第81話 少女と火の石板
午前中、俺はエルフィーと食糧事情について裏社会のフィクサーの様な会話をしながら、大樹の町と呼ばれている第三世界樹の根元に広がる町中を見て回った。
そして日も高くなり、昼食の支度へと向かったエルフィーと別れた後、俺は一人で第三世界樹の根本にある島へと繋がる空間ゲートの前で、今日帰ってくる予定のローイを待つ事にした。
そのゲートは、幅5m、高さ10m程の、接ぎ木世界樹の木材で作られた柱と梁で出来た枠を大理石などで飾り付けして作られた物で、その内側には世界樹から引き寄せた魔力で空間ゲートを常時展開してあり、24時間いつでも島と大陸とを行き来できるようになっている。
俺はその門柱の脇に立ち、ゲートを行き来する者達に挨拶され、それに返事を返しながら十数分ほど待って居ると、遠くからローイが一人の女の子を連れてこちらに歩いて来ているのが見えた。
俺とエルフィー以外の者達は時間に関してかなりルーズなので、多少待つ事になるかもしれないと思っていたのだが、それは杞憂だった様だ。
「主様! ただいま戻りました!」
と、俺の姿に気が付いたローイは、少年の頃と同じ様な朗らかな声で帰還の挨拶をしてきた。
「おかえりローイ。その者が、お前の言っていた者か?」
「ええ、そうです。
さ、キーリ。主様に、ご挨拶をして」
俺がローイの隣に居る女の子の事を尋ねると、彼はそう言って傍らに居た女の子の背を軽くポンっと叩いて促した。
「えっと、は、はじめまして、主様。キーリエス、と言います……」
と、その少女は、少し緊張気味に答える。
キーリエスと名乗った少女は、小柄で艶のある長い黒髪と黒い瞳の少女だった。
歳は12歳、背は140cm程だろうか。
ドワーフの父と人間の母から生まれたハーフな所為か、少し小柄である。
服は、魔物の皮をなめしたワンピースの様な物を身に纏い、足には一部の者達に最近流行り始めた革製の編み上げブーツを履いていた。
まぁ、彼女ははじめましてと言ったが、俺は生まれた時から知っていたりする。
町から離れて少人数で暮らす者達は、色々と生命に危険が及ぶことが多いので、影ながら見守っている事が多いのだ。
しかし、どことなく日本人の様相を感じさせる女の子だな。
伸び放題となっている髪を切り揃えれば、黒い髪や目とも相まって日本人形を思い起こさせる可愛い容姿になりそうだ。
「やあ、キーリエス。私の事はローイから聞いているのかな?」
「はい……」
「そうか。では、島へと行こうか。
向こうに、お昼を用意してあるので。
それを食べながら、少し君の話を聞かせて欲しい」
「わ、わかりました」
俺がなるべく刺激しない様に穏やかな声で尋ねると、彼女は短くそう答えた。
俺は二人と共にゲートを通り、朝食を食べたあの食卓へと向かった。
ゲートを抜け大祭壇を横切り歩いて食卓へと向かう間、キーリエスは見る物全てが珍しいといった感じで周囲をきょろきょろと見回しており、俺はその彼女の歩調に合わせてゆっくり歩きながら隣のローイへと話しかけた。
「しかし、お前が帰ってくるのも久しぶりだな……
この前、耳にしたのだが、お前の事を風のロイと言っている者達がそこら中に居たぞ」
「ああ、あれですか。西の方にある湖の近くを歩いていたら、魔物の群れが近くの村に向かって移動してたのが見えたんですよ。
それを退治したら、そんな呼び名が広まっちゃいまして」
と、俺に尋ねられたローイは少し照れた表情で話し始める。
「数が多かったんで何匹かは覚えて無いんですけど、結構ばらけて移動してたんで、ちょっと僕一人じゃ村を守るのは無理かなーって思ってたら、丁度良くリーティアさんが飛んでるのが見えましてね。
