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つくも堂奇譚  作者: 東雲昴
3/3

第三譚 青い百合

次の日の三時。

いつものようにつくも堂は、異世界へ飛んだ。

 昨日と同じ森の中ではあったが、時刻は日の光がさんさんと降り注ぐ昼間だった。

窓からは、透き通った青空と鳥の姿が見えた。

「ここって、チロのいた森か?」

「んー、木ばっかで昨日来たとこかわかんないな」

暗かったこともあり、目をこらしても本当にチロがいた森か判断がつかない。

「頼むから、昨日の場所であってくれよ」

匠は、洗濯をしたチロのハンカチを見つめながら祈るように言った。反応などないことは百も承知だが、そう言わずにはいられなかった。


 振り子時計のチクタクという音を聞きながら、匠、テッド、ラウは訪れる客を待った。それがチロであることを願いながら。

しかし、十分、十五分経ってもチロか、あるいは他の客が来る気配はない。

「なかなな来ねぇなぁ」

テッドが商品である電子ピアノにうつぶせになりながら呟いた。

「あぁ」

「ここがチロのいる場所だとして、本当に昨日のままだとは限らないよな~。もしかしたら年くってるかもしれないしよ~」

「あぁ」

実際、同じ世界だが、二度目に来たときは何年もの時間が過ぎ、未来に飛んでていた、あるいはその逆で過去に飛んでいたことも一度や二度ではない。

「もし、じいさまになってたら覚えているかどうかも怪しいよな~」

「あぁ」

だが、自分達に確かめるすべはないし、待つことしかできない。悩んでも、不安に思っても待つしかないのだ。

「おい!オレの話を聞いてんのか!」

生返事に嫌気が差したのか、テッドはうつぶせ状態だった体を持ち上げ、匠に食ってかかった。

 匠は眉を寄せ、視線をテッドに向ける。

「聞いてるよ。だけど仕方がないだろ。オレ達には待つことしかできないんだから」

テッドは匠の顔を見ると、ピアノの蓋に神妙に座り直した。何事かと思い、じっと見つめていると、テッドは、座り直した時と同じ態度で言葉を紡ぎ出した。

「そりゃわかってるけどよ。・・・そうでもしないと、ひますぎてつまんねぇんだよ」

丸っこい腕を振りながら、本心をさらけ出したテッドに、匠は半目で冷たく見下ろした。

「お前の期待には応えられない。手伝う気がないなら、ラウじいさんと五目並べでもしてろ」

出て行けというようにしっ、しっと右手を払い、匠は背中を向けた。

まったく、珍しく異世界のチロに興味を覚えたと思いきや、ひまだからとは。

真面目に考えていた自分が馬鹿らしい。

「そんな事言うなよ!オレはひまな待ち時間をつぶしてやっているんだぞ!」

「なんで上から目線なんだよ。それにお前が話題を提供しなくても俺は平気だ」

「お前が平気でも俺が平気じゃない!ラウじいさんと五目並べしたって、準備も碁石を並べるのも片付けるのも全部俺じゃねぇか!」

「よかったじゃん。いいひまつぶしができて」

鼻で笑えば、テッドは「お前なぁ!」と声を荒げる。

 その時だった。

――トントン。

 つくも堂の引き戸を誰かが叩く音がした。


「はい、どちらさまで――」

引き戸を開けた匠は、目の前にいる人物に言葉をとぎらせた。

「こ、こんにちは」

そこにいたのは、チロだった。

右腕にバスケットをひっかけ、左腕には花束を抱えている。その花束の花は、匠が住む世界――沖縄の青い海の色を思わせる青い百合の花だった。

「チロ!よく来てくれた!待ってたんだ!」

待ち人が来てくれたことに喜びながら、匠はチロを『つくも堂』へ招き入れた。

「チロ!昨日ぶりだな!」

電子ピアノの上に座ったテッドが片腕を上げ、歓迎する。

「どうやら無事に家に帰れたらしいの」

庭石(商品)の上でくつろいでいたラウがチロを見て安心した顔をする。


「うん、ちゃんと帰れたよ。すごく心配させちゃったけど。・・・これ、お礼。この青い百合はうちで作っていて、このバスケットに入ってるのはアップルパイ。お母さんの得意料理なんだ」

