川添映像社
みなさん、こんにちは。
わたしは、みなさんの旅立ちをサポートする者です。
黒いフード付きのローブ、ペストマスク、大きな鎌でお分かりかもしれませんが、そういう仕事に従事しています。
ただ、われわれの業界も、多様化するニーズにお応えしなければ、いき残っていけないのは、みなさんと同じです。
かくいう、わが川添映像社では、旅立ちをお約束されたかた、すなわちシカクシャに、それまでの行いに応じた走馬灯をご提供するというサービスを行なっております。
まっ、説明ばかりでは退屈でしょうから、ひとりのシカクシャを通して、われわれの仕事をご紹介しましょう。
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ここは、都内某所にあるビョウインです。
時期が時期ということもあり、建物の中では、フェイスシールドや防護服で身を包んだお医者さんが、いそがしそうに働いておられます。
わたしが担当するシカクシャは、救急車から直接搬送できる、窓のないお部屋にいるそうです。社内で閲覧した資料には、心臓の弱いかたで、ここ十年くらい入退院を繰り返しているとありました。
……あっ、いました。真っ白で清潔なシーツの上で、お休みになっておられます。ネームプレートに、××フミ、九十歳、O型とありますから、間違いありません。
さて。怪しまれないように、現世風の恰好に変身いたしましょう。
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スーツにネクタイ姿のわたしを見たフミさんは、いささか驚いた様子でしたが、なんとかシニガミだとご納得いただけました。
それもこれも、スマイル講座へ通った成果かもしれません。もう、キョウフで言うことを聞かせる時代ではありませんからね。
「やっぱりジゴクへゆくのかしら? いつになりそう?」
その点は守秘義務がございますので、お答えいたしかねます。
「あらまぁ、冷たいこと。それで、何のご用かしら?」
わたしは、簡潔に来訪の理由をご説明し、フミさんから思い出したくない記憶があるかどうかを聞き取りました。
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社に戻ったわたしに、ヤンチャそうな少年が話し掛けてきました。
「よっす、シーちゃん。スプラッタホラーなら、準備万端だぜ?」
申し訳ないのですが、今回はテンゴク行きですので、テンシさんにお任せします。
「ちぇー。なんだ、またハートフルドラマかよ。つまんねぇの!」
そう言って、彼はプイと背を向けて走っていきました。
彼は、ジゴク行きのシカクシャへ贈る映像を担当しているアクマです。可愛い姿をしていますが、捻くれ者でイタズラ好きですし、あぁ見えて、わたしより遥かに年上です。
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社屋の二階にある編集室には、既にフミさんの記憶を再現したフィルムが届いていました。
カササギが運んできたそれを受け取ったのは、清純な少女のような姿をしたテンシさんです。
「それで、シカクシャさんが思い出したくない記憶というのは?」
昭和二十年の記憶だそうです。センカから逃げる際に、弟さんといきわかれになったとのこと。
「なるほど。それなら、その前後の楽しかった日々を中心に作ってみるね」
そう言うと、テンシさんは手際よくフィルムを検め、ハサミを入れていきました。
あとは、ベテランにお任せしておけば問題ありません。彼女もまた、見た目に反して、わたしより遥かに年長者ですから。
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走馬灯の上映会が行われたのは、七日後でした。
わたしはフミさんを座席までご案内してから、膝掛けをお渡しし、部屋を暗くして、型の旧い映写機のハンドルを回しました。
テンシさんとアクマさんも、わたしの横で、出来上がった走馬灯を視聴していました。テンシさんは自画自賛してましたが、アクマさんはアクタイをついていました。
上映後は、部屋を明るくし、膝掛けを回収して、フミさんを近くの川までご案内しました。フミさんの瞳は潤んでいて、膝掛けの端は、少しだけ湿っていました。
そのあと、川岸まで辿り着いてからは、わたしはフミさんに六百円分チャージされたカードを手渡し、船着き場の列に並ぶフミさんを笑顔で見送りました。
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いかがだったでしょうか。
われわれの仕事の一端をおわかりいただければ、これからどういう身の振りかたをすべきか、自ずとご理解いただけることでしょう。
まぁ、ハートフルドラマよりスプラッタホラーのほうがお好きでしたら、何とも言えませんが……
それでは、またいつか、みなさんにお会いできるのを、心より楽しみにしております。
ごきげんよう。