表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編 傷つけあった先にあったものは

「以上。新入生代表、望月杏里紗(もちづきありさ)


 大講堂の壇上で、ぺこりと頭を下げて、袖へとはける。


(ふう。やれやれ)


 代表の挨拶は予め考えていたものを読み上げるだけとはいえ、やはり少し緊張する。

 薄暗い袖に入ったところで、杏里紗はほっと身体の力を抜いた。

 が、すぐにまた身体を強張らせた。


(なに?)


 誰かが見ている。自分を。はっきりとわかる。

 それは好意的なものではなく。

 むしろ自分を射殺すような。

 感じるままに視線を辿る。


(あの人だ)


 杏里紗がいる更に袖の奥。

 そこに、1人の背の高い男子生徒がいた。


 自分を見つめる切れ長の目。

 氷に覆われた地に引きずり込もうとするような、底知れない冷気。殺しきれない嫌悪が滲む。

 杏里紗はあまりの視線の迫力に、思わず、ぐっと身を引いた。


(なに、なんなの)


 なぜ、そんな目で自分を見るのか。

 彼とは初対面の筈だ。いや、対面すらしていない。

 杏里紗が彼を知ったのは、つい先ほど。

 彼が新入生歓迎の言葉を壇上で述べた時だ。


 生徒会長。新庄篤士(しんじょうあつし)

 それが彼の名前。

 少し色白で、痩身。長めの前髪がかかる顔立ちは女子の目を過分に引く。

 不穏な光を放っている目を覗いても、一度でも会っていれば、記憶に残っている筈。

 頭を巡らせても、やはり過去には対面していない。

 それはつまり睨まれる理由もない筈で。


(う!)


 怖気づきながらも、彼を見ていた杏里紗に突如、沸き起こる、衝動。

 それも猛烈な勢いで杏里紗を揺さぶる。


(今度は何?! なんなのこれ!)


 思わず右手で胸を押える。そうしなければ、立っていられなほど苦しい。

 込み上げる感情が喉を締め付ける。

 強烈な懐かしさ。抑え切れぬ歓喜。


 ドクン。

 心の奥で、鼓動が大きく響く。


 瞬間、記憶と魂が交差し、悟る。


(あ、ああ‥‥‥)


 彼だ。

 新庄篤士は、マウリシオ。私の遥か昔の恋人。

 ああ。彼も生まれ変わっていた。

 同じ日本で。同じ時代で。それも同じ学校でこうして巡り会えた。


(ああ、どうしてもっと早くに気が付かなったの?)


 先程の挨拶を、この袖口で聞いていたのに。

 いや、わかっただけでも重畳かもしれない。今朝思っていたではないか。生まれ変わってもわかる訳ないと。


(うーん。わからなかったのは、彼の醸し出す雰囲気のせいかも)


 前世の彼は、穏やかな優しい雰囲気だった。

 今はツンドラ気候も真っ青の冷気を漂わせている。


(まあ、マウリシオとは違ってて、当たり前かもね)


 住んでいた環境も、世界でさえ違うのだ。

 自分もアーリアとは大分性格も違ってしまっている。

 おそらくそういう事なのだろう。


(それでも、奇跡的に出会えた。できれば、聞きたい)


 ずっと前世を思い出してから、気にかかっていた事。

 マウリシオはアーリアが死んだ後、どうしたのだろうか。どう過ごしたのだろうか。

 彼は覚えているのだろうか。自分と同じように前世を。

 だからこそ、彼は苛烈な視線を自分に向けているのではないか。


(聞きたい)


 杏里紗は右足を踏み出した。

 刹那、新庄は杏里紗の気持ちを断ち切るように、さっと踵を返し、階段を下りて行ってしまった。

 杏里紗の伸びた左手が、力なく落ちる。

 杏里紗は大きく肩で息をついた。


(声をかけれなくてよかった‥‥‥のかも)


