第78話 過去と現在
――島民が増えすぎた人口をホンシュウ大陸に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。
ホンシュウ大陸の巨大な第三世界樹の根本は皆の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった――
……何かで聞いた様なナレーションはさておき、俺は一人、惑星アークの極北方向の成層圏の外側に居た。
「こんな方向から来るとは……ふむ……」
俺は誰も居ない真空の静寂の中、真上を見上げ呟いた。
真空なのに声が出せるのか?という疑問には、俺の長年の弛まぬ努力の結果だ、と答えるしかない……
……ごめん、嘘です。ただ暇にあかせて研究した無駄能力の一つです。
聞く者も誰一人として居ないので、まさしく無用の長物と言える能力だ。
それはともかく、俺が目を向けた先には、暗闇に光を放つ星々に混ざり、こちらへと向かって来ている小惑星が見えていた。
距離としては、まだ百臆km以上も離れているので緊急性は低い。
だが、大きさとしては直径数km程あり、重さもかなりの物のようで、地上に落着した際の脅威度は高かった。
この方向から飛来する小惑星の類は、大抵は他の銀河系から弾き飛ばされた物で、そういった物が他の銀河系へと侵入する事はままある。
しかし、星々が浮かぶ銀河と言えど、その大部分は何もない広大な空間であり、惑星の割合は1%にも満たないし、ましてやそれらとの衝突コースに乗る事は、かなり稀だったりする。
同じ銀河系内の物ならいざ知らず、今回はかなり特殊なケースと言えるだろう。
俺はそんな確率を考えるのも面倒なコースをとる、その小惑星が気になり解析をした。
だが、特に希少な物質などを含んでる訳でも無く、ただの大きい岩みたいな物だったので少し拍子抜けだった。
とは言え、このままでは危険が危ないので、軌道を少しだけ変更して惑星アークに落ちない軌道に逸らしておこう。
「あまり派手な方法を採るのもアレだな……
他のをぶつけるだけにしておくか」
俺はそう独り言ちると、この銀河系の中にある小惑星の中から適当に一つ選び、その小惑星に魔法で氷結した揮発性の物質を仕込んだ。
後は、そのまま放置しておけば、仕掛けを施した小惑星は太陽からの熱で溶け、ガスを噴射して推力を得て彗星となり、向かって来ている小惑星へとビリヤードの玉がぶつかり合う様な軌道に乗り、弾き飛ばして進路を変更する事になる。
「さて、帰るか……」
そう呟き、俺が地表へと降りようとした時
「(主様、おはようございます。ローイです。
主様から御依頼を受けていた物を一つ見つけました――)」
と、ローイから念話が届いたのだった。
ローイとの念話を終え、俺が島へと帰り大祭壇の最上段へと降り立つと、目の前に一人の女性が立っていた。
そよ風を受け緩やかに靡く髪は朝日を受け淡く金の光を放ち、優しさを感じさせる青紫の瞳と秀麗で整った顔立ちに微笑みを湛えた彼女は、俺へ一礼してきた。
「おはようございます、主様。
朝食の用意が整っております」
「おはよう、エルフィー」
と、俺は挨拶を返すと、彼女と一緒に朝食の場へと向かった。
エルフィーは、ここ数十年で身体的な成長は無いが、外見が多少変化していた。
前は銀髪に青い瞳であったが、今では薄い金髪に青紫色の目をしている。
原因は彼女の得意とする魔法属性が変化してきた所為であり、徐々に色が変わっていたため、俺も最近まで気が付いていなかった。
他の者達は自身に合った属性の魔法を鍛えるので、こういった変化は起きては無いのだが、エルフィーの場合は自身の属性に拘らずに鍛えていた為、こんな変化が起きたらしい。
先日、エルフィーや竜人達が昔の魔法動画を見ていた際にそれに気が付き、俺もその話を聞いて初めて気が付いて驚いた。
彼女の歩くたびにサラサラと流れる髪を見て「ふーむ……」と、俺がその先日の事を思い出していると
「主様、どうかなさいましたか?」
と、エルフィーに訝しげに尋ねられ
「いやなに……先程、ローイから連絡が有ってな。
色々な物が日々変化しているのだな、と思っていただけだ」
俺は誤魔化し気味に、そう答えた。
「ローイからですか。
それで、何をお話になられたのです?」
「前に、皆の生活様式に変化があったら教えてくれと、リーティア達にも頼んであっただろう?
