第77話 新たなる価値
―― 第四章 改運編 ――
晴れ渡る空、遠くには白く大きな雲、その手前には頂きを雪が薄っすらと覆う高い山々があり、麓には深い森が広がっている。
そんな景色を見渡せる広い草原の中を、一人の青年が歩いていた。
男にしては色白で体つきも細身であるが、背は高く、動きやすさを重視してはあるが頑丈そうな装備を身に纏い、大きめの背嚢と自身の背丈ほどもある黒い鞘をした刀を難無く担いで歩く姿は力強さを感じさせる。
顔立ちは優しく、日の光を反射させ淡い緑の色を放っている長髪を一括りに後ろで纏め、その柔らかくしなやか髪からは長細い耳が伸びていた。
青年は、遠くの森から飛び立った鳥にしては大きい影に気が付くと、足を止めてそちらへと目を向ける。
その遠くを見つめる瞳は元は紫色であったが、少し光を放ったかと思うと金色へと変化した。
「へぇ……、この辺は鳥の魔物が多いんだね」
青年は大空の彼方へと飛び去る鳥の魔物を見据え、なんとなしに独り言を口にする。
「……ああ、そうだね。寝る時は屋根がある所を選んだ方が良さそうだ。
夜中に起こされるのはごめんだからね。
てか、お前は寝て無いとダメだって主様に言われてるだろ?」
と、青年は誰かに語り掛けるように独り言を続けると、背後に目をやった。
「……大丈夫だって。
何か面白い物を見つけたら起こすから、ちゃんと寝てなよ」
背後には、彼が歩いてきた事により出来た獣道の様な跡があるだけであり、動物などの影も形も無く、もちろん言葉を返す者の姿は見えない。
「でも……この辺に、屋根のある所なんてあるかなぁ……」
と、青年は最後にそう呟くと、草原の中を再び歩き始めた。
暫しの間、青年は鼻歌を口ずさみながら膝丈程の草が生い茂る草原の中を歩き続け、やがて遠くに一筋の煙が立ち上っているのを発見した。
「あれは……? まぁ、行ってみれば分かるか」
彼はそう言い、進路を変えると、軽い足取りで煙の出所へと向かった。
先に有った小高い丘を青年は登り、その頂上から煙の元へと目を向けると、煙の正体は炊事の煙であったらしく、数人の者達が住まう家々が建ち並ぶ集落らしき物があるのが見えた。
「へえ……こんな所に住んでる人達が居るのかぁ……
でも、おかげで今夜はぐっすり眠れそうだ」
と、青年は少し驚いた表情で丘の上から集落を見つめると、微笑を浮かべ丘を下って行った。
集落の周辺は、青々とした背の高いトウモロコシの様な植物が生い茂り、所々には根野菜や葉物の野菜類が植えてある畑も有り、それらを低い土壁がぐるりと囲っていた。
青年がその土壁の近くまで来ると、その壁の内側で畑に実る野菜を籠へと放り込んでいた一人のドワーフの男が彼の姿に気が付き怒鳴り声をあげる。
「おい! そこで止まれぃ!
その壁は魔物避けの魔石が仕込んである! 触ると危ないぞ!」
「おっとッ、そうなのか……ごめんよ、知らなかったんだ。
それで、中に入るにはどうすれば良いんだい?」
「ここの反対側じゃ。
向こうからなら入れる道がある」
「分かった、ありがとう」
と、青年は礼を言うと、集落を囲む壁に沿ってドワーフの男の言う反対側へと向かった。
それほど大きい集落でも無いので青年は直ぐに反対側へとたどり着き、トウモロコシの畑を横切る様に繋がっている細い道へと出た。
青年はその道を集落側へと歩き始めると、畑を抜けた所で初老に差し掛かった人間と獣人とのハーフらしき女性と出会う。
「おや? 見ない顔だね。道にでも迷ったのかい?」
「迷ったわけじゃないよ。この辺りをぶらぶら歩いていただけさ。
そしたら、あの煙が見えたんで、一晩泊めてもらおうと思って寄ったんだ。
この道って、向こうに行くと何処に出るんだい?」
女性は背中に背負った籠に、葉を剥いたトウモロコシを入れながら青年へと尋ねると、彼はそう答え道の反対方向を指差し女性に尋ね返した。
「一日くらい歩けば、狩りの森と大樹の町とを繋ぐ道の途中に出るけど……
あんた、町から来たんじゃないのかい?」
「違うよ。島から来たんだ」
「島……? それにその耳は……もしかして、あんたエルフかい?
