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神体コレクターの守護世界  作者: ジェイス・カサブランカ
第三章 廻魂編
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第74話 怒り

 俺は五人と一匹を引き連れ、ダンジョン内部をざっと見て回りながら、空間ゲートを使い10階層毎に下層へと降りて行った。


 内部も地表同様、自前で移動できる魔物は全て逃げ、通路も部屋もその殆どがもぬけの殻だ。

 ダンジョン自体も保持魔力が低下している所為か、色々な面で機能不全を起こし始め、トラップなどの動作も止まってしまっていた。


 ついて来ていたリーティア達も、最初の方こそダンジョンの回収転送機能が停止している所為で、あちこちに放置されたままになっている宝箱を見つけ、その中身を嬉々として収集していた。


 しかし、暫くすると


「中は向こうとあんまり変わんないね……」

「そうねぇ。罠も動かないからぁ宝箱を開けるのは楽だけどぉ」


 と、魔物も罠も無いダンジョンに飽きてしまった様だ。


 まぁ、皆が退屈になるのも仕方ないか。 

 俺としては忙しいのだが、傍から見れば、ただぶらぶらと散策しているだけの様な物だし、上層部の構造は島のダンジョンと大差ないからな。


 だが、この先は少々特殊な物となっているので、皆も多少は驚くだろう。


「次の階層は、面白い景色が見ることができるぞ」


 俺はそう言うと、次の階層へと繋がる空間ゲートを開いて、皆を招き入れた。


「面白い景色って――え? なにここ?」


 と、いの一番でゲートを出て来たリーティアは、きょとんとした表情で言った。


 彼女の目の前には、先程までの土と岩が剥き出しだったダンジョンの物とは違い、木々が鬱蒼と生い茂る森が現れたからだ。


「主様。お外に出たの? あれ?でも天井がある……?」

「だが、外の様に明るいぞ……」

「天井があるのに不思議ねぇ」


 と、島のダンジョンではお目に掛かれない景色を前に、五人は階層フロア全体が森になっている風景に驚いた様だった。


「島のとは違い、他のダンジョンは様々な環境を模している所が多いのだ。

 グンマーダンジョンの場合は、中層辺りから、この様な広い森を形成している。

 このダンジョンでは無いが、場所によっては全てが氷に覆われていたり、溶岩の流れる渓谷の中を進むような所もあるな」


 グンマーダンジョンは、中層から下の階層は雑多な木々の生えた森やジャングルといった自然環境が再現されている階層になっている。


 普段であれば、その生い茂る植物に交じり様々な動物や昆虫や植物系の魔物がわんさかと生息しており、それらの熱気にも似た息遣いを感じる場所なのだが。

 しかし、今は下の階層へと向かって吸い込まれていく風に煽られて、揺れ騒めく木々の音しか聞こえなかった。


 俺は、興味津々な様子で周囲を飛び回る皆に簡単な説明を行うと、はぐれない様にと歩調をゆっくりとした物へと変え、この階層の中心地へと向かった。


 しばらく森の中の木々の間を縫うように歩き、このフロアの中央付近にある開けた場所へと出ると、皆は森フロアの観察に満足したのか俺の近くへと降りて来た。


「主様。徐々に風が強くなっている様に感じますが……

 件の相手は、どの辺りに居るのですか?」


「ここから10階層下だな。

 その辺りから下の階層は、既に奴に飲み込まれてしまっている」


 尋ねて来たバハディアにそう答えながら、俺は着ているローブが強くなってきた風に煽られバタバタとはためき痛むのではないかと心配になり、自身に風避けの結界を張った。


 まぁ、実際には、このローブには風程度の物ではどうこうできない程の強化を施してあるのだが……

 この亜麻のローブはお気に入りと言うだけでは無く、昔、ここに居る5人から貰った思い出の品でもあり、それらの品々を使っている時は、こういった風に大切に扱うのが俺の習慣となっていた。


「階層が飲み込まれ……?