彼も大陸側のあちこちを歩き回ってるので、同じ様な事を頼んであったのだが。
どうやら、物々交換をする者達を見つけたらしい」
「物々交換……ですか。
私は、まだ先の事だと思っておりましたが……」
と、俺の話を聞いたエルフィーは少し意外そうな顔をした。
「まぁ、まだ詳しい事は分からんのだがな。
昼には此方に帰ってくるらしいので、その時にでも話を聞こうと思っている」
「では、昼食は彼の分も用意しておきます」
「ああ、頼む。……あ、それともう一人分用意してくれるか?
どうやら、その物々交換をしていた所の者を一人連れて来るようのでな」
「畏まりました」
と、エルフィーと話ながら歩いていると、大祭壇の階段を下りて少し行った所にある俺達の食卓が見えて来た。
見た目は、白く大きな台座の四隅に同じく純白で彫刻の施された太く長い四本の柱があり、その上には巨大なクリスタルで出来た屋根が据え付けてある。
柱に囲まれた中央には、新しく新調された総大理石製の大きく重厚なテーブルが置かれ、その周りを囲む様に明るい黄色に白糸で刺繍の施されたクッションが並べられ、テーブルの上には色とりどりの花をあしらった花瓶と、その花々の色どりに負けない手の込んだ朝食が並べられていた。
何故か俺の周りの物は、段々と豪華絢爛な物へと変わっていくなぁ……
少々、食堂とも食卓とも形容しがたい開放的な作りではあるが、壁などがある室内形式の作りにしてしまうと、肉料理が振る舞われる際にコロが襲来し、とんでもない事になるので仕方ない事でもある。
が、それ以外の部分はどんどん華美になっていく気がする。
これも日々の変化の一つか、と考えながら俺の指定席へ歩みを進めると、既に食事を始めていた者達から挨拶をされ、それに答えながら俺も席へと座った。
俺の隣の席では、一人の男が皆の倍以上は有るであろう朝食を黙々と食べていた。
長い黒髪を一纏めにして背に垂らしており、整えられた前髪の一部だけが白に染まっている。
耳はエルフの特徴である長い耳をしているが、その肌は日に焼けた様に小麦色で、体格に関しては他のエルフとはかけ離れている。
背は頭一つ分は高く2m近くあり、全身を太く高密度の筋肉が覆い、隣に居るだけで妙な圧迫感がある。
その彼は俺に目礼だけすると、直ぐに食事を再開した。
これが現在のアダムなのだが……こいつは変わり過ぎだな。
なんというか、エルフなのにも関わらず、世紀末覇者みたいな風貌へと成長を遂げてしまった。
俺は、ちゃんとエルフの子供に生まれ変わらせたよね?と疑問に思い、ステータスを確認したが、しっかりと種族の項目にはエルフと明記されている。
まぁ、食事の量と食べてる最中は寡黙になる所だけは変わってないか。
と、昔と今のアダムに思いを馳せていると、エルフィーが俺の前に朝食を配膳してから左隣へと座った。
今日はサンドイッチがメインらしい。
肉は大豆肉のようだが、三角に切り揃えられた様々な種類のサンドイッチが皿の中に盛り付けてある。
飲み物はウシジカの乳にフルーツの果汁を混ぜた物が用意されていたが、それとは別に、何故かクリスタルのグラスに入れられたワインも用意されていた。
「ん? これは……?」
「新しく出来た酒ですじゃ。
宜しければ、主様の感想をお聞きしたいと思いまして、持ってきたのです」
と、朝から酒が出された事の疑問が俺から漏れると、食卓の真向かいに座っていたダグが説明してくれた。
今日はドワーフ曜日であったので、多少老けたが相変わらずドワーフ達の長をしているドグとダグの二人と、その妻であるダームとドールも来ていた。
彼等は大陸の大樹の町で作られた酒類を、たまにこうして持ってくる事がある。
「ふむ……果実味が豊かで香りも良く上質な味わいだ。
前の物よりも良い仕上がりだと思うぞ」
「おお……ありがとうございます。
皆にも、そう伝えておきましょう」
と、俺が一口飲み、どこぞの毎年出るワインの総評のような感想を言うと、ドグとダグは素直に喜んでくれた。
