第69話 精霊の揺り籠
水精霊が誕生し、それを喜んだのも束の間。
その光景を遠くから目撃した者や、まだ寝ていたが騒ぎで目を覚ました者達も集まり始め、生まれたての精霊を数百人規模の集団で囲む状態になってしまった。
混乱で泣き出す子供達や喧嘩をする者達まで出始めてしまったので、俺は「明日の昼にでもまたやるので安心しなさい」と言い聞かせて、その場は解散させる事にした。
そして、この場に残ったのは自前で水精霊の姿を視認できる者達だけとなった。
「動きませんね……」
「そうだな……」
と、隣に居たエルフィーの呟きに俺はそう答える。
水精霊が誕生してから小一時間が経過したが、水精霊は一向に動く気配も見せず、ただふわふわと浮かんでいる。
だが、実際には精霊を構成する魔力が、内部の極小域で目まぐるしく動いているのが俺には見えていた。
まるで人の脳内のシナプスの働きの様だ。
どうやらウアの忠告通り、生まれたばかりの精霊は混乱しているらしいな。
精霊は体を魔力で作り上げているが、それで思考も行っている様であり。
思考回路とも見て取れる部分を魔力が成型して、同時にその魔力が内部を駆け巡り、微細ながらも複雑に変位している真っ最中だ。
「主様、この子に触ってもいい?」
と、自身の視覚強化法で水精霊をなんとか見る事ができるリーティアは、見ているだけなのを飽きたのか、そう尋ねてきた。
「んー……普通に触れるのは無理だと思うが……そっとな」
「はーい。……ほんとだ。なんの感触もないや」
彼女は水精霊の輪郭を撫でる様に優しく触れると、そんな感想を言う。
水精霊の魔力が希薄な所為もあるが、未だ抵抗や反発を生む意思が無い事もあり、こうして、ただすり抜ける事になるのだが――
「見えるのに触れないのねぇ……
あらぁ……? あらあらぁ?」
と、シルティアが触った時だけは反応が違った。
まるで綿毛が衣類に引っ付いたかの様に、水精霊は彼女の手へとくっつき、そのまま離れようとしくなったのだ。
「ふむ……? すまんが、じっとしていてくれるか」
彼女にそう言い、俺とエルフィーがシルティアの手の平にくっついている水精霊を見てみると
「これは、シルティの魔力に反応して……
いえ、取り込んでいるのですか?主様」
「その様だな……」
エルフィーの言うとおり、どうやら水精霊は食事をしている様子だ。
人や自然界の物質は、自身の持つ能力や性質で蓄積できる魔力の量が違う。
その上限に近い状態の場合は外に放出しており、人の場合はその状態での放出量が多く、意図して止めない限りはダダ漏れになっている。
そのシルティアの放出する水属性の魔力を水精霊は気に入ったのか、ぴったりと張り付いて吸収している様子だった。
まぁ、無理やり吸い取るのではなく、外に放出している余剰分だけを取り込んでいるので今のところは問題無いだろう。
「どれ……」と、俺もこっちの水は甘いぞとばかりに体外に排出する魔力を水属性のみにしてみると、水精霊はシルティアから離れ俺の方へとくっついて来た。
「あらぁ……残念。せっかくお話が出来そうだったのにぃ。
やっぱり主様の方がいいのかしらぁ?」
「話?――ッ!?」
と、シルティアが離れていった水精霊を見ながらそう言い、それに聞き返そうとした時だった
――……おいしい……―――
――……もっと……―――
――……きもちいい……―――
俺の放出する魔力を伝わり、水精霊の感情が全て合わさり突如として逆流して来た。
この感覚は!?
