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前編 前世の彼、本当ごめんね!私自分に酔ってたかもだね

 広大な深い森。暗闇が来る者を拒む。

 押して進めば大樹の下に一つの家屋。

 尋ねたのは一人の少女。部屋には粗末なテーブル、イス、低い天井に吊るされている多数の薬草。


「本当にいいのかい。お前が最高に幸せだと感じた瞬間、お前の命をもらってしまっても?」


 暖炉を背に黒いローブの下、魔女は声色に気遣いを乗せる。

 ただし、俯いた口元は、仄暗い喜悦に歪んでいる。


「ええ。いいわ。もしあの人と結ばれるなら、この命をあげるわ! 私なんて、貴方の力を借りでもしないと、あの人の目にとまらないもの! だから、あの人に愛されるように力を貸して!」


 瞬間、魔女の目が光る。禍々しく悪意に満ちた愉悦に満たされて。

 煌々と輝く赤い髪の少女はそれに気づかない。


「そうかい! いいとも! それだけの覚悟があるのなら、喜んで協力しようじゃないか」


 魔女は枯れ枝に似た手を少女に差し出す。

 その手に握られていたのは、小さな小瓶。


「いいかい。この薬をお前の愛しい男に飲ませるんだよ。そうしてから最初にお前を見てもらえば、もう男はお前の虜さ。たとえ、他に好きな女がいても、もうお前しか見えなくなる」

「本当に?」


 不安に緑の瞳を大きく見開いた少女は、魔女から受け取った小瓶を両手で握り込む。


「おお。本当だとも! 男は、もうお前を離さないよ。薬の効力が切れるまでね」

「‥‥‥ええ。わかってるわ。これはまやかしの恋。それでもいいの! たとえ、一時でも、あの人が手にはいるなら!」


 命を懸けると覚悟を決めた少女は、凛として目を細めてしまうほどに眩しい。


「ならば、お行き。お前の愛しい男の元へ」

「ありがとう!」


 そして少女は走る。刹那の恋を手に入れる為に。


 一人残された魔女の口から嘲笑が漏れる。


「ばかな娘だね。私の手を借りずとも、お前の恋は成就したものを」


 見目の良し悪しなど関係ない。少女のあの眩しい程の魂の輝きは、男を魅了するには十分で。

 況してや男は女の魂の片割れ。


 魔女は空に図形を描く。


「ゆがめた恋を正常に戻すためには、男に真実を話す事。さて、どうなるか」


 魔女は楽し気に笑いながら、家の扉を閉めた。



 領主の屋敷にて。

 数十種類の薔薇が咲き誇る広い庭。中央にある丸い噴水の傍。若い男女が2人。


「ああ、君を愛してる! アーリア! もう君なしの人生なんて考えられない!」

「ええ。私も! 愛しているわ! マウリシオ!」


 赤毛の少女は、男の厚い胸に顔をうずめる。

 逞しい腕。見上げれば、少し長めの黒髪から理知的な紺碧の瞳が熱く自分を見つめる。

 男のすべてが今、少女の物だった。


(ああ。彼の瞳が私を、私だけを見つめている。

 たとえ、薬のせいだとしても、今この日、この瞬間、この人は私の、私だけのもの。

 ああ、なんて幸せ。これ以上の幸せはない!)


 そう少女が感じた瞬間。

 一陣の風が2人を打つ。

 

<さあ! 望みは叶ったね! 約束通り、お前の命をもらうよ!>


 少女に響く、魔女の声。

 聴いたのは、多分、彼女だけ。


 少女の返事など必要ない。

 男の後ろ。上空。出現する、銀の刺客。

 魔女を視認する間もない。鋭い切っ先のダガー。男すり抜け、少女の胸を貫いた。

 少女の口から鮮血があふれる。


「アーリア!」


 驚愕に見開かれた男の瞳。

 狭まる視界に見える愛おしい男。


(ああ。愛しているわ。貴方の愛がたとえ偽りでも。私の愛は真実だから)


「アーリア! ああ、目を開けて! 僕を置いて行かないでくれ!」


 涙に震える彼の声。それさえも心地よいと感じる。


(ああ。彼の腕の中で。死ねるなんて)


 至福。最高の瞬間に、死ぬ。なんて極上の死。

 少女は知っていた。まやかしの力を借りた、恋はいずれ冷める。

 自分の愛する人が離れて行ってしまう未来。少女はそれを見たくなかった。

 それならば。最高の瞬間。この日この時に死ねれば。


(私に、悔いはない)


