第73話 魔属性
――多次元分散思考制限上限付きで解除――
――時空因果観測制限上限付きで解除――
――世界樹連結転換術式第五神葉変換炉のみ一部解放――
精霊達が感じている異常事態を鑑み、俺は急遽、自身に課してある能力制限の一部解除を行った。
俺自身の意識の奥底で混ざりあう様々な人格思考を異層次元毎に配置、それらを連結し、それぞれの思考ベクトルにランダム性を持たせ、そこに世界間を行き来するエネルギーと因果を観測した情報を流し込む。
――グンマーダンジョン内での災害を確認。中心地は観測不能――
――広域的に物質、空間、エネルギーの全てがマイナス値に移行中――
――異層次元魔素に微弱な感情波が混在、未知の魔物または存在の可能性有――
――精霊および深層記憶に因果率高。双方に被害の可能性――
――陰樹免疫機能は起動済み。効果は無し。闇属性の働きに類似――
世界に寄り添う様に存在する多層次元とエネルギー空間にちりばめられた、幾つもの俺と俺とが互いにリンクし、一瞬にして欲しい全ての情報と思考が同時に手に入った。
余計な観測や思考も混じるので、それぞれの思考が出した結論や予測はばらける事になるが、それら全てを統合すると確立収束による未来予知にも似た物を知る事が出来る。
結果、分かった事は全世界の崩壊程度では無いが、放っておくと惑星アークが消滅するには十分な事態が進行中である事。
それを引き起こしている者、もしくは物は、正体不明でグンマーダンジョンの奥深くに居るという事だった。
今すぐどうこうと言う訳では無いが、精霊達がその謎の存在が発する感情波に当てられ不安に駆られているので、早めに対処するに越した事は無いだろう。
しかし――
――それとは別に、緊急性が高い案件が俺にはもう一つある。
「グンマーダンジョンかぁ。楽しみだね!」
「どんな所なのかしらねぇ。新しいお宝が見つかるかしらぁ」
「レイ、バハ、二人ともちゃんとした装備に着替えた方がいいと思うわ」
「そうだな。部屋から取って来よう」
と、付いてくる気満々の竜人とエルフィー達だ。
観測と予測にいくつかの懸案事項があるので、連れて行くのは少々危険なのだが、どうしたもんか……
なんとか誤魔化せないかな?
頼む俺! 何か良い案を出してくれ!
――無理だろ――
――好奇心旺盛なリーティア達に知られた時点で諦メロン――
――てか、前にも同じ事をしたよな――
――天丼かな?――
と、役に立たない分散思考達だった……
まぁいいか、危ないと感じたら強制的に送り返そう。
俺は神体をエルフから人間へと切り替えると、サーリと精霊達、それにガウ達の魂精霊と転生の為に体内に精霊を宿している母親達を、外界から完全に遮断する結界へと避難させた。
「すまんな、サーリ。
昼までには戻ってくるので、しばらくこの結界の中で皆と精霊達の面倒を頼む。
何か異変が起きた場合は念話で知らせてくれ」
「分かりました。主様もお気をつけて」
と、サーリに達に見送られながら、俺はエルフィーと竜人達の五人、それとコロを引き連れ、この異常事態の調査と収拾をすべく空間ゲートを開いた。
先ずはダンジョンの外界の様子を探るべく、空間ゲートをグンマーダンジョンの入り口から少し離れた地へと繋ぐ。
空間ゲートの光る枠を潜り抜けると、そこは島の森と大差ない一見平穏そうな景色に見えた。
だが……
「妙に静かですね……」
と、レイディアがぽつりと漏らした通り、鳥のさえずりや虫の音どころか、風も凪いで木々の騒めきも消え去り、まるで時間さえも止まったかの様な様相で周辺の森は不気味なほどに静まり返っていた。
「いつもは、もっと騒がしい場所なのだが……
おそらくダンジョンでの異変のせいだろう。
魔物も動物も、それを察知して、この付近から逃げ去った様だな」
俺はそう答え、周辺に漂う魔力の残滓や様々なエネルギーの精密なデータを取りつつ次の目的地、グンマーダンジョンの入口付近へと空間ゲートを繋いだ。
ゲートを抜けた先では、辺り一面に奇怪な植物が生い茂り、所々には悪臭を放つ沼が点在している。
気温は普通であるのに常に枝の下に氷柱を付けている木や、葉の代わりに炎を吹き出し周囲に火の粉を撒き散らしている樹木。
蜜の代わりに毒液を湛え禍々しい色合いの花を咲かせた、のこぎり状の大きな葉を持つ草花。
内部で何かが蠢いているのが透けて見える、エイリアンの卵の様な巨大なキノコなどなど。
それらが赤黒い土に覆われた大地のいたる所に生えており、来る者は拒み、去る者は生かして逃がさないといった雰囲気を醸し出している。