何処かで似た様な物を感じた事があった気がする……
どこ……
いや、いつだったか……
そうだ、あの時の――
「――主様? 主様!? どうなさったのですか!?」
「どうしたの!? 主様!?」
と、エルフィー達が慌てた様子で声を掛けながら俺の体を揺すり、我に返る。
どうやら、俺がかなり驚いた表情をしていた為、皆を驚かせてしまった様だ。
「いや、こいつの感情の表現の仕方が珍しかったものでな。
ちょっと驚いてしまっただけだ」
「そう……だったのですか。
主様にしては珍しいと申しますか……初めて拝見する御顔でしたが……」
「たしかにぃ、その子の話し方ぁ?は、独特ですからねぇ」
そこまで慌てる程の表情をしていたのだろうか?といった風に、自身の顔を撫でながら言い訳を言いその場は誤魔化しはしたが、事実そこまでの顔をする程に俺は驚いていた。
俺自身の持つ神語の機能を通して知覚したので、伝わってくる物を言葉や情報として認識出来はしたが……
水精霊の伝えて来た物は拙く、単純な物ではあった。
だが、あの一緒くたに全てを伝えてくる感覚は、この世界で俺が初めて目を覚ます直前に感じた物と酷似していた――
――その後、皆には水精霊の面倒は当分俺がみると言い、俺は精霊を詳しく調べる事にした。
真っ先に組成や構造を調べ、俺をこの世界に招いた者の正体を探りたいという気持ちもあるが……
まぁ、それは俺自身の興味本位による物なので後回しだ。
その前に最優先で精査せねばならないのは精霊の生態の方で、精霊が普通に生存できるのかを調べねばならない。
とりあえず、人から漏れ出る魔力を取り込む事は分かった。
だが
その魔力に込められた属性や状態での好みの違いはあるのか?
他の物体から発生している魔力も食べる事が出来るのか?
それと、その取り込んだ魔力を、どの様に消費するのか?だ。
先ずは、俺の発している魔力を体の部位毎に属性を変化させてみる。
すると、やはり水精霊は水属性の魔力を好むらしく、その場所へとフワフワと飛んで行って張り付いた。
好みの順としては、水魔力、純魔力、その他といった感じだな。
次に、魔力に攻撃や操作、物質化や状態変化などの効果を微弱に付与して発してみると、これはどれも嫌がった。
どうやら、何も意思が込められていない魔力か、純粋に精霊に与えようとして発した物を好むらしい。
最後に、自然界に溢れている魔力だ。
俺達の住むこの島は世界樹から溢れる魔力が隅々まで行き渡っており、それはどの属性も宿していない純魔力だ。
その何にも染まっていない魔力は、様々な物質に浸み込む様に宿り、その物質の属性を得て、許容値を超えた分はまた外に放出される。
水精霊が水の属性に染まった魔力を好むのは分かったので、水辺へと連れて行くと、そこから発せられている魔力を取り込む様子が見て取れた。
人の発する魔力は、その者の気分や体調により若干の意思の残滓が混じるが、自然界の物質ではそんな事は起きない為か、精霊にとってはこちらの方が吸収の効率が良い様だ。
これなら、俺や人の手による介在が無くとも生存に問題は無さそうだな。
さてと、水の魔力を飲みながら水精霊が大人しくじっとしている内に、取り込んだ魔力をどう利用しているのかを調べてしまおう。
水精霊に取り込まれた魔力の流れを追ってみると、一部は極微量ながらも綺麗な水に変換して放出していたが、大半はただ蓄えられているだけの様だ。
まだ、思考能力が低い事もそうだが能動的に動く事もほぼ無いので、それに対する消費も少ないのだろう。いや、まだ使い方が分からないだけなのかもしれない。
それに、この意識してなのか無意識でしている事なのかは不明だが、物質を生み出しているのは少し厄介だな……
繁殖をするのかは不明だが、仮に精霊が増殖したとして、それに比例して生み出す物質の量も増えると、やがて惑星の質量も増え、惑星アークとその周辺の重力の均衡が乱れてしまう事になる。
その辺、世界樹は上手く調整して生み出してくれているのだが、精霊はどうなのだろう?
