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青薔薇シリーズ

危険な退屈令嬢にご注意を

作者: らめんま。

 とある侯爵家に、それはそれは見目麗しい令嬢が居た。

 儚げな空気を身に纏った静かな佇まい。星のような白銀の柔らかな髪に、海のように深く澄んだ青の涼しげな瞳を持ち、陶器のように白い肌は滑らかでその手の行く先を誰もが見つめ、折れてしまいそうな華奢な身体によからぬ事を想像しながら眠れぬ夜を過ごす者も数知れず。


「ローラお嬢様……今日もお美しい……」


 長い睫毛を伏せながら薔薇の咲き乱れる庭で刺繍をするその美しさ。

 通りすがった使用人が羨望の溜息を吐き……次の瞬間真顔になる。


「いいこと考えちゃったわ。家を改造して王都までの隠し通路を作りましょ」


 手に持っていた刺繍をポイと放り投げていざと立ち上がり、使用人にお止め下さいと必死に止められる麗しの侯爵令嬢、ローラ・スミス。


 彼女は三度の飯よりスリルを愛する、デンジャラスな令嬢だった。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



「退屈すぎて欠伸が止まらないわ」


 部屋で大人しくしていなさいと両親に叱られ、外から鍵を掛けられたのがつい先程のこと。ローラは畑に放り投げられた芋の如くごろごろと地べたを転がっていた。

 三日坊主どころか半日坊主で放置していた刺繍に手を付けるも早々に飽きてしまったし、小さい頃に買って貰ったピアノはとうの昔に埃を被っている。


 ローラは兎にも角にもじっとしていられない性質だった。


 ローラは幼い頃から常に何か面白いものはないかとあちこち探し回り、気付けばいつも家の外に出て……それどころか領を跨いでいた。

 勿論家では大捜索。誘拐されたのではないかと大騒ぎになった挙句、王都の騎士団まで派遣されて大事件に。

 ……という事が最低でも月に2回はあった。

 魔界に遊びに行ったり王都の王族しか入れない隠し通路を探索していただけなのに、そんなに騒がなくてもと思うのだけど。

 どうやら両親はそれを快く思っていなかった……というかぶっちゃけ意味不明、この娘危険すぎる、と思ったらしく、10歳を過ぎてからローラはずっと家の敷地内に軟禁されている。