久々に見たから、気が付かなかったよ」
と、女性は青年の答えを聞き、彼の種族的な特徴に気が付くと驚きで目を丸くした。
「あー……僕らの種族は数も少ないし、殆どが島に居るからなぁ。
こっちでは見かける事が少ないよね。
もしかして、海割列車でこっちに来たの?」
「ああ、そうだよ。子供の頃に親と一緒にね」
「へえ……」
「とりあえず、うちにいらっしゃいな。
も少ししたら昼食だからさ」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
と、青年はお礼を言い、籠を背負って先導する女性の後について集落の中へと歩いて行った。
集落にある五軒ほどの家は、どれもが土壁で出来た円錐状の形をしており、その家々の間は人の往来が多少はあるせいか自然と草が無くなり道や広場の様になっている。
その中心地の広場では昼食の準備の為か、簡素な竈や何かを煮炊きしている様子が見え、そこには人間やドワーフの男女が10人程集まっており、各々が昼食の準備をしていた。
その近くへと青年が案内されると、熱した石板の上で何かの肉を焼いていたドワーフの男の一人が先導をしていた女性へと尋ねた。
「ん? 母ちゃん、誰だそいつは?」
「この人は……そういや名を聞いて無かったねぇ。
あたしはバウリーエだ。あんたの名前はなんだい?」
「僕はローイさ。よろしく……ん? あれ?
バウリーエって……もしかして、バウさんの曾孫さんか?」
そこで初めて両者は名を言って無い事に気が付き、互いに名乗り合うと、バウリーエの名を聞いたローイは少し驚いた表情をして彼女に聞き返した。
「そうだけど……
あんたもローイって、あの変わり者のローイかい!?」
「変わり者はひどいなぁ……」
と、バウリーエもローイの名を聞いて驚きの顔をし、思い出したあだ名のような物を言い。その言を聞いたローイは苦笑いを浮かべる。
「なんだ母ちゃん? 知り合いなの?」
「知り合いもなにも、昔一緒に住んでた……ってのは語弊があるけど。
まぁ、あの頃は皆が家族みたいなもんだったからねぇ……
それに、お前も知ってるはずだよ。
ほら、あの、前にあった魔物の大移動で、それを全部一人で倒しちまったってのが、この人だよ」
「えぇ!? この人が、あの何百匹も居たっていう魔物の群れを西の湖村に寄せ付けなかったって言う、風のロイなの!?」
と、バウリーエの息子達は説明を聞くと、飛び上がらんばかりに驚いた。
「ああ……あれは、偶々あそこに居合わせただけさ。それに僕一人じゃないよ。
あの時は近くに居たリーティアさんが、僕の戦いやすい所に魔物を追い込んでくれたんだ」
彼等の反応を見たローイは、そう言いながら苦笑いをさらに深めた。
「そうだったのかい。
それにしても……ずいぶんと大きくなったねぇ。
島を出る前に見た時は、あたしと大差ない背だったのに……」
と、バウリーエは周りに居る者達よりも明らかに背が高いローイの全身を舐める様に見回しながら言った。
「まぁ、僕は好き嫌いなく肉も食べるからね。
だから他のエルフよりも体格が良くなったんだろうって、主様が仰っていたよ」
「ふーん……なら、あたし達と同じ物を出しても大丈夫そうだね。
旦那が返って来たら食事にするからさ、そこに座って待ってな」
バウリーエはそう言い、籠からトウモロコシを取り出し、石で出来た包丁で実を削り取って火にかけてあった鍋に入れていき、昼食の準備を始める。
バウリーエとそこに居た者達とが昼食の準備をしながら、ローイに昔話や武勇伝を尋ね、その話に花を咲かせていると、暫くして壁の手前で言葉を交わしたドワーフが一人の女の子を連れてその場に現れた。
「妙に騒がしいと思ったら、さっきの坊主か」
「坊主ってあんた……この人は、あんたやあたしより年上だよ。
ごめんなさいね、此処に居るのはあたし以外は島生まれじゃないのよ。
この人があたしの旦那よ」
「お、おぉ? そうだったのか……そいつはすまなかった。
わしはドグルムン。こっちは孫のキーリエスだ。
ほれキーリ、挨拶せい」