 少女は、恋人の腕に抱かれながら、息を引き取る。

 血に濡れる口元に笑みを浮かべて。



 されど、彼女は知らない。

 それが、男にとってどれほど残酷な仕打ちなのかを。

 己の考えがどれほど傲慢で我が儘なのかを。


「あああああああぁっ!」


 愛しい女性と相愛になった最高の瞬間、絶望に突き落とされた男は、彼女の骸を抱き、膝を落とす。

 男の気持ちを反映したかのように降り出す雨。

 天に向け、血反吐をはくほどの慟哭が男の身を焼く。


 そんな男の耳元に魔女は囁く。

 少女との約束を。

 更に告げる。少女と男の運命を。


 少女と男は元々、結ばれる運命であった。

 小細工しなくても、相愛になり、幸せになれた事を。


 更に更に魔女は告げる。

 それでも少女が男に真実を告げたなら、自分は少女を助けただろう。

 魔女には一つの決まり事があった。

 謀を仕掛けた場合、ばれる前に相手に真実を話す。

 さすれば、魔女は代償をもらわず、立ち去るのだ。


 しかし少女は最後まで、自分の考えを通し、死を願った。


 それは、男を信じなかった。つまりは男の愛を侮っていた事を意味する。


 瞬間、男の紺碧の瞳が冥く落ちる。

 男の愛を、希望を、夢さえもすべて奪っていった少女。

 怒りをぶつけようにもすでに彼女は自分の腕で、骸になった。


「うわああああああああああ!」


 先のような絶望の叫びではない。

 やり場のない憤怒の声。怨嗟の響き。

 真実の愛は一気に、激しい憎悪へと転化したー。



「ああ、心地いいねえ」


 庭の東屋に佇む黒い影。

 魔女はうっそりと笑む。

 魔女にとって、この男の感情こそが、極上の嗜好であり、真の報酬だった。



「はあ!」


 杏里紗(ありさ)はベッドから飛び起きた。


(また、あの夢)


 おそらく遙か以前の自分の前世。その人生最後の場面。

 加え、なぜか彼女の死後や魔女の思惑までもが、ばっちり再現される。

 もう何度繰り返されているか。

 ただの夢だと見過ごせないほど、鮮やかで、生々しい。


「あんの、クソ魔女が」


 乙女が発するにはあまりに汚いセリフが、杏里紗の口から洩れる。

 まったくどうやったのか知らないが、あの魔女のことだ、転生してなお杏里紗が後悔に苦しむよう、一連の出来事を思い起こせるよう、念入りに魔法をかけたに違いない。

 いかに彼女がおろかで、自分勝手だったかをわかるように。


「自分の快楽のためなら、魔力労力惜しまないってわけね。悔しいけど、あんたの思い通りよ」


 杏里紗は苦々し気に呟く。 

 今も生きているか不明だが、魔女の高笑いが聞こえてきそうだ。


「はあ。本当ばかな事をしたもんよね」


 今の杏里紗はおそらくアーリアと同じ年位だろう。

 アーリアの心はあまりに幼かった。だから、どれほど愚かだったか最後までわからなかった。


(本当、一片の悔いなし!って感じだったものね)


 しかし、現代日本に生まれ、知識も教養もある程度身に着けたせいか、はたまた前世よりもドライな性格になったからか。

 今の杏里紗であれば、わかる。

 自分が前世で起こしてしまった自滅の恋。

 これはない。あまりに男がかわいそうである。

 前世の自分は本当に男を、マウリシオを、愛していたのかと疑ってしまう。

 ぎりぎりよく解釈すれば、あまりに幼い恋心は自分の幸せしか考えていなかったゆえの衝動的行動。


(うーん。全然フォローできない)


「いや、やっぱりない。これは、ないない」


 できるなら今すぐ、前世での恋人、マウリシオに謝りたい。

 けれどそれは無理な話で。マウリシオはとっくの昔に亡くなっているだろうし、魔女なんているくらいだ、おそらくここ現代日本とは違う世界、異世界の可能性が高い。


「もし、私のようにマウリシオが転生していて、会う機会が会ったら、ジャンピング土下座をしたいくらいだわ。いや、する!」


 拳を握ったところで、それも無理だとわかっている。

 もし奇跡的にマウリシオがこの現代日本の同時代に生まれ変わっていたとしても、杏里紗が彼であるとわからないだろう。

 姿形が全く違っているに違いないのだから。


「よく姿形が変わっても絶対わかるって、物語では定番だけど。うーん。わかったらすごいけど、多分わからないだろうなあ」


 自分にしてもそうだ。黒髪に黒い瞳。気が強そうな顔立ち。前世とは違う。


「しいて前と重なるところは髪かしらね」


 前世の杏里紗、アーリアは見事な赤毛だった。今は黒だが、光の当たり具合によりなぜか赤く見える。


「もし仮にわかったとしても、いきなり見ず知らずの少女から謝られたとも不審に思うだけどよね」


 自分が前世を覚えていたとしても、相手も覚えているとは限らない。

 今自分にできるのは、自分が亡くなった後、少しでも彼が幸福に過ごしてくれていたらいいなと願うだけだ。



「さて、前世の反省はここまで。ぐずぐずしていたら、遅刻してしまうわ」


 今日は高校の入学式である。

 自分は四條津賀野高校の新入生代表として挨拶をする。

 遅刻するわけには行かなかった。


「さあ、急いで支度しないと」


 杏里紗はショートボブの髪をさっと払うと、ベッドから降り、箪笥へと向かった。


早めに続きアップしたいです。

少しでもいいなあと思っていただけましたら、評価、ブクマをお願いいたします!

ぽちっとしてくれたら、すごくうれしいです。

よろしくお願いします!

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