 彼は間違いなく、マウリシオの生まれ変わり。

 けれど、それがわかっているのは自分だけかもしれない。

 彼は覚えてないかもしれない。

 ただ私に会って、昔の感情だけが彼を支配した。

 そうだ。

 彼の視線は明らかに自分を嫌っていた。

 杏里紗をアーリアを。

 つまりそれが答え。


「一目惚れならぬ、一目嫌いね」


 杏里紗は自虐的に笑った。

 そんな感情を持った女から、更に前世の話などされたら、頭がおかしいと思われるだけである。

 彼が立ち去ってくれてよかった。


「でも、会えた」


 この想いは杏里紗のものではない。アーリアのもの。

 けれど彼だとわかった瞬間、胸の底から湧き上がった喜び。

 アーリアの想いなのに、。それが杏里紗とリンクする。


(彼が覚えていなくても)


 自分は覚えている。

 謝れないなら。

 今世では、彼の役に立ちたい。彼に尽くしたい。


(生徒会に入ろう。少しでも彼の傍にいけば、役に立てる筈。幸い私には、その資格がある)


 成績優秀者である自分は、すぐに生徒会庶務に指名される筈だ。

 精一杯彼を補佐しよう。


(そしてできるなら)


 今度は自分ではなく、彼自身の幸せの為に動く。

 彼の今世の恋を応援する。

 それがたとえ相手が自分でなくても、だ。


 前世の彼は、領主の息子だった。彼にはきっと身分相応の婚約者がいた筈である。それを小さい商会の娘であるアーリアが割り込みをかけたせいで不幸にしてしまったのだ。

 彼の幸せな未来を、アーリアが壊してしまったのだ。

 今世ではぜひとも幸せになってもらたい。


(早速調べなくちゃ)


 杏里紗はやる気を瞳にのせ、胸の前で両拳を握りしめた。


 彼の好きな人。それは調べるまでもなく判明した。

 白川小百合(しらかわさゆり)。生徒会副会長。

 今生徒会室の庶務の席の前に立っている、この人である。


「望月さん、これお願いできる?」

「はい! 任せてください!」

「ふふ。元気がいいのね。でも、無理しちゃだめよ?」


 書類とともに、差し出された手はほっそりとして繊細だ。

 顔よし。スタイルよし。性格よし。

 ストレートな黒髪、ほっそりした身体。はんなりと微笑むそのかんばせは、男性であればぽうっとなってしまうだろう。

 そして、新しく生徒会に入ったばかりの杏里紗にも、白川はすごく優しい。

 文句ひとつない人物である。

 顔も今一つ、頭が少しいいだけの自分とは、えらい違いである。


(ああ、一つだけ勝ってるとしたら)


 見下ろした先にある物。脂肪の塊、二つ。

 身長の割には、大きい。おかげでひどい肩こりに悩まされている。

 だがそれも果たして勝っていると言えるかどうか。

 白川も決して小さくはない。均整がとれていてむしろいい。

 という訳で、すべてにおいて白川は完璧である。


 新庄本人に確認した訳ではないが、他の生徒会役員からの情報によると、二人は幼馴染であり、小、中学も、二人一緒に生徒会役員として活躍していたそうだ。

 それ以外でも二人でいる事も多く、周りからみれば、すでに二人は公認の仲だそうだ。


(まさに美男美女。似合いの二人といったところね)


 そう思った途端、ぎしりと胸が軋む。

 このところ馴染みの痛み。

 なぜ痛むのかー。

 杏里紗はその理由を考えない。その痛みに蓋をする。


 杏里紗は渡された書類を処理しつつ、ちらりと視線を二人に向ける。

 丁度二人は会長の机を挟み、話し合いをしている。


(それでも二人はまだ付き合っていないのよね)


 生徒会の仕事でも、他者の誰もが認める息のあったコンビで、お互いも認め合っているようなのに。

 今だって、白川は部費の割り当てについて彼と対等に話をしている。

 幼馴染で、今まで一緒に過ごして来ているのだ。公私ともども、共通の話題も多いだろう。

 白川も新庄を憎からず思っている筈だ。

 新庄からアプローチすれば、きっとうまく行く筈である。

 この二週間、二人を毎日見ていて思った。


(絶対上手くいく。彼は幸せになれるわ)


 ズキン。

 またしても、胸が痛む

 杏里紗は敢えて無視をする。

 一呼吸し、考えを進める。


(彼が行動しないのはなぜだろう?)