そう言って、チロは花束とバスケットを木製のテーブル(商品)の上に置いた。

「アップルパイ!おれ、大好きなんだ!」

テッドが飛びつくのを片手で制止しながら、匠は安堵の声を上げた。

「そうか。無事に帰れてよかった。・・・お礼なんて別によかったのに。帰ってすぐに準備するのは大変だっただろう?」

すると、チロは不思議そうな顔をした。

「昨日?タクミ達にあったのは、三日ぶりだけど」

「え、あぁ、そうか。そうだったな・・・」

どうやら、チロの世界では三日が経過していたらしい。匠は言葉を濁し、話を逸らした。

「そうだ。お前に渡すものがあったんだ」

そう言って、匠はタオルハンカチをチロに渡す。

「ほら、落としてたぞ。大事な物だろう?」

「あ、これ!探してたんだ!ありがとう!」

チロは目を大きく開き、次には満面の笑みを浮かべて匠に礼を言った。

ポケットにタオルハンカチを大事そうにしまうチロを見ながら、匠は気になっていたことを口にした。

「チロ、一つ聞いていいか?」

「なに?」

「その青い百合って、お前の家では特別なのか?そのハンカチに刺繍されているのも、あの花束も青い百合だ」

「特別っていうか、あの青い百合はぼくの家の紋章なんだ」

「紋章?」

日本でいうところで家紋みたいなものだろうか。そう思っていながら尋ねると、チロは頷いた。

「うん。ずっとずっと昔に旅人がぼくの祖先の家を訪ねてきたんだ。でも、祖先の家はとても貧しかった。でも、精一杯のおもてなしをして、裏に咲いていた青い百合の花を活けたんだって。その旅人は大変感謝して帰っていった。それからしばらくして、旅人が現れた。旅人は王様で、敵に追われていて、食料も水もなかったんだって。それを祖先が貧しいにも関わらず、助けてくれたことに感謝して、たくさんの食料と水、それから野菜の種や苗をくれて、農家数人と、井戸掘り職人を預けてくれたんだ」

「農家と井戸掘り職人を預けたのはなんでだ?」

匠が問いかける。

「農家の人に植物の育て方を教わるため、井戸掘り職人は近くに井戸を掘って水を得るためだって」

「なるほど。貧しさから助けるためには一時の食料と水では意味がないからな。水は井戸で得られるから別として、ずっと暮らしていけるように手に職をつけてもらおうと考えたのだろう。なかなかな御仁だな」

ラウが感心したように言った。

「それで王様は、この青い百合を紋章としなさいって言ってくれたんだって。『私はこの恩を忘れない。この事は祖先代々に伝えていくつもりだ。だが、時間の経過とともに忘れられてしまうかもしれない。そうなってしまった時のためにも、この青い百合を紋章としたい』そう言ったらしいんだ。だから、ぼくたちの紋章は青い百合なんだ」

「そうか。それで、チロ達はそれを忘れないように今でも青い百合を育てているのか」

「うん。野菜も育てているけど、この青い百合も育ててるんだ。雨や雪が降っても折れないし、枯れない強い花で、『金剛(こんごう)百合(ゆり)』って呼ばれるときもある」

「金剛――ダイヤモンドって・・・。すごい名前だな」

匠は思わず吹き出した。

「うん。僕もそう思う」

チロも苦笑を返した。

「なら、そんな百合を育ててるんだ。お前は強いよ。なんせ、大人でも悲鳴を上げる暗い森を一人で歩いて、家に帰ったんだからな」

『大人でも悲鳴を上げる』は大げさだが、チロの勇気は賞賛すべきものだ。

匠の言葉にチロがはにかむ。


 チロの説明を聞いて分かったことがある。

葉子から預かったあの花瓶が夫のものだというのなら、夫の祖先にチロの血筋の獣人がいたということになる。だが、そんなことがありえるだろうか。想像はしたが、実際あったとなると、いまいち想像がつかない。

「チロ、もう一つ聞いていいか?」

「なに?」

「お前の祖先で、神隠し、じゃない、行方不明になった人とかいるか?そんな話を聞いてたりとかしてないか?」

チロは首を傾げ、考え込むように俯いた。

「う~ん・・・」

「なかったら別にいいんだが・・・」

「あ!」

チロが何かを思い出したように顔を上げた。

「何だ?」

「ずっと昔、ぼくのご先祖様の兄弟が、狩りの帰り道にタクミみたいな人たちの住むところに迷い込んだんだって。そこで、しばらく暮らしてたんだけど、家に帰る途中で道に迷って、今度は元いた場所に戻っていたんだって。その弟さんは、向こうに奥さんと子供を残していて、ぼくの家の紋章の青い百合を描いた花瓶を作ったこともあるんだって」