不気味な物のオンパレードだが、これらはダンジョンの内部や入り口付近であるなら、ごく普通の光景だったりする。
島にあるダンジョンの方が他所と比べて、のどか過ぎるのだ。
「ここからはグンマーダンジョンの領域になる。
周囲の物は、どれも危険な物が多いので、不用意に近寄ったりしないようにな」
と、俺は五人へと注意を促し、ここでも周辺の情報収集を行った。
周辺の植生には特に目立った変化は無いが、先の場所と同様に動物系統の魔物の姿が見えない。
どうやら、残って居るのは自力では移動が出来ない植物系の魔物だけで、自力で移動できる魔物は全て逃げ出した後の様だ。
だが、一つだけ先程とは違う点があった。
ここでは僅かに空気の流れ、風がある。
その風は、周辺の草木や俺達の肌を舐めるかの様に、この地の中心地であるダンジョンの入口となっている穴へと向かって、ゆるやかに吹いていた。
「ふむ……」
「主様。異変って、何が起きてるの?」
俺が周囲を見渡していると、リーティアがそう尋ねてきた。
「私にも、まだ詳しい事は分からないのだが……
何かがダンジョンを侵食しているらしい」
「らしい……ですか?」
と、歯切れの悪い言になってしまいエルフィーにも問い返されてしまった。
しかし、ここまで正体不明な物は、俺も初めてだったのだ。
光や音波は勿論の事、はては電波やニュートリノなどを使った様々な物理的な方法での調査もダメで、魔力や気などの非物理的な方法でもダンジョンの奥深くに有る物を観測する事は出来なかったからだ。
調べる為に送り出したエネルギーや物質の類は、その悉くが反射も透過もする事なく、綺麗さっぱりと消失し、天界のパソコンでもダンジョンの一部が真っ黒な何に覆われている事しか分からなかった。
異層次元を介しての調査や、内部へと空間を繋げるなど強引な手法も考えたが、「それは他の調査を終えてからにすべき」との分散思考内での結論もあり、こうして出向いて、他の細かな情報収集をしに来る事にしたのだ。
「私にも、まだ正確な正体が分からなくてな……
その何かが接触した物を取り込んで、ダンジョン自体も飲み込みながら徐々に巨大化している事くらいしか判明していない」
「成長している、という訳ですか」
「ああ、おそらくな」
俺はそう答えながら、周囲の植物や植物系の魔物を、保管と調査用にと隔離空間へ転送しながら、ダンジョンの入口へと向かった。
「あの穴に向かって風が吹いている?」
と、リーティアが気が付いた様に、入り口の地下へと続く穴へ近づくにつれ、そこへと引き込まれている風が強くなってきた。
歩きながら周辺とダンジョン内部の物質や魔力の流れも探ってみると、大気だけでは無く周辺に漂う魔力や、ダンジョン自体の持つ魔力さえも強引に引き寄せられ吸い取られているのが見て取れた。
「バハがぁブレスを使ってる時に似てますねぇ……
ダンジョンの中の、その謎の子が使ってるんでしょうかぁ?」
「たしかに効果としては似てるが、それだけでは無い様だ。
闇系統の魔法やスキルは、物を引き寄せたり反発させるなどは出来るが、こいつは周辺に漂う魔力まで引き寄せているな……」
と、俺はシルティアの疑問に歩きながら答える。
闇魔法で行えるのは物質や物理現象への干渉までが限度なので、空気自体に宿っている魔力をついでに引き寄せる事は出来ても、空間に漂ってるだけの純魔力や、他の存在が保持している魔力にまで効果を及ぼす事は難しい。
そこまで影響を及ぼすとなると領分が違う物になる。
他の魔力にも干渉が出来る物となると、俺の持つGPの他では、純粋魔法の行使と聖属性での魔法……
それと、もう一つ――
「……もしや、魔属性か?」
と、俺は思い至った答えを口にする。
「魔属性、ですか?」
「うむ。魔属性は聖属性と対を成す属性だ。
聖属性が他に力を与える物だとすれば――」
「魔属性はその逆、と言う訳ですね?」
「そうだ」
と、呑み込みの早いエルフィーは、俺の言いたかった事を即座に把握する。
便宜上、魔と名付けてはあるが、別に邪悪な力と言う訳では無い。
ただ単に、磁極のプラスとマイナスと似た様な関係だと言うだけだ。
俺も道具や魔石に能力を付与する際に利用する事がある。
どうやら、この下に居る者は、魔属性と闇魔法を併用しているらしい。
しかし、魔物が聖や魔の属性を持って生まれる事は極端に少ないし、ここまでの規模の現象を引き起こす存在も初めてだ。
魔王みたいな存在でも生まれたのかもしれん。
「ともかく、先に進むか」
俺はそう言い、皆を引き連れてダンジョンの内部へと足を踏み入れたのだった。