 付き合ってなくても、不満がないのか。

 あるいは、きっかけがないだけなのか。


(きっかけがないだけなら、私が作ればいい)


 新庄には早めに行動してほしい。

 自分が機会を作って、新庄に告白してもらう。

 そして白川と相思相愛にー。


 ズキンズキン。


(そう早く。一刻も早く)


 ズキンズキンズキン。


 解放されないと、壊れるー。

 杏里紗は首を大きく振った。


「では、吉川先生に確認をとってきます」


 と、白川がそう新庄に言いながら、書類を持って、ドアから出て行く。


(チャンスだ)


 今は自分と新庄以外、皆何かしらの用事で出払っている。

 杏里紗は割り当てられていた席から立ちあがると、すすっと会長席へと近づいた。

 突然と思われようが、このチャンス逃せない。


「会長、白川さんて、お綺麗ですよね。もう女性の私から見ても素敵です」

「無駄口叩いてないで、仕事しろ。白川から頼まれた仕事は終わったのか?」

「ぐっ。まだです。今やってます」

「遅い。いつまでかかっている」


 取り付く島もない。この対応は、杏里紗が生徒会へ入ってから一向に変わらない。

 用事がある時以外、いや合っても、杏里紗をいない者としている。


(負けないわ。ここで引き下がれないもの!)


 ふん、と内心で力を入れ、めげずに話しかける。


「もうすぐ終わりますから。それより会長、白川さんですよ。私ここに来て、まだ短いですけど、二人がお似合いなのはわかります。でも、まだお2人はお付き合いしていないとか。もしよろしければ、私白川さんとのデートをセッティングしましょうか。そしてどどーんと、告白なんてしちゃうっていうのどうです?」


 我ながらあきれるほど、わざとらしいし、唐突で、短絡的だ。

 でも、はっきりと言わないと、伝わらない気がするし、自分も勢いが必要だったのだ。

 一気に言い切った杏里紗は、座ったままの新庄に視線を落とした。


「なんだと」

「っ!」


 杏里紗は新城の瞳の激しさに息が止まった。

 もし眼差しで人が殺せるなら、自分は死んでいるのではないかと思うほど激しい憎悪で貫かれた。

 次の瞬間、すっと新城が視線を外す。


「お前は、俺が白川と付き合ってもいいのか」

「ええ。もちろん! そうじゃなきゃ、こんな提案しませんよ!」


 内心の動揺を押し隠し、杏里紗は明るく答える。

 喉が詰まる。唇が震える。

 先程の視線は何だったのか。


 一瞬かそれとも数秒か。沈黙が続く。

 もう返事がもらえないかと諦めたその時、彼が口を開いた。


「そうだな。ぜひとも頼む」


 ずきり。彼の言葉が痛い。胸が避けるほど苦しい。

 いやだいやだ。心が叫ぶ。それでも。


「は、はい! わかりました! 任せてください!」


 杏里紗はおどけて敬礼をして、胸の痛みを隠した。



 それから。

 杏里紗は一度と言わず二度三度、新庄と白川、二人の仲を深めてもらうべく動いた。

 二人きりで学校の中庭でランチをとれるようにしたり、休日によいデートの場所を探したり。

 仲良さそうに連れ歩く二人。笑い合う二人。

 そんな二人を見るたびに、胸の痛みが激しく強くなっていく。

 もう何度ベッドの上で泣いただろう。

 今日もひとしきり泣いた後、大きくため息をつく。


(もうだめだわ。これ以上は無理)


 いくら自分が決めたとはいえ、もう自分に嘘はつけない。騙せない。


(新庄先輩が好き)


 いつの間にか、いや前世の彼だと気づいてから、好きになっていた。

 だからこれ以上、サポートできない。

 それにもう自分が手を貸さなくても、二人は上手くいく。

 手をひいても問題ない。


(明日、先輩に言おう)