そのドワーフの言葉を聞いたバウリーエは、若干、居丈高な態度をとっていた彼に注意を促すと、その男を自身の伴侶だと紹介し、彼は頭を下げ謝ると名を名乗り、傍らにいた艶やかな長い黒髪をした10歳ほどの女の子を紹介した。
「こんにちわ……」
と、キーリエスと紹介された女の子は人見知りをする性質なのか、少しだけドグルムンの陰に隠れながら、か細い声でローイに挨拶をする。
「僕はローイだ。さっきは助かったし、気にしなくていいよ。
やあ、キーリエス、こんにちは」
と、ローイ自身は気にした風でもなく、キーリエスと同じ目線までしゃがむと朗らかな笑みでそう返した。
やがて昼食の準備が整い、質素ながらも賑やかな昼食が始まった。
皆の前には、トウモロコシと細かく刻まれた塩漬けの肉と野菜とをウシジカの乳で煮込んだスープが入った深皿が並べられ、皆の手の届く位置には焼いた肉を一口サイズにして葉物の野菜で包んだ物が山盛りにされて置かれている。
そこに「僕からも何か出すよ」と言ったローイから、魔法の鞄から取り出された様々な焼きたてのパン類が皆へと渡された。
「こりゃ、島のパンかい? もしや主様の?」
「いや、これは違うよ。島にいる他の人達が作った奴さ。
それに最近は、皆が作れるようになったからと仰って、主様はそんなに料理をなさらないんだ」
と、パンを受け取ったバウリーエは、子供の頃に毎日配られていた夕食を思い出しローイに尋ねると、彼はそう答えた。
「そうかい。どれ……これは、なかなかに美味しいね。
ほら、キーリも食べてごらん。あんたはパンを食べるの初めてでしょ」
バウリーエは、甘く味付けされた栗の欠片を練りこんで作られたパンを一口食べて感想を言うと、隣に座っていたキーリエスにも食べてみる様に促した。
手に持っていたパンをまじまじと見て固まっていたキーリエスは、恐る恐るパンへと齧りつくと、パンの中に入っていたクリームに一瞬驚いたが、直ぐにその味の虜となりモグモグと食べ始める。
「気に入ったんなら、まだまだ沢山あるよ。
そろそろ島に帰ろうと思ってたし、どうせなら全部置いて行こうか?」
ローイはキーリエスや他の者達がパンを美味しそうに食べる様を見ると、そんな事を言った。だが――
「ああ、いや……気持ちは嬉しいんだけどねぇ。
うちには魔法の鞄が無いのさ……
だから、日持ちしない物はとっておけないんだ」
と、バウリーエは少し残念そうに断ったのだった。
「え?どうして?
鞄なら、町から他へと移り住む人達には、加護セットと一緒に渡されてるはずだけど……」
「それがねぇ……あたし等は、移り住んだ訳じゃなくてね……」
「……大分昔の事だが、わしらは親と喧嘩してな。
それで、町を飛び出したもんだから、そんなのは持って来れなかったんだ。
そこに居る、他の奴らも似た様なもんさ」
ローイが彼女等の事情に驚き尋ねると、バウリーエの後にドグルムンがそうなった経緯を苦虫を潰したような顔をして説明した。
「そうだったのか……それなら、僕の持ってる鞄を一つあげるよ。
ついでに加護セットも一式あるから、これも」
ローイはそう言うと腰の脇に付けていた魔法の鞄から、世界樹丸が五日に一粒増える瓶、塩が一定の速度で増殖する小さい壺、水を生み出す中くらいの壺、種火を作り出す事に使う細長い火の魔石が付いた棒、それらを取り出すと皆の前へと置いた。
「え!? い、いいのかい?
うちらとしては助かるけど……あんたが困るんじゃ?」
「大丈夫だよ。この加護セットは、困ってる人が居たら渡してやれって主様から預かってる物だしね。僕の分はちゃんとあるから安心して。
鞄の方は僕のじゃないけど……良いよね?ザンジ?」
ローイが並べた物を見たバウリーエは戸惑い気味に尋ねると、彼は何でもない事の様に答え、不意に傍らに置いてあった黒鞘の長刀に声を掛けた。
すると――
『ああ、別にかまわん。でも、中身はお前のに移しておけよ?』
――その刀がそう返事をしたのだった。
「あー……そうだったね。後で僕の方のに入れておくよ。
バウリーエさん、ごめんね、鞄の方は後で渡すよ。
中身が色々と入ってるの忘れてた」
「ッ!? この声は……それに、ザンジって……あのザンジかい!?」
『そうだ。久しぶりだなリーエ』
「お、おい、なんだよ、これ!?