実際、年々彼等の作る酒の技術は良くなっているので嘘ではないのだが、それを毎回褒める事になるので、そのコメントには苦労している。
ドワーフの寿命は300歳程だという事も調べて分かっているので、このコメントのバリエーションも、後百数十年は考える事になるのかもしれない……
もしかして、その先もだろうか……いや、今から悩んでも栓無き事か。
と、気を取り直して俺はワインを飲み干すと、今度はリーティアが話しかけて来た。
「ねえねえ主様。変な鎧を見つけたんだけど、後で調べてもらってもいい?」
「変な鎧? 別に構わんが……どう変なのだ?」
「グンマーダンジョンの北の地で見つけ物なのですが。
それが、どうやって着用すれば良いのかが分からないのです」
俺が聞き返すと、バハディアがそう説明をした。
「そうか。なら食べ終わったら、見せてくれ」
何やら、またぞろ竜人達は妙な物を見つけて来たらしい。
竜人達は、身体能力の成長が留まる事を知らず、それに合わせて活動範囲も劇的に広くなった事も有り、大陸のあちこちへと日々気ままに飛び回っている。
体の大きさに関してはレイディアとバハディアの二人は、俺の竜人の神像と同じくらいまでになった。
それと、頭に生えている角が少し前にもう一対生え始め、計四本の角がある。
その角を含めると、身長は確実に2mを超えているだろう。
アダムもそうだが、彼等三人が一緒に居ると、歩道の対面で出くわそうものなら、そっと道を譲ってしまいかねない威圧感があるな……
それに対して、リーティアとシルティアの二人は、能力的な物はともかく、体の成長の方は止まった様だ。
男達と同様に新たに角が増えはしたが、それほど外見に差異は無い。
だが、身に纏う衣類や装飾に関しては年々煌びやかになっている。
まぁ、それは子供の頃から趣味趣向が変化してない所為なのだが、さすがに半世紀も経過した事も有り、性格は少し大人びて来たかな?
いや、俺と接している時はさして変わらない気がするな……
三つ子の魂百までとはよく言ったもんだ。
しばらく、昔と現在の皆の事を頭の中で比べながら食事を続けていると、ふと、ローイから聞いた物々交換を行っていた家族の事を思い出した。
あの家族の名前からすると、家長の者は第4世代くらいのドワーフのはずだ。
一応、ドグ達にも伝えておくか。
「ドグよ。今朝方、ローイから念話で聞いたのだが
ドグルムンとは、お前の所の曾孫だったか?」
「ぶふッ! ど、ドグルムンですと!?」
「あの子は何処にッ!? いえ、それより生きているのですか!?」
俺が、彼に伝えようと思っていた事の前置きを言うと、ドグは口に含んでいた物を吹き出し慌てて聞き返してきて、その妻のダームも安否を尋ねてきた。
「お、落ち着け。大丈夫だ。
彼等は大陸の大樹の町から少し離れた所に住まいを作って、そこで元気にやっているそうだ」
「そう……ですか。
あ奴は、魔石の取り扱いに秀でておりましたから、なんとかやっているとは思っておりましたが、無事であるなら何よりですわい」
「町を飛び出て以来、心配していたのですが……そうですか、元気ですか」
と、俺の説明を聞いた二人は、一様にほっとした表情になり落ち着いてくれた。
うーん……こんなに心配していたのか。
町や世界樹から離れて暮らす者達は、ある程度は見守り、大変そうなら陰ながら助けてはいたのだが。
これなら、もう少し早く教えてやるべきだったかもしれん……
「ローイが昨日、そこを見つけたそうでな。
今日、そのドグルムンの家族の一人を連れて、昼頃に帰ってくるらしいのだ。
私もその者と話したい事があったので、昼食を一緒に食べる予定なのだが、その後にでも会ってみるか?」
と、尋ねてみると、ドグとダームは少し悩んだ後に、会ってみると答えたのだった。
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