その子供が葉子の夫の先祖だろうか。今も血が絶えていないとしたら、人間の血の方が濃いだろう。

話もでき、二足歩行。それは人間と同じだが、顔かたちは獣のそれだ。

相手の妻が度量のある人間だったのか。結婚して子をもうけるなど、まるで民話にある異類婚姻譚だ。

 けれど、あの壺が後世にまで残っていたのだから、かなり大事にし続けていたことが窺える。愛は種族さえ超えるということか。

 我ながらクサいなと思いながら、匠は口を開いた。

「そうか。教えてくれてありがとう。それからアップルパイと花束、ありがとな。さっそく食べて、百合も飾ろう」

「ほんと!ありがとう!」

チロが笑う。

「おう!うまいぞ、これ!」

口に物を含ませたようなテッドの声が聞こえ、振り返れば、テッドがバスケットのアップルパイを摘まみ、食べていた。リンゴの甘い匂いと香ばしいパイの匂いが店いっぱいに広がる。

匠は、にこにこと笑うテッドの頭をわしっと掴み、ぐらぐらと揺らした。

「誰が食べていいって言ったぁ!」

「ちょ、ちょっとくらいいいじゃねぇかー!」

「あはははっ」

チロの笑い声が店に木霊した。


「じゃぁ、ぼくは帰るね!」

「あぁ、ご両親にありがとうと伝えてくれ」

「アップルパイ、うまかったぞ!」

「元気でな」

「うん。みんなも元気で!」

手を振り、チロは店を後にする。

ガラス戸が開かないということはない。チロの手にタオルハンカチが戻ったからだ。

匠は、窓の外からチロが茶色の尾を振りながら駆けていくのを見えなくなるまで見送った。

 外では鳥が軽やかな声で鳴き、風が木々を揺らしていた。



 次の日の午前中、葉子が約束通り、訪れた。

匠は、直った花瓶を見せ、それを新聞紙に包むと、葉子に手渡した。

「どうぞ」

「ありがとう」

顔を綻ばせ、葉子が受け取る。それと入れ替わるように匠は葉子から代金を受け取った。

「それから、もう一つ、渡したい物があるんです」

「え?」

葉子が目を瞬かせた。

「お題はいりません。ただ、これをあなたにもらってほしくて」

匠は会計机の上に、三本の青い百合を置いた。百合は申し訳程度に新聞紙がまかれている。

「脱脂綿で水を吸わせているので少しは持つと思います」

「これ・・・」

葉子は驚いたように目を見開く。

「どうやって、これを・・・」

青い百合など匠や葉子の世界には存在はしない。葉子が驚くのも無理はなかった。

「これ、本物よね?造花ではないわ」

「えぇ」

こくりと匠は頷く。信じられないという表情で葉子は青い百合に触れた。

「どうやって手に入れたかは言えません。ですが、旦那さんなら知っているかもしれません」

「あの人が?」

「・・・こう言えば分かるかも知れません。あなたの祖先の、子孫からもらいました、と」

「・・・・・」

葉子がじっと匠を見つめる。

「所在は明かせないのね」

「プライバシーがありますから」

しらじらしくも匠は答える。

「分かったわ。聞いてみましょう」

葉子の言葉に、匠が黙って頭を下げた。


直った花瓶と青い百合の花を紙袋に入れ、立ち去ろうとした時、葉子が口を開いた。

「実は夫とこの花瓶のことで喧嘩をしてしまって。それで割ってしまったの。いっそ捨ててしまおうかと思ったのだけれど、割れた花瓶を見つめる夫の目がまるで迷子になった子供のようで・・・。捨てることができなかった。直してくれてありがとう。それからこの花も。・・・いい話を聞いたわ。それじゃ」

葉子が引き戸を開けた瞬間、匠は口を開いた。

「仲直り、できますよ。あなたがその花瓶を直すために、『つくも堂』に来てくれたんですから」

葉子は振り向き、軽く口角を上げた。

「・・・ありがとう」

穏やかな春の日差しのような瞳を匠に向け、葉子は去っていった。




昼食(もちろんカップ麺)を取った後、デザート用にとアップルパイを準備していると、すでにアップルパイを手にしているテッドが聞いてきた。

「・・・言ってよかったのか?青い百合の話」

「匂わせただけさ。それを本当かどうか信じるのはあの人次第だ」

匠が皿にのせたアップルパイをフォークで刺し、口に入れる。

さくりとした生地とリンゴの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。

「うまいな、これ」

「だろ!」

「お前が威張ることか」

まるで自分が作ったかのように誇らしげに言う(しかも潰したリンゴの欠片が口元にひっかかっていた)テッドに、匠が呆れた声を上げる。

「ダンデライオンのアップルパイもいいが、こっちもなかなかだな」

口元にパイ生地をつけ、ラウが審査委員のようにしみじみと呟く。

「今度、買ってくるよ。あれもうまいからな」

「じゃ、オレ、はちみつバームクーヘンが食いたい」

「わかった、わかった」


チロの母が作ったアップルパイを口に含みながら、一人と二匹は話に花を咲かせる。

その様子を見守るように、テーブルの上には三本の青い百合が透明なガラスの花瓶にいれられ、涼しげに揺れていた。


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