頼んで、散らばってる魔物達を一か所に誘導して貰って、その後、竜巻で全部巻き上げて、ザンジと協力して落ちて来るのを全部斬ったんです。
それを見てた湖の村の人が、僕の事をそう呼び始めたらしいですね」
「なるほど、それでか。
村の者は全員無事だったのか?」
「はい、それは大丈夫だったんですけど……
リーティアさんの使ったブレスで森が少し焼けちゃいまして。
そっちの消火の方が大変だったんですけどね」
ローイは事の顛末を言い、あはは……と苦笑を浮かべた。
まぁ、俺の感知に反応が無かった出来事なので、そこまで大事では無かったのだろう。
それにしても、あいつは……
誰かを助けようとして行った事なので叱るの事は出来んが、何かやらかした時の為に、後でリーティアには消火用のアイテムでも持たせておかねば……
「まぁ、お前も、村の者達も無事で何よりだ」
「そうですね。
僕としては、ダンジョンみたいな範囲が限られている所で戦うのと、周囲が広い所で戦うのとでは勝手が違うんだなと分かりましたので、良い経験が出来たなと思ってます……あ、エルフィーさん。ただいま」
俺が心の中でリーティアに持たせる物を悩みながらローイと話を続けていると、食卓の近くへと到着し、ローイはそこで待って居たエルフィーへと挨拶をした。
「おかえりなさい、ローイ。
主様、昼食のご用意が整っております」
「ありがとう、エルフィー。
キーリエス、君はそこに座ってくれるか」
俺は昼食を作ってくれた彼女へと礼を言い、キーリエスを俺の席の隣へと促すと、彼女は食卓の周りに並べられたクッションへと躊躇いがちに座った。
「ここで食事するのも久しぶりだなぁ――ん?
主様、あれ何です? ゴーレムにしては大きいような……」
と、ローイは並べられていた食事を見てクッションの上に座ろうとすると、遠くの方で、わちゃわちゃと動いて何かをしている魔気動甲冑の姿に気が付いた。
「ん? あぁ、あれか。
あれは、昨日竜人達が拾ってきた魔気動甲冑という物だ」
「魔気動甲冑……? ちょっと見に行ってきます!」
俺が答えるとローイはそう言い、食事の事はそっちのけで風の魔法を纏って飛翔し魔気動甲冑の方へと飛んで行ってしまい、俺とキーリエスとエルフィーの三人だけがその場に残される事となった。
「え……? え?」
と、キーリエスも彼のその行動をみてポカーンとしている。
あいつも、昔から性格が変わらんな……
珍しそうな物や楽しそうな事があると、ああして飛んで行ってしまう。
まぁ、一足先に亡くなったザンジの魂精霊が宿った刀を所持してからは、無茶な事は控える様になった様でもあるが……
それにしても、竜人達やアダムは、まだあれで遊んでいたのか……
どうりでエルフィーだけしか居なかった訳だ。
「あー……キーリエス。とりあえず、私達だけで先に食べていようか。
ああなるとローイは暫く戻ってこないのでな……」
「あ、はい……」
俺が彼女にそう促すと、キーリエスは目の前に並べられた物を見て、どれから手を付けた物かといった風に少し悩んでから食べ始めた。
昼食は、ケバブ風の様々な具材を薄いパン生地で包んだ物が並べられており、その他にもバケットサンドやマグカップに入れたコーンポタージュのスープなども有り、デザートにはシュークリームらしき物まで用意されていた。
どうやらエルフィーは、ここで食事をした事ない者が来る事を想定して、手だけで食べやすい物をメインに用意してくれたらしい。
コロが来ていないという事は、肉類は使わずに、卵と乳と大豆肉だけで作ったようだ。
まぁ、あいつが傍にいると慣れて無い者には食事し辛い環境になるからな……
「どうだ? 美味いか?
