第82話 心の基準
昼食を終え食後の休憩がてら、俺はキーリエスの話を詳しく聞いた。
彼女は食べ物をくれる人は良い人だと認識する性格らしく、エルフィーの用意してくれた料理や菓子類が美味しかったという助けもあり、食事を終えると緊張も溶け、スムーズに色々と語って聞かせてくれた。
どんな暮らしをしていたのか、どんな物を食べていたのか、どんな物を作っていたのかと様々な話を聞きながら、俺は遠隔で彼女の生活していた場所を詳細に見てみると、大樹の町や島での暮らしぶりとは、かなり違う部分が多い事が分かった。
双方の暮らしぶりを比較すると
島と大樹の町の住人は、自由奔放でのびのびと暮らしている。
反面、自堕落な生活をしていたり、利己的な行動をとり物事に無頓着な者も多く居るという事でもある。
一方、キーリエスの住む所は、島や大樹の町程に物が無い為か、物を大切にし、創意工夫して使っており、各々が出来る事をしっかりと分担して生活している。
住む人数は此方より圧倒的に少ないというのに、集団での行動としては理想的な生活様式であるようだ。
しかし、自然と他者に生活を合わせる必要が出て来るので、個人的な行動はし難い環境でもある。
まぁ、人の暮らしや物事の考え方などの違いは住む場所の環境により左右される事が多いのだが、それはどちらが良い悪いという事では無くバランスの問題だろう。
地球の歴史でも、そのバランスがどちらかに極端に行き着くと色々な歪が生まれ、その集団同士の衝突や分裂の切っ掛けも生まれ、栄枯盛衰の発端となる事が多かった気がする。
「ふむ……そうか。ありがとう、話が聞けて良かった。
それで、キーリエスはこの後どうするのだ?」
俺は、聞きたかった事を一通り聞き終えると、彼女に今後の事を尋ねた。
「んー……ダンジョンって所に行きたい。
おじいちゃんの使う魔石を取りに行けるようになりたいの」
と、彼女は少し悩むとそう答えた。
「ダンジョンか……ふむ」
見た所、キーリエスは年齢も12歳で体格も平均より小柄であるが、ステータス的には同年代の者達よりも良い数値をしている。
衣類も、動物や魔物の革を中心とした物で、島や大樹の町で暮らす者よりも防御に秀でた物を身に纏っているな。
どうやら、常日頃から大樹の町よりも野生動物や魔物に対処する事が多い為か、そこそこに鍛えられているようで、身に纏う物も丈夫な物を中心として使っているみたいだ。
しかし、その他の装備や知識が足りないかもしれん。
――と、俺が考えていると。
「主様。この後、彼女をドグさんを引き合わせるのでしたら、その際に彼女の武具を用意してもらってはいかがでしょう?
その後に試練施設で練習させれば宜しいかと思います。」
「……そうだな、それが良いだろう――っと、ちょうどドグとダームが来たか」
と、エルフィーがまるで俺の心を読んだかのような事を言い、それに答えていると、丁度此方に歩いてくる本人達が目に入った。
そのドグと妻のダームも俺の隣に座るキーリエスの姿を見ると、若干歩みを速めて向かってきて
「主様。その子がドグルムンの子ですか!?」
と尋ねて来た。
「いや、彼の孫でキーリエスと言うそうだ。
キーリエス。このドグとダームはお前のお爺さんのお爺さんの、そのまたお爺さんとお婆さんだ」
「おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんの……おじいちゃん??」
「う、うむ。いや、一人多いか。えーと……
『高祖父母の祖父母』とでも言えばいいのか……まぁ、お前の『親戚』だな」
と、キーリエスに説明したは良いが、彼女は頭に?マークを大量に並べたかのように混乱し、言ってて俺もややこしくて頭が混乱しそうだった。
さらには俺も「高祖父の曾祖父だよ」なんて言おうものなら、さらに混乱しそうだったので止めておく事にした。
その後、俺はドグとダームの二人にキーリエスの装備の事を頼むと
「ではさっそく作りましょう。夕方までには戻りますわい」
と言い、採寸の為に彼女を家へと連れて行き、アダムも再び魔気動甲冑の所へと遊びに行き、俺とエルフィーだけがその場に残った。
「ふーむ……思っていたよりも、大樹の町を離れて暮らす者達の生活には変化が起きていたな」
俺は並んで去り行くドグ達の後ろ姿を眺めながらそう言い、アイテムボックスから葉で作られたコップを取り出すと、そこにエルフィーがそつなくオレンジジュースを注ぎながら答えてきた。
「はい……その様ですが、こちらの変化が遅い、とも考える事も出来るのではないでしょうか?