 そいつは、どれ程の大きさなのです?」


「大きさは……時の箱舟が地面に埋まる前の姿は覚えているか?

 下に居る奴の形は球状に近いが、大きさ的には時の箱舟の十倍ほどだ」


「あの十倍……」


 大まかな例えではあるが、そう教えてやると、バハディアも聞いていた他の皆も驚きと困惑の表情に染る。


 答えた様に、奴はグンマーダンジョンの中層域全体を抉る様に、直径500m程にまで巨大化している。

 その成長速度も、体積が大きくなるにつれ徐々に加速しているみたいだ。


 しかし、なんとなくだが正体も分かって来た。


 奴は闇と魔属性による分厚い膜を作り、それを体表面に展開して、触れた物を分解吸収している様だ。


 その表面に展開されている物を取り除かなければ、詳しく中身を調べる事は難しいが、習性からして、おそらくスライム系統の亜種だろう。


 ここまで近くに来た事によって、精霊達が感じて怯えていた貪欲に捕食だけを求める感情波の残滓もはっきりと感じるし、この原始生物の様に単純な行動原理と物を取り込み成長する生態はスライムに似通っている。

 

「えっと……そんな大きいの、どうやって退治するの?主様?」


 と、リーティアが若干不安そうに尋ねてくる。


「色々と方法はあるから大丈夫だ。

 奴の魔法効果を反転させてやれば自滅させる事も出来るし、同座標空間に物質を重複転送して核融……内部から燃やしてしまうという手もある。

 だが、まぁ、その前に直接見て調べてみる事にするか。

 皆、私の後ろに少し下がってくれ」


 俺は、五人とコロを背後へと下がらせると、手を軽くかざし空き地の中央へと向けた。

 その手の向けた先で、金属同士がぶつかる様なキンッとした音が鳴り、十階層ほど下までくり抜く様に俺は空間を切断した。


 切り取った部分を即座に別の空間へと転送し穴を空けると、出来上がった大穴の淵へと行き下を覗く。

 すると、穴の底は闇より尚も暗い何かで覆われた壁の様な物が見えた。


「ふむ、見た目は予想していた通りだな」


 光さえも吸収する性質からして、外見は真っ黒な感じだろうと予想していたので、特に驚きはない。


 そんな事を考えつつ俺が穴の底を眺めていると、皆も隣へと来て一緒に穴の底を覗き始めた。


「見た目ですかぁ?

 底が真っ暗でぇ、何も見えませんけどぉ……」


「その底にある、あの暗闇に見える物自体が奴の体の一部だ」


 俺はシルティアにそう言い、皆の頭上に強めの光を放つ光球を浮かべてやると、大穴の断面と途中に連なる下層のフロアをサーチライトの様に照らした。


 煌々と強い光に照らされた穴の中は、十層ほど下の場所からはスッパリと区切られ、墨で塗りつぶされたかの様な真っ黒な壁になっているのがはっきりと映った。


「あれが……? 大きさには驚いたが、特に動きは無い様だな」

「そうだね。近寄らなければ大丈夫そう――」


 と、バハディアの言にリーティアが答えた時だった。


 穴の底から強烈な捕食衝動の感情の波が発せられ、それと共に奴の纏う黒き覆いが幾本もの触手へと変化し、俺達の方へ向け弾丸の様な速度で迫って来た。


 しまった、俺達の魔力や照射した光球の強烈な光に反応してしまったか。

 少しまずいな。俺はまだしも皆に触手が到達するまで一秒も無い。


 全員を島の方へと送り帰すか?