 おかげで16歳を過ぎた今でも学園にさえ行かせて貰えず、学園の代わりに家庭教師を付けられて陰鬱な日々を送っている。

 学園に入学なんてさせたら何しでかすか分からないでしょ、と言われたけど学園を影で掌握したり学園七不思議を増やすくらいしかしないのにと思う。


 とにかくローラは暇で、暇で暇で死にそうだった。


「巷で人気の冒険譚も、綺麗な言葉が描かれた詩集も読み飽きたわ。国家機密が書かれた歴史本や古の魔女が記した禁忌の魔術書とかは無いのかしら」


 まあローラに危険なものを与えたら死、が鉄則のこの家にそんなものがある訳が無いのだが。


『何か、何か無いのかしら。面白いもの』


 ローラは懲りずに鍵穴に針金を差し込んで開け、今日もこっそり家の中の散策を開始した。


「あら」


 人の話し声が聞こえてにゅるん、と身体をくねらせて本棚の影に隠れる。

 向こうからやって来たのはローラの父と執事だった。


「部屋に居ないのがバレると厄介なのよね」


 一応部屋には外側から鍵も掛け直して、話し掛けられるとローラの声で「退屈だわ」とか「つまらないわ」と鳴く鳥を置いて来たけれどそれもいつバレるか分からない。

 誰にもバレないように、こっそり。ローラの好きな言葉5本指に入る単語だ。


「うふふ、スリル満点。やめられないわ」


 ローラはくすくすと笑いつつ、窓の外を見た。今日の天気は晴れ。雲ひとつない青空が広がっている。


『今日は久し振りに家の外に抜け出しちゃおうかしら』


 ローラはスカートの中にずぼっと手を入れるとロープを取り出し、窓からひらりと華麗に脱出した。



 ✧︎‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦‧✧‧✦



 水路に冷たく美しい水が流れる。

 子ども達の楽しい笑い声。あちこちで奏でられる音楽。自然と手を叩き踊り出す人々。


「いつ来ても、ここはお祭りみたいね」


 スミス侯爵領の隣に位置するローゼブル侯爵領。人呼んで、娯楽の聖地である。街に入ってすぐの所にある市場は活気づいており、沢山の買い物客で賑わっていた。


「お嬢さん、美味しいバタークッキーはいかが」

「あら丁度小腹が空いてたの。いただくわ」

「こっちの人間みたいな形のニンジンはどうだい。形は悪いが味は保証するよ」

「面白い形ね。いただくわ」


 市場を抜けるとローラの手にはどっさりと美味しいもの、面白いものがはち切れんばかりに収まっていた。


「今日は収穫が多くて買いすぎたわ」


 久しぶりの1人での外出につい気分が舞い上がってしまった。

 危ないことはしていないし、たまには羽目を外してはしゃいだって誰も怒ったりしないはず。


 ローラは噴水の前の長椅子に荷物を下ろして腰掛けると、先程買ったクッキーを取り出した。


「あらこのクッキー、薔薇の形。面白いわ。どうやって焼いたのかしら」


 このローゼブル侯爵領は昔から薔薇が多い。しかも鮮やかな青い薔薇だ。どうやら薔薇専用の染料を使っているらしい。

 隣のうちの領地までは伝わっていないけれど、どうやらこの辺りは青い薔薇の伝説があった地域のようだ。


「青い薔薇……自然界では存在しないはずの色の薔薇が咲いていた……」


 そしてそれを見た人は永遠に幸せになれる、というよくあるジンクスのようなもの。

 実際本当に青い薔薇なんてものが咲くのかも不明だし、こんなにそこらじゅうに青い薔薇があったんじゃどれが本物なんて分かりやしない。

 長い年月が経つにつれて青い薔薇が幸せの象徴になったのだろう。

 花売りの少女が手に持っている籠の中身が青い薔薇でいっぱいなのを横目に、ローラは「平和ね」と呟いた。


 市場は楽しいけれど、買い物が終わったら楽しい時間はそこで終わり。

 それでも、ローラはなんでもいいからどうしようもなくわくわくして胸が高鳴る「何か」が欲しいのだ。


 ――未だそんな何かに出会ったことはないけれど。


「……帰りましょ」


 長椅子から腰を上げ、水路に沿って歩く。

 まるで街全体に張り巡らされた蜘蛛の巣のような形で水路が流れているので、その中心である噴水から外側に向かうように歩けば迷うことなく街から出られるようになっている。


 水路の水が太陽の光を反射してキラキラと輝くのを眺めながら進み、街の端まで来たところでローラはなんとなくふと顔を上げた。


 前方からやってくる、明らかに手作り感満載の小さな舟。

 美しい顔をした黒髪吊り目の青年がそれに乗り、三角座りでどんぶらこっこと流れてきた。


「…………」

「…………」


 暫し無言で見つめ合う。

 二人の間に永遠にも感じられるような沈黙の時間が流れた。


「…………」

「…………」


 2人は何も口にせず、青年は真顔のままゆっくりと流されて行った。


 青年の背中が見えなくなる。


 ローラは呟いた。


「何あの人。面白いわ」


 あれだけがっつり目を合わせておいて何も無し。

 あの間の取り方といい真顔のままで流されていくところといい、シュールな面白さを追求したかなりの手練であることが窺える。


 ローラは小舟が来るであろう方向に足を向けると、先回りして先程のおもしろ青年を待った。

 やがて流れて来た青年は先程と同じ体勢かと思いきや、今度はちんまりと正座して人が一人入れる程の小さなスペースを開けていた。


「また来ると思っていたよ」

「さっきの凄く面白かったわ」

「あそこは通り過ぎた方が面白いと思って」

「最高ね」

「乗るか?」

「乗るわ」


 即答だった。ひらりと小舟に飛び乗って青年の正面に座る。

 青年は後ろに置いていた鞄を自分の前に置くと、ごそごそと大きなりんごを取り出した。


「綺麗な赤色。美味しそうね」

「さっき市場で買った」

「どうするの」

「うさぎ型に切る」


 そう言うと、青年はシャキンと果物ナイフを取り出した。そして慣れた手つきでりんごを切っていく。

 船の上で突然のうさぎりんご。


「はい」


 渡されたりんごは可愛くデフォルメされたものではなく、彫刻のようにリアルな羽が生えたうさぎのりんごだった。


「土台付きだ。飾って見てよし、食べてよし」

「ふふっ……!」

「食べてみろ。飛ぶぞ」

「羽だけに?」

「羽だけに」


 だめだ面白すぎる。


「うさぎは1羽2羽と数えるのに羽が無いのはおかしいだろう」と同じように自分の分のりんごも綺麗に羽ばたかせようとする目の前の青年。面白すぎて肩の震えが止まらない。


「君はあんまり見ない顔だな。ぼーっと水路なんて眺めて何をしていたんだ?」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」