 杏里紗はそう決心すると、毛布を深くかぶった。



 生徒会室にて。

 白川を含め、役員皆が出払った時を見計らい、会長の席へと近づいた。


「新庄先輩、お話があります」

「言ってみろ」


 新庄は書類から視線を上げず、杏里紗を促す。


「先輩、私結構頑張って、白川先輩との事、お膳立てしたと思うんですけど、首尾はどうです?」

「お前に報告する義理はない」

「ありますよ! これだけ協力したんですから! 告白したんですか?」

「まだだ」


 そこで、新庄は真っ直ぐ杏里紗を見つめて続けた。


「だが、明日にでもするつもりだ」


 瞬間、杏里紗の呼吸が止まった。

 彼はもう別の人を好きになった。それをはっきり突きつけられた。

 もう彼には手が届かない。

 杏里紗はぎゅっと唇を噛み締めると、顔を上げた。


「そ、そうなんですね。よかった! そこまで決心できているなら、私のお手伝いはもういいですね? あとは二人で仲良くしてください! 私はもうお役御免で!」


(私、上手く笑えてる?)


 やりきらなければならない。乗り切らないと。

 でないと、彼は幸せにならない。

 たとえ自分が苦しくたって、張り裂けそうに胸が痛んだって。

 なのに。

 無言で杏里紗を見上げる新庄の目が。

 ひどく責めているようで。

 それが堪えきれないほど辛くて、咄嗟に思ってもいない事が口からするりと飛び出した。


「先輩が告白すれば、絶対OKもらえますよ!ああ、よかった!サポートした甲斐がありました! さて、次は自分の番! 私も素敵な彼氏を見つけて、幸せになろっと!」


 刹那、新庄の冷え切った声が響く。


「彼氏だと?」


 新庄はいきなり立ち上がると、机を回避し、杏里紗の目の前に立つ。


「俺から離れるだと?」

「新庄会長?」


 いきなり豹変した新庄に、思わず杏里紗は後退る。

 それを追うように新庄の両手が、杏里紗の首に伸びる。


「許せるものか。君が幸せになるなど、況して、俺以外との男となんて許せるものか! 俺をあんな絶望に突き落としておいて!」


 男の手に力が入る。


「ぐう!」


 新庄の姿が、前世の彼の姿と重なる。

 マウリシオ。

 元はこんな激しい目をする人でなかった。

 穏やかな優しい目をしていた。はにかみながら微笑む姿が凛々しいのに可愛くて。

 自分が彼を変えてしまった。


(今はっきりわかった)


 最初に会った時の彼の態度。そして今。


(ああ。彼も記憶を持って生まれてきた)


 否、今に記憶を持ちこさせてしまうくらいの恨みが残ってしまった。

 マウリシオの感情だけが残っていたのではなかった。


 アーリアを許していない。杏里紗が幸せになるなど許せない。

 新庄の目。瞳孔が開き、狂気を多分に宿して。

 自分を殺したいほど、憎んでいる。


(でも、私を殺させてはだめ!)


 杏里紗は渾身の力を振り絞って、新庄を突き飛ばす。


「う!」


 一瞬ふらついたが、またも自分に手を伸ばして来た彼に杏里紗は言い放った。


「来ないで!」


そうしながらも、机の左側にある窓に近付き、外側に開け放つ。


「新庄先輩、貴方も前世の記憶があるのですね」


 窓から吹く風が髪を揺らす。


「そして私を、アーリアを殺したいほど、憎んでいる」


 彼にしてみれば、アーリアは薬を使って騙した挙句、自分勝手に死んだのだ。彼の心に大きな傷を作ったのは間違いない。その傷は憎しみは、杏里紗を、殺してしまいたいと思うほど、今の彼、新庄の心に深く強く根付いてしまっているのかもしれない。

 そこまで追い混んでしまったのはアーリアだ。

 ならば、転生した自分が決着をつけなくてはならない。

 けれど、彼に殺されるわけにはいかない。

 ならば、やれるのは一つ。

 杏里紗はぐっと歯を食いしばり、覚悟を決める。


「私を殺したほうが、気がすむでしょうけど、それでは貴方が犯罪者になってしまう。それはだめ。だから、私が」


 杏里紗はくるりと踵をかえすと、窓に足をかけた。

 ここは四階。落ちたら助からないだろう。

 杏里紗は窓のふちに手をかけ身を乗り出しながら、首だけで振り返る。


「ごめんなさい。前世の事。アーリアはマウリシオの気持ち、全然考えてなかった。自分の事しか考えてなかった。後に残された貴方がどんなに苦しむかわからなかった。魔女に踊らされていたなんて言い訳にもならない。本当にごめんなさい! その憎しみが今の貴方を蝕んでいるなら、私貴方の望む通り消えます! ごめんなさい!」