主様と関わりの深い者達や、主様のなさってる事に触れて行動する者は別としても……
主様の齎す恵みをただ享受しているだけの者達に関しては、動きと申しましょうか……変位が鈍いと、私は感じます」
「たしかにな。だが、なにもそれは悪いわけではない。
人や動物は移り行く物事や環境に適応する物ではあるが、それでも急激な変化には耐える事は難しい面もある。
本能や意思で、その変化を自身に好ましい物かどうかを判断して進まねばらならないが、その判断を誤ると躓いたり転落する事にもなる」
「つまりは……身を守る為や防衛本能から、その者達は変化を受け入れ難くなっているという事でしょうか?」
「ああ。町に残る者も、新天地で暮らす者も、双方共に自身や大切な物の為に考えて行動しているという本質的な部分は同じというわけだ。
それに、その環境がその者にとって完成された物であった場合、なおさら変化を受け入れるのも生み出すのも難しい」
「なるほど……その者からすれば、ただリスクを負うだけの事になるのですね。
ですが、完全な物や環境と言うのは、そうそうに生まれる物ではないと思うのですが……あ、いえ! 主様は別ですよ!主様は常に完璧でいらっしゃいます」
と、エルフィーは慌てて訂正するが。
俺の何処が完璧に見えるのだろうか?
聞いてみたい気もするが、聞かない方が良い気もするな……
「……まぁ、完成と完全とは別物だからな。
人がそこで満足すれば完成と言えるし、不足だと感じたのであれば完璧を目指すしかない。
だが、お前の言う通り、完全な物とは求めれば限りがないからな。それはそれで終わりが見えない物を目指す事になりかねない。
それに歯止めをかける為に、足る事を知る者は富む、という考え方がある」
たしか孔子の言だったかな?と思い出しながら俺は彼女に答えた。
「満足する基準を己の中に設けるという事ですか。
でも……私達は、何をもって完成とするべきなのでしょうか?」
「それには自身の求める物の度合いを、自身で見極めるしかない。
そうだな……例を挙げるとすれば、私にとってはこれだ」
俺はそう言い、手に持っていた葉っぱで作られたコップを持ち上げた。
「そちらは……主様が偶にお使いになられるのを拝見する事はありますが……
たしか、前にサーリから贈られた物ででしたか?
それが主様にとって完璧な物……なのですか?」
と、エルフィーは少し腑に落ちないといった感じで聞いてきた。
まぁ、それも仕方のない事だ。
俺の判断基準が、理性で決めるのではなく、心で決めているからだ。
「材質や形はまだまだ改良の余地があるな。だが、私はこれで満足している。
これだけではない、日々お前が作ってくれる食事や、この身に纏っている衣類、皆から受け取っている物は、私にとっては全て最高の物だ。
石や木、クリスタルで作られたコップも受け取ったが、それらと、この葉で作られた器は、皆が作った物だからこそ私はどれも等しく尊いと心で感じている」
つまりは、親馬鹿な父親が、子供が作った下手な似顔絵や不出来な料理でも最高の物だと感じるのと同じ心境である。
「……心で決める。心で満足しているのであれば、その者は幸福……
足る事を知る者は富む、ですか」
と、彼女は神妙な面持ちで考え込み始めてしまった。
「世は移ろいゆくとは言え、人の本質的な心の部分はそう変わらないからな。
私はそうして判断していると言うだけの事だ。
お前はお前で、その基準を見つけてみなさい」
「……はい。精進いたします」
なんだか話してて禅問答みたいな方向に逸れてしまったなと思いながら話を締めくくると、エルフィーはそう答えた。
そこに丁度、魔気動甲冑で遊んでいた竜人達とサーリが昼食を摂りに来たのか、此方に空を飛んでやって来た。
「よっと……ありがとうございますバハさん。
って、主様!? またそのコップ使ってるんですか!?