苦手な味や物があるなら無理して食べる事はないぞ?」
「ほれも、おいひいでふ!!」
キーリエスにとっては、食べ慣れない物が多いかもと少し心配したが、彼女は一旦食べ始めると喜色を顔いっぱいに浮かべ、それらの物を食べながらそう答えた。
この様子だと、しばらく落ち着いて話を聞くのは無理そうだと感じたので、彼女が満足いくまで食べ終えるのを待ってから話を聞く事にして、俺もエルフィーと一緒に食事を始めた。
少しすると、アダムがローイと入れ替わりでやってきた。
流石にこいつだけは皆と違い、昼食を忘れずに食べに来たようである。
アダムはキーリエスの事を一瞥すると、誰だろう?と言った感じで少し首を捻ったが、直ぐに彼女の隣へと座ると自身の食事へと取り掛かり、黙々と食べ始めた。
キーリエスの方も食事に夢中になっていたが、かなり体格の良いアダムがいきなり隣に座った事にびっくりして食べる手が止まってしまった。
だが、アダムが少し離れた所に置かれていた豆肉の唐揚げの皿を取り、それを彼女の前へと差し出すと、キーリエスは食べ物をくれる人は良い人だとでも認識したのか、アダムと一緒に食事を再開したのだった。
暫くして、キーリエスのお腹がいっぱいになった頃を見計らい、俺は彼女に話しかけた。
「ところで、キースエスはどうしてローイと一緒に来たのだ?」
「大樹の町と島を見た事が無かったから、私が行きたいって言ったの。
そしたら、おじいちゃんとおばあちゃんが、ローイさんなら安心して任せられるって頼んでくれて、それで」
「ふむ……そうだったのか」
その任せられたローイは彼女を置いて一人で遊びに行ってしまった訳だが……
まぁ、それはいいとして、尋ねたかった事を聞いてみるか。
「ローイから、キーリエスの住んでいた所で採れた物を大樹の町へ持って行って、塩と交換していたという話を聞いたのだが。
他にも町から交換で持って来ていた物とかはあるのか?」
「他には……雷の棘の出る魔石とかとも交換してた。
家とか、囲ってる壁の魔物避けに使うの」
雷の棘……たぶん、グンマーダンジョンから出て来たサンダーマインと言う魔物の魔石の事だな。
小さくて弱い部類の魔物だが、地表に近い浅い地面の中を移動するモグラの様な魔物で、その魔物の居る所を踏むと地面へと雷の茨の棘状の物を背から生やし感電させてくる地雷みたいな魔物だ。
島のダンジョンの入り口に植えてある雷草とは違い地中に居るので、ドワーフの様な土の中を感知する能力が無い者にとっては、厄介な魔物だったりする。
「ふむふむ。それで、キーリエスの所からは何を町に持って行ってたのだ?」
「えっと、サトウモロコシの茎に……魔物とか動物の皮、あとは……
おじいちゃんの作る、お肉を焼く時に使う板とかを持って行ってた」
その、キーリエスの言葉を聞いたアダムは、シュークリームを食べていた手を止めて
「ん……? それって、これの事か?」
と、魔法の鞄から縦横30cm厚さ3cm程の石板を取り出して見せてきた。
その石板を見た彼女も「それ」と答える。
見た所、魔石を仕込んであるようにも見えない、ただの石板ようだが……
「ふむ? どうやって使うんだ?」
「魔力を込めると肉が焼けるくらいに熱くなる石の板だよ、父上。
ダンジョンとかに行って、飯食う時に便利なんだ」
俺が不思議に思い尋ねると、アダムはそう答えた。
魔石が埋め込まれているわけでも無いのに、熱を発するというのが気になり詳しく解析してみると、火系統の魔石を粉々に砕いた物を練り込んだ土の外側を石材で覆った作りをしている事が分かった。
「ほぅ……こんな道具が作られ始めていたのか……」
と、俺は感心して声を漏らした。
どうやらこの板に魔力流せば、練りこまれている粉状の魔石の保持魔力量が簡単に上限に達して崩壊し、それと供に熱を発して石板を温めるという仕組みの様だ。
使用回数はそこそこ限られるという難点はあるが、使う魔力量は微量で済むし、材料とする魔石は天然でも魔物産でも大丈夫らしい。
うーむ……シンプルながらも良い発想だ。
作るにしても、外側を魔法で生み出した石材で覆う際に、内部の魔石の粉を含んだ土に魔力が触れない様に繊細な魔法操作を要求される事になると思うのだが、これを作ったドグルムンは、なかなか良い腕をしているらしい。
作る際に使った魔力の残滓が、断層の様に綺麗に分かれているのが見える。
それに、ドグルムンの住む地域では、天然物でも魔物産でも火系統の魔石を手に入れるのは難しいはずなので、これの材料も町で調達しているのだろう。
物々交換だけではなく、物を仕入れ、それを加工し、物の価値を高める事まで始まっている事にも俺は驚いた。
これは大樹の町だけではなく、他の所に住む者達の生活の様子も一回見に行った方が良いかもしれんな……