まぁ、その時はその時か。
いきなり危機的状態にまで増大はしないだろうし、近隣宙域の監視も怠ってはいない。
仮に惑星間のバランスが乱れそうなら、増えた質量をまた外宇宙に捨てに行くか、アイテムボックスに放り込めば良いだけの事だ。
それと、もう一つ問題がある。
意思疎通に関してなのだが、触れている間は精霊が吸い取っている魔力を通してイメージと感情をやり取りする事で、ある程度のコミュニケーションが可能だ。
しかし精霊は物質での体を持たない為、普通に喋る事でのやり取りは難しい。
なら、神語を教えるか使える様にしてやれば良いのではないか?とは、いかない。何せ、精霊はHPが無くMPのみしかないのだ。
魔力で体を維持し生きていると言っていい存在なので、喋るたびに魔力を消費する神語を使っていると、魔力枯渇で肉体を持つ者の様にセーフティーが掛かって意識を失う程度なら良いが、精霊の場合は死ぬか消滅してしまう可能性が高い。
これは、後で皆に精霊の近くでは神語を使わない様にと言い含めておかないといけないな。
誤って神語を覚えてしまい、子供が覚えたての言葉を連呼する様な微笑ましい光景が一転して、こいつの場合は惨劇になりかねん。
あぁ、でも、殆どの者には精霊の姿が見えないんだった。
近くで使うなと言っても、何処にいるのか分からないんじゃなぁ……
皆、日常生活で魔法を使う際にも神語で発動をしている者が多いので、禁止にするのも難しいか……
となると……神語のみを防ぐフィルターの様な結界を、精霊の周りに常時展開しておくしかないか。
自我を得て、自身の状況の認識が出来る様になるまで、どの位掛かるかは不明だが、それでしばらく様子を見るしかないな……
いや、まてよ……どうせなら――
「ただいまー! 主様ー! 今日のおやつはー?」
と、俺が三時のおやつを配っていると、リーティア達がダンジョンから帰って来た。
前は夕飯に合わせて帰って来る事が多かったが、最近は俺がおやつを配ってる事を知ってからという物、竜人達はこの時間に帰ってくる様になってしまった。
まぁ、子供たち限定と言う訳では無いのでいいんだけどね。
「今日はキャラメル味のポン菓子だ。
何か皿になる物を持って来て並びなさい」
俺はそう言いながら、籠の中に山とあるポン菓子を、目の前に並んでいる子供や大人達の持つ木皿や葉にザクザクと入れていると
「主様。お手伝いいたします」
と、レイディアとバハディア、それと一緒に帰って来たエルフィーも手伝いを申し出てくれた。
しばし四人でポン菓子を配っていると、エルフィーは少し離れた所の人だかりの中心にある物が気になった様で
「あれは……ベビーベットですか?」
と尋ねてきた。
「ん? あれは『精霊の揺り籠』だ」
「精霊のゆりかご?」
と、俺が答えると、ポン菓子をバハディアから受け取り、もしゃもしゃと食べていたリーティアが不思議そうに聞き返した。
俺の中での正式名称は、ベビーベット風、精霊育成用多機能防護結界術式装置だったのだが……
作ってる最中に周りに居た子供達から「名前が長い」「覚えられない」といった苦情が出たので『精霊の揺り籠』とした。
木製の揺り籠の内部は、入れた精霊に合わせた環境を整える様に出来ており、今は水精霊が入っているので枠の底から魔力をふんだんに含んだ湧水を転移で運んで少しずつ供給している。
そして精霊が内部に居る時は、精霊が見えない者達でも視認できる様になるフィルター結界が張ってあり。
その内部へと手を入れると、その者が放出する魔力を内部に居る精霊に合わせた属性の物へと変換してくれるので、誰でも気軽にふれあいでのコミュニケーションが可能だ。
その結界は不用意な神語の伝播が内部に届くのを防ぐ事はもちろんの事、外部からも内部からも、物理と魔法、双方を危険な状態から守る機能も備えている。
近くに誰も居ない場合は、底面の揺り籠状の部分が自動で動く様になっているので、あやす手間も省けると言った便利機能もある。
……この機能はいらなかったかもしれんな。
まぁ、ともかく、中に入れておけば安心というベビーベットだ。
生まれたばかりなので、まだまだ不安は尽きないが、すくすくと育のを願うばかりだ。