 と俺は考え、チラッと皆の姿を確認すると、コロは既にレイディアとシルティアの両名を口の中に咥えて後ろに退避しようとしており、エルフィーも飛翔の魔力を準備し回避を行おうとしている姿が見えた。


 これなら、俺が残ったリーティアとバハディアを抱えて退避させれば大丈夫そうだな、と判断し即座に俺も実行に移す。


 触手が殺到する刹那の瞬、俺はエルフィーに魔力ブーストの補助を与え、竜人の四名にも急激な回避行動の際に体にかかる加重を減衰させる補助魔法を掛ける。

 それらを同時に行いながら、右隣に居たリーティアとバハディアの間に行き、二人を両肩に抱えると後方へと飛び上がった。


 俺達が瞬間移動とも錯覚するほどの速度で後方へと飛びのくと、秒の単位にも満たない時間差で、元居た場所へと数百本もの黒い触手が殺到し濁流の様に飲み込んだ。

 その漆黒の濁流は、付近にあった物質どころか空間さえも削り取り、その削り取られた空間が、硬質な金属が擦れながら割れる様な悲鳴を辺りに響かせる。


 こいつ……空間にまで干渉する事まで出来るのか?


 どうやら、先程の直前に感じた奴の感情の波、狂暴な『喰らう』という一点にのみに集中された強い思いが魔法効果として発現している様だ。


 人や魔物、その他の生物にしても、普通であればもっと雑多な感情と本能を持つはずだが、こいつは純粋に食欲のみの感情しか持ち合わせていないらしい。

 その尋常ではない在り方と本能が、物質どころか魔力や空間に至るまで、全てを飲み込む作用をもった魔法として発現している。


 ここまでの効果となると、GPの性質に近い純魔法の域だな……

 それに、中身はスライムの様な物で鈍重だろうと予想していたが、魔法操作に関しては別らしいな。


 俺が奴の習性や能力を分析しながら、リーティアとバハディアの二人を抱え少し離れた空中へと退避すると、コロが俺の側に見えない足場でも有るかのよう着地し、ペッとシルティアとレイディアの二人を吐き出した。

 俺は慌てて吐き出された二人の足元に足場となる力場を作ると、エルフィーも少し遅れて、俺の傍らへと飛翔魔法でやってきた。


「これは思っていたよりも厄介そうだ……皆、大丈夫か?」


 俺も抱えていた二人を解放し、皆に安否を尋ねる。


「う、うん……びっくりしたぁ」

「すみません主様。助かりました」


 と、リーティアとバハディアは多少驚いた程度で済んだのだが


「うぅ……よだれでベタベタにぃ……」

「一瞬、何事かと思いました……」


 コロに上半身を飲み込まれる様に咥えられていたシルティアとレイディアの二人は、全身がよだれまみれとなっていた……


「すまん。私が不用意に刺激を与えたせいだ」


 俺は皆に謝り、あの黒い触手達がこちらに向かってこない様に気配を遮断する結界を周囲に張ると、シルティアとレイディアの全身を綺麗にした。


「主様。あの黒い触手は先程……いえ、今も空間を削り取っている様ですが。

 アレは一体、何なのでしょうか?

 どの波長に合わせても、私には黒い物としか見えないのですが……」


 シルティアとレイディアの体を綺麗にし終わり、二人を助ける様に動いてくれたコロの横腹を褒める様に俺が撫でていると、エルフィーは穴の淵から這い出てきて蠢いている触手の群れを見ながら尋ねてきた。


「おそらく、スライム系統に近い魔物だ。

 視覚強化でも黒くしか見えないのは、あれが光も魔力も、何もかもを取り込んでしまうほどに、纏っている魔属性の魔法が強いからだな。

 極稀に、魔物の中で特殊な個体が生まれる事が有るのだが――」


 と、俺が説明をしていると「あ……」と、リーティアが声を漏らし俺の背中の方を見て、その彼女の声と視線で俺も気が付いた。


 俺の着ているローブの背の一部が削りとられ、破れていたのだ――


 ――回避した時に奴に触れられた――

 ――異層次元思考の緊急時の課役ミス、および思考数不足――

 ――なんで、こんな失敗を……慢心していた――

 ――二人を助ける為だった、仕方がない――


 ――くそ……くそ、くそクソくそくそくそガアァアァァァアアアアア――



 ――……ゆるせん……――


 ――跡形も無く消してやる――



 ――その瞬間、世界が軋みを上げた。


 自身の不甲斐なさに嘆く俺、奴への八つ当たりを考える俺、失敗を糧に次の事を考える俺、冷静に奴の事を分析し続ける俺、報復方法を思案する俺、奴への対処よりも皆の保護へと思考を切り替えた俺、怒り一色に染まり我を忘れている俺。