 水路にどんぶらこっこと流されてくるなんて、なんて面白い登場の仕方。

 今も街の周りをぐるぐるしている訳だけども、一体何が目的でこんなふうに流されているのか。


「あそこに王城が見えるだろう」

「見えるわね」

「暇だったから水路で流されながら城を爆破する方法を考えてたんだ」

「あなた……」


 王城爆破。そんな事が起これば国中が大パニックになるに決まっている。

 そんなの。そんなの。


「天才なの?最高に面白いわ」

「しないけどな」

「したら首が飛ぶわね」

「僕の首には羽も生えてないのに」


 今度はりんごで羽根の生えたドラゴンを作ったらしい。見れば見るほど凄まじいクオリティだ。


「昔魔界に遊びに行った時に見たドラゴンにそっくりね」

「邪竜イグニアスだろう。話が通じなくて困った」

「あなたも会ったの」

「会ったし殺されかけたよ」

「私もよ」

「道に迷ったからって寝床に入るものじゃないな」

「彼、美味しかったわ」

「食べたのか」


 ドラゴンは鶏肉のような味がした。

「僕も食べたかった」という青年に「鶏肉を買えばいいわ」と言ったら、彼は「焼き鳥が食べたくなってきたな」と言いながら空を見上げた。

 平和の象徴であるハトがバサバサと逃げて行った。


「君はここで何をしていたんだ」

「私は暇だったから市場に遊びに来たのよ」


「見てちょうだい」と鞄から戦利品である人型のニンジンをずるりと引っ張り出す。

「はい」と手渡すと青年は「面白いな」とニンジンをまじまじと見つめ、自分の鞄からペンを取り出した。

 そしてきゅきゅきゅっと何やら書き込む。


「顔を描いてみた」

「美男子ね」

「ロベルトと名付けよう」


 ロベルトを手渡され、鞄に立て掛ける。

 ロベルトと共にじっと青年を見つめると、彼は「よせやい」と真顔のまま照れたような仕草で鼻の下をかいた。


「ずっと思ってたこと言っていいかしら」

「聞こう」

「あなた、私と結婚しない」

「喜んで」


 青年がごそごそと鞄から何かを探し出す。

 じっと見つめていると、一輪の綺麗な青い薔薇が出て来た。


「さっきお兄さんかっこいいから似合う、と花売りの少女に煽てられて買ってしまったんだ」

「まんまと口車に乗せられたのね」

「商魂の逞しい強い子だ」


 青年はすっと青い薔薇を口元に持っていくと、そっと花びらに口付け、ローラに差し出した。


「君に青薔薇の祝福を」

「…………」

「君は知らないかもしれないが、この領ではこれがプロポーズの言葉なんだ。何故かあまり広まっていないようだが」

「キザね」

「キザで悪いね」

「ロマンチックで素敵ね」

「そうだろう。ふふふ」

「ふふふ」


 青い薔薇をそっと受け取る。

 見ると茎に何やらぴらりとタグのようなものが付いていた。

 さっき薔薇を渡す前に青年が書いていたものだ。


「サイン入りだ」


 バルト・ローゼブル。

 そこにはこの領地を治める侯爵家の跡取り息子の名前が書かれていた。


「手を出して頂戴」

「はい」

「あとペンも」

「はい」


 ローラは青年の手を取ると、その甲にきゅきゅきゅっとローラ・スミスの名を書いた。


「私のサインよ」

「ありがとう。帰ったら父さんに見せびらかすよ」

「私も自慢するわ」


 丁度ローラの家の方向に舟が止まった。

 鞄を肩に掛け、ひらりと地面に着地する。


「君、次はいつ来る?」

「行かないわ」

「来ないのか」

「行かないわ。次はあなたが来て頂戴」


「お父様と一緒に待ってるわ」と微笑むと、青年はふっと笑った。


「面白い。次会う時はその大きな目隠し用ローブではなく、美しいドレスを着た君が見たいな」

「私も簡単なシャツとベストじゃなく、素敵なジャケットが着たあなたが見たいわ」


「新調しておくよ」と言われ頷く。

 ひらりと手を振られ手を振り返すと、愛しい愉快な青年を乗せた船はどんぶらこっこと水路を流れ、やがてゆっくりと見えなくなった。


「ふふっ」


 自領に帰るローラの足取りは軽い。

 手には祝福の青い薔薇。


「恋って結構面白いじゃない」


 ローラはくすくすと笑い、そっと花びらに口付けた。


 家に帰ったローラは宣言通り両親に青年から貰った青薔薇を自慢した。ローラの両親は隣の侯爵家の跡取り息子の名前が書かれたそれを見て卒倒したのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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この2人の孫が全力で恋をする「拝啓、愛しの男装令嬢」と「ポンコツンデレな侯爵様とお菓子な伯爵令嬢」がただいま連載中です。


この2人は「拝啓、愛しの男装令嬢」三章からの登場になりますが合わせてお読みいただけると面白いかと思います。

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