水色の街 その2 多部開都君の日常
先輩が大好きな冷え冷え男子高生・多部くんと不器用な黒崎先輩の織り成すガタガタ恋愛模様です。
『よっしゃーっ!この調子で明日の運動会本番も、飛ばしていくぞーーっ!』
赤いハチマキを巻き、大声を張り上げるこの女性こそ、女応援団長の黒崎真央先輩だ。
『明日紅組が勝つには、我々の本気の応援が必要となーる!声を枯らせ、白組を完膚なきまでに叩きのめすぞ!!』
俺は運動会の勝ち負けなんてのは正直どうでもいい。じゃあ、なんで応援団なんか入ったのか、だって?それは…
『多部ぇ!』
『うわ!はい!なんですか?』
『いや、お前だけだぞ、返事もせずにボサッとしていたのは』
『あ…いや、すいません』
『全くお前はいつもいつも死んだ魚のような顔をしてるな。気分が悪いのか?』
『いや…いつもこんな顔です…』
『屁理屈はいいんだよ!もう運動会は明日に迫っているんだ、やる気出してもらわないと困るからな!』
…
怒った顔もかわいいなあ…
『おい、また返事忘れてるぞ、多部』
『はっ、はい、ごめんなさい』
俺は、黒崎先輩みたいな女の人が、ガッッチリタイプなのだ。
少しきつめの目付き、黒髪ショート、体系もバッチリだし、恋愛に不器用そうなところがもう、ね。最高だよ、な。もちろん、少しでも近づいて、あわよくばを狙って応援団に入団したってわけだ。
ところが、明日の運動会が終われば、黒崎先輩とのこの関係も終わる。いつもの気怠げな男子高生に逆戻りだ。今日が最後のチャンスだ。これは、行くしかない。俺は息巻いていた。
『これにて壮行会は終了。全員は、明日に備えてゆっくり休んでくれ。』
『はい!!!』
『それから…多部。お前は少し残れ』
『えっ?』
『いや、いいから、残れ』
『え…はい、わかりました。』
たしかに二人きりで話せるチャンスではあるけど、さっきの態度、やはりマズかったか。嫌われたか…?
『それじゃあ、残りは、解散!』
『ありがとうございました!』
俺は恐る恐る、先輩に近づいた。
『ああ。ここじゃなんだから、ちょっと校舎に入ろう。』
先輩の後をついて行くと、ここは…体育倉庫か?な、なんだなんだ。
重い扉を、軋ませながら開いた。
『入って』
『はい…』
後ろで扉が閉まった。体育倉庫に思春期の男と女が二人だと…?埃っぽい空気に咳払いを一つしながら、俺は動揺を隠そうとした。
『多部、話なんだが…』
『なんでしょう…?』
緊張する。少し冷や汗が流れる。
『私のこと、嫌いだろ』
『……』
『どうなんだ?』
『話って、それですか?』
『そうだが…』
『…ハハ、あははははは!』
『な、なぜ笑う!』
笑いが溢れてしまった。なーんだ、そんな問題だったのかよ。
『いやいや、僕は先輩のこと好きですよ』
『なっ…!?』
『全然好きですよ』
『な…なるほど、そうか、よかった、嫌われてはなかったのか…お前が、応援の練習中いつもだるそうにしていたから…私はあまり好かれていないのかと…』
『あはは!そしたら、応援団なんか入るわけないじゃないですか』
『なっ…いや、それはどういう意味だ…』
『いや、だから、嫌ってないです。むしろ、好きですよ』
『そ…そそ、その、好きというのは…』
『あ、あの、先輩のこと、お姉ちゃんみたいな感じで見てました』
『え、お、お姉ちゃん?』
照れてる先輩もかわいいなあ、おい。俺は確信した、これは、推せばいけるぞー。俺は少し踏み込んでみた。
『先輩、モテないんですか?』
『え…』
『いや、だから、彼氏とかいたことないんですか?綺麗な顔立ちされてるから、いたと思ってますけど』
『そ、そういう、歯が浮くようなセリフを言うな…!』
『ごめんなさい』
『彼氏は、いたことないよ』
『え!』
これは意外だった。マジでいると思ってた。そうなれば、話は早い。
『いたこと、ないんですか。』
『ああ…こんな性格だしな…』
『性格…』
『いや、自分でもキツイ性格をしてるのは理解してる。直そうとしてるんだけどな…』
『悩んでるんですね』
『ああ…』
『悩んでる姿もかわい…』
『え!?』
心の声がちょっと出てしまった。
『なんでもないです』
『今、かわいいって…』
俺は、先輩の顔を覗き込む。
『なっ…!なんだ…』
明らかに動揺している。顔も赤すぎる。この瞬間、俺の中のいけそう、という気持ちが確信に変わった。
ゆっくり先輩の目線に合わせて行く。俺は先輩の目を覗き込んだ。
『バカに、してるのか…!』
一瞬目が合ったが、すぐに先輩は目を離した。その表情はかわいかった。
『…明日、』
『…うん?』
『頑張りましょうね、団長』
『えっ?あ、ああ!う、運動会な!頑張ろうな!』
俺は先輩の手を握った。
『うわ!?』
『先輩、握手ですよ』
『ええ…?あ、ああ。』
先輩が手を握り返す。めちゃくちゃ弱い力だった。
『もっとこう、がっちり握りましょうよ』
『いや、あの…』
『何ですか?』
『男と手を握るの、初めてなんだ…』
チョロすぎるだろ。そして、かわいすぎるだろ。おい。
『そうなんですか…』
俺も興奮が隠しきれてない。しばらく無言が続いた。
『出ましょう』
俺は先輩の手を引いて重い扉を開けた。空はオレンジ色になっていた。
『結構長い時間、いましたね』
『そ、そうだな。外、涼しいな。』
手を離したが、手汗でビッショビショだった。この汗が、俺のなのか、先輩のものなのかは分からなかった。
『じゃ、じゃあ…明日な』
『頑張りましょう』
『おう。絶対に勝とう。多部も一生懸命応援しよう。私は、もっと頑張るから』
『お互い、ベストを尽くしましょう』
『なんだか冷めてるな…』
『そうだ。先輩』
『なんだ?』
『もう一度、握手してから、帰りましょうよ』
『…もう、いいだろ…!』
先輩の顔は、夕焼けより赤かった。