誰と喋ってるんだ!?」
ローイは何でもない事の様に話を続けており、その刀から聞こえてくる声の主に気が付いたバウリーエは息を飲み驚き、他の者達はその奇怪な行動と声に狼狽える事となった。
昼食での混乱はローイとバウリーエの説明で暫くすると落ち着きはしたが、その後ローイは皆から様々な事を質問攻めにあう事となり、結局はそれが夕食にまで続いた。
「それじゃ、今日はここを使っておくれ。
まだ作ったばかりだから、中は何もないけど……何か必要な物はあるかい?」
「いや、これで十分だよ。
この辺は空飛ぶ魔物が多そうだったから、屋根があるだけで御の字さ」
と、日が暮れ始めた頃にローイがバウリーエに案内された場所は、集落の中にある円錐状の土壁で出来た家の一つだった。
彼女の言う通り、中は中心にある柱以外の物はなにも無く、がらんとしている。
「屋根には魔物避けの雷の仕掛けがしてあるから安心しとくれ」
「へぇ、そうなのか。それは凄いな。
誰が作ったんだい?」
「うちの旦那さ。ああ見えて魔物の魔石を扱うのが上手いんだ。
おかげで、こんな辺鄙な所でもうちらは暮らしていけてるのさ。
それじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ。
鞄は明日の朝にでも渡すよ」
ローイがそう返すとバウリーエは夕闇の中へと歩いて行き、自身の家へと向かって行った。
一人残されたローイは、部屋の上部に魔法で光球を浮かべ地面へと座り込み、二つの魔法の鞄を両脇へと置いて、中身を取り出した。
「こんなの、いつ取ったっけ?」
『それは大分前だな。宝箱からじゃない。拾い物だ』
「この籠手さ、僕が使ってもいい?」
『お前には少し重いんじゃないか?そっちのにしとけ』
と、ローイは刀に宿っている魂精霊となったザンジと話しながら、取り出した品々を整理しながら移し替えるという作業を始めた。
暫しの間、手慣れた感じで作業を続けていると、彼は家の外に気配を感じ手を止めた。
「おや? そこに居るのは……たしかキーリエスだっけ?
どうしたんだい? 君はまだ寝ないのか?」
と、彼が声を掛けた先には、家の入口の横から顔半分ほどを覗かせて中を見ようとしていたキーリエスが居た。
彼女は中を覗いたとたん声を掛けられた事に驚きはしたが、おずおずと中へと入ってくると
「……何をしてるの?」
と、ローイに尋ねて来た。
「あぁ、これかい? ザンジの鞄の中身を僕のに移しているだけさ。
中身が多いと、良く使う物を上の方に置いておかないと、いざ使おうって時に大変なんだ」
「ふーん……」
彼女は相槌を打つと、ローイの側へと座り込む。
昼食から夕食にかけて、彼の話を沢山聞き、初めて食べる事になったパンや菓子の効果によりキーリエスはローイに懐いた様子であった。
彼女はローイが地面に並べた様々な物を、出しては入れていく様を興味深く見ながら「これは何?」「あれは何?」と尋ね、ローイはそれに答えていく。
その途中で、ローイはふと思い出したかのように、逆に彼女へと質問をした。
「そう言えばさ。気になってた事があったんだけど、聞いてもいいかい?」
「なに……?」
キーリエスは、ローイに尋ねられ小首をかしげる。
「お昼に、ウシジカの乳を使ったのがあったけど、あれはどうしたんだい?」
「ウシジカは、おばあちゃんとおじいちゃんの家の裏に居る。
私が生まれる前に、いつの間にか近くに居たのを捕まえて飼う事にしたって、おばあちゃんが言ってた」
「ふーん……なるほど。それは運が良かったねぇ」
「サトウモロコシも野菜も、おばあちゃんとおじいちゃんが、ここに来た時に気が付いたらあったんだって」
と、彼女は質問に答え、ローイは次の事を尋ねた。
「へー……でも、塩は?
ここって海からも離れているし、どうしてたの?」
「お塩は、たまにお父さんとかが、サトウモロコシの茎とかお肉を町に持って行って、交換してきてる」
とのキーリエスの答えを聞いた時
「肉とかと交換……? それって……
あ……! ああ! これの事か!」
と、ローイは言い、驚きの表情から嬉しそうな顔へと一変した。
「どうしたのロイ?」
「ははっ、いやなに。探し物の一つが見つかったのさ!
ありがとうキーリ! はははは……――」
突然、嬉しそうな顔で笑い声をあげたローイに
「??」
と、キーリエスは困惑する事しか出来なかったのだった。
始まりの話はローイ君に担当してもらいました。
次話からはまた、いつも通りの形式での話になります。