 思考領域の一部が感情で暴走しているのが分かる。


 今回の事態に合わせ解放してあった権能と力が、その思考が纏う感情の波の影響を受け、一瞬だけ漏れ出て。

 その余波が、物質、空間、次元と、ありとあらゆる物に影響を与え震わせたのだ。


 そして、俺の左手だけが、何気ない所作で斜め下へと向けられていた。


 その手が軽く振られると、そこから白い光波が薙ぎ払う様に放たれ、下の穴の淵で蠢く黒い触手の群れと、それを伸ばしている地下の本体へと向かって行った。


 その純白の光波は、対照的な色の黒い触手へと触れると、その接触した部分から、まるで消しゴムでも掛けたかの様に消し去っていき、その先に有るダンジョンの木々や地面も全ての障害物をすり抜け、それらには一切影響を与える事無く、下に居る奴の本体へと到達すると触手と同様に音も無く消滅させていく。


 その時だった。


「ワンッ!!」


 と、コロが大きく吠えた。


 その声は、俺を咎め、止めさせようとしている物に感じ、それと同時に俺の思考の大半も、今すぐ止めろと叫んでいた。


 そのコロの声と俺自身の心の声に従い、即座に消滅の光波を中断した。



 お気に入りのローブを破られた事により、少しイラついてしまった。

 この感情は良くないな……


 それに、これは俺の不注意が招いた物で、奴の所為ではない。

 あれは条件反射と同じ様に、本能に従い俺達を襲っただけだ。


 反省と若干の自己嫌悪を感じながら、俺を戒めてくれたコロと周囲の皆に目を向けると、エルフィー達が顔を青くして俺を凝視していた。


 どうやら、俺から漏れ出た感情と力の波動を感じとり、それにあてられてしまったらしい。

 まるで今にも吐きそうといった感じの顔色である。


「……すまない、皆。

 驚かせてしまったな……」


 俺はそう言い、皆を下へとゆっくり降ろした。


 皆は地面に足を付けると、五人は腰が抜けてしまったのか、へなへなと座り込んでしまったので、俺は少し離れた木陰へと運び、皆へと弱い鎮静効果の聖魔法を掛け座らせた。


「皆は、ここで休んでてくれ。

 私は、奴の事を少し調べて来る」


「は、はい……」


 俺がそう言うと、エルフィー達は弱々しく答えた。


 下の魔物に対してならまだしも、皆にまでこんな影響を与えてしまうとは……

 やはり、一部とはいえ能力の解放はすべきで無かったかもしれん……


 まぁ、やってしまった事は仕方ない。

 反省する事は多々あるが、先にやらねばならない事があるし

 さっさと終わらせてしまおう……


 俺は、自身の沈む心に活を入れ、下の階層に居る奴の本体の様子を探った。


 奴は、俺の消滅の光波を受けて、体の三分の一ほどが消え去ってはいたが、どうやらまだ生きてはいるらしい。


 幸い、解析を困難にしていたフィールドも消え去っているので、今の内に調査を済ませてしまおうと考え、俺は下へと目を向け、奴のステータスを確認した。


 名前:  属性:魔 種族:アンデットスライム 


 スライムのアンデットという、珍しい魔物である事に驚いた。

 今まで、とんとお目にかかった事が無い魔物だ。


 だが――


 そんな些細な事よりも、俺の心を激しく揺さぶる衝撃を与えたステータス表記が一つあった。


 ―― SID:1 ――

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