


 善き隣人である妖精は人の悪意を嫌う。楽しいことや面白いことが大好きな彼らはそれと対になる(よこしま)な負の感情を嫌っているからだ。故に人の悪意には敏感で、悪意を持った人間の前にはまず姿を現さない。そしてその妖精を映す春色の眼を持つ私には人間の悪意も透けて見えるのだ。


 私の言葉と、普段の宰相(ルドガス)の人柄。彼の功績を知る誰もが戸惑い、疑心暗鬼に呑まれる中、件の人物がそれに異を唱えた。


「――言いがかりはよしてもらいましょうか、シャルル殿下。いくら王女殿下(あなた)と言えども、私を侮辱するとあっては、それなりの対処をさせていただきますよ」



 人垣の間を縫い、初老の男性が現れる。

 白髪が混じった茶色の髪を丁寧に後ろに撫で付け、同じ色の瞳に冷徹な光を宿し、たっぷりと膨れたお腹を見せつけるようにふんぞり返って登場したのは、アルバートの父親にして、我が国の宰相ミュラン侯ルドガス。


「私は今は亡き国王陛下の代から王国に仕えております。誰よりも王国の繁栄のために忠義を尽くしてきたつもりです。その私を叛逆者? なんの冗談でしょうか」


 ルドガスは私の目の前に立つと、玉座に座る妖精王オベロンへと視線を向ける。


「それに、ここにおられる御仁は本当にかの『妖精王オベロン』であらせられるのか? あなたの今の姿といい、信じられる証拠は何一つない。聞けばあなたは妖精魔法の使い手だとか。では、これが妖精魔法の幻惑効果で作られた幻という可能性を否定できましょうか?」


 スラスラと反論を並べ立てた宰相の声に、小さく同意の声が上がった。


「そうだよな……宰相殿が国を裏切るはずがない」

「そうよねぇ……妖精は普通私たちには見えないもの……」


 ザワザワと遠慮がちだった声は漣のように伝染し、大きく波紋を広げる。それは無理もないことだった。

 かたや『地味姫』と呼ばれた立場の低い王女。かたや王国の重鎮として名を馳せる忠臣。どちらの発言力が強いかなど比べるまでもない。

 宰相に同意する勢力が増し、勝ち誇ったようにルドガスが下卑た笑みを浮かべる。


 その光景を目の当たりにして、私は悲しみの感情を抑えられなかった。しかしそれは、自分が窮地に追いやられたからではなく、この情景そのものが、この国の今の在り方を示していたからである。


 人間と妖精が共存を始めてから、永久の春の国は確かにより一層の繁栄を遂げた。互いに支え合い、より良い関係を築くことで、それを可能としていた。始めこそ対等な立場であったはずのふたつの種族。だが、いつからかその均衡は崩れ去ってしまった。


 人間は傲慢で怠惰な生き物だ。

 妖精という自然を司る便利な存在を得た彼らは、いつしか妖精を格下の存在として扱うようになった。

 契約で縛り、魔法を行使させ、ただひたすら奉仕させた。


 妖精たちはそんな人間の悪意を嫌うようになり、いつしか彼らの目の前に姿を現さなくなった。

 それでも彼らはこの地を離れることは無かった。それは妖精たちもまた、この春の国を愛していたから。


 春の国を祝福し、豊かな自然を供給してくれる妖精たち(かれら)のことを忘れた王国の人間は、ただ心ゆくままにそれらを享受し、それが当然であるとばかりに生きてきたのだ。


 ――だからこそ、この国からいつしか妖精が見えるもの達が消え、妖精魔法は廃れたのよ。


 春色の眼で妖精を見てきた私だからこそ断言できる。このままではこの国はそう遠くない未来に崩壊する。

 妖精王との契約が残っているからこそ、この国はまだ繁栄を続けていられるのだ。

 彼らは建国史に何を学んだというのか。この国はかつて死に絶えた大地の上に成り立った国だというのに。


 宰相ルドガスの本質は限りなく悪だ。

 彼の目的はこの国を乗っ取ること。ティナダリヤの王族と婚姻を結び、王家に介在する余地をつくる。そうして手練手管で傀儡政権を作りあげ、裏からこの国を牛耳(ぎゅうじ)り、手中に収めるつもりなのだ。


 そうなればこの国は悪意に染まり、悪意を嫌う妖精たちはこの国を去るだろう。妖精たちが消えれば、その永遠の春は失われ、ティナダリヤ(ここ)は再び死に絶えた大地となる。


 私は妖精女王(ティータニア)の血を受け継ぐものとして、断固許すわけにはいかない。

 今一度、この国の在り方を正しき姿に戻すこと。それが私のこの国での最後の役目だ。

 妖精王オベロンが沈黙してこちらを見つめる中、私は顔を上げ、諸悪の根源(ルドガス)妖精眼(グラムサイト)で見据える。


「――宰相ルドガス。身の程を知りなさい。お前は誰に向かって口を聞いているのかしら? ここは妖精王と妖精女王の契約により、永久の春を約束された国。お前のような愚か者が、その尊き契約を穢すことはあってはなりません。その腐った性根を全て暴いてあげるわ」


 その宣言とともに、大広間に新たな光が集い始め、やがて大きな光となる。次々に現れたその幻想的な光景に、来賓者は息を呑んだ。


 大広間を埋め尽くすほどの光の奔流。それは、私が妖精眼(グラムサイト)で映し出し、目に見えるようになった妖精たちだった。


「今この場において、宰相ルドガス・ミュランの断罪を始めるとしましょう。証人はここにいる()()()方々と、妖精王。そしてここにいる妖精たちです」


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