この前、新しいのあげたじゃないですかぁー!」
と、バハディアに運ばれて来たサーリは、俺の使っていた葉のコップに気が付くと恥ずかしそうに少し顔を赤らめ言ってきた。
「うむ。あれも大事に使っているぞ」
「もう、そう言う事じゃないですー!」
俺がそう答えると、彼女は若干プリプリした感じで抗議してきた。
「と言われてもなぁ……私にはどちらも大切な物だから――
――ん? ローイは一緒じゃないのか?」
「ローイなら、今あれに乗ってアダムと力比べしてるよ。
はむっ……んー、ほれおいひい」
戻ってきたのが竜人達とサーリだけだったので、俺は近くに座ったリーティアに尋ねると、彼女はあっけらかんとそう答え、食卓に並んでいた昼食を食べ始めた。
「何をしているんだ、あいつらは……
大丈夫なんだろうな?レイディア?」
未だ魔気動甲冑の周囲には野次馬の如く大人や子供達が群がっており、こういった時の監督役となるレイディアとバハディアの二人までこっちに来ているので、俺は少し不安に思い彼にそう尋ねた。
「はい、先程ドグが近くを通りまして、私とバハの代わりに近くに居た者達の事を少しの間頼みましたので暫くは問題無いかと」
「俺もレイも直ぐに食べて向こうに戻りますので」
と、レイディアとバハディアは答えると急ぎ気味に昼食を摂り始めた。
夏休み中の早く遊びに戻りたいといった子供のような食べっぷりだ……
俺はそのその二人とリーティアの忙しい食事風景を眺めながらオレンジジュースをちびちび飲んでいると、一人マイペースに食事をしていたシルティアが、ふと何かを思い出したように俺に尋ねてきた。
「そういえばぁ、ドグが見掛けない子を連れていましたけどぉ。
主様ぁ、あれは誰ですかぁ?」
「黒髪の子ならキーリエスという娘だな。
ローイが遠くに住んでいる所から連れてきてくれてな、先程まで彼女の所の生活の様子を聞かせて貰っていたのだが――おっと、それでなのだがな。
明日から、私は少し大樹の町の外で暮らす者達の所に行こうと思っている」
俺は彼女に答えながらその事を思い出し皆に言った。
「町の外ぉ……? 湖の村とかぁ、狩りの村ですかぁ?」
「その辺の所も行くつもりだが、そこよりも遠くの方に居る者達の所だな」
「遠くに居る者達に、何か御心配事でもあるのですか?」
と、今度はバハディアが食事の手を止め尋ねて来た。
「気がかりというほどでは無いが、キーリエスの住んでいた場所が大陸の世界樹の影響範囲ギリギリの位置でな。
そろそろ冬が始まるので、外縁近くに住む者達には注意を促さねばならんのだ」
と、俺は建前みたいな物を言ったが、実際には、ただ皆の生活風景をまじかで見たいという興味からだったりする。
だが建前とは言え、季節に対する備えを教えに行く事も重要な事だ。
説明したように、世界樹の気候調整能力の範囲内であれば、素っ裸で生活してたり家屋が無くとも大丈夫であるが、そこから外れた地域では自然環境が容赦無く襲ってくる事になる。
ここに居る竜人やエルフィーと一部の者達はまだしも、その他の者達では雪が降る様な地域に足を踏み入れてしまうと死者が出かねない。
まぁ、それを教えに行く目的と興味が半々といったとこだ。
「それじゃ遠出の準備しなきゃ。
この前作った皮のブーツどこに仕舞ったっけ……」
「玄関の靴棚の下の方だったかしらねぇ」
「まて。今回、全員を一緒に連れて行く事は出来ん。
お前達までここを離れると、皆の取りまとめ役が不足するからな――」
と、俺の話を聞いたリーティアとシルティアはさっそく旅の準備の相談をし始めてしまったので、俺はそれを制止した。
この島では、全員の長としての立場はエルフのムートとエーブの夫妻が就いてはいるが、その二人はどちらかと言えば肉体派では無いので暴力沙汰などの対処には竜人達がする事が多いのだ。
大樹の町の方は、長にドグとダグ、暴力沙汰への対処は獣人の長とその仲間たちが行っているが、それでも時折見回りをしている俺やエルフィーに竜人達が不在では、はっちゃける者達が増えてしまう。
「――なので、私は朝食を終えた時間にでも毎日こちらに戻ってくるので。
その時に、一緒に来たい者達は入れ替わりで連れて行く事にする。
順番はお前達の方で決めておいてくれ」
俺がそう言うと、皆はさっそく順番の事を話し合い始めたのだった。
さて、久しぶりの旅だな。
俺も何か用意した方が良いだろうか?