 杏里紗は足にぐっと力をいれた。


「やめろ!」


 その声とともに、間髪入れず腹に腕が周り、勢いよく部屋の中へと杏里紗は引き戻された。

 激しくぶつかったのは、彼の胸。

 気が付けば、杏里紗は彼の腕に捕らわれていた。

 理由を求め、見上げようとした、彼女の頭を彼が強く抱き込む。


「消えるな!」


 その叫びはあまりにも激しく、悲痛で。


「二度も俺の前から消えるな! 許さない!」


 杏里紗は混乱した。彼は自分を殺したいと思っていたのではないか。

 だから首を締めたのではないか。


「私を殺したいほど憎いのでいたのではないんですか? だから首を締めたのではないんですか?」

「憎い! 入学式でお前を見た瞬間、前世の記憶が甦った。なぜ俺の前に現れた? 会わなければ、こんな苦しみを二度と味合わなくて済んだのに。能天気にも俺の前に突然現れて俺をかき乱した。今では片時もお前が頭から離れない!」


 血反吐を吐くように彼は続ける。


「アーリアは俺を夢中にさせるだけさせて、俺の前から消えた! それも計画的に!」


 その言葉で、新庄が自分と同じように、魔女に相談した事、魔女との契約を知っていることがわかった。

 ざっと血の気がひく。

 それならば、合点がいく。

 殺したくもなるだろう。

 ならばなおのこと、なぜ自分をとめたのか。


「だが」


 少年は少女を抱きしめる手に力を込める。


「お前がまたいなくなるほうがずっとつらい」

「っ」


 杏里紗は息を飲んだ。


「さっき、首を締めたのは、憎らしい事ばかりいう杏里紗を懲らしめたかっただけだ。これからも俺から離れようとしたら、間違いなく同じことをする。だけど、殺しはしない」


 そんなこと言われたら期待してしまう。

 もしかして。今世でも彼の傍にいていいのだろうか。それはあまりにも贅沢な願いではないのか。


(待って)


 今の彼には別に好きな人がいる。いる筈だ。私は彼が彼女と相愛になる為、自分の気持ちをおさえて協力して来たのだから。


「白川さんは? 好きだったんじゃないんですか?」

「白川は俺が頼んで、親密に見えるようにしてもらっただけだ」

「な、なぜ」

「お前を苦しめるためだ。俺が前世で感じた苦しみを幾万分の一でも味合わせたいと思った。なのにお前は笑顔で、更に白川を押して来た」


 新庄は憎々し気に、杏里紗を見下ろす。


「だって、貴方が望んでると思ったから。だから私は」

「うるさい」

「あっ!」


 新庄は言い訳をする杏里紗の口を唇で塞いだ。

 新庄は杏里紗の唇に囁く。


「結局苦しんだのは俺だけだった。お前は俺がどんなに白川と親しくしていても何でもないように笑っていた」

「違うわ! 私もつらかった」

「本当か?」


 新庄の問いに頷く。

 杏里紗は思い切って尋ねる。


「私、離れないでいいの?」

「ああ」

「許してくれるの? 前世の私を」

「その返事は死ぬ時にしてやる」


 それはつまり。


「ずっと、傍にいてもいいの?」


 前世言いたかった言葉。したかった事。


「ああ。もう二度と俺の前から消えるな。傍にいろ」

「はい」


 再び近づいてくる彼の瞳にもう陰りはない。

 彼女を映した瞳に安堵し、杏里紗はそっと目を閉じた。



今回の主人公、やっぱり少し思い込み思い切りが良すぎるように思いました。

少しでも気に入っていただけたら、評価、ブクマをよろしくお願い致します(切望!)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